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僕は誰?

 まず、僕という人物について説明しよう。

 

 ここで、いたって普通の大学生だと説明してもいいのだが、それでは少し味気ない。人間なら誰しも少なからず特徴を持っているはずだ。例えば、足が早い。目が良い。物覚えが良い。勉強はできない奴だって、ゲームになれば登場する魔物や武器、魔法なんかのどうでもいいことは覚えているものだ。



 そんな中で、僕の特徴を一つ挙げるならば、余程のことの除けば、動じない性格だろうか。親からよく聞かされたのは子供の頃からボーっとしているがしっかりしていたということだ。僕には三つ年の離れた妹がいるのだが、幼い頃、夕方の公園で妹と遊んでいたところを誘拐されたことがある。たしか僕が7歳の時であったか。


 そんなに幼い子供が見知らぬ大人に連れられて、どこか暗い倉庫の中に閉じ込められれば、当然泣き喚くであろう。妹もそうであった。しかし、僕はというと冷静に自分の置かれた状況を理解し、妹を慰めると、緩んだロープを解いて、監視の目を盗んで自力で逃げ出したのだ。


 なんだか、こう説明すると自分が漫画に出てくるような超人的な主人公の如く活躍をしたかのようだが、これは誘拐した犯人のマヌケさと運があってのことであり、僕の能力が特段優れていたわけではないが、こんな状況でも物怖じしない精神的なタフさが役に立ったのだろう。


 日も暮れて真っ暗な帰り道を、泣きじゃくる妹の手を引いて家に帰ると母親が大きな目をして、玄関に立っていた。こんな時間まで外にいたのだから怒られると思って構えていると、案の定妹と二人で拳骨をもらった。そのあと思いっきり抱きしめられ、お帰りと言われたのだった。


 夕食の時間に、今日誘拐されちゃったよ。なんて、クワガタ捕まえたよ、みたいな乗りで話しをしたところで母親は大慌てで警察に通報し、犯人の特徴から無事に逮捕されたのであった。



 思い返せば、親とも妹とも仲良く暮らしていたと思う。しかし、そんな日常は一瞬にして崩れ去った。



 ――しかし、こんな自分の性格に助けられるなんて思いもしなかった。





 今日もいつものように爽やかな朝がやってきた。



 小鳥のさえずりは澄み渡り、太陽のやわらかな光は部屋を明るく照らしている。そして部屋をスッとそよ風吹き抜けている。



 どれもが心地よく、僕がこの布団から抜け出すのを妨げるようだ。



 目が覚めてから五分ほど布団の中で温もりを味わっていたのだが、残念なことに社会的な生活を送る上でこの甘美な時間はすぐに終わりを迎えることになる。この贅沢な時間をもう少し味わっていたいが、そろそろ出かける支度をしないと朝の講義に間に合わない。


 朝早くから教授は大変なものだな。僕のような学生一人が遅刻した程度では何の影響もないが、教授が遅れてしまうとどうにもならない。


 そんな物思いに耽っていても仕方がないので、まだ温もりの残る布団から這い出し、寝ぼけながらもベッドの脇に立ち上がる。


 しかし、ここで突然、違和感に包まれた。あれ……何かがおかしいような、具体的に何がおかしいのかわからないが、いつもの朝とは少し違う。


 部屋を見渡して、目に映るものといえば窓、ドア、そして机。何もおかしいところなどない。どれも部屋には備わっているようなものだ。



 違和感の正体に気付かないまま頭を抱えていると、部屋の外からは階段を上ってくる音が聞こえてくる。

そして、その足音はこの部屋の前で止まると、次の瞬間に勢いよく開かれた。



 「もう朝よ、起きなさい」


 「あれ……」



 ――部屋の外に立っていたのは見知らぬ女性であった。




 驚きを表現する言葉に、『驚きのあまり言葉が出てこない』なんてものがあるが、まさか実際に体験することになるとは思いもしなかった。慣用表現だと思っていたが、人間は本当に驚くと声が出ないとは。いくらなんでもこんな体験して動揺しない人間はいないだろう。


 ここで、深呼吸を挿み、少し冷静さを取り戻した僕は、この謎の女性を観察してみる。


 身長は160センチ程度であろうか、肩までかかる程度の茶髪から覗く顔は整っていると思う。年齢は……おそらく三十代半ばくらいだろう。こちらが驚いていることに驚いているといった感じで、訝しげな表情でこちらを見ている。


 しかし、このままではジロジロと観察していても、埒が明かないであろう。仕方がないので、恐る恐るではあるが声をかけてみることにした。



 「あ、あの……おはようございます」



 多分、笑顔は作れていたと思う。それが、ガチガチに固まっていたものであったとしても相手には笑顔と伝わったはずだ。ぎこちない笑顔で相手の返答を待っているが、相手の表情は一瞬驚いたような表情になったあと笑顔になり、



 「うん、おはよう。朝ごはん食べないの?」



 どうやら、ダイニングで食事を済ませろということを伝えに来たようだ。

ここで立ち止まっていても謎は解けないだろうから、半ば諦め気味に女の横を通り抜けて部屋の外へと出ることにした。


 そして、部屋を出たところでようやく違和感に正体に気づいた。


 先ほど謎の女性の身長を160センチ程度であろうと目測したが、部屋を出るときに自分が並ぶと少し見上げる位の高さだった。

 

 これはつまり、そういうことであろう。


 疑問が確信に変わり、外の様子を確認するために急いで階段を下るのだが、ここで、後のことを考えると幸運というべきなのかわからないが事故が起こる。



 「――っ!?」



 急に走り出し、体に違和感があることに気づかなかった僕は階段を滑り落ちたのであった。





 再び、目が覚めるとまたもベットに横たわっていた。だが、天井から判断するに先程までいた部屋とは別のようだ。少しズキリと痛む頭を擦りながら体を起こし、いままでの出来事を整理する。


 部屋の内装を見る限りでは、ここが日本ではないことだけは確かであった。壁や天井は木製やレンガであったことから生活様式は西洋と推測できる。そして、自分の体の違和感についてもここで改めて確認すると、ベットの横の金属製の水差しにうっすらと映る顔は自分の知っている顔ではなかった。


 何が起こったかなんて理解し難いことではあるが、この体は間違いなく他人のものである。今の身長から考えると、歳は10代前半くらいだろうか。階段から足を踏み外したのは、急な体の変化に頭が追い付かなかったのだろうか。髪は黒色であり、眉にかからない程度に前髪が切りそろえられている。顔はなかなかにイケメンだな。将来有望そうな顔である。


 妙に冷静に判断しているように見えるが、突然こんなことになっても案外冷静に動けるものなのである。この男が変わっているだけなのかもしれないが。


 水差しに映る自分の顔をいろんな角度から見ては何かを考えるような素振りを見せている姿は、他人から見れば何とも言えないものであろう。現に、少し前から先程出会った女性が僕の方を見ていたのだから。どうやら声をかける機会を失ったようだ。そりゃあ、階段を転げ落ちた人間を心配して見に来たら、目を覚ましてからジッと自身の顔を見ているのだから戸惑いもするだろう。



 「頭の怪我の具合はどう?アル?」


 女性は苦笑いで尋ねてきた。


 どうやら今の自分はアルと呼ばれているらしい。アルという少年には申し訳ないが、しばらくは体を貸していただこう。幸い、こちらとしては階段から落ちたのは都合が良かった。この状況をうまく利用させてもらおう。


 「うーん……なんとも言えないですね。何せ自分が誰か分からないですから」


 

 女性の呆れ顔が一瞬にして驚愕に変わった。



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