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ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
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第13章 王の末裔13

 早速オークは、新たな政治を始めようと、数少ない臣下を集めた。



ゼイン

「南の海を越えればブリタニア領です。ですがブリタニアはすでにブリデンの手に落ちた。我々の保護者にはなりますまい。荒れ野を西へ進めば、ゼーラ一族の領地です。悪魔の襲撃で多くが死んだと思われますが、人々の安全を保証できる場所ではありません。国土はクロースが作り出した怪物と魑魅魍魎どもに穢され、人が安全に住める場所はもう多くはありません。今や王族は1人だけしかおらず、仕える者はわずかな下級武士ばかり。オーク王よ、いかにして人々を守っていくつもりですか?」


オーク

「……栄えるものはいずか散り、激しく流れ行くものはいつか絶える。運、不運ではなく、定めなのでしょう。私の考えはすでに決まっています」



 オークは多くの指示を、臣下に与えた。それはあまりにも驚くべきものだったが、反対する者はいなかった。動揺を誘うが、反論すべき根拠が見当たらなかった。


 彼らはさっそく長い長い文章を作り、使節を送り出した。旅の計画が練られ、人々に今後について発表を行った。みんな動揺していたが、とにかくも従い、旅の準備に協力した。


 数日後、人々は荒れ地を去った。全てのものを引き払い、食糧など一切残さず、その地を去った。残ったのはただ1つ、セシル王の墓標だけだった。


 旅の最中、兵士達が慎重に行く手を調査し、民に危険が及ばないよう配慮された。何度かネフィリムの襲撃があったが、兵にも民にも犠牲者は1人も出さなかった。


 オークは方々に間者を放っていた。最初に戻ってきたのはジオーレを偵察していた者だった。ジオーレ達はその後、ケール・イズ遺跡のさらに南の地で、理想都市の建設に着手していた。国中からクロースに改宗した人達が集められ、奴隷同然に鞭を受けながら労働を強いられている……という話だった。反抗する者は投獄され、見せしめの焚刑も行われていた。


 大パンテオンを偵察してきた者からの報告も入った。流浪騎士団を味方に加えたリーフ達が、大パンテオンを攻撃していた。戦いはすでに40日目に入っていたが、ドルイド僧達の抵抗は今も続いているそうだ。



 やがてオーク達は王城の西側の海岸にやってきた。長い長い城壁に接した海岸に、ブリデンの軍艦がひしめき、汀にはその兵士達が整列していた。


 オーク達が現れると、ブリデン兵は旗を振り上げた。ヘンリー王が従者を1人連れて、前に進み出た。


 オークもソフィーだけを連れて、ヘンリー王の前に進み出た。



ヘンリー王

「そなたがケルトの王か」


オーク

「はい」


ヘンリー王

「こんな若者であったとは……」


オーク

「内戦で王族の全ては絶えました。残ったのは私1人だけです。私に従う者も、もうあの通り、わずかな者達だけです」


ヘンリー王

「なるほど。よく決心なされた。若年者であるが、感服した」



 ヘンリー王は若き王に敬意を示した。


 すでに文書によって、すべてが了承済みだった。オークはヘンリー王に国を譲る、という約束をしたのだ。この国にはすでに政治の機能がなく、自衛の手段も、民を守る術もなかったからだ。それでもクロースを退けつつ、今後も民を守り続ける必要があった。


 それはガラティア王国の崩壊、消滅を認めるものであった。これがオークが王としてできる、唯一の決断だった。



オーク

「こちらの条件は聞きましたか」


ヘンリー王

「うむ」


オーク

「ならば多くは申し上げません。この城と国は譲りましょう。しかし民に対するいかなる弾圧は許しません。我々は国をなくした後も影の者となり、土地を守るために戦いを続けます。もしあなたが愚かな悪政を行使すれば、我々はいつでも立ち上がり、あなたを攻撃します」


ヘンリー王

「わかっておる。この国の王になる限り、この国の民も、我が民だ。寛大に引き受け、彼らの暮らしを尊重しよう。もし私の部下が私の本位なく差別や暴力を働くなら、分け隔てなく罰を与えよう」


