06.内面の変化
『ユルグ、最近調子の方はどうだ?』
『えっ?どうしたの、急に』
家の仕事をしていると父が俺に話しかけてくる。猟の最中に注意点などをアドバイスしたり、俺が何かを間違えれば自分の経験談から同じ目線で諭すなど、静かに、だがしっかりと家族を見守っていてくれるのが父コージモのスタンスだと長年接してきてわかっていた。逆に普段はほとんど喋らないのだが、こうして話しかけてくるのはかなりレアだ。
『なんだか急に…なんだ…雰囲気が変わったようだから気になったんだ』
『うーん?季節の変わり目で調子とかがおかしいのかもしれないけど、俺自身では特にわからないかな…』
自分の内面の変化をはぐらかす。日々の生活は完璧に体が覚えているし、元のユルグが消滅したわけでもないので自分ではユルグとして完璧に振る舞えていたつもりだった。自分の衝動の発露が表に出たこともないし、転生者になることで覚醒するはずの能力についても、まだノータッチだから特に悟られることもないだろうと考えていたのだ。
しかし父は自分の変化を見抜いていた。どこか違うのだろうかという焦りと、普段から見ていてくれているんだなという嬉しさがごっちゃになっている。思えば父はかなり感覚が鋭いのだ。道に残っている痕跡などから気性が荒くなっている野生動物が近くにいることがわかるし、猟に出たが怪我をして帰れなくなった村の人をまっさきに探し出したこともある。
魔法による探知能力もあるだろうが、生まれつき色々なことに気が付く性格だったらしい。父はこれで苦労したり嫌な目に遭ったこともあるそうだが、母と出会うきっかけであり俺とも出会えたからこの特技には感謝していると言っていた。
『そうか?…まあ俺自身どこが変わったとはっきりとは言えないからあれだけどな…』
『疲れていたりするのかな?なにか体の具合が変になったら休むようにするよ』
『そうした方がいいな、その時は母さんの煎じ薬を飲みなさい、あれは疲れによく効くから』
『うん、ありがとう父さん』
父は俺の変化を疲れや季節の変わり目による体調の変化だと捉えてくれたようだ。自分では変化に気付くことができないが、今度からはたまに少し休むようにした方が自分の内面が変わった事に気付かれにくいかもしれない。それに、今はちょうどそれほど忙しくない時期だし、自分の時間ができれば能力を確かめやすいだろう。
普段の生活では自分一人で作業をするのは家の中でのことが多く、外に一人で出るということはあまりない。自分がまだ若いので半人前だということもあるが、やはり長く一緒に組んだ相手と猟に出れば獲物を追い込む際に連携が取りやすいのだ。それに万が一、何らかのトラブルが起きても二人なら無事に解決しやすい。
しかし、自分の能力を理解して試していくためには野生動物に一人で遭遇することが重要だと思う。他の人が一緒にいる時に能力が使えることがバレてしまったら、転生者だと気付かれてしまうかもしれない。この村に転生者について知っている人がいるのかはわからないが、妙な力が使えるとなれば俺や俺の家族が嫌な目に合うだろう。
人に試すのは論外だ。貴史の倫理観ならこの村の住人の中でも、口が悪い者などには平然と能力を試すだろう。しかし、俺はこの村で暮らしてきて家族への想いや村自体への愛着があるのだ。自分はもちろんのこと家族への不利益は避けたいし、村の異物やお荷物にもなりたくはない。
忙しくなさそうなタイミングでほんの少し抜け出すようにして、野生動物をターゲットに能力を試すことにしよう。なぜか俺を見ると危険な動物は逃げ出すし、一部の小動物だけが近づいてくるからきっと安心だ。俺は楽観的にそう考えた。