最果てに
あれから数か月が経った。
徐々にルナから男の姿に戻れなくなりついに俺は男に戻れなくなった。
喪失感はあったがそれよりもやることが、成すべきことがあって気にならなくなっていた。
いつの間にかこの姿に慣れてしまっていたようだ。
ノルンはアークとの別れに最初は落ち込んだ様子だったがクワナ村着く頃にはどこか心の整理がついた様子だ。
アークの情報からエルフたちが住まう場所へと向い、そこで1人のエルフと出会った。
くたびれた服にしわくちゃな顔から老人であることはわかる。
おじいちゃんエルフのが言うにはこの遺跡は来るべき時に備えて建てられたものだという。
そして彼は俺たちを行くべき道を示すためにここにいると言う。
俺ののアビリティは対魔神用に開発された"自身が知っている神話の知識を用いて神が扱う強力な魔法を使うことができる"というものだと知る。名を九つの世界。
魔神の依代を破壊するには俺の九つの世界でなければ破壊できないそうだ。
「依代はどこにあるんですか。」
カイルが身体をぐいっと前に踏み込みながら聞く。
「私にもそれはわからない。だが孝也お前の世界になかったものが今のお前なら見えるはずだ。それが依代だ。」
エルフがしゃがれた声でそう言うと全ての説明を終えたと急かされるように奥の祭壇へと案内された。
そして俺たちは魔法陣が描かれた墓場のような場所から俺の元いた昔懐かしい世界へと転移した。
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そこは河川敷だった。当たりを見れば高層ビルが立ち並び車が轟轟と駆ける音が聞こえる。
当たりは暗く排気ガスの独特の匂いと重たい空気が夜空を濁らせる。
「ここがルナの世界かにゃ?」
ノルンがぽかんと口を開けて呟いた。いきなり中世の世界から現代に来たらそれは驚くだろう。
信じられないとばかりに呆然としている。だが次第に当たりの騒音が怖いのか耳を押えて怯え始める。
「大丈夫だよ。これは車っていう乗り物の音だよ。」
頷きながらそう答えると頭上を見上げる。
かつての綺麗な星空は見えないが黄色い月と赤い月が2つ綺麗に並んでいる。
「あかい月?」
「どうしたの?」
イリスが俺の驚く様子に不安げに問う。
「いや俺の世界には月は1つしかなかったはずだ。」
「そうなの?」
首を傾げてイリスが反駁する。
「ああ、あの赤い月が依代ってことか。」
俺は両の手をエルフに教わった通り赤い月にかざしアビリティを使う。
「あれを壊せばすべて終わるのか。」
カイルが全身の緊張が一瞬解れ喜びを露わにする。
あとは魔法が放たれ終わると誰もが思った。
だが―――――――――――――――――――
次の瞬間元の真剣な面持ちに戻って叫ぶ。
「危ない!!」
俺を突き飛ばす。
草と土に顔面を強打する。土の苦みと血なまぐささが鼻につく。
「きゃーーーーーーーーーーー。」
イリスが喉が裂けるような絶叫する。
彼女の目の前には魔神が仁王立ちしている。
「何故奴がここにいるんだ。」
「ふ、依代をこの世界に隠すことができたのだ。こちらの世界にも自由に移動できるに決まっているだろう。」
愉悦と見下すような冷たい視線が濃密な恐怖というオーラ―を放って俺たちに襲い掛かってくる。
「俺たちが魔神を止めるだからルナは依代を!」
俺は足が震えて動けなくなるがカイル一声で金縛りが解けた。
カイルは臨戦態勢になって果敢に応戦する。
かつての魔神に臆する姿は微塵もない。一人の男が魔神を抑え込む。
だがすぐに吹き飛ばされてしまう。圧倒的に魔人が強いのだ。
「僕も手伝う。」
アルバートが自身を奮い立たせるように両の手で頬を叩くとご自慢の斧を片手に魔神に飛びかかる。
カイルが飛ばされるとアルバートが攻撃し、アルバートが仰け反るとカイルが応戦する。
「私の魔導書も喰らえ!!!」
ノルンが本を空中に浮かべて魔力を集中する。
そして無数の魔法陣が現れ四方から炎や雷氷を放ち魔神へとぶち込む。
魔神が怯んだ隙に腕を負傷したカイルの元にイリスが駆け寄り治癒する。
「回復は任せて。」
「サンキュー。イリス。」
カイルが全快した腕を振り回し治った事を確認するとまた魔神へと突撃していく。
みんなが俺のために時間を稼いでくれている。
時より魔神に攻撃が入るがすぐに治癒してしまう。
魔神は不死身だ。依代を壊さなければ倒せない。
俺は九つの世界の詠唱に入る。
『我らが神々よ。我が求めに応じ力を与え給え。』
「させませんよ!!!!」
魔神が巨大な魔力の集中に気が付いたのか。警戒した様子で俺を狙う。
「させないにゃん。サンダー・サイクロン。」
雷が奔流となって魔神の周囲を覆う。
「こんなもので私は止められない。」
魔力を放出して魔法を霧散させる。ただの魔力放出だ。魔法ですらない。
一息吹いたらこちらの攻撃が無力化したようなものだ。
そして魔神が指先をノルンに向けて黒い光を放つ。
「ブラックアウト。」
「に〝ゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
周囲が暗転したのちノルンの悲鳴が木霊して崩れ落ちる。
激痛なのだろう身体埋めている。
「ノルン!!!!!!!!!!!!!!!」
