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ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
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第1章 最果ての国8

 ミルディたちは洞窟を脱出した。剣を手にして、慎重に外の風景に目を凝らす。入口と違う場所だったが、森の中だ。夜が深くなった頃で、辺りは真っ暗だった。獣の声が遠くに聞こえるが、近くにネフィリムの気配はない。


 ミルディは洞窟の外に出て、森の様子を見回す。



ミルディ

「無事脱出できたようです」



 ミルディは安堵の息を漏らして、剣を鞘にしまった。



村人

「でも、ここはどこだ? 知らないところに出ちまったぞ」


ミルディ

「わかりません。とにかく、ここは危険です。早く移動しましょう」



 ミルディたちは再び松明に火を灯し、森の闇を進んでいく。


 ゆるやかな風が枝の先に小波を立てている。獣の声は、絶えず周囲を取り巻いている。ミルディは時々、誰かに見張られているような錯覚を覚えて、周囲を見回す。しかし人を避けているように、獣は姿を見せない。


 不意に、小さく悲鳴が漏れた。


 ミルディがはっと辺りを松明で照らす。すぐに、旅の一行に欠員があるのに気付いた。



ミルディ

「ドルイド様はどこです!」



 ミルディたちが辺りを見回した。2人の村人も辺りを見回す。ミルディたちは、2度、大声で老ドルイド僧を呼びかけた。しかし、気配すら返ってこない。



村人

「どうしよう」


ミルディ

「ここは危険な森の中。長居すれば、我々も魔性に囚われる恐れがあります。無事を祈りましょう」



 ミルディはまだ気になるように後方の闇を眺め、それから前へと進み始めた。


 間もなく森の深いところを脱出した。月の光が射し込んで、下草が淡く浮かび始める。夜はまだ深いが、ほっと安堵を感じるものがあった。



ミルディ

「もう少し進みましょう。せめて人のいるところを……」



 ミルディはまだ警戒を解かず、松明を手に森を進んだ。


 森はどこまでもどこまでも続いている。妙に静かだった。村人の2人は、怯える目つきで辺りを見回していた。ミルディ自身、森の暗部を脱出したのに、なぜかくつろぐ気分になれず、不穏なものを胸に感じていた。


 急に霧が立ちこめ始めた。森の闇が、淡く霞みはじめる。


 すると森が開けて、異様に高く茂った草ばかりの空間が現れた。草むらの中に細い柱が一本立っていて、柱にはランタンが吊されていた。それが暗闇の中、孤独に燃えていた。


 ミルディは何か予感めいたものを感じて、草に体を潜めながら、ゆっくりと這い進んだ。



村人

「ミルディ。あれ……」



 村人が指さす。


 草ばかりの広場がずっと続き、その向こうに屋敷が建っていた。2階建てで、瓦屋根の立派な屋敷だった。



村人

「良かった。あそこに泊めてもらおう」



 村人が安堵の息を漏らした。


 ミルディたちは屋敷へ向かう。


 扉を叩く。


 しばらく間があって、屋敷の中に明かりが浮かんだ。扉がすっと開く。



「誰ですか」


ミルディ

「旅の者です。どうか一晩の宿を」


「あなたのお名前は?」


ミルディ

「……旅の者です」



 女は、扉を大きく開き、奥へと引っ込んでいく。ミルディたちが入っていく。


 女は屋敷のあちこちに置かれた蝋燭に、火を入れていく。屋敷の内部が、暗く浮かび始めた。



「どうぞ」



 女がミルディを屋敷の奥へと案内する。暗い廊下を潜り抜け、食堂へ入っていった。


 食堂には大きなテーブルが1つ置かれ、テーブルの中央で蝋燭の明かりが煌めいていた。テーブルには、屋敷の主と思わしき男が、すでに座っていた。大男で、肌が岩のように硬く、肉をむしゃむしゃと貪っていた。


