魔法の発現
この世界に召喚されて3日目。
今のところ最短で3日もあれば魔法が発現するということだが、未だその傾向は見られない。
例えば、初日に召喚された黛宏大の場合。
彼はもともと剣道部のエースとして、後輩や先輩に関係なく慕われていた。
それが、影響してか魔法は剣術をサポートするものが適正として3日目には発現したらしい。
適正としてとは、実際のところ適正を持ったものには遠く及ばないが、どの魔法も修行次第では取得することができるのだそうだ。
ただ、並大抵の努力では取得できないということ。
ひとつの魔法を取得するのに何年もかかるそうだ。
だから、この世界の住人は自分の適正魔法を研究し、その派生系となる魔法を自分で開発するのだそうだ。
それだと、研究力や魔法の難易度次第では数日で完成するらしい。
あとは、パーティーメンバーと協力して隙を埋めるというのが一番効率よく戦う方法ということだ。
じゃあ、異世界から来た俺達にとって敵とは何か。
この世界には魔法だけでなく吸血鬼や魔人族なども存在しているらしい。
召喚者達は単に魔人族という風に言うが、本当は誰が敵なのかちゃんと確認しなければと思ったのもまた事実だった。
何せ、これから戦争をしようというのだ。
つまりは人殺しだ。
当然、武力放棄している日本で生まれ育っている俺からしたらまるで次元の違う話だ。
故に判断を誤ってはいけないと思った。
余談だが、初日に召喚されたもう一人、鳩羽静寂の場合。
彼女は静かな方で特に取り柄もない。
結果として、1週間近く経った今でも魔法が発現していない。
以上の事例から、魔法の発現には何かキッカケというものが必要らしいということが分かる。
4日目。
クラスの3分の2が魔法の発現を終えていた。
この戦力ならと移動が始まろうとしていた。
俺達の召喚された神殿の職員(?)達によると、ここはただの儀式場であって地上ではないとのこと。
「これから、皆さんには武器を選んでいただきます。このアーティファクトは皆さんの適正魔法を強化する補助兵装という風にお考えください。種類は色々あり、詠唱なしでCランク以下の魔法を発動するものや、ただ単純に発動する魔法の威力や効果を高めるものなどなど、他にも沢山の能力が存在します。自分の適正にあったものを選んでください。なお、魔法の発現が終わっていない方はランタンを持ってください。地上に続く道はたまに魔獣も出てきます。先手を打てるように常に周囲には気を配ってください」
どうやら、職員とはここでお別れらしい。
入れ替わりで地上の軍の一個小隊で隊長を務めているという男が入ってくる。
話によると他の小隊と俺達を加えて一個中隊として今後は動くのだそうだ。
「――そして、申し訳ないが今回の引率は私一人だ。全部隊、任務中でな。せめて、私の小隊はとも思ったのだが、中隊編成を優先にと上から圧力をかけられてしまって……全く、何のために異世界から救世主に成りうる存在を呼び寄せたのか――とりあえず、上層部は侮っているが、この世界での戦い方を知らない君達には地上に出る際に使用する道に稀に出てくる魔獣相手でも厳しい戦いになるだろう。気を引き締めて、此処から先はいつ死んでもおかしくない世界だからな」
そして、移動が始まる。
先頭はさっきの隊長さん、中心にランタンを持った非戦闘員。
非戦闘員を囲むように魔法発現者が配置された。
ただ、魔法が発言しているメンバーはその優越に浸っているためか、どこか余裕そうだった。
周りは非戦闘員が警戒しているからとでも思っているのかもしれない。
「お前はどんな魔法が発現したんだ?」「俺は風属性だ。風を操って敵の進行を阻んだり、上達すれば鎌鼬も打てるらしい」「スゲーな!」
とか
「貴方は?」「私は治癒系。まだ、簡単なかすり傷を治す程度だけど」「俺は錬成。武器の強化とかがメインらしい。一応、ハンマーとかで戦えるけどな!」
とか話している。
はっきり言って、緊張感がなさすぎる。
さっき、いつ死んでもおかしくないと言われたのを忘れたかのように談笑している。
”稀”と聞いて侮っているのだろう。
お客さんのこっちがこんなんじゃ、上層部があんなんでも仕方ないとそう感じた。
しかし、状況は一変する。
ふと、向かわせた視線の先に赤い光が幾つか見えた。
「なぁ、隊長さん。あの赤いのは何だ?」
全員が振り返る。
「何もないじゃないか」
「ドッキリかよ。お前そんなキャラじゃねーだろ」
「魔法が発現してないからって妬むなって」
と好き放題言われたが無視してさっきの方向を見る。
そして、
「来る」
ただ、一言言った瞬間には敵は目の前に跳躍してきていた。
見た目は巨大な蜘蛛。
遠くの天井部分に張り付いていたのだろう。
「流石、化け物。あんなところから跳躍してくるとか。蜘蛛のくせにどんな跳躍力だよ」
俺は、軽口を叩く。
だが、他の連中は突然の出来事に硬直していた。
「おい! お前らの出番だろ!!」
叱責するが誰も動けない。
当然、相手は待たずに攻撃してくる。
最初の一打は蜘蛛の糸を飛ばしてきた。
その糸が俺達に到達して拘束しようとした時。
炎剣が目の前を通過した。
隊長の振った炎剣は炎を斬撃に乗せて飛ばし、糸を焼きつくした。
「全員無事か!? 俺が囮になる。全員、周囲に警戒しながら走れ!」
だけど、当然のごとくお約束的な展開はあるわけで
「前方からもう一体!!」
誰かが叫ぶ。
緊迫した状況で素人の彼らは何も考えずに全員が魔法を放った。
仲間とはいえ魔法の属性は人それぞれ、中距離攻撃系の魔法は一斉に放たれたものの反発しあう属性同士が干渉しあって大爆発が発生した。
運良く前方の敵の撃退に成功したが同時に今自分たちのいる石橋をも傷めつけてしまった。
「橋が崩れる! 急げ!!」
隊長が敵の注意を引きつけつつ言い放つ。
しかし――
「きゃぁぁぁぁ!!」
桐野が隊長を案じて一瞬出遅れてしまった。
足場を失い落ち始める桐野。
彼女を助けようと手を伸ばす倉坂。
だが、手を伸ばして届く範囲などとっくに過ぎている。
キッカケは気まぐれ。
俺は桐野を恋愛対象は愚か、友達としても見ていない。
ただ、いつも話しかけてくるクラスメイト。
だけど、桐野が相手なら見捨ててこのままというのも気分が悪かった。
どうやら、彼女の挨拶は随分と俺に影響を与えていたらしい。
気が付いたら飛び降りていた。
彼女の腕を掴む。
「少し痛いだろうけど我慢しろ」
ただ、一言言い残し――”魔法”を発動する。
そして、体を軸に思いっきり桐野をぶん投げた。
あとは、桐野の幼馴染達が受け止めるだろうと思いながら奈落の底へと転落していった。
誤字、脱字は随時修正しますのでご連絡ください。
次回「奈落の先にて」は2015/08/01の土曜日更新です。
-更新予定時間-
”Hayato Side” 18時頃
”Mituki Side” 19時頃
2視点に分けての投稿ですので、両方合わせて2300文字前後程度の分量となりますのでよろしくお願いします。