訓練開始【古代遺跡-ウィアオーナ地方編-①】
昨日(2015/08/14)、前回のあとがきに追記しましたが、タイトルを変更してますのでよろしくお願いします。
エーテルハイヴ。
総人口――不明。
総面積――不明。
多くの謎が眠る島国だ。
ちなみに今、俺達のいるのはそんな島国のウィアオーナと呼ばれている地方の地下深くに存在する古代遺跡”イーリス”の聖域だ。
ところで
「なんで、総人口も総面積も不明なんだ」
異世界から来たばかりでこの世界を一切! これっぽっちも!! 理解していない俺のために道を進みながら教えてもらっていたのだ。
「なんでって、隼人のいた世界と違ってこの世界は沢山の種族がいてお互いに争ってる。一応、中心とされているアステカン地方の王様とその家臣達によってこの島国は統治されているけど、お世辞にも統治しきれているとは言えない。その中でもとくに反発しているのが魔人族。人間側は技術力と物量を武器に、魔人族側は魔法と基礎能力の高さを武器に争っている。私は、人間だけど魔人族とも関わりがあるから技術力でいえば実はどちらにも勝っている特異点だったり……」
恐ろしいな――とついつい言ってしまった。
少し不機嫌そうになったが話は続く。
「話を戻して。抗争の結果、魔人族に領土化された部分もある。結果的に総人口も総面積もわからないし地方名も定まっていない」
「は? 地方名も定まってないってどういうことだよ」
「大抵の人間は……非戦闘員は王族の定めたものを使ってる。ただ、軍に所属する者はお互い独自の呼び方をしているし、範囲も違うみたい。見た目が違うからよっぽどの事がないとスパイなんか現れないし、相手に盗聴されても場所までは特定しきれないようになってる」
「凄いな」
あまりにも徹底されていて驚いた。
だけど、
「今までの話を聞く限り、やっぱり人間と魔人族は戦争しているのか?」
「まだ、戦争までには発展してない。お互い睨みを効かせている感じ。だけど、この状況が何世紀にも渡って続いてる。さすがにそれだけ経てば長寿の魔人だって入れ替えが行われる。もう本当に、いつ誰が引き金を引くかわからない。誰かが引き金を引いたら最後。誰も引き金を引くことに躊躇いを持たなくなる。だけど、手立てはあるはず……」
そう語る彼女の表情は真剣だった。
出会って数時間の分際でと思うかもしれないが彼女の信念が伝わってくるようだった。
「つまり、遺跡探索は古代技術の解析で何か戦争を抑制する方法を探すためにやっていると」
「そう」
「なら、俺も手伝うよ」
何気ない一言だったが彼女は心底驚いたようだ。
「こんな魔人族とも関わりがあるような得体の知れない女をどうして信用する? 仮に私が言っていることが本当だったとしても、場合によっては両勢力を敵に回すかもしれないのに」
「それは、俺の疑問の一つが解けたから。そして、現在進行形で見極めたいことだからだ」
「見極めたい?」
ああ、と俺がこの世界に呼ばれた日からずっと考えていたことを告げた。
「俺達を召喚した連中は”敵=魔人族”と言っていた。だけど、本当にそうなのか? 俺はミツキが敵だとは思えない。魔人族と繋がりがあることを知ってもなおだ。なら、会ったこともないから予測の範囲を出ないが、魔人族も全員が全員”人間=敵”と思っているわけではないんじゃないか? そこまで考えれば自然と一つの疑問が浮かぶ。それは――」
別に溜めようとか考えていたわけではない。
だけど、まだ自分自身で整理しきれていないこともあってどうしてもそこで一度止まってしまった。
そして、最大の疑問をぶつける。
「俺達にとって”敵”ってなんだ?」
この世界の人間。それも、魔人族を敵と思っている連中が聞けば激怒しているだろう。
害を及ぼす奴らは敵だ。
彼らの言い分も彼らの視点から見れば、もしかしたら正しいのかもしれない。
だが、異世界から来た俺からすれば戦争自体ありえないのだ。
だけど、どうしても戦わないといけないなら敵をしっかりと見極めたい。
何故なら、これから人殺しをするのだから。
ただ、クラスメイト達はそれを理解していない。
人間でないものを切るだけだと思っているのだから。
