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ラトレアの町

 朝。



 こうして朝を迎えると、本当に異世界に来てしまったのだと実感する。残念ながら昨日の出来事は夢ではないのだ。はぁ、朝からため息なんてつきたくもないが自然とこぼれてしまう。

 

 少し寝ぼけながらも、今度は足を踏み外さないように気を付けて階段を降り、浴室の手前の洗面所で顔を洗う。気温が低いせいか、水も冷たくて目が覚める。昨日は一度も外へ出なかったから気にもしなかったが、今の季節はいつなのだろうか。日本のように四季があるとは限らないが、トマトを一年中採れるなんてことがなければ、昨日の晩に食べたトマトの旬の時期なのだろう。トマトの旬がいつかは分からないのだが。


 リビングへ向かうと、ちょうど朝ごはんの支度が終わったのか、テーブルにはパンとソーセージと目玉焼きが並んでいた。ただ、ランドルフの姿が見えない。

 

 「ランドルフさんは、まだ寝てるの?」


 「ランディなら仕事よ。お弁当をもって朝早くに家を出たわ」


 仕事を始める時間は早いが、作業を終える時間も早いようだ。休憩を挟みながら日の出ているうちは働いているらしく夕方頃に帰ってくる。週休二日だそうだ。そういえば、こちらの世界の曜日、月に当たる暦はどうなっているのだろう。そもそも一日が24時間なのか、一年は365日なのか。こう考えると異世界というのは勉強することばかりだな。魔法にしても、名称と範囲位はしっかりと覚えておかなければならないわけだし。



 しかし、そんな悩みも一瞬で解決された。


 朝食を食べている間に、ニーナにいろいろと聞いたが、一年は365日だし、月は1月から12月まで、一週間は7日、一日は24時間であった。おまけに閏年まであるそうだ。なんともご都合主義のようにしか思えないし、そもそも日本語が通じる時点でいろいろとおかしい。考えたらキリがないな。ラッキーだとでも思っておけばいいのか。季節に関しては、この地域は冬が長いらしく、春先まで雪が残るそうだ。


 「さて、アル。今日はどうする?先生を呼んで勉強にする?それとも大事をとって今日も休む?」


 これは一択であろう。もちろん勉強だ。この世界についてよく知ることのできる機会を逃すまい。それと、家庭教師のようなものを呼ぶということは、学校はないのだろうか。それとも、以前の僕が学校に行っていなかったのか。考えても仕方ないので、とりあえず勉強ができるのならば勉強をしよう。





 「やぁ、昨日は怪我で寝ていたそうだが大丈夫じゃろうか?」


 リビングの机で勉強をすることになったのだが、僕の目の前に座る老人が先生である。長い白髪に、賢そうな顎鬚を蓄え、まん丸の眼鏡をかけた如何にも魔法使い、と言えそうな先生であった。この世界の魔法使いというと、魔法を扱うには様々な知識が必要なため博識な人が多く、現役を引退した後はこうして教鞭をとることも珍しくないようだ。若い頃は世界を旅していたらしい。ちなみに名前はウィステリアという。町の人からはウィス爺と呼ばれ、ニーナ曰く有名な先生なのだそうだ。今は、ニーナは買い物に出かけている。


