最強転入生と少女剣士
『果たし状』
そう記された手紙が下駄箱に入っていた。
次は何だ。眉間のあたりが痛くなる。
一呼吸置き、中身をあらためる。
『はじめまして。
突然のお手紙ごめんなさい。
転入して二日、いかがお過ごしですか?
学校には慣れたでしょうか。
ここ二日、あなたをずっと見ていました。
頭がよくてマジメ、でもどこか憎めず正義感の強いあなたの姿に、私は胸の高鳴りを覚えました。
よければ三時限目、屋上へ来てください。
二人きりで話したいことがあります。
かしこ』
……全部おかしい。
俺の知っている果たし状と違う。
もっと厳格で簡潔に、ひたすら相手の闘争心を煽るような文章ではないのか? 受け取ったことはないが。
表の字から中身まで、漢らしい達筆だ。
しかも授業中に来いと書いてある。
何もかもが怪しい。見えている罠だ。
まぁ、行くかどうかは気分次第だ。
* * * * * * * * * *
三時限目。
俺は気の向くままに行動した。
「よくぞ来た、アップル・シード」
凛とした声が俺を呼ぶ。
そう、俺は気の向くまま屋上にいた。
何でだ。何で来た俺。
あの怪文書に、何を血迷って乗ったんだ。
確かに二時限目の俺は、一周回って手紙に興味を持っていた。送り主に会いたい感情が高まっていた。
でも、普通は乗らないだろ。
そしてありがとう、モモ。
欠席の理由を上手く説明してくれて。
「突然の呼び出し、応じて頂き感謝する」
低く澄んだ少女の声が耳に残る。
屋上に来た時、彼女は既に待っていた。
すらっと細い高身長。つつましやかな胸。長い黒髪を白いリボンで一つに束ね、凛と背筋を伸ばしている。
モモとは逆で、スカートが非常に長い。
加えて、少しだけ古めかしい口調だ。
彼女があの怪文書を書いたとは思えない。
「どういうご用件ですか?」
「手紙に書いてある通りだ」
いや、わからない。
しかし一応、果たし状であるなら。
「ひょっとして決闘でもするんですか?」
「可能性もある」
彼女は持っていた剣の先を地に付ける。
見覚えがある。あれは確か「カタナ」と呼ばれる剣の一種だ。鞘に収まってはいるが、立派な殺傷武器である。
しかし「カタナ」は相当貴重な逸品だ。
一体どこで入手したのだろう。
「まあ、まずは語らおうではないか」
「そうですね」
「砕けた口調で構わんぞ」
しかし、屋上の地面に座るわけでもなく。
俺たちはその場に突っ立ったまま、あくまで平和的に話し始めた。
「まず、謝らなければいけない事がある。我が配下の男の愚行を阻止したと聞いたが」
「配下……あー、あいつか」
恐らく、昨日の不良のことだろう。
自分の立場についてイキろうとしていたが、あながち嘘ではなかったようだ。
しかし配下とは、随分物騒な言葉だな。
「モモは我が校にとって重要な存在だ」
「まあ生徒会長だからな」
何の気なしに呟くと、彼女の顔は曇った。
まずいことでも言ったかと困惑する。
だが、どうもそういう訳ではないようだ。
「我が校には様々な問題が住み着いている。暴力による権力闘争の末、もはや無法状態だ」
それは重々承知だ。
俺は一応、それを解決する使命がある。
「故に、理事長はモモ・ネクターを生徒会長という実質的な最高権力者の地位に置いた。しかしそれでも権力闘争は収まらなかった」
そんな情報、初めて知った。
そして、なるほど理事長か。
俺の時と同じ匂いがする。
「美化委員は、裏では非公式の生徒会長の護衛をやっている。女子生徒の大半が所属している状態だ」
美化委員、バナーニャだな。
これまでのキツイ態度や、モモを率先してかばっていた理由も見えてくる。
試したくもなるだろう。
「我が理想はモモ・ネクターを支持し、邪魔者をねじ伏せこの学園を統一する事だ」
彼女の意図が読めた。
美化委員と結託し、モモを中心とした秩序の形を作りたいわけか。
まあ、悪い考えではない。
彼女はそのまま続ける。
「単刀直入に言おう。アップル・シード、我が軍門に下れ。貴様の力は有益だ」
別に言葉を飲んでもいい。しかし、俺にはまだ少々疑問が残っている。
そう、昨日の男だ。
もしモモを中心に考えるなら、そもそも彼を自らの仲間として迎え入れないはずだ。
試しに一つ、問いかけてみる。
「嫌だと言ったら」
「……力づくで飲み込ませる」
あぁ、疑念が確信に変わった。
彼女は理想を見失っている。
冷たい表情のまま、彼女は刃を抜いた。
* * * * * * * * * *
虚しい戦いだった。
「ハァ……ハァ……」
「大丈夫かー?」
昨日の男よりは何十倍も強い。
だが、今回も俺は無傷だ。
昨日と全く同じ方法で勝利してしまった。斬撃を全て空振りさせ、最後は軽く小突いて倒す。それだけだ。
だが、虚しさの理由はそこではない。
「……私の敗北だ。好きにしろ」
「そんな趣味はねーよ」
目的と過程の逆転。
これは誰にでもあることだ。
理想に向かって進むことに必死になり、彼女は力を蓄えることばかりに目を向けてしまっていた。
結果、矛盾に気づけなかったのだ。
「これでお前への貸しは2だな」
「ああ、何をすれば良い」
彼女には立ち止まる時間がいる。
その場所がないなら、俺が作ろう。
それにもう一つ。
理想の面では俺と馬が合いそうだ。
「まずは名前を教えろ。俺ばっか名前で呼ばれて何か嫌だ」
「……イチジク。姓名の区別はない」
「じゃあイチジク」
倒れ込んだ彼女に、俺は手を伸ばす。
「俺の計画に、力を貸してくれないか?」