経験のない彼らは蚊をはたき落とすのと同義に考えているのだろう。
それくらいに楽天家集団だった。
「なるほど。それを見極めるために両方と関わりを持つことを選ぶと」
「その通りだ」
「それって私と敵対することになる可能性もあるってこと?」
ミツキはちょっと意地悪かなとも思っていたが杞憂に終わる。
「当然だ。ただ、出来れば戦闘は回避したい。そもそも、敵を作る理由がないからな。これはゲームじゃないんだから敵などいなくてもいい。そうだろ?」
俺にとってそれは最初から決めていたことだ。
ブレることはない。
ミツキが信念を見せたのだから、こちらも信念を見せるのが当たり前だ。
「まぁ、ミツキと敵対することはないだろうけどね。とりあえず、さっさと先に進もうぜ」
そういって、進み始める。
「早い」
しかし、首根っこを掴まれた。
ミツキの細い腕の何処にこんな腕力があるのかは分からないが。
「だって、何もいないんだろ? だったら、早く行こうぜ」
「最初に魔獣がいるって話したでしょ。正確には飼いならされただけど」
「飼いならされた?」
「そう。簡単に言えば古代遺跡の守護獣。同じ魔獣でも聖域の外にいる魔獣より遺跡の中の魔獣の方が能力が多くて厄介」
「聖域? ああ、さっき言ってた聖の魔力が収束している領域のことか。なるほど、ここらに魔獣がいないのはそれの影響ということか」
多少説明された気がしないでもないが、完全とは言えなかったので新たな知識として取り込む。
「にしても、新たに覚えることが多すぎて先が思いやられるな……」
「別に、戦い方を覚えて自分の戦闘スタイルに合わせて魔法開発出来るようになってくれさえすれば、隼人専用のアーティファクトは私が用意する――敵対することはないんでしょ?」
彼女はからかうように言う。
「随分と注文が多い気がしないでもないが、この世界で一番の技術者に作ってもらえるとは光栄だな」
「勿論、隼人が一人前になったらの話」
「期待に添えるように頑張るよ」
こうして、二人の古代遺跡”イーリス”解析攻略とついでの戦闘訓練が始まる――
あれから、どのくらい歩いただろうか。
聖域は意外と広く、先ほどの地点からここまで来るのに30分。
意識を取り戻したところから数えると約45分ほど歩いていた。
「聖域ってのは随分広いんだな」
前をゆっくり歩くミツキに声をかける。
ここでまた講義が始まった。
「聖域が広いのは当然。それだけ古代技術が進んでいて強大という証拠」
「でも、これなら結構な量の技術者達が訪れるんじゃないか? 周りに人気はないけど」
「聖域が聖の魔力の収束した場所ということは言ったけど、言い換えると魔力溜なのここ。だから、そこらの普通の技術者や軍人はこんなところまで来れない。強い魔力を持った者だけが、中に入ることを許される。最初の試練みたいなもの」
ここが魔力溜ということは、同時に聖の魔力による魔法干渉領域であることを示す。
魔力の弱く魔法干渉に対しての耐性が低い者が強力な魔法干渉を受ければ、自身の魔力が暴走し最悪の場合だと死に至ることもあるようだ。
しかし、ここで一つ疑問が出来る。
「なら、なんで俺は何ともないんだ? 魔法は発現しているみたいだけど、魔力はからっきしじゃないのか?」
そう、ここに来るまでに色々と聞いたが説明によると現状、魔法が発現したとは思えないくらい魔力の気配が俺からはしないらしい。
魔力保有許容量は努力で多少増やすことは出来るが限界があるということは聞いていた。
だから、魔力を感じないということは魔力保有許容量が著しく少ないのではないかと考えていたのだが、どうやら違うらしい。
「隼人の場合は魔力保有許容量つまり限界値が低いんじゃなくて高すぎるパターン。限界値が高いのに魔力炉がまだ覚醒しきってないから、魔力が生成されず漏れ出ることがないだけ」
「限界値が低かったら魔力を感じるのか?」
「そうでもない。限界値が低いということは魔力を溜めている器官が発達していないということ。そうすると、自然と魔力炉も発達がストップするから結局、あまり魔力を感じない。それに、隼人も全く感じないというわけじゃない。単に、中に収まってるから感じにくいだけ。出来る魔法師は自分の魔力炉をコントロールして魔力の生成を抑えたりもする。こうすることで、中に溜まっているだけであふれだすことがないから魔力の気配を消せる。今の隼人は理屈的には同じ状態」
