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ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
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第6章 キール・ブリシュトの悪魔2

 王の書斎にバン・シーが入っていった。



「これはバン・シー。そなたは間のいい時には決して来んな」



 王は椅子の上でぐったり息を喘がせていた。


 先の合戦の時、王は戦いが終わるまで、大門の前でその威厳を崩すことなく立っていた。直接戦いに加わらなかったものの、衰弱した身体はそれだけで限界であった。



バン・シー

「悪い事件は続くもの。良き知らせは続かないものだ」


「そなたが言うと、何でも凶報に聞こえるわ。――それで、今日はどんな災難を伝えに来た」


バン・シー

「悪魔が1体目覚めた」


「……なんと」



 王の衰弱した身体が、驚きに歪んだ。


 その時、セシルがオークを従えて、王の書斎に入ってきた。



セシル

「失礼する。バン・シーよ。そなたの言うとおり来てやったぞ。云え。どんな災いだ」


「息子よ、口を慎め。今は人同士の争いは中断すべき時。悪魔が目を覚ましおった」


セシル

「――悪魔? 父上、なんの話です」


「その通りの者だ。子供の頃に話して聞かせた、悪魔退治の話は覚えておるか。――あれは事実だ」


セシル

「……まさか」



 王ほどではないが、セシルの顔に戸惑いが浮かんだ。



バン・シー

「オークよ。南西の山岳地帯にキール・ブリシュトと呼ばれる遺跡があるのは知っているか」


オーク

「はい。そのような昔話は聞いたことがあります。この世ならざる恐るべき魔物が住まう場所……と」


バン・シー

「それはお伽話ではない。本当に存在して、悪魔が住んでおる」


オーク

「……それは……」


「私から説明しよう。――キール・ブリシュト。古い遺跡で、本当の名前は誰にもわからん。キール・ブリシュトというのは後の人が付けた名前だ。クロースの者達によって造られた城だ。今から千年前、クロースはローマ皇帝コンスタンティヌスによる認可を受けて、絶大な権力を得たが、それ以前からクロースは中東だけではなく、この近くにも拠点を置いていた。そのある時、クロースは総力を挙げてかの地に1つの宮殿を築いた。それこそキール・ブリシュトだ。そしてクロースはそこに住まう悪魔を、自らの手で作り上げた」


セシル

「何のために。なぜ自らの天敵を作り出す必要がある」


バン・シー

「必要だったからだ。クロースの信仰には明確な神が存在しない。ただし悪魔はいる。しかしそれも連中の頭の中だけの話だった。だから、自分たちの思想が正しいと証明するために、悪魔を作り出そうと考えた。これも奴らの布教の手段だったわけだ。――南方の邪教徒たちは日々怪しげな実験を繰り返し、多くの失敗と死者を重ねた末に、『悪魔』を生み出す試みに成功した。しかし自ら作り出した悪魔はあまりにも凶暴で、力が強すぎた。連中は悪魔を放置してそのままこの土地から逃亡。当時のドルイド達が総力を尽くして、悪魔を石に封じた。……キール・ブリシュトはあまりにも巨大で、その後ネフィリムたちが城を守るように棲み着いたために破壊できず、今に至っている」


「連中は偶像を嫌う。だから神ではなく、悪魔を作り出したのだ。厄介な話だ。自分の不始末を他人に押しつけて処理させる。しかも封印は不完全ときている。わしの時代にも一度悪魔は目を覚ました。その時の恐ろしさは、今も忘れんよ」


バン・シー

「おまけに南の邪教徒は、悪魔の出自とドルイドの信仰を勝手に結びつけた。サバトと称して夜な夜な悪魔達と交わっていると……。大陸ではそのように信じられている」


セシル

「父上は戦ったのですか、悪魔と?」


「あれほど強力な怪物はいない。望むなら、二度と対峙したくない相手だった」


バン・シー

「奴らを完全に封じ込めるには倒す以外にない。さもなくば、何度でも甦るだけだ。王よ、例によって兵をお貸し願いたい」


「わしの息子を連れて行くのか」


バン・シー

「そなたたち一族の義務であろう」


セシル

「父上、何の話です。なぜこれが我らの義務なのです」


「息子よ、忘れたのか。聖剣の真の力を。あの力を引き出せるのは我らだけ。そして悪魔を倒せるのは聖剣だけだ」


セシル

「……それは、子供の頃から何度も聞かされています」


バン・シー

「決まったな。セシルにオーク。私は客室で待たせてもらう。明日までに旅の仲間を15人選び抜け。――それから、戦いの疲れは充分に癒やせ」



 バン・シーは誰の返事も聞かず、部屋を後にした。



セシル

「……勝手な奴だ」


「口を慎め。あの者はこの国を守っておるのだ。わしの生まれるずっと以前からな」


セシル

「だから信頼できぬのです。あの者がいつこの国を裏切り、私欲のために滅ぼすのか。私は気が気ではありません」


「かも知れんな。本当の目的は私にもわからん。しかしこういう時に、頼りになる者だ。これは命令だ。あの者に従え」


セシル

「……わかりました」



 セシルとオークは王に一礼すると、書斎を出て行った。

※ キール・ブリシュト 「壊れた教会」という意味。


※ この物語はファンタジーです。一部に現実世界に存在する名称が使われていますが、一切関係ありません。

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