 食堂の床は土や藁で汚れ、天井にはいくつも蜘蛛が巣を作っている。暗がりの中とはいえ、ひどく陰気だった。



「どうぞ。食事の用意はできています」



 テーブルには、人数分の皿がすでに用意されていた。村人らは、大喜びでテーブルに着く。女が皿にスープを注ぐ。合図を待たず、村人たちがスープをすすり始める。


 ミルディもテーブルに着く。主人を向かい合う席に座った。ミルディに用意された皿に、スープが注がれる。



主人

「待ちな。名前も名乗らない奴に食わせてやるものはない」


ミルディ

「旅の者です。名乗る名前はありません。あなたは?」


主人

「俺か? 俺はあんたの名前を欲しがっているものだ」



 主人がにやりと顔を歪めた。口が大きく裂け、頬が不気味に釣り上がる。


 不意に、村人の1人ががくりと崩れた。テーブルのスープをひっくり返す。もう1人の村人も、ぐったりと椅子の背に体を預けた。



ミルディ

「おのれ化生の者め! 名を名乗れ!」



 ミルディは飛び上がって剣を抜いた。


 食堂の影から何者かがすーっと現れた。みんな麻の布を頭から被り、全身を隠していた。魔性の手下どもは剣を抜き、ミルディを取り囲む。数は5人。テーブルを完全に囲む形になった。


 ミルディは全員に警戒を向ける。



主人

「名乗るのはおめえさんだ。なあ、教えてくれ。この男は、なんという名前なんだ?」


村人

「……この人? ……ミルディだよ。ドル族の長、ミルディだよ」



 村人が眠りながら譫言のように答えた。



主人

「ミルディ! その名前、もらったぞ!」



 男の体が崩れた。真っ黒な霧となってミルディに飛びつく。ミルディは悲鳴を上げて尻を付いた。霧から逃れようともがいた。


 テーブルを取り囲んでいた手下が剣を手に集まってきた。刃の切っ先をミルディに向け、ゆっくりと振り上げる。


 ミルディが跳ね起きた。同時に剣を払った。手下どもが驚きを浮かべた。ミルディは手下の1人に体当たりを喰らわせる。向こうの壁が崩れ落ちた。埃が派手に噴き上がった。


 壁の向こうに現れたのは廃墟だった。崩れた家具に埃が厚く被さっている。蜘蛛の巣があちこちに張り付いていた。ボロをまとった人骨が転がっていた。


 手下どもが迫る。5つの刃が一斉に飛びつく。ミルディは刃を振り払う。しかし敵の攻撃は圧倒的だった。ミルディは刻まれ、突き倒されてしまう。


 ボロボロになった家具にぶつかり、倒れた。家具が壁や柱とともに崩れる。埃が視界を覆う。ざらついた感触が体を包んだ。敵の攻撃が次々に迫る。



主人

「アハハハハ……。無駄だ。お前の名前はもうもらった! お前の名前はもうもらった! お前は逃げられんぞ!」



 主人の笑い声が、屋敷全体に響き渡る。


 ミルディは屋敷から脱出しようともがいた。しかし出口はどこにも見当たらない。すぐそこだったはずの玄関扉は、いくら進んでも見付からず、まるで迷路のようにミルディを翻弄した。


 敵がミルディを追跡して、刃を振り下ろす。ミルディは反撃を試みる。敵に肉薄し、全身を覆う麻布ごと斬り伏せる。


 が、手応えはなかった。一度ふわりと体が崩れた後、ぬっと人の形を取り戻して、再び襲ってきた。


 ミルディは脱出に集中した。壁を崩し、部屋から部屋へと移る。ようやく、廊下の向こうに玄関扉を見付けた。


 玄関扉を目指してミルディが走る。敵が追跡した。刃が背中を捉える。切っ先がざっくりと背中の肉をえぐり取った。


 ミルディの膝が崩れる。剣で追跡者を振り払う。しかし敵の攻撃が、ミルディの剣をはたき落とした。


 ミルディの体から、急速に体力が失われていった。這いつくばりながら、玄関扉を目指す。闇の手先が、ミルディを取り囲んだ。刃の切っ先をミルディに向ける。


 ついにミルディは力尽きて、倒れてしまった。かすかに残った意識で、周囲に目を向ける。魔性の刃がずらりとミルディを取り囲んでいた。


 突然、玄関扉が吹っ飛んだ。烈風が走り抜ける。闇の手先たちが驚いて顔を上げる。続いて、真っ白な輝きが塊になって飛びついた。


 ミルディは玄関扉に目を向けた。まばゆい光が去った後に、女が1人、そこに立っているのに気付いた。

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