最強転入生VS不良生徒
あっという間に放課後。
帰りのホームルームすら、結局俺たち以外誰も来なかった。
そんなことはどうでもいい。
今、俺は無性に腹が減っている。
相談に乗ったことで、昼食を食べそびれた。
胃の中が完全に空だ。
しかも購買部は閉まっていた。
チャイムと同時に飛び出したのに、パン一つ買うことができなかった。
胃を労わりつつ、気晴らしに学内を歩く。
廊下に芋でも落ちてないだろうか?
呑気なことを考えながら彷徨っていたが、学内でも特に人の気配が少ない地点へと来た瞬間、雰囲気が変わった。
明らかに、空気に悪意が混じっている。
「……、……!!」
平和ではない、悲鳴に似た叫び声。
まるで誰かと争っているかのような。
「やめ……っス……!」
しかも聞き覚えのある声だ。
周囲に人がいないことを確認し、俺は声の主がいる場所へと忍び寄る。
「モモちゃんが嫌がってます! やめてください!」
「エルフのガキは黙ッてろ!!」
声の主はすぐにわかった。
モモと、美化委員のバナーニャだ。
二人揃って誰かに言い寄られている。
近くにいるのは、彼女を見下ろし強い口調で二人を威圧している筋骨隆々の男。
この学園では一般的な不良の姿だ。
「何度も断ってるっスよ!」
「だからさァ、何でオレがダメなの?」
そう、一般的。
この学園で最も多いタイプの不良なのだ。
世の不良と明らかに齟齬した存在。
妙な服で身を包み、破壊を好み、暴力で物事を解決しようとするならず者。
これが男子生徒の大半を占める。
不自然なスクールカースト。
学園最大の歪みだ。
「いい加減にして下さい!」
「じゃあテメェが相手してくれんのか?」
「あ、相手って……!」
「ギャハハ! 嘘に決まってんだろォ!? ロリ趣味ねーからァ!!」
下品な笑い声だ。聞き飽きた。
悪意をむき出しにした男が、その欲望を二人にぶつけている。
……まずいな。
様子を伺いつつ、俺も身構える。
「正直、うざったいっス!!」
モモが叫ぶ。かなり強気な言葉だ。
これが男の機嫌を損ねてしまった。
顔を赤くし、怒りの様相を浮かべている。
「調子に乗らせりゃ漬け上がりやがって! 殺すぞオラァ!!」
感情任せに、男は拳を振り上げた。標的はモモだが、バナーニャも対象だろう。
コソコソと覗いている暇はないな。
「『転移』」
転移先は、男とモモ達の間だ。
「オラァ!!」
バギィッ!!
鈍い音が響く。
俺の腕と男の拳がぶつかり合う音だ。
しかし大したことはない。
低級魔族の攻撃がまだマトモに感じるほど、彼の拳は弱々しい。痛み一つ感じない。
その筋肉は飾りか。
「何でアップルさんがいるっすか……?」
「通りかかってね。すぐに助けられなくてごめん」
「み、見てたんですか!?」
不良の観察をしていたとはいえ、彼女たちには酷な思いをさせてしまった。少々反省する。
だが、まずはこの男が先決だ。
「誰だァ? テメェ?」
「ただの転入生だ」
「……なるほどォ? オレが誰だか知らねェのか」
「知るつもりもない」
軽く煽ってやると、男はまたキレた。
単純な脳細胞だ。羨ましい。
しかし、俺はまだ腹ペコだ。なるべく動きたくはないし、攻撃したくもない。
動かずに格下を倒す方法か。
……ごまんとある。
「喰らえやァ!」
まずは初撃の拳を回避する。
直線的な動きだ、まるでなっていない。授業で実践練習もあるというのに。
隙を突き、魔術を使う。
相手本位、カウンターすらせずに勝つ。
ちょうどいい。試したい魔術がある。
「『行動操作』」
たった一つ、呪文を口にする。
「オラァ! ウラァ!!」
男がラッシュを始める。
だが、最早避ける必要すらない。
いくらラッシュを打ち込もうが、攻撃のほうが勝手に俺を避けていく。
目の前で拳が逸れる、不思議な景色だ。
「は!? な、何で当たらねェんだよ!?」
男は腕をがむしゃらに振り回す。だが攻撃は一切当たらない。
当然だ。
相手の動きを操作する魔術なのだから。
「 筋力強化!! 筋力強化!!! クッソォォオ!!!」
意味もなく筋力強化を連発している。
まさにバカの一つ覚えだ。
「くたばれやァァア!!」
仕上げだ。
筋力強化で上がりきったパンチの威力。
発散してもらおうじゃないか。
……こいつ自身の肉体に。
合図代わりに、俺は指を鳴らした。
「グぺっ!??」
直後、間抜けな声を上げて男は倒れる。
顔面に自らの拳をめり込ませ、白目を剥き泡を吹いて気絶していた。
これは当分起きないだろう。
しかし上手くいったもんだ。
『操り糸』なんて時間稼ぎにしかならないとか酷評されてたのに。
実際使ってみると面白い。
初めて使用したが、十分に有用な魔術だ。
「な、何をやったんスか?」
「あの人、ずっと見当違いなとこ殴ってましたけど」
「ちょっとした魔術だ」
間違っちゃいないだろう。
魔術関連はモモにバレているだろうし。
「あんな魔術もあるんですね、驚きです」
「ホントっす!スライムの時も思いましたけど、アップルさん滅茶苦茶強いっすよね……!!」
二人揃って魔術の感想を各々語る。
怪我もなく、無事な様子に安心した。
しかし、何か忘れている気がする。
そもそも何でこんな省エネ戦法をしたんだ? そもそも俺が彷徨っていた理由——。
気づくのが遅かった。
ぐうぅぅ〜……。
間抜けな音が、俺の腹から鳴り響く。
「……パン、余ってるっスよ?」
「くれると助かる。お金渡すから」
妙に優しげな表情で、パンを差し出す。
有り難い、頭を使っても腹が減ることを完全に忘れていた。手元にある小銭を全て渡し、俺はパンにかぶりつく。
生き返ったような心地だ。
「全く、さっきまではカッコよかったのに」
「なんか言ったか?」
「い、いえ! 何も!」
あーパンうめぇ。