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夜中の勢いシリーズ(短編)

今だけでもいいから

作者: あしたば

「卒業おめでとう」

 壇上に立って卒業証書を手渡される時、彼女はそう祝いの言葉をもらった。すでに二回同じような経験をしていたが、その時込み上げる何かは三度目だというのに物凄く新鮮で。視界が一瞬ぼやけるのが分かった。


『今だけでもいいから』


 卒業式が終わり、生徒達はすぐに帰るはずもなくこの学校で共に過ごした友人達とめいいっぱい写真を撮ったり、話している。どれだけ話しても全ての気持ちを伝えることは出来なかったが、彼らなりの言葉と態度で感謝の意を表していた。涙を浮かべていたり、反対に笑顔だったり、三年間過ごしてきたこの場所に対する思い入れと友人や先生達に対するその思いは勿論純粋な気持ちばかりでは無かっただろうけれど、彼らの様子から少なくとも必要な時間だったと感じさせた。

 その中で一人の女子生徒は名残惜しさを感じながら別れを告げ、学校を後にした。この学校で彼女達が時間を共にすることはもうない。

 いつもの帰り道は学校から家までを遠く感じさせる道であったはずなのに、もう二度と同じように通ることがないと思うと急に寂しさを感じさせ、家に着かなければいいのにとさえ思わせる。道に、その街並みに愛着が生まれた、とまでは言わないまでも、そう思わせるぐらいにはなっていたのかもしれない。

 駅前に着くと一旦立ち止まりマフラーを巻き直した。例年より寒い今日は流石に何もなしでは耐えられない寒さで、口元をマフラーで隠して冷たい風ができるだけ肌に当たらないようにした。

 そのまま駅前の風景を眺めていると、彼女と同じようにマフラーをして彼女に手を振る男子が現れる。彼女の恋人である彼は小走りで彼女に近づいた。

「ごめん、待たせた」

「ううん、大丈夫」

「思ったより引き止められてさ」

「卒業だからね、仕方ないよ。私もだしね」

 そう、最後なのだ。どれだけ年が明けて同じような季節が来たとしても、こうやって高校生でいるのは今日が最後。もう二度と戻りはしない。だから友人達がもっと喋ろうと引き止めるのも仕方のないことで、元々そこまで付き合いが得意じゃない二人は早々に切り上げてきたわけだった。

 二人は卒業式の日は二人で思い出話に浸ろうというふうに決めていた。ひっそりと静かにこの三年間を思い出そうと。だからこうして二人で待ち合わせをして帰路につくことにしたのだ。

 この後の謝恩会に行くつもりはなく、ひたすら二人で。そう決めていた。

 歩きながら彼女達は思い出話に花を咲かせる。

「色々あった三年間だったよなー」

「そうだね、修学旅行が一番楽しかったなー」

「あの時こっそり夜に抜け出してみんなで遊んだよな」

「遊んだ遊んだ! 後でこっぴどく怒られちゃったけど」

 修学旅行で男子と女子が夜会わないように、なんてことはもう世間では一般常識である。それを破って、それも抜け出した。当たり前だがその後しっかり怒られた。けれど例えそうであっても彼女達には楽しい時間だったことだろう。その時にしか味わえない気持ちである。

 この話がきっかけのように、次々と出てくる高校の思い出話。その時は必至でも今になって見れば辛い思い出も楽しい思い出も笑って話すことができた。

 あまりお喋りではない二人の話が途切れないことからしても、やはりまだまだ話足りていなかったようだった。三年間の思い出はそう簡単にまとめられるものではない。平凡な日でさえも笑い話になった。

 そう話しているうちに少しずつ歩くのが遅くなってくる二人。最初に足を止めたのは彼女の方だった。

「……ねぇ」

「ん?」

「我儘、言ってもいい?」

「珍しい、そんなふうに聞いてくるなんて」

 彼は自分を見てくる彼女に優しく笑いかけ、言おうとしている言葉を待っていた。

 いや彼には彼女が何を言いたいのか分かっていた。彼も彼女と同じ気持ちだったから。

「……いこ、みんなのところに」

「言うと思った。話してるうちに会いたくなったか?」

「うん、やっぱり最後、だし」

 二人で卒業を祝おう、なんて言っていたが、話しているうちに、思い出しているうちに、こんな三年間をくれたみんなに会いたくなった。離れたくないと思った。けれどずっと一緒にいるなんて到底無理な話で。

 それなら今だけでもいい、少しでも長く、みんなといたい。二人の気持ちは同じだった。

 彼は彼女にもう一度笑いかけて、左手を差し出す。それを見て彼女も笑顔でその手を取った。


 卒業式の日、いつもの帰り道を逆行して友人達に会いに行く二人の後ろ姿があった。

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