崩壊 中篇
寮を出たカイルは立ちすくみ呆然とその光景を眺めている。
その後に続いたイリスやアルバートも驚きを隠せない様子だ。
俺たちが花月荘を出ると目の前に広がっていたのは真っ赤に燃え広がるフォルトガの街並み。
それはこの町全てを飲み込むのではないかと思うほど火は轟轟と燃え、
かつては石作りの建物が秩序だって並んでいたが今や瓦礫と化している。
風に乗って町の熱が俺たちの方にまで伝わりかすかに灰が舞う。
この状況からこれがただの火事ではないと直感する。
さっきの黒い人型のモノやこの広範囲に広がった火の手。
誰かがこの町を襲撃したのだと嫌でも理解できた。
おそらく今回の襲撃者が誰であるか、俺たちは容易に想像がついた。
これは魔神クヴァナが攻めてきたのではないか…… と。
「これを魔神がやったの……?」
ノルンが地面にへたり込んで呟いた。
「たぶん。」
そう答えはっとなる。
もし魔神の襲来ならばこのまま立ち止まるのはまずい。
「ここで立ち止まるのは危ない。みんな逃げよう。」
「そうだな。それに町の人たちを助けないと!」
カイルが勇ましくそう言うと全員が頷き賛同した。
俺は何となく皆の意見に同調しながら頭の片隅に言いえぬ恐怖を感じていた。
次に魔神と会ったら俺は奴と対当に戦えるだろうか?
自身もかつてより修行で強くなり敵の弱点を見つけた今、何を恐れることがあるんだ。
そう自分に言い聞かせて不安を振り払うと俺は言った。
「まずはアーク学長かロジャー学長のどちらかと合流した方がいいと思う。」
「そうだな。なら学園に向かおう。」
そう言うとカイルは付け加えるように「おそらく住民も学園に集まっているだろう」とカイルは言った。
俺たちは皆で周囲を警戒しながら崩れゆく寮を背にして学園へと向かった。
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寮から離れて比較的被害が少ない広場を経由して学園に向かう算段になった。
道中瓦礫や災に阻まれ迂回することを余儀なくされたが着々と目的へと進んでいた。
ただ生存者を1人も見つけることはできない以外は……
崩れた瓦礫に潰された人。
何かに切り裂かれ八つ裂きにされ人。
燃え広がる炎に焼け死んだ人。
寮から広場までの道のりは元々人通りが少ない。
だから出会った人は数人だったがその全員が息を引き取っていた。
親しくしていたわけじゃないが声を掛け合うことはあった。
そんな人たちが皆ただの肉片となった姿に、
俺たちは恐怖や魔神への怒りを通り越して虚無感すら抱いていた。
そんな折だった。口数も減りただ目的地に向かう道中。
先頭を歩くカイルが急にお化けでも見たようなすっとんきょうな声を上げて驚いた。
「母さん!?」
広場の中央に1人の女性が棒立ちで虚空を眺めている。
女性の周囲は今さっきまで戦闘があったのかひどく荒れた様子で地面は抉れ所々炎が燃えている。
その行動は無意識だったのだろう。俺たちがカイルの声に気が付き前方の人を視認した時にはカイルは走り出していた。
「カイル駄目だ!」
町の崩壊で轟音が響く中。そんな音をかき消すような怒鳴り声が聞こえた。
カイルは驚いて咄嗟に立ち止まる。そして――――― 後ずさった。
「な、なんだ。あれは……」
そこで気が付いたのだ。
片腕を失いながらも平然としている人間などいるのか?
そもそも腕から流れる黒いもの。
それらが前方にいる者がカイルの母親ではなく化け物だと告げている。
余程面影が母親に似ているのかカイルは未だに信じられないと、
前方の化け物と後方を見て困惑している。
するとカイルの後方に人が着地した。
その人が来た途端まわりの空気が急激に熱くなり濃密な魔力が辺りに広がる。
「カイル大丈夫か。」
厳つい顔をしたロジャーが慌てた様子でカイルに問いかける。
「父さん。どうして――― って、ひどい怪我じゃないか。」
ロジャーの腹から血が流れていた。
それは腹に何かを突き刺さっていたような。まるでレイチェルに致命傷を与えたであろう。
あの傷を思い出させるような。重傷を負っていた。
ロジャーの立つ地面には血が水たまりのようになっている。
「来るな!」
心配して駆け寄ろうとしたカイルにロジャーが切羽詰まった声で叫ぶと、
近づいたカイルを俺たちのいる方に投げ飛ばした。
そして後方から迫りくる何者かに向けて鋭い眼光で睨みつける。
カイルが俺の足元に転がってくる。
その時だった。ロジャーの重たい魔力が一気に消失したような感覚の後。
俺たちのいる空間の温度が一気に氷点下になったようなそんな感覚。
おぞましい何かがこちらに近づいてくる。
その禍々しい魔力に皆身体を振るわせて怖がっている。
「くくくくくく。人間とは愚かですね。
あなた程の猛者でもこんなただの木偶に油断するのだから。」
黒い雲が広がるとそこから突如魔神が出現した。
不敵な笑みを浮かべてロジャーを馬鹿にするような口調で挑発する。
「ぐ。」
ロジャーは悔しそうに歯を食いしばる。
「ただ褒めてあげます。あなたはコレの正体にすぐに気が付き切り替えた。
普通できることじゃない。自分の大切な人を傷つけるなんて。」
「ごふっ。外道め。」
吐血すると地面に深紅の染みが広がっていく。
憎悪と憤怒を込めてそう呟くとこれ以上の問答は不要と構える。
「ほう? 倒せないと悟りながらも戦意を失わないとは驚きです。」
