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戦いの行方

 ――グギャアアアアア!


 まずは、叫び声をあげた一体のゴブリンが勢いよく飛び出してきた。その手に掲げた槍を前衛に立つサラに狙い定めると、胴体を目がけて一突き。しかし、ビュッと風を切る音と共に繰り出されたその一撃はサラの身体を貫くことはなかった。サラは左手に持つ盾によってその穂先を軽くなでるようにして往なすと、前のめりになりバランスを失ったゴブリンの首をストンと落としたのだ。



 ゴトリと音を立てて転がるゴブリンの首を前に、僕らも含めてその場にいた者は目の前で起こった出来事が理解できずに呆然としてしまった。


 「まずは一体ね」


 当の本人は信じられないような神業を披露した後にも関わらず息一つ乱していないように見えるが、今の一撃に大量の魔力が込められていることに僕は気付いた。人間離れした技の正体もやはり魔法であったようで、残りの七体がバラバラに突撃してきたとしたらは連続では出せないだろうから、今の技は牽制の意味も込めて放ったと思われる。だからこんなにも強いのにゴブリンから逃げていたわけか。


 「軽く受け流してもらえれば、僕らが数を減らします。あんまり無理しないで下さいね」


 「まさか、今の一撃を見ただけで気付くの?それなら、攻撃は任せようかしら。私は敵を引き付けておくわ」


 

 ゴブリンたちは仲間がやられたことで興奮していて、僕らが何を話しているのかを理解できていない様子だったが、一人ずつでは勝てないとは理解したようで、後ろのボスと取り巻きの一体残して、あとの四体が同時に繰り出してきた。


 斧持ちの二体をサラが引き付け、別の二体のゴブリンが僕らの方へと向かってくる。斧持ち、槍持ち一体ずつと装備を確認すると、まずは足元に大穴を開ける。


 『アースピット』


 かなり魔力を込めたので、深さ一メートルほどの穴が開けられ、突如足元が消えたゴブリン達は抵抗もできずに穴に落ちていく。ここで、レオに合図をして一気に殲滅しようとするも、レオの様子がおかしいことに気が付いた。


 「おい、レオ戦闘中だぞ!しっかりしろ」


 「――」


 レオの視線の先には、ゴブリンの生首が転がっていた。驚愕の表情を浮かべたまま動かない生首は、こちらを見つめているように見えなくもない。僕は魔物相手だからとすぐに切り替えられたが、レオは初めて見る魔物の死に気が動転しているようだった。古代魔法はこんな精神状態では放つことができないだろう。


 「レオ、少し下がっていてくれ。ゴブリンくらいなら僕らに任せて大丈夫だ」


 「あ、あぁ……」


 穴を抜け出したゴブリンたちがじりじりと迫ってくる。後ろのレオを守りながら、これ以上退くことは出来ないし、サラさんから距離が離れすぎるのは避けたい。それにサラさんも一人でゴブリン二体を抱えているところにボスが向かってしまうとさすがに戦況が厳しくなるだろうから、僕がこいつらをさっさと片づけないと。


 思い浮かべるのは、水。しかし、今までのような球状のものではなく、重い一撃に特化した形状。狙うはゴブリンの頭部。魔力を込めると、言葉にして放つ。


 『アクアハンマー!!』


 ごっそりと魔力が失われる感覚に耐えながら、斧持ちのゴブリンの背後に呼び出した水のハンマーで後頭部を激しく殴打する。質量という単純なエネルギ―を力に変えた一撃は無防備な首元を打ち抜くと、グキリという嫌な音を響かせて首の骨を砕いた。そして、役目を終えたハンマーを消し去る。


 いくら魔物とはいえ、首の骨が折れた状態ではまともに動くことが出来ずに、ビクビクと痙攣しながら息絶えた。魔物を殺した感覚に体が無意識に震えだすが、無理矢理にでも体を動かして次の目標へと目を向けた。狙いを槍持ちの方へと変えると、次の魔法の準備を始める。先程の水魔法はかなりの魔力を消費したため、一度落ち着いて魔力を集める。慣れている水魔法とはいえ、こんなにも短時間のうちに魔法を連発することなどなかったので、身体は悲鳴を上げているが今は構っていられない。



 槍持ちは一瞬にして隣のゴブリンが殺されたことに驚きはしたが、すぐに僕の方へと向かってきた。木と木の間隔が短いこの場所では槍を振り回すよりも突く方が有効だと判断し、細かい突きを繰り出す。


 『アースシールド!!』

 

