募金箱の一万円は誰が入れたのか?
こちらも以前書いた作品になります。
このころ、加納朋子さんの作品にはまって、色々日常の謎を取り扱った話を多く考えていました。
今日は俺の十六回目の誕生日である。
とは言っても、それを知っているのは小さいころからつきあいのある奴だけなので、誰かに祝われることもなく、普通に放課後を迎えた。俺は家に帰らず、いつものように学校の図書館で好きなミステリー本を読んでいた。
「相変わらず暇そうねー」
珍しく声を掛けられ、俺は顔をあげた。
「悪かったな」
声をかけてきたのは、クラスメイトで幼馴染の美花だった。こいつが図書館に来るのも珍しい。しかも彼女は俺の向かいに座り話しかけてきた。
「暇ならちょっと手伝ってくれない? ちょっと気になる問題があるの」
「問題?」
美花はかばんから茶封筒を取り出して机の上に置いた。金属音が小さく響く。なにか重いものが入っているのだろうか。
「文化祭の募金。今日が締め切りでしょ」
「そういえば、美花はうちのクラスの文化祭実行委員だったな」
うちの学校の文化祭は結構盛大で三日間にわたって行われる。だが昨今の不景気で今年は規模が縮小される予定らしい。これに反対した文化祭実行委員は、生徒たちによる募金活動を決行した。俺としては、何円集まるか微妙な募金より普通に署名を集めたほうが良いと思うが。ともあれご丁寧に一年から三年まで計12クラス分の募金箱が各クラスに配置され、今日が最終日である。
「この中に入っているのが、うちのクラスで集まったものなんだけど」
「見ていいのか?」
美花はうなずくと、封筒をさかさまにする。彼女の小さな手のひらに、ぱらぱらと落ちる小銭。予想はしていたが色つきの硬貨が目立つ。まぁそんなところだろう。そして最後にぱらりと折り畳まれた紙切れが落ちた。
「なっ」
俺は思わず絶句した。紙切れ……もとい紙幣は、一万円札だった。
「……これなんだけど。どう思う?」
「募金箱に入っていたのだから……募金だろ」
「でも一万円よ」
美花が机に置いた硬貨の金額を数える。337円。百円玉が2枚。五十円玉が1枚。十円玉が8枚。五円玉が1枚。一円玉が2枚。
高い硬貨と安価な硬貨の枚数が同じというのは興味深い結果だ。一人一枚だと考えると、クラス33人のうち、14人が募金したということか。一万円を含めると15人。ちなみに俺は募金していない。にしても百円の次が一万円札か。
「これがお前が相談したいってことか」
「うん。気になるでしょ。一万円よ、一万円。もしかして誰かが間違って入れてしまったのかもしれないし」
美花が散らばった硬貨を封筒にしまう。折り曲げられた一万円札だけが残る。手にとって見たが偽札ってことはなさそうだ。折り曲げたのは募金箱に入れやすいためだろう。そうなると美花の言う間違って入れてしまった、という可能性は低い気がする。
「そうだな……」
俺は頭を巡らせる。
募金箱に金を入れること自体は普通だ。問題となっているのは、募金箱に入れるにしては法外な金額にある。だが……
「たとえば、西園寺ならどうだ? 彼女なら一万円もありえなくないだろう」
深い付き合いがあるわけではないが、見るからにお嬢様であるクラスメイトの名をあげた。だが美花は首を振る。
「残念だけどそれはないわ。以前西園寺さんの財布を見せて貰ったことがあるんだけど、お札が一枚もないのよ。本人いわく学校じゃお札持っていても使い道がありませんから、だって」
「学校外や帰りに物入りになることもあるだろう」
「そのときはカードあるし、買えない場合は、電話で使用人を呼び出して買わせることもあるみたい」
本当のお嬢様かよ。
「なるほど。普段は持ち歩かないと。けど募金期間は三日間だったんだ。募金するつもりで持ってくることはできたはずだ」
「でも西園寺さんと文化祭ってあまり結びつかない気がしない?」
「うーむ……」
納得は出来ないが、確かに西園寺はのほほんとした性格で、文化祭の「お祭り」とは正反対な印象を受ける。一万円を募金することは財力的に厳しくても西園寺以外不可能というわけではない。犯行を決め付けるネタとしては弱い。
「なるほど。ならば動機――つまり、どうして一万円を募金したか、から考えるべきかもしれないな」
美花がうなずく。俺は考えをまとめるために思い浮かんだことを口にする。
「募金は文化祭のためだ。だが俺たち一年生は経験したことないので、思い入れは少ないはずだ」
少なくとも、俺は二日でも三日でもどっちでも良い。
美花が反論する。
「去年の文化祭を見て感動して、うちの高校を受験した人もいるかもしれないよ?」
「いないとは言わないが、一万円を募金する動機としては弱いと思う。むしろミステリー的に考えるのなら、文化祭が一日伸びて得する人物、損する人物、だな」
「文化祭が一日伸びれば授業は一日減るけど、結局ほかの時間で詰め込むわけだから一緒じゃない?」
「授業時間ではなく日にちに関係する可能性もある。文化祭が行われる予定の○○日にどうしても文化祭が実施されないと困るとか」