仲間の負傷に心が乱れ詠唱を中断して駆け寄りそうになる。
そんな俺を冷静にカイルが制止する。
「お前がすべきは依代の破壊だ。忘れるな。
ノルンはイリスが診る。任せるんだ。」
カイルが堂々とこちらに不安を感じさせないように低くしっかりとした芯のある声で言った。
そして駆け寄るイリスを攻撃しようとする魔神を迎え撃つ。
『内に灯りし陽明の篝火よ。我が元に集い収束せよ。』
「させません!!」
魔神は焦った様子でアルバートを強引に押しのけると拳を叩き付ける。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
アルバートが苦痛に悶え血飛沫があがる。
すかさずカイルが魔神を退けるが脚があらぬ方向に曲がっている。
苦悶に顔を歪め一瞬動きが鈍くなる。
「散々邪魔してくれましたね。全員まとめてここで仲良く葬ってあげましょう。」
前衛の2人がやられ後衛のノルンもイリスが懸命に治療するも未だ立ち上がらない。
この機にトドメを刺そうと魔神が必殺の一撃を与えるべく両の手を頭上へと掲げる。
黒い光が球を描く。徐々に球は肥大化して膨大な魔力が収束する。
その魔力量は魔力だけでこのあたりを吹き飛ばすのではないかと思うほどだ。
このままではまずい。皆が死んでしまう。俺はそんな危機感から頭をフル回転させる。
俺が詠唱をやめればもう二度と九つの世界を詠唱する隙はないだろう。
だからと言って何もしなければ……。
「ダークノヴァ」
黒い球体からどす黒い悪意が液状になって零れ落ちては地面を溶かしていく。
そんな球体を振り下ろそうとした。
その刹那だった。
カイルが自身の剣を分投げた。
もちろんそんな攻撃魔神は軽く身を翻して避ける。
だがそれが愚行だったと悟る。
魔神はカイルの攻撃を避けるために体勢を左にずらした。
重心のずれた体勢の魔神へカイルは追撃を加えるべく片手の盾に魔力を纏い叩き付ける。
「インパクト!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
盾に大きなひびが入り衝撃波が周囲に暴風を巻き起こす。
魔神も思わぬ一撃に一瞬後ずさる。
今の攻撃で集中が切れたのか魔法は不発に終わり霧散した。
「小僧!!!!!!!!!!!! きさまあああああああああああああああああああああああ。」
自身の渾身の一撃を格下に止められたと怒り狂う魔神。
そんな魔神が放つ渾身の一撃を装備を失ったカイルは素手で受け止める。
「がああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
だが魔神の一撃を素手で止めれるはずもなくあまりの痛みに雄叫びを上げて吹き飛んだ。
そして時を同じくして俺はようやく最後の魔法の準備が整った。
『悪しき者に業火の炎を!!!!!!!!!!! "九つの世界"』
赤い月目がけて白い光の球体が真っすぐと進んでいく。
そして―――――――――――――――――――――――――
赤い月は粉々に砕け散る。散らばった欠片も次第に消滅していく。
破壊できたのだ。依代を!!!
「くそっ。お前みたいな小娘に俺様の依代を壊されるなんて!!!!!!!」
呪詛を吐きながら身体から黒い霧を出してゆらゆらとこちらに向かってくる。
「もうお前はおわりだ。よくもみんなを――――― 。」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。」
もう人の言葉すら通じない魔神が咆哮する。
俺はゆっくりと腰を低く構えると迫りくる魔神へと必殺の一撃を加える。
「気功破。」
先ほどの魔法で魔力を使い果たした俺は使い慣れた気功で迎え撃つ。
魔神の右ストレートを華麗に避けて渾身の一撃を魔神の腹部に当てる。
だが魔神は数歩後退するだけで俺の攻撃をもろともせずゆらりと近づいてくる。
「ごはぁ。」
俺は吐血する。なぜ? そう考え腹部を見ると気が付かないうちに洋服が黒い染みができていた。
いつ喰らったのかわからない。だが重傷だと理解する。
腹部が熱い。そして何より身体の内側から針で刺すような痛みがあった。
激痛で叫びたいが必死に歯を食いしばる。
俺は近接は危険と判断し再度身構え残る力を振り絞り遠距離攻撃を試みる。
「気功砲!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
魔神は数歩下がるとまたこちらに近づいてくる。
「うがあがががあああああああああああああああああああ。」
だがついに膝から崩れ落ちる。
身体は黒い煙のみでもはや一陣の風が吹けば消えてしまいそうだ。
そして地面に顔をつけると黒い霧は消滅した。
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最後まで御覧頂きありがとうございます。
初めて物語を書きましたが書くことは思っていたよりも難しく、
途中何度も執筆をやめようかと思いました。
ですがお蔭さまで書ききる事ができました。
まだまだ反省点は多くありますがこの作品を通じて私も一歩成長できたと思います。
また新たに作品と制作する予定ですのでよろしければその際にお目にかかる事があれば暖かくお見守り頂ければと思います。