 僕は瞬時に土の壁を生成し、突きを受け止める。そしてわざと緩く作った壁を槍が貫いたのを確認すると、土壁の強度を一気に上げた。壁に刺さったままの槍は、急に固められた壁に固定されており、無理に抜こうとしても簡単には抜けなくなっていた。


 「すぐに武器を放棄すればよかったのにな」


 壁の前で槍を抜こうと奮闘するゴブリンを他所に、さらに詠唱を続ける。


 『アースバインド!!』


 今度は壁がそのまま崩れ、波のようにゴブリンを襲い掛かり、身体覆うことでその自由を奪う。がっしりと固められた土の檻の中から槍を引き抜くと、拘束から逃れようとするゴブリンの首筋を切り裂く。太い血管を傷つけられたことで辺りに大量の血を撒き散らすが、そんなことも気にせず次の目標へと目を向ける。



 次はサラさんに近接していた魔物だ。相変わらずきれいに攻撃を捌いているが疲労も溜まっていることから完全に防ぐことは厳しいだろう。ここは援護の魔法が良いと判断する。


 『アースソーン!!』


 今度の魔法は、地面から突き出す土の棘。ゴブリンの足元に無数に伸びる棘を展開し、身動きを取れなくなったところをサラが仕留めていく。


 「ナイスカバー!このままボスを仕留めるわ」


 「了解です」


 残るは、ボスとその取り巻き一体。今までの感じから行けばこのまま押し切れそうであったが、ボスの異様な存在感が少し気にかかる。


 牽制も兼ねて遠距離魔法で攻撃をしてみることにした。


 『アクアボール!!』


 球状の水を生成すると、力いっぱいボス目がけて放つ。しかし、顔面を狙った攻撃はあっさりと切り捨てられる。百センチはありそうな分厚い直剣を軽く振るうことで水は消し飛んだのだ。


 「さすがに簡単にはやられてはくれませんね」


 「今の攻撃で倒せるなら拍子抜けだわ。私がうまく引き付けるから援護をお願いしてもいいかしら」


 頷いて了承すると、サラは単身でボスの下へと向かっていく。僕も一定の距離を保ったまま魔法の狙いやすい位置まで移動すると、魔力を集中させる。



 サラさんとボスが剣を打ち合い睨み合っている中で、取り巻きがサラさんの隙を伺っているのに気付いた。今のままだと取り巻きが邪魔になりそうであったため、先に取り巻きを狙った魔法を放とうとしたところで、突然ボスの咆哮が響き渡る。


 ――グラァァァァァアア!!!


 魔力を込めた咆哮が空間を伝搬すると、驚いたことに、込められた魔力が霧散した。


 「っ!?」


 急に力が抜けて、立ち眩みのような感覚に襲われてフラフラとしているのに気が付いたゴブリンが狙いを変更してこちらに接近してくるのが分かるのだが、思うように体が動かない。


 「まさか、ゴブリンがジャミングを使うなんて……油断していたわ!」



 サラの言う『ジャミング』とは、集めた魔力に別の波長の魔力をぶつけることで、魔力を掻き乱し霧散させる技術のことを指し、今回ゴブリンのボスは己の咆哮に魔力を乗せて放つことでジャミングを行ったのである。ちなみに、ジャミングは強力な魔力に対しては有効ではないが子供の放つ魔法ぐらいならば簡単に掻き消すことが可能である。



 痺れたように動かない身体ではうまく言葉を発することも出来ず、ゴブリンが近づいてくるのを眺めることしか出来ない。サラさんもボスの攻撃を防ぐのに精いっぱいでこちらのカバーにまで回れない。振り上げた斧が近づき、目を閉じようとしたところで目の前に閃光が弾け飛ぶ。


 『イグニスランス!!』


 正気を取り戻したレオが放った炎の槍は、ゴブリンを貫き、勢い良く燃え上がると全身を焼き焦がす。肉の焦げた匂いが辺りに広がり、ゴブリンはバタリとその場に倒れ込んだ。震えも収まると、レオに手を貸してもらい立ち上がる。


 「危なかった。死ぬかと思った!」


 「すまなかった、俺はもう大丈夫だ。サラさんの援護に回ろう」


 

 サラさんとボスの打ち合いはお互いに一歩も引かない激しいぶつかり合いであった。サラさんとしては一度距離を開けてしまえば得物のリーチ差がある相手に不利になるため、肉薄して距離を取られないようにしていた。対するボスゴブリンの方はと言えば、ちょこまかと動きながら時にはカウンターをしてくる相手に苛立ち、無理にでも距離を取ろうとしている。