「うーん。でも削るとしても、三日のうちの前と後ろのどちらが削られるのか、そもそもまだ正式な日程も決まっていないのよ。それに募金だって可能性だけで、文化祭縮小が覆るかも分からない状態だし」
むぅ。せっかく良い思いつきだと思ったのだが、無理があったか。現実はミステリーのようにはいかないようだ。
確かに可能性だけで一万円は高い。いや……待てよ。発想の転換だ。
「一万円の出費は痛い。……だが自分の出費じゃなかったらどうだ?」
美花が顔を曇らせ、妙に慌てた様子を見せる。
「まさか、盗んだお金とか?」
「それだけじゃない。誰かが脅して誰かに無理やり入れさせた可能性だってある。いじめの一種だな。カツアゲと同じだ。一万円は加害者の手に入る代わりに募金箱に入る」
「あの、さ。あまりそういうことは考えない方がいいと思うんだけど」
美花は取り繕うように言う。確かにあまり考えたくないことだろう。
「あくまで可能性の話だ」
そういいながら、俺はクラスメイトの一人を頭に思い浮かべていた。東野という男子生徒だ。いじめられっ子かどうかは知らないが、気弱で言いよられたら断れないタイプだ。だが脅迫した相手は誰だ? こちらには思い当たる節はないが、クラスメイト以外にいるかもしれないし、部活の先輩という線もある。
「で、でも。それってリスク高くない? ばれたら退学モノよ。文化祭だって中止になっちゃう」
「確かに……いや、発想の逆転だ。そうやって文化祭を中止に……って、それはないか。一万円よりリスクが高すぎる」
頭の中が混乱する。ここで考えているだけではなにも進まない。
「考えても仕方ない。現場――教室を見てくる。美花は?」
「私はここで待ってるわ。今日までに募金は提出しなくちゃいけないんだから、勝手に帰らないでよね」
「ああ、分かってる」
こんな興味深い事件を前にして家に帰るつもりはない。
図書館は三階。我が一年一組の教室も三階にある。特別教室のある北館から渡り廊下を通って南館に行くだけだ。
「誰もいないのか……」
教室は無人だった。たいてい女子のグループが残って談笑していたりするのだが誰もいない。聞き込みのしようがない。いくつか荷物が乗っかったままの机は、部活に行っている輩のものだろう。
俺は教室の後ろにあるロッカーの前に立つ。今はもう美花が持ちだしてしまったが、ロッカーの上、窓と廊下のちょうど中間の所に置かれていた。縦長のシンプルな長方形の募金箱だった。色もシンプルな白。不透明なので中は見えない。まさか一万円が入っていたとは思わないだろう。南京錠で施錠されていて当然開けられないようになっていたが、設置された募金箱自体はただ置かれていただけで、持ち運び可能だった。もっとも小さくはない募金箱を持ち歩くのは目立つ。いくら入っているか分からない募金箱を盗むこともないだろう。
だがあえてそれをやったら?
他のクラスの募金箱とすりかえる。美花が回収した募金箱は実は別物だったという展開。だが、一円も入っていなかったのなら理解できるが、一万円入りの募金箱とすりかえる意味は分からない。
「あの……すみません」
誰もいない教室で声を掛けられ、思わず声が出そうになった。声のした方を振り返ると、クラスメイトの女子生徒が申し訳なさげに立っていた。
「さ、西園寺……? なぜここに」
「恥ずかしながら忘れ物をいたしまして……」
そういいつつも俺を見つめたまま動こうとしない。疑問に思っていると西園寺が言った。
「あの、そこ私のロッカーなのですが」
「ああ。悪い」
そりゃ不自然だな。俺は逃げるように教室を出た。よく考えれば、何も悪いことはしていないのだが、どの道これ以上募金箱の無い教室にいても何か分かるとは思えない。回収した時の様子を美花に聞いた方が有意義だろう。
俺はふと隣の二組の教室を覗き見る。こちらも無人だった。募金箱はすでに回収されたのだろう、見当たらない。だが昨日と同時刻だったら、隣のクラスの俺でも募金は可能だった。同じことがうちのクラスにも言えることだ。何気なく他の教室の前を歩いていると、廊下で珍しい顔と出会った。
「おっ」
「やぁ。久しぶり」
一緒の中学だった喜多川である。今はクラスが一組と四組なのでなかなか会うことはない。確か帰宅部だったはずだが。
「喜多川がこんな時間まで残っているのは珍しいな」
「ああ。おれ文化祭実行委員だからな。最後の集金してたんだ」
そういって喜多川は募金箱を掲げた。なるほど。持ち運び自由だと、募金箱を持って一人一人に募ることが可能だ。こういう使い方があったか。
「少しは入ったか?」
「どうだろうね。でもこの重さ。けっこう手ごたえはあるよ」
いくら小銭が入っていても一万円札には敵わないだろうけどな。
「けっこう強引な取り立てしたからね。東尾先生の喜ぶ顔が見たくてさ」
「え?」
東尾先生とは、ウチのクラスを担任する女性教諭だ。なぜ喜多川のクラスに関係するんだ?