オーク

「感謝します。偉大なる王に。争いなき統治を」



 オークはヘンリー王の前に両膝をつき、頭を下げた。


 しかしヘンリーはオークの前に膝を着き、手を差し伸べた。



ヘンリー王

「若き王よ。誇り高き民の王よ。立つが良い。そなたは誰にも頭を下げる必要はない」



 ヘンリーはオークを立ち上がらせ、握手した。


 こうして2人の王は別れた。


 人々が列を作り、大門のほうへと進んでいった。門の前で、ブリデン兵士に引き渡された。人々はやりきれない顔を浮かべていたが、全てを受け入れて城下町へと戻っていった。


 そんな人々の行列を、オークはじっと見ていた。側でソフィーが、杖を握りしめてうなだれていた。


 すると、オークの前にヘンリー王が騎兵を連れて通りすがった。



ヘンリー王

「あの城を落とすために、父の代から戦って来た」


オーク

「…………」


ヘンリー王

「もう2度と落ちることはないだろう」


オーク

「そう願っています」



 オークはこの強き王に頷いた。


 人々の行列が大門へと入っていき、ブリデンの兵士たちがそれに随伴した。ヘンリー王も忠臣とともに大門を潜っていった。


 無人の城は、遠からず復興するだろう。人々は笑顔を取り戻し、街にも潤いが取り戻されるだろう。


 オークは僅かに残った、忠臣達の許に戻った。



ルテニー

「なぜだ王よ! なぜ戦わなかった! 剣を振るえば、あの王の命は取れたはずだ!」



 オークは首を振った。



オーク

「そんな些細な勝利を得て、何とします。彼らとの戦いはもう終わったのです」


ルテニー

「この腰抜けの王め! なぜ土地を守ろうとしない。なぜ異民族に土地を穢されるのを黙って見ている! 戦うのだ! かつての勇者達のように。ケルトの男なら、最後まで戦うべきだ!」


オーク

「いいえ。どんなに時を経て、異邦人が土地を穢そうとしても、そこに根づいているものは簡単には失われない。人々はその大地に育つものを植え、物語を語り、育ませていきます。もしも何かを変えようとしても、大地に住まう精霊が人間に反逆を仕掛けるでしょう。――妖精達は決して死にはしない。私たちが語り手の役目をやめても、新しくやって来た者達が妖精の語り手となり、ケルトの伝承者となり、語り継いでいくでしょう。妖精の物語は、この大地に生きているのだから」


ルテニー

「……俺は認めない。俺は俺の仲間とともに、俺達だけでも戦い続ける」


オーク

「構わない」



 ルテニーはオークに敬礼を送り、何人かの同志を連れて、その場を去って行った。


 次に、ゼインがオークの前に進み出た。



ゼイン

「……すまんな。若者は口が悪いものだ。気持ちは汲み取ってやってくれ」


オーク

「わかっています」


ゼイン

「さて。わしも行かせてもらおうかの。行き着いた土地で、子供達に妖精物語を語って聞かせましょう。物語にこそ、その土地に暮らし続ける人々の精神が宿る。オーク王が言うように、私が語り手となって物語を残しましょう。――最後の王よ、あなたは誇り高き人であった。あなたの治める国が見られなくて残念だ。さらばだオーク王よ。あなたの物語は必ず人々に残そう」



 ゼインはオークに最上級の敬礼を送ると、また何人かの同志を引き連れて去って行った。



オーク

「アステリクスはどうします」


アステリクス

「私は……王に、オーク様に従いて行きたいと思います」



 残った兵達も、同じ気持ちだったようだ。



オーク

「そうか。では行きましょう」



 オークは馬に跨がった。



アステリクス

「どこへ?」


オーク

「この国を守る戦いは終わっていません。大パンテオンへ。この国の教えを守るのです。これが最期の戦いになります。これより先は命の保証はしない。最後の1人になるまで戦う覚悟のある者のみついて来い。行くぞ!」



 オークは南へ進路を向けると、馬の腹を蹴った。戦士達がその後に従いていった。



 しかし兵士の1人がそこにとどまった。城を振り返る。人々の行列はまだ続いている。城は古いシンボルが取り除かれる作業が始まっている。ブリデンの旗が翻っていた。


 兵士は一度うなだれるが、顔を上げて城に敬礼を送ると、そこを後にして皆に従いて行った。

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