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脱却

 昨夜は魔力暴走で気を失ってしまったが、今朝の体調はバッチリであった。


 まだ扱える魔力の総量が少なかったことや『スプラッシュ』を既に使用していたおかげで、魔力暴走の影響も少なく、寝るだけで体力が回復できた。朝食を済ませて後にニーナに黙ってこっそりと、水を生み出す魔法を使ってみたが、手のひらの上でふわふわと浮かぶ水球を生成できたからコントロールは大丈夫であろう。自分の生み出した魔法であれば、念じれば綺麗に消し去ることが出来るようなので、水を出しては消すと繰り返し行うことで、感覚を馴染ませていく。これで、少しの集中で水を扱う魔法なら扱えることが分かった。他の魔法で次に覚えるなら土魔法になるだろうか、外で土をいじりながら覚えられるだろうし。火のイメージはまだ難しいであろうから後回しにしておく。



 そして午前中は予定通り、ウィス爺の授業を受けることとなった。





 今回の授業は、この周辺の歴史や社会情勢についての内容である。まずは地理関係から学んでいこう。当然ながら世界地図なんてものはない。なぜなら、地図とはある種その地域の軍事情報にあたる。正確な地図とは標高などの情報から戦時の位置取りや軍隊の進行の経路を決めるうえで重要な役割を持つ。ラトリアを中心にこの周辺の大まかな要所だけをまとめていく。



 まず、この町ラトリアについてだ。町と言われてはいるが、実際のところは城と言った方が正しいのかもしれない。人口約二千人が暮らす山という天然の要塞に囲まれたこの町は、入り口に当たる場所が南側の門だけであり、それ以外の場所には逆さおよそ十メートル、幅三メートル以上の壁と物見台がある。これは、魔物の侵入を防ぐものであるが、戦時には城壁として役立つ。

 このラトリアでは民主主義体制が採用されており、現在の代表者はスレイ・マクセルという。政治体制に民主主義体制が採られている背景には、この町の成り立ちが絡んでおり、三百年程前にこの地域全体を巻き込んだ戦争によって、戦火から逃れるためにやってきた移民によって作られた町なのである。移民のほとんどは農民であったため、代表者を決める方法が投票となり、今でもこうして立候補者の中から投票で決める仕組みとなっている。現在のようになるまでにはいろいろな苦難があったのだが、山で採れる鉱石の価値に気付いたことで、急速に発展し、今ではこんなにも暮らしやすい町となった。

 ちなみに北の山を越えた先には氷の浮かぶ海が広がっている。


 次に、ラトリアの南部に位置するのが、『ホーエン王国』である。その歴史は古く五百年以上前から続いている。人口は約三万人。広く豊かな土地をもち、領主の居城を囲うように農地が広がっている。ホーエンでは、毎年多くの種類の作物が採れる上に、海に面している地域もあるため、ラトリアの西部のビネガー山脈を越えた先にあるアラン王国と貿易をしている。ちなみにアラン王国は大陸から突き出した半島にあり、陸路ではビネガー山脈を超えなくては辿り着けない。国の制度としては、領主によって土地を与えられた農民が、税として作物を上納するような封建制度が土台となっているが、税が比較的軽いこともあって国王の人気は高く、農民には軍役が課されているがその士気は高い。

 また、ラトリアとホーエンは協力関係にあり、ラトリアの鉱物とホーエンの作物を取引している。ラトリアとホーエンの主要都市とは街道が結ばれているが、その距離は二百キロほどあり、馬車で移動するならば4日、徒歩ならば一週間程かかる。二百キロというと日本であれば、東京-静岡間くらいだろうか。


 そして、ラトリアに住む者の悩みの種となっているが、ラトリアの東に位置する『マハトーマ帝国』である。その起源は遥か東からやってきた東方の民族であると言われているが、侵略によっていくつもの国を取り込み、今ではなんとその勢力は三万人以上とされている。いずれは、ホーエンやラトリアを取り込もうと画策しており、特にラトリアで産出される鉱物に目を付け始めている。

 単純な勢力では、マハトーマの方が圧倒的に上回っているが、攻めきれずにいるのには理由がある。ラトリア、ホーエンとマハトーマの間には『迷いの森』と呼ばれる場所があるのだが、昼間でも薄暗く、毒のある植物や危険な魔物も多数生息しているのが特徴で、まだ開拓が終わっていないため何の準備もせずに飛び込めば生きては帰れない。この森のおかげでマハトーマはうかつに手を出せないのだ。


 つまり、ラトリアを中心に、西にはアラン王国、南にはホーエン王国、東にはマハトーマ帝国となっている。アラン王国は直接的な交流はなく、ホーエンとは協力関係にあり、マハトーマからは狙われているという構図だ。



