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ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
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第7章 王国炎上4

 バン・シーはソフィーを連れ立って屋敷を後にした。町並みはひどく静かで、往来する者はいない。一般市民は外出禁止になっている。伝令の兵士が時々通り過ぎるくらいで、大門の戦の物音は、はるか向こうだった。



バン・シー

「そなたは戦に加わぬのか」


ソフィー

「戦は殿方の務めです。女は例え戦える力が認められても、戦場に立つのは許されません。そんなあなたこそ、どうしたのです。そんな暗い顔をなさって……」


バン・シー

「お前は人に笑顔を与える。見よ、人々の顔を。なのにお前はなんて顔をしている」



 さっきまでいた屋敷に目を向ける。先まで沈んでいた様子とは一転して、人々に笑顔が浮かんでいた。



ソフィー

「話しづらいことです……」



 ソフィーは暗い顔でうつむいた。それとなくバン・シーは察する。



バン・シー

「男とはそういうものだ。頑固で意地ばかり押し通そうとする」


ソフィー

「あなたにも経験があるのですか? ……いえ、失礼しました。聞くべきではありませんよね」


バン・シー

「構わんよ。私にだって人並みに誰かを愛することもある」


ソフィー

「まさか。あなたほど優れた方が?」


バン・シー

「それはそなたも同じだ。そなたにも、どうやら人にはない力が備わっているようだ。年はいくつだ」


ソフィー

「17です。まだまだ子供ですよね」


バン・シー

「……17か?」


ソフィー

「ええ」


バン・シー

「…………」



 バン・シーが神妙な顔をして考え込み始めた。ソフィーが怪訝な顔をしてバン・シーを覗き込む。



ソフィー

「どうなさいました?」


バン・シー

「いや、なんでもない。――ちょっと気晴らしをしよう。従いてくるがいい」



 バン・シーは強引に話を打ち切り、ソフィーを連れて再び城に向かった。ソフィーが城を訪ねるのは、老師から免許皆伝を受けた時以来だった。バン・シーに連れられているとは言え、ソフィーはやや緊張した顔を浮かべる。


 バン・シーはソフィーを城の地下へと案内した。



ソフィー

「あの、どちらへ……」



 ソフィーは不安そうに訊ねた。



バン・シー

「黙ってついてくるがいい」



 バン・シーはそれだけしか言わなかった。先ほどの会話とは打って変わって、事務的で冷たいものだった。


 やがて地下回廊に入ると、管理人の案内を先頭に、ある部屋へと通された。部屋は明かりが少なく、全体は掴めないものの、決して広くはない。いくつもの棚が並んでいて、古い紙の束や、石版が収められていた。


 ソフィーは石版の1つを覗き込む。



ソフィー

「まあ、オガム文字ですね」


バン・シー

「そうだが……。読めるのか?」


ソフィー

「いいえ。少し習いましたが、私には……」


バン・シー

「そなたに見せたいものは、こっちだ。来たまえ」


ソフィー

「はい」



 部屋の奥へと進むと、開けた一角があり、その中央の台座が、四隅に配された青い光に浮かんでいた。台座には、石版が1つ置かれていた。石版は中央にひびが走り、分かれていたものを繋ぎ止めた跡があった。



ソフィー

「これは……なんですか?」


バン・シー

「わからぬか?」


ソフィー

「どうしですか?」


バン・シー

「……そうか。はじめに明かしておこう。これにはネフィリムの召還の技が記されている」


ソフィー

「え!」



 ソフィーの顔に怯えが浮かんだ。



バン・シー

「まあ慌てるな。これには多分、ネフィリムの召還と封印の方法が記されている……と考えている」


ソフィー

「どういう意味でしょうか?」


バン・シー

「私にはこれが読めぬのだ。――おそらく秘術を伝えた最後の者が、何かを残そうと思い、この石に書き残したのだろう。しかしここに刻まれている文字はどんな文字にも似ておらん。つまり、この文字を考え出したのは、これを書いた者自身。これを読める者も書いた者だけだ」


ソフィー

「バン・シー様が以前お話になられた『封印』というのは……」



 バン・シーが頷いた。



バン・シー

「そうだ。ここに記されている。そしてこれを読む能力を持つ唯一の者が、『真理』を持つ者だ」


ソフィー

「……『真理』」


バン・シー

「そうだ。しかしかの者は常に1人でしか生まれない。だから私は長年探し続けている」


ソフィー

「…………」



 ソフィーは何も言わず、うつむいた。



バン・シー

「どうした?」


ソフィー

「強すぎる力など、ないほうがいいのです。特別な力は、人を孤独にさせるだけですから」



 ソフィーは独白のように言った。



バン・シー

「しかしわけもなく力を持って生まれてくる者はいない」


ソフィー

「運命など何になるのです。全ては結果です。愚かな魔術師の思いつきで、悪の力は日々強力になるばかりです。今やそれを抑える術すら見付からない……ならば、そんな力、はじめからいらないわ!」


バン・シー

「ソフィー。力は使うものだ。特別な力を持って生まれたのなら、その力を使うのが義務だ」


ソフィー

「……私は」


バン・シー

「行こう。男達を見返してやろうではないか」


ソフィー

「はい」



 ソフィーは力強く頷いた。

※ オガム文字 ドルイドが秘技を行う時に使用した文字。

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