その言葉から俺たちと遭遇するまで激戦を繰り広げていたことがわかる。
やはり魔神は弱点である依代を壊さないと倒せないようだ。
「確かにお前は倒せな、い。だがこれ、ならどうだ。」
ロジャーが手を前にかざすと魔神の周囲に炎の柱が出現する。
それらが魔法陣を描いて敵を包みこむ。
魔神もただならぬ魔力を感じたのか魔法陣から出ようと試みるも、
炎の柱はゆっくりと回りだし魔神行動を封じた。
「やはり動きを封じることはできるのか。」
「ふふふ。考えましたね。確かに私は不死の存在だが攻撃されればくらいます。
でもね―――― 。残念でした。私ならこの程度の魔法を解呪するも簡単です。」
「ふん。かなり高度な封印魔法でも簡単か…… 。言ってくれるぜ。
だがすぐに解かないということはそれができないということだ。」
「確かにそうです。私は何もできない。でも―――― 。」
魔神は嫌らしい顔で人を見下すような口調で話す。
そして一泊置いて勝ち誇ったような顔で言った。
「あなたの奥さんだったらこの中でも自由に操れるのですよ!」
「父さん!!!!」
カイルが叫んだ。咄嗟に駆け寄ろうとするが距離が足りない。
先ほどまでは微動だにしなかったモノが急に高速に移動を始めたのだ。
あまりにも咄嗟の事で皆反応が遅れてしまう。
ロジャーの背後にはカイルの母親に似た化け物がガラス片を手に突っ込んでくる。
単調な攻撃で動きは読みやすい。だがロジャーは避けられなかった。
胸に1突きだった。
いつものロジャーなら避けるのは容易だっただろう。
でも最愛の人の姿をした敵だ。
頭でわかっていても咄嗟の反応で躊躇ってしまった。
「ぐっ。マリア…… 。」
なんとも複雑な表情を浮かべてマリアと呼んだモノを見下ろして言う。
ロジャーは片手に炎を纏って敵を排除しようと振りかぶる。
「あなた、私を殺すの?」
するとマリアは先ほどまでの無機質な表情からまるで生気を取り戻したような表情になって残酷な問いを投げた。
おそらく魔神がロジャーを揺さぶるためにわざと言わせているのだろう。
背後の魔神が口元を歪めながら笑っている。
「すまない。」
さすがは歴戦を生き抜いた人だ。
すぐに切り替えて最愛の人のニセモノへトドメを刺した。
それはすぐに事切れて白い光を放って消滅する。
敵が霧散した後、ロジャーの頬に一瞬煌めく何かが流れ落ちたのを俺は見逃さなかった。
あのマリアという人は死者蘇生で蘇った存在だ。
この禁呪は死者の魂を本当に蘇生させている。
つまり倒すためにはある意味で愛する人を殺さなければならない。
倒さなければ大切な人が魔神の手先となって悪事を働くことを強制されてしまう。
究極の二択かもしれない。
大切であればあるほどその選択は難しい。
現にカイルは歯を食いしばって何か言いたいが言えないような微妙な表情をしている。
俺ももしその時がきたらロジャーのようにできるだろうか……
「父さん!」
急にカイルが張り裂けんばかりに叫ぶ。
何事かとカイルの方を見れば彼の進む先の人物が倒れた。
カイルがその人の元に駆け寄ってから数秒してその人がロジャーだと認識する。
そしてロジャーの元にみんなで駆け寄っていく。
「カイル。そんな騒ぐんじゃない。」
口調はしっかりしているがどこか弱弱しい。
「と、父さん。」
カイルは倒れたロジャーを支えながら気が動転して周囲をきょろきょろして慌てている。
「カイルさん。私応急処置をしておきます。」
そこにどこか冷静な口調でイリス近づくと言った。
イリスの手は少し震えている。そんな彼女の様子から事は一刻を争うと悟る。
俺たちの中で一番治癒魔法が得意な彼女でも"応急処置で精一杯"なのだから。
「いやいい。ぐっ。」
ロジャーへ治癒魔法をかけようとすると彼はイリスを止めた。
疑問だと彼女はその手をどけて治療にかかろうとする。
「いいんだ。」
痛みを堪えながらロジャーが首を振る。
"もう助からない"と――――――
「何を言ってるんだ父さん。やってみなくちゃわからないだろう!」
カイルが父親に怒鳴りつける。
「イリス。君の力は仲間のために取っておくんだ。こんな所で無駄遣いするものじゃない。」
「父さんの言うことなんて聞かなくていい。イリス治してくれ。頼む。」
徐々に声が震えて情けない声で懇願するカイル。
イリスもどちらの言うことを聞けばいいのか困惑している様子だ。
「カイル! 俺はもう駄目だ。お前も見てわかるだろう。
それに男がぎゃーぎゃー喚くな。現実を受け入れろ。いつも教えているだろう。
冷静に状況を把握して適切な判断をするんだ。」
「でも……」 小さく呟くカイルにロジャーが一瞬笑みを浮かべた。
そしてロジャーはカイルの耳元で何かを告げる。
すると今にも泣きだしそうな顔つきで父親に抱き着く。
「行くんだ!」
だがそんなカイルを振り払ってロジャーが鬼の形相で叫ぶ。
カイルは尻もちをついて動かない。
でもすぐに何かを理解した様子で立ち上がると父親に何かを伝え一礼すると言った。
「行くぞ!」
イリスが聞くべきか迷いつつも「いいの?」と聞いたが、
カイルは短く強い意志を込めて頷いた。
そして俺たちは学園へと向かって走り出した。
最後までご覧頂きありがとうございました。
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