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ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
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第14章 最後の戦い7

 オークが目を覚ますと、辺りは暗かった。夜空がかすかに青いのに、明け方頃だと気付いた。横を見ると、負傷兵達が土の上に寝そべり、僧侶の治療を待っている。そのまま死体になっている兵士もいたが、それを気にかける暇のある者はいなかった。


 側にダーンウィンが置かれていた。オークはダーンウィンを手に、立ち上がろうとした。



ソフィー

「じっとしていてください。その体では、剣も握れません」



 ソフィーが側に駆け寄ってきて、オークを押し留めようとした。オークはそれを振り切ってでも行こうとした。



オーク

「そういうわけにはいかぬ。戦わねば」


ソフィー

「よしてください。あなたは戦いに憑かれておられます。どうか」


オーク

「理由など何もない。行かせてくれ」



 それでもオークは行こうとした。ソフィーが行かせまいと体を掴む。オークは狂気を宿していた。


 そこに、老師が立ち塞がった。杖でオークの頭を叩く。オークは突然にがくりと倒れた。



オーク

「何を……」



 意識が瞬時に途切れ、眠ってしまった。



老師

「ソフィーの言うとおりだ。今は体を休めろ」



 老師は言い捨ててその場を去って行った。ソフィーは涙を拭い、オークの横たえさせると、その体に毛布をかけた。



                   ◇



 ソフィーは一人きりで眼下の様子が見える高台に出た。まだ夜が深く、森が暗い影になっている。あちこちで火が燃えて、赤く浮かび上がっていた。焼け焦げた臭いとともに、死臭が立ち上ってくる。遙か下の参道で、クロースの兵たちが行き交うのが見えた。こんな時でも敵は少しも勢力を衰えさせず、次の戦闘のための準備を進めていた。


 オークが倒れてから2日が過ぎていた。ドルイドの勢力はあっという間に崩れた。劣勢の状況が続き、戦局はじわりじわりと後方へ。今や5合目までが制圧されてしまった。


 ドルイドの本陣は、6合目に移している。僧兵もにわか民兵も数が少ない。山脈は敵に取り囲まれ、陥落寸前だった。


 もちろんクロース側の軍団も大きく数を減らしている。2万の軍勢は、今や1万人以下。通常の戦闘なら、とっくに休戦なり停戦なりの提案がでるはずだった。それがないのはこの戦いが総力戦であり、殲滅以外の結末はあり得なかったからだ。


 それが今、小休止の状態に入っていた。どちらともなく攻撃が下火になり、やがて睨み合いの状態に入った。


 この間に戦士達は体を休め、治療を受け、食事を摂っていた。手の空いた者は鎧の手入れをしたり、剣を研ぎ直したりしている。


 あまりにも激しい戦いが続いたせいか、その小休止の間が、この世から音が消えたようにすら思えてしまった。



老師

「ソフィー。休まないのかね」



 ソフィーが1人でいると、老師が現れ、声をかけた。



ソフィー

「むなしいです。こんなふうに殺し合いをせねばならないなんて。どうしてそこまで他人のものを壊し、欲しがるのかわかりません。どんなところにも幸福はあるはずなのに」


老師

「欲望ですらない。望んでいるのは王なのか、民なのか。そもそも、誰も、誰かに敵意など持っていない。しかし自らの立場が人に敵意と殺意を抱かせる。戦になれば、応じなければならん。一方が否と言えば、一方が応と返さねばならん。人間は社会というものを得た時に、対立するという葛藤を抱えねばならなかった」



 ソフィーは悲しげに目を落とし、首を振った。



ソフィー

「……風が吹いています。こんな最中にも木々は実を付け、新しい命が生まれます。古い命は枯れて、新しい命のための糧となります。何も変わらず、時が刻まれていく。でも人間だけが生き急ぎ、殺し合っています。人ばかりが争っています。互いを罵って、争いを望む社会を作ろうとします。平和は影の中です」


老師

「彼らにも理想がある。一人の理想が、他の者の幸福とは限らない。誰もが理想のために、平和のために戦っている。それには他人が邪魔なのだ」


ソフィー

「それでは平和とは言いません。望んでいるとも……」



 ソフィーは落ちかけた涙を拭った。いたたまれなくなり、そこから去った。



 ソフィーはテントに戻った。多くの負傷兵が横たわっている。死んでいる者もいた。治る見込みのない者も。健康な人間など、この場にいなかった。


 ソフィーはオークの側までやってきて、そこで膝をついた。その胸にすがりついて泣きたかったが、オークの怪我の状態を見て、気持ちを押し留めた。



オーク

「……泣いているのですか」



 オークが目を開けていた。



ソフィー

「はい。……ごめんなさい」



 ソフィーは顔を背けて、泣いている顔を見せまいとした。



オーク

「体が動きません」


ソフィー

「老師様の術が効いているのです。体力が回復するまで、動けないはずです。もうしばらく寝ていてください」


オーク

「わかりました」



 オークが目を閉じる。言葉の1つ1つに感情がなかった。


 しばし沈黙が垂れ込んだ。オークは眠っているような静かな息を立てていた。


 ソフィーはオークの側に留まった。



オーク

「……夢を、見ました」


ソフィー

「…………」


オーク

「…………」


ソフィー

「…………」


オーク

「……麦の穂が風に揺れていました。少年の私は泥だらけになって、川辺で遊んでいました。村は声に満ちていました。川の音がせせらぎ、森は清らかで葉が囁きあっています。鳥の鳴く声も、馬のいななきも、石の香りも――。……もう、何もありません。すべて失われました」


ソフィー

「……戦いが何もかも持って行ってしまったのです。でもまだ間に合います。いつか全てを取り返せる日が来ます。……信じてください」


オーク

「…………」



 オークは何も応えず、眠っているような息をしていた。


 ソフィーは涙を拭い、オークの額にキスをした。



ソフィー

「……信じて」

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