表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
89/196

第8章 秘密都市セント・マーチン2

 広間に入ると、セシルを筆頭に参謀や戦士といった面々がバン・シーを待ち受けていた。



バン・シー

「悪魔が何体甦ったのかわからん。複数同時に甦る前例はなくはなかったが、これだけの規模のものになると、やはりかつてない現象だ。もはや、キール・ブリシュトを正面から侵入するのは難しいだろう」



 バン・シーは地図を広げながら説明する。国土の全域が描かれた地図には、城の南南東の方角に描き込まれたばかりのキール・ブリシュトが置かれていた。



参謀

「ならばいかんとする。敵の根城は山岳に囲まれ、侵入は困難。大軍を動かしても、容易には攻められぬ」


バン・シー

「そうだ。だから別の侵入口を使いたい。セント・マーチンの地下空洞だ」



 セント・マーチンと聞いて、人々が動揺の声を上げた。多くはあまりにも聞き慣れない言葉への動揺だった。



セシル

「待ってくれ。何の話だ? セント・マーチンの地下空洞とは?」


バン・シー

「知らないのか。このガラティアの地下には、いくつもの地下空洞があり、かつて人間ならざる者達が地下王国を築いていた。この王国は、その彼らとの交易で、繁栄したのだ」



 誰もが互いに、「知っているか」と言い合った。


 バン・シーは呆れたように続けた。



バン・シー

「やれやれ。伝承の語り手はいったい何をしていた。ともかく、地下の通路を使い、キール・ブリシュトを目指す」


参謀

「そんな地下通路が実際にあるとして――今もその道が通じているという保証は? 本当にキール・ブリシュトに繋がっているのか」


バン・シー

「繋がっているさ。地下王国を滅ぼしたのはクロースだ。クロースは地下世界の住民を皆殺しにして、その空間をそのまま利用し、キール・ブリシュトに通じる道を作った。地下空洞は、今もキール・ブリシュトで最も重要な心臓部に繋がっている」


武将

「私は少年の頃、あちこちの洞窟に入っては探検したものだが、そなたの言うような地下空洞は見たことがない」


バン・シー

「当然だ。私が破壊して塞いだからな。だから長年、洞窟からネフィリムが現れなかった。棲み着くことはあったがな。しかしごく最近、どうやらネフィリムは掘削の技術を学んだらしい。私の塞いだ道が再び掘り返され、しかもその道が延長されている」


セシル

「馬鹿な。ネフィリムにそんな知恵はない」


バン・シー

「その通りだ。ネフィリムには知恵はない。しかしネフィリムは常に同じ姿をしているのではない。時代とともにゆっくりと姿を変える。私も長年奴らを見続けたが、今ほど強く、賢かった時代はない。連中がなぜあちこちの洞窟から姿を現すようになったのか、貴辺らは少しも考えなかったのかね。奴らは知恵を得て、洞窟を完成させたのだ」


参謀

「……そなたは、一体何者なのだ? なぜ何もかもを知っている?」


バン・シー

「私は古い伝承の語り手だ。草から草へ、石から石へ、音から音へ。それを追い、伝えるのが本来の私の役目だ」


オーク

「バン・シー殿。先ほど言われた最も重要な場所とは?」


バン・シー

「悪魔の王だ。そこに悪魔の王がいる」


オーク

「まさか、その者との戦いに……?」



 一同がどよめいた。



バン・シー

「いいや。奴はまだ復活していない。悪魔の王の封印は特別厳重だ。今回は通り過ぎるだけでいいだろう。ただし、封印を解く方法を、悪魔達が記憶していると考えられる。悪魔の王の復活を阻止するためにも、作戦は迅速であることが望まれる。軍を3箇所に分けさせ、東、西、南の3点から洞窟に侵入し、キール・ブリシュトで合流しよう」



 バン・シーは地図の上に指先を置いた。魔法の力が、地図にキール・ブリシュトを中心とした地下空洞の道筋を描き始めた。地下空洞は複雑に折れ重なりながら、3つの入口の場所を示した。それはガラティアのほぼ東部分を占める大きさだった。その広大さに、集まった一同が驚いた。


 オークも、別の驚きで地図を見ていた。



オーク

「バン・シー殿……ここは」


バン・シー

「懐かしかろう。あそここそ、キール・ブリシュトに繋がる入口だったのだ」



 忘れもしない。オークとバン・シーが初めて出会った、あの場所だった。全ての始まりの、あの洞窟だった。



バン・シー

「出発は3日後だ。皆も戦で何日も眠っておらぬだろう。3日のうちに充分英気を養っておけ。以上だ」



 そうして、会議は解散となった。




                  ◇



 廊下に出たバン・シーをゼインが追いかけた。



ゼイン

「バン・シー殿、待ってくだされ」


バン・シー

「何だ?」


ゼイン

「1つ聞きたいことがあってな。あの時だ。ソフィー様があの魔法を使ったあの瞬間、多くの兵が奇妙な体験をした。わしもなのだが……魔法が発動された後、しばし時間が止まったように思えるのじゃ。いや、気のせいかも知れないが……」


バン・シー

「間違っておらんよ。確かに時間は止まっていた」


ゼイン

「本当か?」


バン・シー

「魔法とは、神が定めた法則を一時的に狂わせる技だ。魔法が発動された瞬間、法則に齟齬が生まれ、それを修正するために時が止まる。こんな小さな魔法でも、一瞬時間が止まっているのだ」



 と、バン・シーは指先に火の玉を浮かばせた。



ゼイン

「ほう!」


バン・シー

「大きな魔法なら、静止する時間も大きくなる。優れた魔法使いならば、その静止した時間の中で、さらに別の魔法を使える。未熟な魔法使いは、静止する瞬間も自覚できないと思うがな。この世界には、もっと大きな魔法がある。そうした魔法が使用されれば、静止する瞬間は、より大きくなる。魔力を持たぬ者も、静止する瞬間が感じられるだろう」


ゼイン

「なるほど、なるほど。ではバン・シー殿がいつまでも若々しいのは……」



 バン・シーは、指先に浮かべた火の玉をゼインの鼻先にぶつけた。



バン・シー

「そこを追求すると、火で焼き殺すぞ」


ゼイン

「……すまなかった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