「ミツキも抑えてるのか?」
「漏れ出ないようにはしてるけど、生成量を抑えてるわけじゃない。正確には抑えられているわけじゃない。あんなこと出来るのよっぽどの名人とか規格外な魔法師だけ」
何かを思い出すように嫌な顔をするミツキ。
話したくはなさそうなので無視して話を続ける。
「なるほど。まぁ、今の俺はガソリンで動く車みたいなものということだけは理解できたよ」
つい、ポロッと言ってしまったが、案の定、ミツキは説明を促すようにこっちを見てきた。
「すまん。車っていうのはガソリンという燃料で動く四輪の乗り物だ。口頭で説明するには無理があるが――言い直すと、俺の魔力は現時点で有限ということは理解できた」
「そう、魔力炉が覚醒するまでは無闇に魔法を使わず魔力を温存しないと危険」
たしかに、魔力が減れば聖域の影響を受ける上に魔獣への対抗手段がなくなってしまう。
「わかった。節約するように努力するよ」
その答えにミツキは満足していたが、ふと思い出したかのように振り返り。
「でも、ちゃんと戦って。私だけ戦うのは不公平」
と言われた。
後で魔法の扱い方を教えてくれるとは言っていたが、随分と我儘な姫に捕まったものだと内心思ってしまった。
しかし、これはこれで楽しいと思える自分がいるから不思議だ。
楽しい――そう感じるのは本当に久しぶりだった。
ミツキは俺の日常をこの世界以上に変えてくれる。
そう確信した俺は彼女の期待に改めて答えようと覚悟を決めて後に続く。
そして、ついに目の前に遺跡が見えた。
総移動時間60分。
非常に長かった。
だが、聖域の境界から来ると更に時間がかかることを考えると古代遺跡の干渉領域の広さを再度思い知る。
それだけで済めば良かったのだが――
古代遺跡。
今の魔法からは失われてしまった魔法技術の眠る場所。
それは、もう理解している。
だがしかし、これは――
「遺跡というかダンジョンだよな……」
もはや、呆れ顔だった。
それこそド◯クエかよ! ってツッコミたかったがミツキには理解できないはずなので、ギリギリ本当にギリギリのところで堪えた。
「ダンジョン……うん、いい響き。これは、攻略者に与えられた試練だから」
「試練?」
「技術の解析をするには当然、元データを見つける必要がある。ただ、その技術は今の時代ではオーバーテクノロジーと言っても過言じゃない。そんな危険な技術をご先祖達が無料配布するわけがない。この技術を使いこなすに値する人物かどうか試す場所。それが古代遺跡」
「気に入ったんだな……」
なぜ、今までダンジョンと呼ばれなかったのかいささか疑問ではあったが、気にすることをやめた。
異文化に一々反応してたらこの先保たないと感じたからだ。
それにしても
「未だに魔獣が出てこないんだが?」
「ここは第一階層だから。沢山出てくるのは第二階層以降」
「何階層まであるんだ?」
「最後まで行ったことはないから第五階層以降としか言えない」
「そこまで一人で?」
「違う。一人で来たのは初めて。あの時は3人だった」
「おいおい、お荷物ひとつ追加して最後まで行けんのかよ」
「このままじゃ無理。だから――」
目の前を光球が通過した。
一瞬にして冷や汗が吹き出る。
「ここの広い場所で訓練してあげる。ここの階層ならよっぽどのことがない限り邪魔が入らないし、壁とかもそう簡単には壊れないから」
そんなこんなで
【遺跡攻略1日目】
最初にミツキは自ら簡単な魔法を行使しつつ、魔力の感じ方を教えてくれた。
「魔法は簡単に言えば体の一部。人が物を掴むときただ手を動かすんじゃなくて、物との距離、つまりは空間を把握して手を動かす。それと一緒。魔法には力の流れがある。それを感じて強くしたり弱くしたり、距離間を測って思い通りの位置に魔法を行使する。これが基本的な流れ」
と言われても、そもそも魔法の流れというものが感じにくかった。
ある日、目覚めたら腕が四本になっていてどう動かしたらいいか分からないような感じなのではないだろうか?
