最強転入生と生徒会長
生徒会室。
理事長先生に言われここへ来たが、先程までいた部屋と比べ普通とは言えない。
板で補修された窓。
薄っすらと残る壁の落書き。
長机や積まれた書類のおかげで、辛うじて生徒会室と認識できるレベルだ。
無用心にも鍵のかかっていなかったこの部屋で、俺は椅子に座りながら辺りを観察する。暇というのもあるが、学園運営の要である生徒会室に立て直しのヒントが無いか探していた。
「ただいまっス……あれ?」
不意に生徒会室の戸が開く。
振り向くと、荷物を抱えた少女がいた。
右目を隠す桃色の髪、左耳を軽く飾るピアス。ベージュ色のカーディガン、主張の強い胸と胸元を飾るリボン。
短いスカートからチラリと覗く絶対領域。
前の学校にはいないタイプの子だ。
『ギャル』というヤツだろうか?
「生徒会に何かご用っスか?」
「理事長先生からここに行けと言われまして」
見た目は不良だが、奴らとは気配が違う。
丸い宝石をはめ込んだような美しい瞳から、ただならぬ純朴さを感じる。
不思議な雰囲気の女の子だ。
「今日転入してきたばかりなので」
「転校生さんっスか! 話には聞いてますよ! 協力してやれとも言われたっス」
「風紀委員のやつですか?」
「それっス! いやー大変っスよねー」
それは有難い。
最初から俺一人という訳でもなく、それも学園の事情を理解している生徒とは。
根回しをしてくれているようだ。
しかし、だとしたら彼女は何者だ?
理事長先生から信頼があり、生徒会室へ自由にに出入りできるギャルとは。
「あ、自己紹介がまだっスね! 生徒会長のモモ・ネクターっス!」
「生徒会長……?」
この見た目で生徒会長なのか。
確かに生徒手帳に服装の制約は無かったが、生徒会長までこんな自由で良いのか。
「まあ、私以外に役員いないんスけどね」
「一人で運営してるってことですか?」
「そうっスよー」
軽く答えているが、苦労は多そうだ。
周りの生徒がアレとなると。
「む、なんかお堅いっスねぇ」
「そうですか?」
「そーっスよ! もっとフレンドリーに絡みましょうよー」
そうは言うが、困ったな。
完全に前の学校の環境が祟っている。競争と蹴落とし合いの中で、まともな友情が生まれる訳がない。
少しだけ緊張感が生まれる。
「ならレクリエーションしましょうっス!」
「今ですか?」
「そうっス! 実は今、学校で流行っているスポーツがありまして」
そう言うと、彼女は机の下から二つのアイテムを取り出した。投擲魔術によく使うグローブと、スライムが一匹。
「これは?」
「スライムキャッチボールっス! 楽しいんスよー?」
「このスライムは?」
「今朝の通学路で拾ったっス!」
見た感じ、コイツを投げ合うのか。
なんだそのスポーツ。
「見本を見せてあげるっス! グローブ構えてください!」
言われるがままグローブをはめた。
まずい。良くわからないまま、かなりこの子にペースを握られてしまっている。
待つ暇もなく、彼女は投球フォームを取った。地味に気合が入っているが、おかげでスカートの中身が。
……水色か。
「モモ選手第一球、投げたぁ!」
「ぅおっ、と」
なかなかの速度でグローブに収まる。
普通なら柔らかいはずのスライムが、弾力のある革製の球のような触り心地だ。
「フッ、気づいたっスね」
「……なるほど」
その一球で、流行の理由がわかった。
「そう! スライムに魔力を流し込む事でその硬さや重さを操作! 自由に魔球を投げられるのがスライムキャッチボールの醍醐味っス!」
舐めていた。同時に興味も湧いてくる。
ただ魔力を流すだけでここまで変化するなら、例えば氷結魔術や火炎魔術を織り交ぜたらどうなるのか。
重量増加ではなく鋼鉄化。
二種類の魔術を利用した重心変化。
なかなか奥深いじゃないか。
「アップルさんの番っスよー!」
「ああ、今投げる」
さて、何から試そうか。
渾身の魔力を込め、スライムを投げた。
喰らえ、鋼鉄業炎多重分身スライム魔球。
「う、うおわぁぁあ!!」
……やりすぎた。
風圧で尻餅をついたモモを見て反省する。
俺の投擲したスライムは床を少し焦がし、窓ガラスを派手に破壊して遥か彼方へ飛んでいく。
「す、凄すぎっス」
* * * * * * * * * *
「あ、いた!」
「いましたか!? 良かったっス!」
俺たちは校庭にいた。
エキサイトしすぎた結果、屋外へと飛んでいき行方不明になっていたスライムを俺たちは探していた。
学園敷地ギリギリの壁際で、やっと見つかった。
まだ力を抑えるのに慣れていない。
もう少し調整が必要そうだ。
「すっげー上手いっスね! やってました!? プロだったりするっスか!?」
「んな訳ないだろ」
「えーそうっスか?」
普段なら呆れて声も出ないだろう。
だが、自然と軽口が溢れた。
「これからもよろしくお願いすっス! アップルさん!」
「……こちらこそよろしく、モモ」
夕日を背にした彼女は、眩しかった