 「昨日階段から落ちてしまって、記憶を失ってしまったようなのでほとんど何も覚えていないんです」


 「それは、大変であったな。それでは、今までの授業の内容も忘れてしまったかな?」


 「はい、残念ながら。あなたがどなたであるのかも覚えていないようなので」


 と、僕が記憶喪失であることを伝えてから授業が始まった。



 何も覚えていないということで、こちらから質問をして、それについて答えていくという方式で授業を進めることにした。その方が僕のペースで勉強できるからである。



 まず、この世界の歴史について聞いてみた。それは、まだ大地も何もなかった頃から始まる。


 ――全能の神オセロはなんでも欲しがった


 ――ある時、ゆっくりと休む場所が欲しくなる

 ――土を司る神セスを創造し、大地を作り上げた


 ――しかし、寒くて休めない

 ――炎を司る神スドラトスを創造し、大地に火を放った


 ――今度は、暑くて喉が渇く

 ――水を司る神トレッサを想像し、雨を降らした


 ――すると、水を貯め込む根が欲しくなる

 ――木を司る神クワントを想像し、木を植える


 ――心地よく寝るために、木の葉を揺らす風が欲しくなる

 ――風を司る神シクを想像し、風を吹かす


 ――ぐっすり眠るために、暗闇が欲しくなる

 ――闇を司る神ユーノを想像し、真っ暗にする


 ――真っ暗闇の寂しさに、大地を照らす輝きが欲しくなる

 ――光を司る神シャインを想像し、太陽と星を作り上げた


 ――満足した全能の神オセロは長い眠りについた


 この話は古くから伝えられている話らしく、子供でも知っているくらい有名な話である。神様はオセロを除くと七人いるとされ、魔法を行使する際には神の力が働くそうだ。魔法の仕組みについても詳しく教えてもらった。魔力とは、神が世界を作った時の余りものであり、この世界に溢れかえっている。それを体内に取り込み、適切な形で放出するのが魔法なのだ。人間の許容できる魔力には限りがあり、それを超えると魔力は暴走するが、魔力を体に留めて魔力を込めることで、身体能力を向上させることも可能なようだ。魔力の容量には個人差があるが、訓練次第では拡張することも可能らしい。魔法使いというのは、遠くから魔法を放つような打たれ弱い後衛タイプだけではなく、身体を魔力で強化して戦うような近接戦闘も可能というわけだ。


 次に、魔物について聞いてみた。魔物とは、大気中に溢れる淀んだ魔力の集合体が、他の生き物を取り込み肉を持つことで生まれるらしい。詳しい生態などはいまだに謎が多く、その多くが知性を持たず本能的に他の生物に敵対するのだが、中には知性をもつ魔物もいるらしい。基本的には人里へ近づくことはなく、森や洞窟に住処を持つ。魔物の中でも代表的なものについての説明もしてもらった。



 「――おっと、もう昼の時間であったか。つい話に夢中になってしまった。午後は別の生徒の元へと行かねばならないのでな。この続きは、また明日にするとしようかのぉ」


 「ありがとうございました。とても有意義な時間でした。明日も宜しくお願いします」


 時間が過ぎるのは早いもので、もう昼になってしまったようだ。まだ聞きたいことはあったが、明日までお預けである。聞きたいことなんかは、まとめておいた方がいいかもしれないな。それとこの世界では、紙や本はそこまで高価な物ではないようで、ウィス爺が魔法について記述されている本を貸してくれた。夜にでも読んでみるか。


 ウィス爺を玄関まで見送った後、昼食を済ませ、午後からは町の中を探索することにした。




 

 町は僕の想像以上に発展していた。町の中心部には大きな建物が並んでおり、地図によると町の区画は綺麗に整理され、昼間であればまず道に迷うことはないだろう。これだけ町が綺麗なのは、行政がしっかりしているからなのであろう。どうやら魔法だけで発展した文明というわけではなさそうだった。ニーナには夕方頃に帰ると伝えて家を出てきたが、見るところが多すぎて今日中には全部は回れそうにないな。



 まず、僕が向かったのは、町の東側の工業区である。家でも様々な加工品を見たが、実際に加工しているところを見ればわかりやすいだろうと踏んで、ここを一番に選んだ。人口2000人の町を支える産業がどんな物か見に来たのだが......