いや、まぁ実際に腕が四本になったりしたことがないから分からないけど。
しかし、その前にひとつ疑問が――
「なぁ、魔法の発動には詠唱が必要なんじゃなかったか?」
神殿じゃなかった、祭殿を出る際に職員らしき人物たちが無詠唱で魔法を発動させられるアーティファクトが――と言っていたので、基本的に魔法の発動には詠唱が必要だと思っていたのだが……
「あれはパスワードみたいなもの。別になくても魔法は使える。ただ、人間側は鍛錬に時間を費やして頭を使わないから、発動する際に合言葉みたいなものを使わないと発動できない。だけど、それじゃ実践で勝てない。頭でちゃんと整理して同じプロセスの魔法でも使い方を柔軟に変化させることでどんな状況でも気合で乗りきれる。逆に詠唱を決めていると柔軟に変化させることが出来ないから、予想外な状況に陥った時に対処できない」
「そんなこと知ってたら普通は魔法の方も詠唱なしで発動できるようにするもんじゃないのか?」
むしろ、体を鍛えるより優先するべきことのように思えたので聞いてみた。
しかし、意外な答えが返ってくる。
「彼らは知らない」
「は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
そんな俺をよそにミツキは話を続ける。
「魔人族の魔法は人間の魔法と少し違う。魔法というより超能力と言ったほうがしっくり来る。火を吹いたり、魔獣を従えたり色々。それらはその使い方以外に選択肢がないだけで、立派な魔法。魔人族は超能力を扱う過程で魔力の流れを理解しているから、魔法を無詠唱で扱うことも出来る。だけど、人間側はそれを知らないし、知ってる者も『魔人族だから』って思ってる。だから、ひたすら体を鍛えてる。人間側が技術力を武器にしているのも魔法を自分たちでコントロールしようという発想に至らないから。技術で効率よく運用しようとした結果」
「俺が詠唱なしでクラスメイトを投げ飛ばしたり、奈落の底に転落した時に重力制御魔法が発動したのはそういうことか。つまり、その時の感覚を思い出せば案外あっさり魔力の流れって奴を理解できるかもしれない」
というわけで、ひたすら頭を抱えながらその時の状況を思い出そうとした。
ちなみに、あのあとアーティファクトもただの補助兵装ではないと分かったので聞いてみると――
「アーティファクトには二種類ある。私のような錬成能力のある者が作った【通常武装】と、この古代遺跡のような古代技術で作られた【神格武装】。通常武装はあくまで外部魔法処理装置みたいなものだから、使い手次第で絶大な能力も発揮できる。それに対し、神格武装は戦略魔法そのもの。正しい手順を踏めば適正魔法に関係なく戦略魔法を発動することが出来る。ただ、燃費が著しく悪いから本当に最後の切り札みたいなものだけど」
つまり、通常武装は魔法を使用者の外部で演算する装置みたいなもので、使用者本人の力以上の能力はないのに対し、神格武装は規定の魔力さえあれば誰でも戦略魔法の発動が出来る術式そのものというわけだ。
「なるほど。その通常武装こそが人間側の技術力。魔法を効率よく発動させるための補助兵装というわけか」
ただ、流石に覚えることが多すぎて頭を抱えたくなってきていた。
後日、ノートにまとめよう。そう決意して訓練に望む。
結局、初日は魔法の感じ方についての講義で終わってしまった。
これは、目が覚めたのが遅かったのと、移動にだいぶ時間を取られてしまったからだ。
それはそうと
「腹減った」
俺の腹は警報を発していた。
記憶がないのでなんとも言えないが最低でも丸1日はご飯を食べていない。
非常にマズい状況だった。
「食料なら多少ある」
救いの言葉だった。
すかさず食いつく。
「どのくらいあるんだ?」
「一人で攻略することを考えて3ヶ月分ある」
しかし、
「その食料は何処にある?」
彼女は現在手ぶらも同然。
とても、食料を持っているようには見えなかった。
疑問に答えるように彼女は手を空間に伸ばした。
そこからパンが出てきた。
「何だ今の?」
まるで異次元から物を取り出したように見えた。
「これはアーティファクト’精霊の蔵’。異空間に物を保存できる。武器から食べ物や調理器具まで、生き物でない限り何でも収納可能。適正魔法に関係なく習得することのできる汎用魔法の一種」
