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ロスト・フェアリー  作者: とらつぐみ
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第11章 蛮族の王7

 白銀の鎧に身を包んだ騎士に、ソフィーが囚われていた。



――ソフィー!



 オークは叫ぼうとした。しかし声が出なかった。辺りは十字架を掲げた人々が取り囲み、何かを喚いていたが、ただ風がごうごう鳴るばかりで何も聞こえなかった。


 ソフィーはゆっくりと台座を登っていく。台座に大きな十字が立っていた。十字は一度寝かされ、その上にソフィーが寝そべる。両手を大きく広げ、掌が杭で固定された。


 ソフィーが悲鳴を上げる。


 十字の処刑台が起こされた。ソフィーの足下で火が焚かれる。



――ソフィー、逃げるんだ!



 オークは再び叫んだ。だが周りの声に掻き消された。動こうとしても、そこに釘付けになって動けなかった。


 人々が顔に狂喜を浮かべて、焼かれるソフィーを見ていた。ソフィーの衣が焼けて、皮膚が焦げて溶け始める。人々はその様子を見ながら、手を叩き、指をさし、笑っていた。その顔に、ネフィリムが重なって見えた……。





オーク

「ソフィー!」



 叫びながら跳ね起きて、それから全身に痛みが走った。しばらく痛みにのたうち、全身に脂汗を噴き出させた後、やっと元通りベッドに横たわって、ぜいぜいと息をした。


 ――どこだ?


 オークは辺りを確かめようとした。知らない場所だった。小さな部屋で、窓から明るい光が射し込んでいた。オーク自身は全身に包帯が巻かれ、ベッドに横たえられていた。まだ夢の中の気分が抜けず、窓から降り注ぐ光もどこか非現実的な感覚が漂っていた。



僧侶

「目覚めましたか」



 ベッドの側に、ドルイド僧がいた。



オーク

「何日経ちました?」


僧侶

「10日です。傷は深かったし、体は消耗しておりました。良いドルイドが何人も訪ね、癒やしの術を施さねば、どうなっていたか……」


オーク

「そうですか……」



 オークは途方もない気持ちになって、ぼんやりと天井を眺めた。――あれから10日。あの後なにが起きたのか。城はどうなってしまったか。知るべきことも考えるべきこともいくらでもあるような気がした。しかし、今はただ茫然とするしかなかった。




 その村は王城からはるか南東の、周囲が森に囲まれた村だった。地図にも記されていない隠里である。戸数は10程度しかない。最低限の労働と収穫だけでやりくりしている、小さな村だった。そんな小さな村だからこそ、ウァシオにも発見されず、新しく興った宗教の影響にもさらされず、ケルトらしい風土と暮らしを残していた。


 オークは目を覚ましてからさらに4日、医師と僧侶に言われたとおり養成に努めた。その期間、誰もオークに外の世界の情報を与えなかったし、オークも情報を求めなかった。今は自身の身体の回復に努めた。



 20日目に入り、オークを訪ねる者があった。ゼインであった。



オーク

「無事でしたか」


ゼイン

「あなたこそ。我が国は希望を失わずに済んだ」


オーク

「何から訊ねればいいのでしょう。セシル王は無事でしょうか」


ゼイン

「ウァシオへ王権を譲らせるために、拷問を受けたと訊いておる」


オーク

「ウァシオが王に?」


ゼイン

「左様。城からドルイドが追放され、クロースが国教として招き入れられた。重い増税が課せられ、人々が街を去って行き、その去った後にゼーラ一族が棲み着こうとしておる。国は毒され、荒廃する一方じゃ」


オーク

「…………。……ソフィーは? ソフィーは無事ですか」


ゼイン

「わからん。脚を負傷して村に残された……という話までは聞いたのだが、その後どうなったか。クロースによる魔女焚刑がはじまっておる。捕らえられたのなら、もうすでに……」


オーク

「そうですか……」



 オークが落胆の溜め息を吐く。



ゼイン

「愛しておられたのだな」


オーク

「はい。最愛の人でした。しかしついに愛を伝えられずに終わってしまいました。あの人には、つらい思いをさせてしまいました」


ゼイン

「…………」


オーク

「あっけなかったですね。あれだけ長い歴史を持つ城が、こうも簡単に破られるとは……。歴史を築くのには長い年月が必要ですが、崩れるのは早い。セシル王の生死は、確かめたのですか?」


ゼイン

「何とも言えぬ。……しかしオーク殿。これは確かな情報ではないのだが……セシル王は生きている、と」


オーク

「本当ですか?」


ゼイン

「確かな情報ではないんじゃが。つい先日、ある村に女が現れ、こう告げたそうじゃ。『セシルは生きている』と。ひどいボロを身にまとった哀れな姿だったが、女は村人の施しを受けず、予言めいた言葉を残して去って行ったそうだ。村人達は……バン・シーと呼んでおった」


オーク

「バン・シー? あなたはその女性とは……」


ゼイン

「会わなかった。しかしあのバン・シーとは別人でありましょう。キール・ブリシュトの戦いで、無事に逃げ帰れたとは思えん。古い風習が残る村での話だからのぉ、バン・シーとはもっと違う意味の言葉だろう。しかし、胡散臭かろうが、私はこの情報を信じていたと思う。いかがかね」


オーク

「もちろん信じます。あの人を救い出しましょう」

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