サラさんは土魔法の盾を維持するために他の魔法を使うことが出来ずにいるが、ゴブリンの重い一撃を剣と盾を巧みに使いこなし弾いていた。正面からぶつかれば、確実に盾ごと吹き飛ばされそうなほどの攻撃だが絶妙なタイミングで逸らす。時々先程の技を繰り出してカウンターを入れてはいるが、あまりダメージが入らないところを見るとかなりの魔力で防御しているのかもしれない。


 あの防御力から考えるに、下手な魔法では効果がないだろうから一撃にかけた大技を狙うことにした。以前にレオと考えた協力魔法の構築を始める。


 こちらの不審な動きに気付いたボスは再び咆哮による妨害を狙うが、サラさんの鋭い剣閃によって阻まれる。


 「邪魔はさせないわ!」


 サラさんの協力も含めて、お互いの手を強く握りしめ、その感覚を共有することで完成させた魔法。属性は土と火、すべてを焼き払う業火を逃すまいと堅牢な檻が包み込む。


 『エクスプロージョン!!』

 

 サラさんが距離を取ったタイミングで魔法を放つ。土魔法によって生成された巨大なドームがボスの周囲を覆うと、完全に閉鎖された内部で一点に圧縮された熱が膨れ上がる。次の瞬間、ドームを中心に大爆発が起こった。逃げ場を失ったエネルギーの塊がドーム内部を暴れまわり、ボスの身体を焼き尽くす。


 しばらくして音を立ててドームが崩れ落ちると、黒焦げになったゴブリンのボスの姿と地面に突き刺さる直剣が確認できた。


 「――やったか?」


 「それフラグだよ」


 レオの不用意な発言に呆れてしまうが、どうやら本当に倒せたらしい。


 「やっとか……」


 「こんなに緊張をした戦いも久しぶりだったわ。それと、この事は町へと報告しなければいけないわね」


 やっと一息つける、と安堵したサラさんが剣を納めるとその場に座り込んだ。戦いの最中に解けたアッシュブロンドの髪を纏め直しているのを見て、なんだかその色っぽい仕草にドキリとしてしまうが、僕は気持ちを切り替えてサラさんに質問をした。


 「サラさんは何の目的があってこんな森の中を一人で歩いていたんですか?」


 こちらに視線に気付いていたサラさんが答える。


 「子供二人でこんなところを歩いている方がよっぽど奇妙だけどね。まぁ、その話は置いておくとして、今回は森の調査に来ていたのよ。春にゴブリンの討伐隊が編成されるわけだし、事前の調査は必要でしょ?まさか戦闘になるとは考えていなかったけどね。」


 あぁなるほど、だからこんなところにいたのか。髪を纏め終わったサラさんはため息交じりに答える。そりゃ、森の中で見つけた子供を放っておいて自分だけ逃げるなんて出来ないだろうしね。



 「あ、それと……」


 そのまま、その双眼をキラリと輝かせて言葉を続ける。


 「今、私の方を見ていたでしょ?それも、顔赤くしながら」


 「なっ!?」


 突然の指摘に顔が赤くなるのを感じる。見た目が子供だからってこの人からかっているな。ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべるサラさんの口撃は止まらない。


 「そうやって耳まで真っ赤にして照れちゃって……可愛いんだから。年齢の割に魔法も戦闘能力も凄いとは思っていたけど、やっぱり中身は年相応なのね」


 「ぐぬぬ……」


 本当はあなたより年上です、などと言えるわけもないため、ただ唸ることしか出来ずにいると、状況を察したレオが話題を変えてくれた。


 「それにしても、サラさんの剣技は凄かったな。あれってどうやっているんですか?」


 レオの疑問は僕も気になっていたところだ。魔法を使っていたことは確かだろうが、どのように魔法を作用させていたかなんて、あの一瞬で分かるわけがないし。


 「魔法に近いのかしら?でも魔法ではないわね。詳しいことは町に帰ってからにしましょう。このままだと町に帰れなくなってしまうわ」


 サラさんは上を指さして言った。空はすでに夕焼けに染まっており、一時間もしないうちに日が沈んでしまうだろう。


 「夜になってから、また魔物に襲われるなんて御免だわ。急ぎましょう」


 「それもそうですね」

 

 「早く帰って飯を食いたい」



 僕らはサラさんを先頭にして、急ぎ足で森を駆け抜けていくのだった。


  


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