そのアーティファクトは指輪の形をしていた。
「なら、二人で45日分の食料があるってことか。それまでに攻略しないといけないと。訓練のペースがだいぶ早くなりそうだな」
しかし、無事にここから脱出しないといけないことを考えると仕方のない事だった。
「料理はどうするんだ?」
「私はそんなこと出来ない。せいぜい、野菜を切ることが出来るくらい。一応、スープを作れるような材料とか器具は出発前に怒られてつめ込まれたからあるけど」
どうした天才――とは言わなかったが思ったのは事実だ。
「なら、調理は俺が担当するよ。食料は全部分けてもらわないといけないしな」
実は俺は男だがそれなりに料理が出来る。
両親が共働きで自分で用意しないといけなかった他、飲食店のバイトで調理関連を担当していた時期があるからだ。
「出来るの?」
「ふん。食べてから言ってもらおうか!」
というわけで、満足させれば食料確保、満足させられなければ餓死という賭けをすることとなった。
数分後――
「参りました」
ミツキはその容姿に相応しくない土下座をしていた。
「やめろ。やめてくれ。これは勝者に対する復讐か? 俺はお前のそんな姿を見たくなかった……」
ミツキの土下座は実際のところ大袈裟な反省だったようで
「わかった。やめる。だけど、代わりに私に何か命令して。お詫びをしないと申し訳ない」
と伝えたいことをすんなりと言ってきた。
とはいえ、これはこれから食料を分けてもらうのと、今日助けてもらった恩を少し返した程度にとらえていたので断ることにしたのだが
「それなら、訓練に付き合ってくれてるのと泉で助けてくれたので、ようやく少し恩を返せたかなと感じて――」
その言葉は最後まで続かなかった。
ミツキが遮ったからだ。
「違う。助けたのは貴方を利用するため。貴方が凄い才能の持ち主だということは最初から分かってた。だから――」
先程は遮られてしまった。
故に次は俺が遮った。
「関係ない。俺はミツキの信念の強さに心惹かれてここにいる。今ここでミツキの隣にいることは俺の選んだことだ」
彼女をそっと抱きしめ、静かにそして諭すようにそう言った。
実際、彼女の容姿に見惚れていたりもしたのだが――気恥ずかしくて言えなかった。
そして、「気恥ずかしいという感情はこういうものなのか……」と思いつつそのまま横になる。
「何してるの?」
ふと、ミツキが顔を上げて言う。
その表情は会った頃に戻っていた。
「何って、もう眠いから寝るのさ。明日は朝から訓練だろ?」
「だから、なんで抱きしめたままって……」
俺は少しずつミツキに惹かれていた。
ミツキに未だかつて味わったことのない、人の暖かさというものを感じていたからかもしれない。
――異性は己を変える。
いつだったか忘れたがテレビを見ていた時に町を歩くナンパ男が言っていたことだ。
その当初は「こいつは馬鹿だ」と思ったものだが、今なら何となくそれが分かるかもしれない。
勿論、ナンパ男を養護するわけではないが……
この世界に来て数日。
桐野やミツキとの交流で少しずつ自分が変わっているのがよく分かっていた。
だからだろうか、少し甘えてみたくなったのかもしれない。
ふと
「俺のことそんなに嫌い?」
何となくそういう風に聞いていた。
ミツキは初めて驚いたような恥ずかしがっているような表情を見せ
「別に嫌いということはない」
とそう返してきた。
溢れてしまいそうな笑いを堪え
「なら、問題ない。ついでに、さっきの何か一つお願いを聞いてくれるって話だが――俺を甘えさせてくれよ」
そう言って、彼女を抱きしめたまま眠りについた。
人の温もりはやはり暖かかった。
【遺跡攻略2日目】
この日は朝から早速、実技が始まった。
最初の訓練内容は
「とにかく、何もしなくていいから私の攻撃を避けて」
と言われたのだが……
果たしてこの訓練にどんな意味があるのだろうか……
それ以前に
「ちょっと待ってくれ。まさか、アーティファクトも魔法もなしに生身で魔法攻撃を避けろってことか!?」
「うん」
たった一言そう返されそのまま
「開始」
ミツキの光攻撃系統魔法が放たれる。
光の弾丸は昨日のように顔を掠め……背後の壁に激突する。
轟音が鳴り響くと同時に足元に壁の欠片が飛んできた。
慌てて後ろを確認する。
そこには、とても生身で喰らっていいような魔法ではないことを証明するかのように、大きなクレーターができていた。