 作業場など簡単に入れてもらえるわけもなく、ブラブラと歩き回るだけで終わってしまった。しかし、それなりに収穫もあった。通りを行き交う人を観察してみると、とても大人一人では持てないような大きな荷物を軽々と女性が運んでいたり、馬が引くような荷台を引く男性がいることから、この世界の人間の身体能力はかなり高いことが窺える。やはり、魔法の力はすごいようだな。そう考えると、鉱山で働くランドルフが、何時間も働いているのにも関わらず、家でもあんなに元気なのも頷ける。ランドルフ本人が元気すぎるのもあるだろうが。時間も無いし次の区画へ移ろう。



 次は商業区だ。商業区は町の南に位置し、南側にしか出入り口がないこの町の貿易の中心となっている。見たこともないような道具から、なじみのある食材なんかが露店に並んでいるのが分かる。魔道具の店を覗くと、怪しげな杖や、旅する上で必要な装備などが見える。それに電灯のような道具も陳列されていた。あまり気にしていなかったが、家に中にも似たような道具があったな。店主に話を聞いてみると、中の構造は魔力を貯め込んだ魔鉱石を動力にして光を発する魔法を発動させているらしい。詳しい制御方については知らないそうだが、魔法の制御には魔鉱石を加工したものが使われており、明かりがつかなくなっても、魔力を供給してやれば再度使用可能ということだ。電池式のライトのようなものかな。


 並べられた商品ばかりではなく店先に出ている商人を見てみると、みんなガタイが良く強そうな人ばかりだった。町から町へと街道を渡る際に、魔物や盗賊に襲われる危険性がある商人は、周りから舐められないように強そうに見えなければいけないだろうし、しっかりと自衛の手段も持ち合わせている必要があるのだろう。


 そう考えると、この世界の戦争とはどのようなものなのか気になるな。騎士と騎士が名乗りを上げて一騎打ちをするような古風なスタイルなのか、それとも、銃やミサイルを撃ち合うように、魔法が飛び交う中で戦っているのか。若しくは、一人ものすごく強力な魔法使いがいたら、戦況もガラッとひっくり返るようなものなのか。町を出る時までに詳しく知る必要がありそうだ。



 そんなこんなで、商業区を回り終えて南門に着いた頃には日が沈みかけていた。今から帰ると、家に着く頃には真っ暗になっていそうである。一日町を回って不思議に思ったのは、奴隷のような人がいないことであった。他の民族の人間を奴隷として使役するようなシステムは、古くから地球にも存在はしていたし、当然この世界にもあるとは思っていたが、一見するとあるようには思えない。この町の周辺の力関係や民族関係を学べば分かるであろうから明日、ウィス爺に聞いてみることにしよう。


 あとは家に帰るだけなのだが、目の前の南門の前には人だかりが出来ていた。どうやら門番と他所からやってきた旅人の男が揉めているようだ。気になるので近づいて様子を見ることにしてみよう。


 「だから、俺は見たんだって!金属製の武器で武装したゴブリンの群れがこの近くにいたんだよ!しかも30体以上はいたんだ。だから町に入れてくれって」


 「ふむ、それが事実であれば大変なことではあるが、だからといって身分証を無くした者を不用意に町に入れるわけにはいかないのだ。どうしたものか……」


 「――なっ!?街道で武装したゴブリンの群れに襲われて、その時に無くしちまったって言っただろ!なんだ?お前らは魔物が蔓延るこの森の中で野宿しろとでも言いたいのか!」

 

 旅人の話が本当であれば、これは早急に解決すべき問題である。ウィス爺曰く、ゴブリンは基本的には群れで動くことはあっても街道沿いにはあまり出てこないらしい。また、ゴブリンの持つ武器は棍棒程度であり、一人で町の外に出るような旅人の敵ではないようだ。つまり、今の状況は異常なことらしい。


 しかしまぁ、町が襲われるとなれば怖い話ではあるが、僕がいても役に立ちそうにない。暗くなる前に急いで帰るか。遅く帰ってニーナを心配させるわけにはいかないしな。息子が記憶を失ったと思ったら、不良になっただなんて酷い話だ。


 

 ――結局、家に着いたのは、完全に日が暮れた後になってしまった。



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