 長い長い説明も終わり、一段落着いたところで今日の授業が終了した。授業の終わりにウィス爺が、「アル君は以前とは別人のようじゃのぉ、前よりも勉学に意欲的で教え甲斐があるわい」と言っていた。おそらく、僕の変化に気づいているのだろうな。



 午後は、ラトリア内部の西の居住区と、北の採掘場をぶらぶらと散歩をしながら眺め、余った時間を土いじりに費やす。土はさすがに食べたりできないので、触った感覚などからそのイメージを固めることにしたのだが、一度魔法を使った感覚があるからだろうか思ったよりも早く土魔法を習得してしまった。土魔法を習得したところで分かったことと言えば、今あるものを利用するのは効率が良く扱い易いということであった。考えてみれば当然なのだが、土を一から作るのではなく、地面の形を変形させ、隆起や沈下、固めたり柔らかくしたりとする方が魔力の消費も抑えられるし、イメージも容易にできた。水魔法についても同様であった。

 




 それから午前は勉強、午後は魔法の研究や鍛錬に費やすといった生活を一か月続けた。

 

 家族とも馴染めてきたし、この世界にも馴染んできた気がする。そろそろ、地球に帰る手段も探したいのだが、今はこの町でできることをやるしかなかった。魔法は、まずは水と土の二つに絞って研究していた。何度も同じ動作を刷り込んでいくと、精度も発動までの時間も良くなっていくのが分かると楽しくて仕方がなかったが、最初の失敗を忘れたわけではないから、慢心はしない。慣れないことはしない。それに何でもかんでも、魔法でやればいいわけではない。いずれは、ここを出て旅に出るが、急に魔物に襲われたときに役に立つのは大技ではない。ウィス爺が教えくれたことだが、古代魔法はイメージが崩れると発動ができないため、簡単にイメージできる魔法の精度を上げることを意識した。土魔法であれば、高さ二メートル厚さ三十センチほどの壁を生成する魔法などである。もちろん大技も必要だろうが、一人旅の予定なので使うそうそう発動する機会もないだろう。


 僕がこの世界に来たのは秋だったようで、一か月も経つとすっかり寒くなってきた。うん、トマトの旬は秋ごろだったようだな。この地域では冬の寒さが厳しいと聞いていたが、これからもっと寒くなるなんて想像したくもない。寒いのは苦手だ。朝起きれなくなるからな。今は水と土の魔法を習得するのに精一杯で他の魔法に手をつけていないが、完全に冬になってしまう前に火の魔法を覚えようと心に決めた。



 それと、こんな僕にもこの世界初の友人ができた。


 ――出会いは、家の近くで土魔法の練習をしていた時のことである。


 「へぇー、その年で古代魔法なんて使えるんだ?君凄いね!」


 後ろから不意に声をかけられて、明らかに挙動不審な態度をとりながらも振り返る。久しぶりに、知らない人に声をかけられて驚きはしたが、相手は僕より少し年上くらいの男の子であった。くりくりのパーマがかかった茶髪に大きな目をしていて、顔も小さくかわいい顔立ち。しかし、僕よりも少し背が高い。


 「君は……ランドルフさんとこの子供だよね?」


 元のアルは、外へほとんど出なかったため、知り合いにはウィス爺くらいしかいなかったであろうから、おそらくこの子とは初対面だろう。


 「アルバート・グルーバー。アルでいいよ。」


 「俺は、レオナルド・グランだ。レオって呼んでくれ。俺の父さんは君のお父さんと知り合いで、君のこと話だけは聞いたことあるんだよね」


 へー、ランディの知り合いの息子か。そういえば、以前に聞いたことがあったかもな……。


 「もしかして、ガルシアさんとこの……?」


 「そうそう!なんだよ、俺のこと聞いたことあったのかぁ」


 ガルシアさんとは、ランディと仲が良く、普段から酒を飲みに行く飲み仲間だ。晩御飯を食べながらよく話題にあがる名前だったから、とても仲がいいのだろう。それから、レオと話し始めたのだが、レオも魔法が使えるようで、その属性はなんと火である。僕からしたら今すぐにでも覚えたい属性であったこともあって、いろいろと聞いてみると、歳が近いことから気兼ねなく色々と話し、僕も魔法を覚えるまでの話なんかをして日が暮れるまでずっと語り合っていた。


 日が暮れると自然に別れたが、翌日も同じ場所で魔法の練習をしていると声をかけられ、それから友達になったのだ。


 レオは、気さくで話し上手だが、あまりズケズケと他人の領域に入ってくるようなこともなく、一緒にいて居心地が良かった。それに、塾のようなものに通っているらしく頭も良い。魔法についての話や外の話もできて、知識の共有ができるのは楽しかった。やっぱり、同じ趣味をもつような友達はいいな。思えば、両親とウィス爺しか話す人がいないって悲しすぎるよな。



 こうして、僕は、ぼっち生活から脱却したのであった。



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