その大きさは放たれた光球の直径を遥かに超えている。
冷や汗が流れる。
この時、思ったことは――マグロって動き続けないと死ぬんだよなぁ……と心底どうでもいいことだった。
「いやいや、冗談言ってる場合じゃないって!」
とりあえず、次々と飛んでくる光球を躱す。
ミツキは魔法を放つ手を止めずに驚いているようだった。
こうも簡単に避けられるとは思っていなかったのだろう。
実はこう見えて剣道を一時期やっていた――本当に一時期。
まぁ、理由は育児放棄されたも同然の俺を不憫に思った祖父に一時期だが世話になって、その時に暇だったので祖父の家にあった剣道場で祖父の弟子たちに混じって齧った程度なのだが……
「それでも、これくらいは余裕で避けられる」
剣道を少しやってから動体視力が急激に上がった――ような気がする――ので、距離を維持して光球の軌道を確認してから避ければあたることはない。
光球の速度は一定のまま、色々な角度や間隔で飛んでくる。
それをただひたすらに避け続けた。
途中、危ういところもあったにはあったが、無傷で全てを避けきった。
すると
「なかなかやる。なら、準備運動は完了で次の段階に進む」
「次の段階?」
どうやら、あれでまだウォーミングアップだったらしい。
「そう、簡単なゲーム。勝てば次の段階に進めてご飯も食べれる。だけど――」
「だけど?」
「勝てなければ、ご飯は抜き。そして、このゲームには負けという概念は存在しない」
「それって、勝つことが出来るまで飯は食えないってことか!?」
返事の代わりにドヤ顔とグッドサインが返ってきた。
「で? ルールは?」
「? なんで、そんなに焦ってるの?」
「早くしないと時間制限がどんどん近づくだろ!!」
「なるほど」と納得した顔をしているが、まさか、自分でゲームと言っておいて気づいていないとは大丈夫か天才……
「ルールは簡単。とにかく、私の攻撃を避けて私を捕まえたら勝ち。ご飯の時間の1時間前に勝てなかったらご飯抜きで次の時間に勝負を持ち越す――それじゃ、再開」
再び放たれる光球。
それを避けきっての感想は
「さっきよりも早い!?」
そう、段階が上がったためか速度に遠慮がなくなってきている。
ミツキの表情的に今後の段階では更に早くなりそうだ。
それに、手数も増えてきている。
「どうしたの? 避けるだけじゃ私を捕まえられない」
たしかに、その通りだ。
先ほどまでは避ければ済んだのだが、ここからは攻めないといけない。
しかし、攻め始めると一つ問題が……
それは、今まで使っていた動体視力を利用した回避行動を取れない。
直撃は避けられそうだが、魔法などによる超加速が出来ない以上、軌道外には逃げ切れない。
「なるほど、それで魔力の流れか」
そう、つまりは放たれた瞬間に軌道を読み取って避けるのではなく、魔力の流れから光球が生成される前に軌道を――予兆を読み切って避けるのがこの段階の目標というわけだ。
理屈は分かったが
「これは、今日の飯は抜きかな……」
とりあえず、なりふり構わず避けまくって魔力の流れというものを理解しないといけないと思った。
ただ、流れというものを理解しようにも糸口すら見つからない。
「どうすれば……」
考えこんでしまったその時。
「戦闘中に考え事はご法度」
隙を突いて今までで一番威力の高そうな光球が飛んでくる。
気づいた時には遅かった。
「避けられない」
そして、そのまま直撃を喰らい――意識が暗転した。
§ § §
ミツキは焦っていた。
今発動している魔法は最初に放っていた光攻撃系統魔法に見せかけた別物。
この魔法の発動には高度な演算が必要。
故にこの威力を保ちつつの連続発動では、これ以上に光球のスピードを上げることは不可能だった。
それでも、出せる最大のスピードで放っている。
なのに、距離があるとはいえ全て避けられてしまっている。
このままでは、精神力が先に切れてしまいそうだ。
そうなれば、例え魔力が余っていても気を失って負けてしまう。
ギリギリのラインを見極めて魔力を行使し続けた。
その時、隼人が考え込み始めた。
恐らく、魔力の流れについて今までの知識で考えをまとめようとしたのだろう。
だから、その一瞬の隙をついて
「戦闘中に考え事はご法度」
