表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
96/196

第8章 秘密都市セント・マーチン9

 王城の客室。そのベッドにソフィーが横たわっていた。


 目蓋がゆっくりと開かれる。



ソフィー

「……帰ってくるわ」



 一ヶ月も目を開かなかったソフィーが突然目覚めた。側にいた僧侶が慌てて部屋を出て、報告に向かった。


 ソフィーは窓の外に目を向けた。窓の外は今まさに暗雲が散り、海に光が射し込んでいくところだった。ソフィーはその風景を見て、微笑んだ。




                    ◇




 2週間後。


 生き残った戦士達が王城を凱旋した。


 その数はわずか40名であった。ほとんどの者が失われてしまっていた。それでも戻ってきた者達は明るい笑顔を浮かべた。


 迎えた人々は戦士達を祝福した。帰ってきた英雄達に尊敬を込めて手を振り、その名前を称えた。


 戦士達の顔には、長き戦いの疲れが浮かび、鎧には血の跡がくっきりと浮かんでいたが、それこそ戻って来られなかった者達への供養だった。そんな姿であっても、戦士達の姿は堂々としていて、伝説の英雄の気風が漂っていた。


 特に先頭を歩くセシルとオークの2人は英雄物語の主人公として最大級の賛辞が送られた。誰もがその名を呼び、誰もがセシルとオークに手を振った。


 人々は英雄達の凱旋を一目見ようと長い長い列を作り、行く先を花で埋め尽くし、勝利と、勝利ともたらした者達を称えた。



セシル

「犠牲は大きかったな。誰1人代わる者のいない英雄だった。あの魔術師に代わる者など……」



 人々に手を振りながら、セシルは落胆した声で言った。



オーク

「惜しい人でした。謎めいていましたが、ネフィリムを封印する術を知る唯一の者でした。それがあのように死んでいくなんて……。その名を残したくとも、名を知ることすらできませんでした」


セシル

「無理だよ。あの者は一度も名乗らなかったし、知っている者もいない」


オーク

「議論はおしまいにしましょう。3度目の災いが去りました。今は残された幸福を噛み締めましょう」


セシル

「……そうだな」



 凱旋の列はどこまでも続き、セシルとオークを称える声はいつまでも途切れなかった。


 やがて王城に辿り着くと、大階段の上で、すべての臣下たちと貴族達が礼服で英雄達を迎えた。その中に、ソフィーの姿があった。



オーク

「ソフィー!」


ソフィー

「オーク様!」



 2人は駆け出し、大階段の上で抱き合った。ソフィーはオークの胸に顔を埋め、うっうっと咽び泣いた。



オーク

「ありがとう。――闇の中であなたに救われました」


ソフィー

「――えっ。私も、夢の中であなたに会ったような気がします」


オーク

「それは夢ではありませんよ。私たちは共に旅をし、共に戦ったのです。――ありがとう」


ソフィー

「……オーク様」



 ソフィーはオークの首に縋り付いた。その顔に、幸福が浮かんでいた。


 そんな穏やかな幸福の中で、ブランが武装した側近を連れて通り過ぎていこうとした。



セシル

「どこへ行かれる」


ブラン

「おお、セシル殿。勝利を祝いたいところだが、我々には我々の戦いがあるのでな。たった今はいった報告だが、ヘンリー王が休戦条約を破って我が領地に踏み込んできた。戦が迫っておる」


セシル

「色々と世話になった。そなたらの助力のお陰で勝利できたようなものだ。もしもの時は惜しみない助けをしたい」


ブラン

「ありがたいがな。しかし今は負ける気がせんのだよ。ブリタニアは必ず勝つ。――さあ堅苦しい挨拶はなしだ。友よ、さらば」



 2人は握手して別れた。


 セシルは城下を振り返った。そこには明るい笑顔で溢れていた。凱旋の興奮がまだ収まらず、セシルとオークの名を称える大合唱がいまだに続いていた。


 空は明るく晴れて、光が満ち溢れていた。何もかもが希望に包まれているように思えた。この世の全ての不安と恐れがそこから過ぎ去ったように思えた。


 セシルはそんな風景の1人となって頷くと、大階段を登っていった。オークもソフィーも手を繋いで、後に続いた。待ち受けているのは、腹の黒い貴族達と、庇の下の陰鬱な闇であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