No Smoking
春は名のみ。出番なし。夜に吹き流れる風の冷たさは、刺さるようで未だ痛い。
ただ単に、楽しくお酒が飲めて、愉快に酔えれば良かっただけなのだが。今やどこでも煙たがれる。肩身の狭い、縮むような思い。でも、大きく目立つ姿は変えられない。
「ここです」
案内された店は、ぼんやりと暖色系の明かりが滲む、穏やかな佇まいだった。良さげな雰囲気にようやく落ち着けると帯も緩めがちになるが、入り口通路脇の注意文に目が止まり、足も止まる。つい読めてしまう文字の並び。自意識過剰さに苦笑も混じる。
『No Smoking』
世間から拒否られるのは寂しい限り。そんな灰皿を掴んだり、ビール瓶を振り回したり。そんなではない、ないのだが。
「別の店に変えましょうか」
どうやら、暫し突っ立ったままで居たらしい。付き人にも気を遣わせた。迷惑は良くない。
「行きましょう、横綱」
「…ああ、そうだな」
促され、文字から目を切る。
『No Smo…』
戻る足取りは重かった。何も膝が悪いばかりではなかった。