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ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
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第8章 秘密都市セント・マーチン3

 会議を終えると、オークは簡単な事務仕事だけ済ませて、足早にとある客室に向かった。その部屋は、最上級の賓客のために用意される部屋で、うらぶれたこの城の中にあって、そこだけ贅に尽くされた調度品と装飾品で飾られた。その部屋の天蓋付きのベッドに、ソフィーが眠っていた。


 側で覗き込んでみると、安らかに眠っているように見える。今にも目を覚まして、いつでも優しげな調子で話してくれそうな――しかしそんな血色のいい寝顔も、実は医者の薬と僧侶の祈りで辛うじて保たれているものだった。



オーク

「容態は?」


ドルイド

「変わりありません」



 側で看病している僧侶が答えた。



オーク

「そうですか」



 オークはベッドの側に置かれたスツールに座ると、ソフィーの頬を撫でた。柔らかくて暖かい感触。美しい頬だった。しかしソフィーが目を覚ましそうな気配はなかった。


 あの大魔法の後、ソフィーの意識は途絶え、どんな医師の薬も僧侶の祈祷も効かず、眠り続けていた。街を救った聖女として最上級の環境が用意されたが、今のところ充分な効果が現れたとは言い難い。


 ノックの音。振り返ると、入口にセシルが立っていた。



セシル

「よいか」


オーク

「はい」



 オークは一度席を立ち、セシルを迎え入れた。


 椅子がもう1脚用意され、セシルとオークは向き合うように座った。



セシル

「大した女だ。バン・シーが言うには、あの魔法が効いている間はネフィリムは城下に入ってこれんらしい。わずか1日の間に、それだけの大魔法を習得して戻ってくるドルイドなど、例に聞いたことがない」


オーク

「不思議な人です。側にいると暖かい気持ちになります。ドルイドの歴史の中でも、例を見ない才女であると聞きました」


セシル

「まだ目を覚ませんのか」


オーク

「バン・シー殿が言いました。この者の心は闇に捕らわれた、と。だから決して目を覚ますことはないそうです」



 結局、医師にも僧侶にも下せない診断を下したのは、バン・シーだった。


 それは悪魔達の最後のあがきだった。魔術の光に包まれ、消え行こうとする瞬間、魔の者共はソフィーの魂を掴み、不浄なる闇の世界へと引きずり込んだのだ。


 そうバン・シーが告げた時、オークは憤慨した。



オーク

「なぜそのような魔術を使わせたのです」


バン・シー

「そうさせたのはそなたであろう」



 反論できなかった。バン・シーの言葉は冷たくオークの胸に突き刺さった。



セシル

「ずっと側にいるつもりか」


オーク

「知らないうちに冷たくしていました。目を覚ます時は、側にいるつもりです」


セシル

「女とはそういうものだ。男の立場で気を遣ったつもりでも、女はそう受け取らない。体も男と同じように丈夫というわけにはいかんのに、無理してでも男の側にいようとする」


オーク

「この人は意志が強いのです。私はその意志の強さを知りながら、無理させたのです」


セシル

「……そうか」



 長く沈黙が降りた。オークは美しき乙女を見詰め、セシルはその2人を見詰めた。



セシル

「……実は大事な話をしようと思って来た」



 ようやくセシルは、何か告白するみたいに切り出した。オークもセシルを見た。



オーク

「…………」


セシル

「私にはかつて弟がいた。名をオークという」


オーク

「…………」


セシル

「しかし生まれて2ヶ月が過ぎたある夜、ふとした油断から、取りかえっ子に連れさらわれてしまった」


オーク

「その子供は、生きているのですか」


セシル

「わからん。その後も何度もスクライヤー(※)に居場所を占わせて捜索隊が調査に出たが、見付かることはなかった。それでも私も父も、今でも望みを捨てられんのだ。もし生きておれば、ちょうどお前と同じ年齢だ。――オークよ、今一度聞く。オークの名前は生来の名ではないのだな」



 オークは首を横に振った。



オーク

「いいえ。私が母から授かった名前はミルディです。ドル族の族長の子として生を受けた者です」


セシル

「……そうか」



 明らかに落胆した様子だった。



セシル

「『妖精に連れさらわれた子が幸福になることはない』……。邪魔をしたな。私はしなければならない仕事がいくつもある。彼女の側にいてやれ」



 セシルはそう言って、オークの肩に手を置いて、早々に部屋を出て行った。オークは君子の後ろ姿に頭を下げて、見送った。ひどく寂しげな背中だった。

※ 水晶を使った占いをする人のこと。この時代は石を覗き込み、そこで見えたものを予言として伝えていた。水晶玉が使用されるのは、研磨剤が発明されてから。

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