ただ、一言そう言って後のことを考えずに最速、最大威力の魔法を放った。
魔法は見事に直撃し、一瞬で隼人の意識を刈り取った。
それと同時に精神力を使い切り膝をつく。
「何とか保った……」
治癒の時とは違いこの魔法は内部からでは効果が期待できない。
魔力炉が発展途上の今なら魔法拒絶も発展途上。
その隙をついて最大威力を叩き込むという無茶な作戦ではあった。
ただ、魔法拒絶も不完全ながら発動しているはずなので、どこまで影響を与えられたかはまだ分からない。
そう思いながら隼人が目覚めるのを待った。
§ § §
「んで? 何でまた膝枕され――「寝顔が可愛いから」
即答だった。
「またかよ。まぁいい。とりあえず、どのくらい気を失ってたんだ?」
「2時間くらい」
結構、気を失ってたんだなと思った。
これで、昼飯は抜きかなと思った時、思いがけない提案が出る。
「今日は昼ごはん抜き――と言いたいけどチャンスをあげる」
「チャンス?」
「今から1時間以内にさっきと同じ条件で私に勝てたら昼ごはんの食料をあげる」
とのこと。
願ってもいないチャンスである。
「分かった。すぐにやろう」
そういったのも理由がある。
なぜだか分からないが、さっきと違って魔力の流れを感じられるような気がしたのだ。
今なら避けきれるとそう確信めいたものがあった。
「一回勝負。そっちが攻めてきて私は迎撃。一度でも私の攻撃にあたったらそこでチャレンジ終了」
あまりの鬼畜さに一昔前のド◯キーコ◯グ(ハシゴ登って行くやつ)が思い浮かんだが、すぐに思考を切り替え攻めの体制に入る。
「準備はいい? 3,2,1――開始」
合図と同時に一気に加速する。
その時、いつもより体が軽く感じ、更に加速できそうな気がした。
周りが減速しているような気さえする。
魔力の流れ、性質、干渉範囲その全てが分かる。
そして――
「捕まえた」
両手をミツキの両肩に置いた。
ミツキは笑顔で
「合格」
そう言ってくれた。
ただ、
「なんか、あんまり驚いてないな。実は手を抜いたんじゃないか?」
なんとなくそう思って聞いてみたが
「別にそんなことはない」
と言われた。
「とりあえず、ご飯。お腹すいたから早く」
すると、ミツキのお腹が鳴る。
「まぁ、いいや。とりあえずご飯にするか」
少し緊張感のなさに脱力しつつ夕御飯の準備を始めた。
昼飯を食べながら
「つまり、あれは攻撃魔法じゃなかったのか?」
俺は驚いていた。
「最後の方はね。初手のは脅すために攻撃魔法を放った。だけど、最後の方は魔力の流れを直接叩きこむために魔力を直接圧縮して放った」
噛み砕いて説明すると――
魔力自体には基本的に影響力つまりは攻撃力だったり何かしらの効果だったりがなく唯一、魔力にのみ直接干渉出来る。
ただ、俺の場合は莫大な魔力保有による魔法拒絶が常時発動しているため、どのくらいの効果が得られるか分からなかったとのこと。
だから、攻撃魔法を混ぜて生存本能を刺激しつつ絶好のタイミングで出せる最大威力の魔力を叩き込んだらしい。
しかし
「でも、無事でよかった。魔力を直接叩きこむということは、ここの聖域と同じように魔力が弱いと魔力を暴走させる可能性がある。最悪は死に至る。荒療治だったけどよかったね」
にっこりされたが、こっちとしては文句を言いたかった――「殺す気か!!」と。
本当に荒療治で普通はこんな方法を取らないらしい。
何せ魔力を直接圧縮できるほどの魔力保有者自体が少ないのと危険を伴うのだから当然だ。
急いでいるとはいえ、あんな方法でなくてもと思わなくもないが、あそこまで笑顔で言われてしまうと怒る気にもなれなかった。
「ところで、暴走しなかったのはいいが、なんで気を失ったんだ?」
攻撃力のない魔法を喰らって何故倒れたのか分からなかった。
「魔力の流れに酔ったの」
そう返された。
「酔った?」
「そう。三半規管が鍛えられていない状態で船に乗ると酔うように、魔力の流れに慣れてない状態で飲まれると酔ってしまう」
しかし
「なら、なんで聖域にいる間は酔ったりしないんだ? ここも高濃度の魔力の流れがあるんだろ?」
だが、答えは意外と簡単だった。
「聖域の魔力は漂っているだけだから。隼人に直接干渉しているわけではなく、あくまでこの土地に干渉している。流れとはまた別の感覚。この世界に召喚された時、祭殿でしばらく体を休めたんじゃない?」