「知らないの? 東尾先生が文化祭実行委員の顧問なんだ」
俺が尋ねると、喜多川はあっさり答えた。
「今回の募金の案も先生が提案したものだったし、募金箱の手配も先生が率先してやったんだよ」
「ほぉ」
いつもぼーっとしている東尾先生がか。意外だった。文化祭実行委員の顧問をしているくらいだ。東尾先生は文化祭に思い入れがあるのだろうか。
俺はそっと四組の教室に目をやる。さっきも思ったが、その気になればクラス外の人間でも募金はできる。それは生徒だけじゃなく、教師も同様だ。むしろ金銭感覚的に考えれば、西園寺には及ばないとしても、一般の生徒より一万円の出費は可能なはずだ。しかも彼女が募金行為を提案したと言う。おひざ元である自クラスの募金額を立派なものにするために一万円を投入した。考えられなくはない。有力な犯人候補の浮上だ。
だがこれも可能性だ。なにか決定的な証拠がなくては断定できない。
「それじゃ行ってくるよ」
「あぁ」
募金箱を大切に両手で持って職員室に向かう喜多川の後ろ姿をぼんやり眺めて――犯人が分かった。
☆☆☆
図書室に戻る。美花はさっきと同じ場所で俺が置きっ放しにしたミステリー本を読んでいた。俺に気づくと、座ったまま見上げるようにして言った。
「おかえり。犯人わかった?」
「ああ」
楽しめに微笑む美花に、俺は小さくうなずいて向かいに座る。
「で、誰?」
机に頬杖ついて美花が上目づかいに俺を見つめる。俺は、その視線から少しそらすようにして言った。
「犯人は――美花、お前で良いんだよな?」
ぷっと美花が噴き出した。
「なんか格好悪い。ミステリーの一番の見せ場なんだから、もっとびしっと決め台詞みたいのを期待していたのにーっ」
「うるせーな。『犯人はお前だ』みたいの言いたかったけど、恥ずかしいんだよ」
痛いところを突かれた。
美花は図書館で迷惑にならない程度に声を押し殺して笑い終えると、一息ついて挑戦的な視線を俺に向ける。
「……で、私が犯人だっていう理由はあるの? まさかカマをかけただけじゃないよね?」
「当然だ。あっさり降参して語りに入らなくて、ほっとしている」
俺は頭の中で話を組み立てて口に出す。
「誰が一万円を募金したか? 色々怪しいやつがいても、結局目撃証言や本人が名乗り出てない限り、推測の域を出ない。いや目撃証言は自首だって狂言の可能性も考えられる。犯人と断定するには明確な証拠が必要だ。それが美花にある」
「うん。それは?」
心地よさげに耳を傾けていた美花が問い返してくる。
「文化祭募金は顧問の東尾先生の提案だった。生徒たちから金を集める手段には教師たちからの批判もあっただろう。金銭の取り扱いは慎重にするべきだ。だから持ち運びには目立つ大きさの募金箱にして、南京錠で鍵を掛けた。管理のしやすさを考えれば、一つの鍵で複数を施錠できるタイプだろう。当然管理するのは東尾先生になるはず」
美花はなにも言わない。構わず続ける。
「募金箱に入っていた一万円に事件性を感じて先生に知られる前に俺に相談に来た、と美花が言ったが、その話はありえない。なぜなら、東尾先生でなければ募金箱を開けられないからだ。つまり、茶封筒から出したあれは美花が仕組んだもの。よって、この事件を引き起こした……というより作り出したのは、美花になる」
俺の言葉に、美花はパチパチパチと軽く手を叩いた。
「おー。おめでとー。正解。わざわざ自販機で小銭崩してそれっぽくしたのになぁ」
十円玉が何枚とか言うやつか。確かにあれが全部財布に入っていたら重いだろう。
「ちなみに、一万円を除けば金額は事実に忠実よ。本物の募金は東尾先生に提出済み。おっしゃる通り共通の南京錠のかぎは東尾先生が持っているわ」
やっぱりそうだったのか。
俺がいじめの線を話したとき妙に慌てたのは、俺が事件性を重く見て先生に相談するのを恐れたのだろう。
とはいえ謎がすべて解けたわけではない。動機だ。動機が分からなければ、ミステリーの解決としては50点である。
「募金箱の件から犯人はお前しかあり得ないのは分かった。けど美花がなぜこんなことをしたのかが分からない」
美花は意味不明な悪戯をするような奴ではない。
「ふふ。それよりどうだった? 謎解き、少しは楽しめた?」
「……まぁな」
「それはよかった」
美花は笑って言った。
「誕生日おめでとう。私からのプレゼント、楽しんでくれたようで良かったわ」
伏線っぽく見られていたものは伏線ではなかったので、未回収ですw
こういう書き方ってありですよね?
お読みいただきありがとうございました。




