表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
60/196

第6章 キール・ブリシュトの悪魔3

 城の地下牢。


 小さな窓から、ささやかな月明かりが落ちていた。暗がりは陰気な囁き声に満たされている。囚人達が小さな檻の中で、死の宣告を待っていた。松明を持った見張りが、厳重に囚人達を見張っている。


 そんな檻の1つに、赤毛のクワンが閉じ込められていた。かつてステラが治める秘密の里を襲った山賊の1人だ。赤毛のクワンはそこである秘密を得て脱出しようとしたが、セシル王子に捕らえられ、それきり囚人の日々を過ごしていた。不衛生な檻の中で粗末な食事ばかり与えられ、何度も拷問まがいの尋問を受け、クワンもそろそろ間近に来ようとしている死を覚悟していた。


 夜は静寂と不安が同時に与えられる。クワンは、浅い眠りの中に、かすかな安らぎを求めていた。


 そんな時、遠くで悲鳴が漏れた。赤毛のクワンは、はっと目を覚ます。ひっそりと押し殺した声だが、赤毛のクワンを目覚めさせるには充分だった。


 カツカツカツ……。


 潜めているが、閉じられた静寂の中では靴音はくっきりと浮かび上がった。


 誰かが来た。赤毛のクワンは察した。事情は知らないが、この地下牢に忍び込んだ者がいるのだ。


 赤毛のクワンは身体を起こし、いつでも飛び出せる態勢に入って、何者かを待ち受けた。靴音は、迷いなくこちらに向かってくる。


 やがて、月明かりが靴音の主を浮かび上がらせた。ウァシオとその使いの者だった。


 使いの者は靴音と気配を完全に消していて、月明かりに姿をさらすまで存在に気付かなかった。使いの男が赤毛のクワンを閉じ込めている檻の前に進み、鍵を開ける。


 檻の扉が開く。赤毛のクワンははじめは警戒して、解放された檻の扉と、ウァシオを見ていたが、やがておそるおそると檻の中に出た。


 突然、ウァシオが赤毛のクワンを掴んだ。首を掴み、壁に押しつける。赤毛のクワンはやや小柄な体型であるが、それなりに体重はある。だがウァシオの豪腕は、赤毛のクワンを片手で軽々と持ち上げていた。



ウァシオ

「誰にも云わなかっただろうな」


赤毛のクワン

「誰にも。ウァシオ様のことは決して」


ウァシオ

「それもだが、秘密の里で見付けた宝のこともだ」


赤毛のクワン

「もちろん。何も言っていません」



 ウァシオが赤毛のクワンを解放した。赤毛のクワンが地面に崩れ落ちて、しばらく痛みに呻いていた。



ウァシオ

「早く行け。誰にも見付かるな。秘密はあの人に直接知らせるんだ。いいな!」


赤毛のクワン

「はい。我らの民のために」



 赤毛のクワンが地下牢を脱出した。


 ウァシオは赤毛のクワンの脱出を見届けた。それから、自身も地下牢を出た。赤毛のクワンの姿はない。見張りの兵士は自身が始末したからもういなかった。一緒に地下牢に入った使いの者は、いつの間にか姿を消している。


 ウァシオは城の廊下を歩いた。夜の城は静寂に満たされている。月明かりがひっそりと廊下を浮かび上がらせる。見張りの兵士が歩く音が、静寂に密かに混じるだけだった。


 ウァシオは城の中を早歩きで進み、ある部屋に入った。貴族の1人であるラスリンの部屋だ。


 ウァシオの入室に、ラスリンが狼狽した様子を見せた。ウァシオは構わずラスリンに迫る。



ウァシオ

「なぜ王の決起に応じた」


ラスリン

「……うっ……うっ」



 しかしラスリンは怯えて声が出せない感じだった。



ウァシオ

「お前達が手を出さねば、あの数でも城を潰せたはずだ!」


ラスリン

「仕方なかった。王に逆らうと命がない。恐い……」


ウァシオ

「何が命だ! この戦いで死ぬべき男だぞ。貴様のお陰で何もかも台無しだ! そんなに死の恐怖に耐えられないのなら、俺が恐怖を与えてやる」



 ウァシオはラスリンの口に布を突っ込むと、机の上に掌を広げさせる。ラスリンは恐怖で抗った。頬に涙が落ちる。ウァシオは力任せにラスリンを押さえつけると、掌にナイフを突き立てた。


 ラスリンが悲鳴を漏らすが、その声が口に押し込まれた布に吸い込まれる。



ウァシオ

「金が欲しいならいくらでもくれてやる。だがこれからは恐怖もくれてやる。今後2度と王族の命令に従うな。政治を引っかき回せ。いいな!」


ラスリン

「…………」



 ウァシオがナイフをぐりぐりと抉る。ナイフの刃はそのまま、掌を中指と薬指のところで真っ二つに避けてしまった。



ラスリン

「……私だって、宰相になるべくして生まれた人間だぞ……」


ウァシオ

「無能のくせに生意気云うな! いいか、俺には絶対に逆らうな。この国にしがみついているのは業病の亡者だけだ。国に必要なのは力のある王だ。俺のような王だ。いいな」


ラスリン

「…………」



 ウァシオがラスリンの部屋を去って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