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染まる世界  作者: 真夕
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終わり、始まり

「古川!お前、名越と付き合ってんだろ!」

 小学五年生にしては大柄な体格、クラスでも中心的な人物である郷田大吾が言った。

 その一言で、早朝から残暑の日差しが射し込む五年一組の教室は静寂に包まれた。クラスメートの視線は僕ともう一人、名越有希に突き刺さる。

 彼女は先ほどから俯いたままだ。彼女の表情は絹のような黒髪に遮られ伺い知ることはできない。

 僕の大好きな翡翠のような瞳も、桃色の頬も、蕾のような唇も見えないでいる。

 それだけで僕は大きな不安に飲み込まれた。大好きな人が傷ついた、そう考えるだけでいてもたってもいられない。

 僕は有希ちゃんのもとへ駆け寄り、小さく震えるその肩を優しく抱いた。

 それに応えるように、有希ちゃんは僕の胸に顔を埋めた。左肩が疼いた気がした。


 僕と有希ちゃんは好き合っている。


 あの日、夕日の差し込む図書室でお互いの気持ちを確かめ合った時から、それは変わらない。

 だけどその関係はみんなには内緒のものだった。それは僕たちだけのものだから。二人だけの秘密は僕たちを強く結びつけているような気さえした。

 あの、二人だけの時に見せる有希ちゃんの嬉しそうな表情。そんな顔を見るたびに僕は、益々、有希ちゃんを好きになるのを感じていた。

「やっぱ、つきあってんじゃないのか?」

 小馬鹿にしたような声音で郷田大吾はそう言う。教室全体がざわついた。

「僕たちは付き合ってない」

 僕は否定する。好き合っているけど、僕たちは付き合ってはいない。

 その二つに、大きな差は無いと多くの人は言うだろうけど、僕たち二人にとってそれは、大切なことだった。

「本当は付き合ってるんだろ?だって抱き合ってるじゃないか、付き合ってないやつが抱き合うのかよ」

 郷田大吾の主張にまたも教室がざわついた。

 有希ちゃんがギュッと僕の服を掴んだ。

「だから、付き合ってないんだってば。分かってくれよ郷田君、なんで君が僕と有希ちゃんの関係に興味があるのか知らないけれど、それでも付き合ってはいないんだ」

 僕はキッパリと言った。

「郷田、名越さんのこと好きなんだろ!」

 教室のどこかからそんなヤジが飛んだ。みるみる郷田君の顔が赤くなる。

「そんなはず無いだろ!誰がこんなやつ!」

 ヤジを掻き消すかのように、有希ちゃんを指差しながら、郷田君が叫んだ。郷田君の顔はゆでダコだった。


 有希ちゃんは嫌がらせを受けている。それは郷田君からのものだった。

 いきなり有希ちゃんの悪口を言ったり、変なあだ名で呼んだり、勝手に鉛筆や消しゴムを借りたりする。

 それだけではなく、僕と有希ちゃんが一緒にいると決まって不機嫌そうに僕に肩をぶつけてくるのだ。これは有希ちゃんへの嫌がらせではないけれども、その時の睨むような郷田君の顔は僕たちを嫌な気持ちにさせる。

 理由は分からないけれども続く郷田君からの嫌がらせに、有希ちゃんはいつも、淡い微笑みを浮かべて、それを赦していた。

有希ちゃんがとる、そんな態度に、僕は腑に落ちないことはあったが、有希ちゃんの優しさを尊重して、郷田君の嫌がらせには、さして気を使わないようにしていた。


 けれど、今回は何かが違った。不意に、郷田君がドカドカと僕たちに近寄ってきて、僕を突き飛ばした。

「お前ら見てるとイライラするんだよ!」

 郷田君はそう言った。郷田君がここまでハッキリと、僕達に敵意を見せるのは初めてだった。

 いきなりのことで呆気に取られていると、郷田君は有希ちゃんの方に向き直っていた。

 僕はその時、言いようもない不安に襲われた。周りの風景がスローモーションになり、郷田君が有希ちゃんに、何をしようとしているかが分かった気がした。

 有希ちゃんへと、先ほど僕を突き飛ばした郷田君の腕が伸びていく。

「やめろ!」

 次の瞬間、僕はそう言って、郷田君を力いっぱいに突き飛ばしていた。郷田君の体は大きく後ろへ飛んでいった。

 それでも僕には大切な有希ちゃんの方が心配だった。僕は飛んでいった郷田君のことを気にかけず、有希ちゃんへと向き直った。

「大丈夫?有希ちゃん」

 僕は先ほどの怒号とは別人の声で有希ちゃんに尋ねる。

「うん、大丈夫、翔大君。怖かったけど、大丈夫」

 有希ちゃんがそう答えた。

 その時不意に、先ほどまで静かだったクラスメートの女子達の叫び声が上がった。僕は、体は有希ちゃんの方を向いたままに、叫び声の方へと首を回した。

 瞬間、世界は白く染まり、僕の時間は止まってしまった。とても遠く感じる世界の中で、周りのクラスメート達は倒れたままでいる郷田君に駆け寄ったり、先生を呼んでこようか相談していた。

 真っ白な世界で見えたのは、僕と有希ちゃんの淡い恋心よりも真っ赤な、血溜まりだけだった。

 あの冬の日みたいな光景だった。

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