「いや、確かにしばらく滞在してたが……」
「それは、急に気分が悪くなる可能性があったからだと思う。異世界から来たあなた達は全員が聖域の魔力に耐えられるだけの魔力を保有しているはず。だけど、魔力の流れも知らないあなた達がいきなり領域干渉に暴走することはなくてもその感覚に慣れないのも当然。だから、祭殿で領域干渉に慣れてから移動が始まったんだと思う」
つまり
「領域干渉の方の感覚は既に修得済みだったということ」
だそうだ。
ちなみに、
「領域干渉と直接干渉の違いは、簡単に言えば領域を指定するか対象を指定するかの違い。だけど、そうとしか認識してないと応用がきかない。例えば、相手がかなり高い――通常魔法程度なら影響を受けないような魔法耐性を持っていたとする。この時、隼人が重力制御で相手の体を対象として体重を増やそうとしても増えないし、増えないから地面に沈むこともない。だけど、相手のいる空間を指定して高重力のかかるように重力制御を行えばそれは地面に倒せる。なぜなら、隼人が干渉しているのはあくまで空間――その領域であって彼には干渉していないから。彼が倒れたのは高重力という事象のせいになる」
余談だが、魔法の難易度は通常魔法、高等魔法、超高等魔法の三種からなるらしい。
ほとんどの魔法は潜在的に使える通常魔法。
多くの魔力と精神力を消費し、使用者を選ぶ高等魔法。
そして、莫大な魔力を消費する超高等魔法。
しかし、その境界は曖昧なのだそうだ。
当然だろう。
この世界の魔法は自分の想像通りに事象へ干渉あるいは現象を起こすものだ。
故に魔法の種類は本来、魔法師それぞれの魔法があるために無数に存在するはずなのだ。
ただ、人間側は詠唱という方法を用いて魔法を行使しているためある程度は決まっている。
「それと、忘れちゃいけないのが詠唱による魔法の修得は洗脳みたいなものだということ。この詠唱をすればこの魔法が行使できると教わるから、教わった人はその詠唱をしたときに見せられた魔法を想像する。結果的に想像から魔法への変換が行われるために魔法が発動する。ただ、これだと魔力の流れを理解できていない状態だから戦闘時に魔法攻撃を予知できずに直撃を喰らう。それに、詠唱の長さの分だけ発動に時間がかかる。欠点しかない」
こんな感じで午後はまだ聞いたことのない細かい知識について講義してもらっていた。
「明日からは次の段階に進む。それが終わり次第、2階層以降の攻略を開始する」
そう言って、攻略2日目は幕を閉じた。
昨日の追記でも言いましたが、設定の矛盾があるかもしれません。
特に今回は想定していなかった設定を大量投下したので正直怖いです。
というより、誤解させてしまう部分もあるのではないかと思いますので、その内、本当に解説も投稿します。
それと、異性が己を変えるという件ですが、私自身の経験としてやはり異性の目は必要という風に思っているだけで、あんな経験がある等はありません。
自分、高校時代は男子校に通っていました。
中高一貫の学校だったので中学からの持ち上がりメンバーの精神年齢の低さに驚いたものです。
結局のところ、性別に関係なく異性の目がないとお互い羽目をはずしまくっちゃうんですね。
そうすると、精神年齢の低い人間が大量に生まれるという……
それはさておき、問題の次回ですが……
はっきり言って、この先の展開を全然考えていませんorz
攻略の最後はこんな風にとか考えていますが、それだけであって途中経過が――
とりあえず、2週間はください――多分、おかわりしますが……
次回、「◯◯◯【古代遺跡-ウィアオーナ地方編-②】」は2015/08/29の18時更新よて――はっ、28日エ◯ゲの発売日じゃん。その5日後はメタルギアの発売日だし……
なんとしても、27までに書き終えねば――作者はそう心に誓った。
しかし、この時はまだ誰もあんなことが起きるとは想像もしていなかったのだ……
-2015/08/29追記-
遂に今日を迎えてしまいましたね。
結論として包み隠さず言うと「全く書けてない!!」
今、今後の展開を暇さえあれば考えている状態。
だけど、このままだと。
「てい」
「GYaaaa!」
だけで、遺跡編終わってしまうんで頑張ります。
9月中になんとか①と同じ文量の用意できるよう奮闘しますんでよろしくお願いしますm(_ _)m