それははじまりで
あれからアークとロジャー指導の元、
俺とカイル、ノルン、イリス、アルバートは修行させられることになった。
なぜこのメンツで修行することになったかというと、
魔神討伐のため元の世界にいく必要があるが俺1人では心許ない。
ならば仲間と一緒に行った方がいいだろうという大人2人の計らいだった。
もちろん俺達だけでなく領主たちが決めた特別部隊を編成し、
その人たちと俺らで異世界へ――― 俺からすると元の世界へと向かうらしい。
そうすると俺達では必然的に実戦経験が少ないという事で修行なのだろう。
幸いなことに皆俺と共に異世界を渡航することに異を唱える者はいなかった。
もしかしたら二度とフォルトナに戻れないかもしれないと言うのに。
事態がどれほど切迫しているか領主2人の態度を見て察したのかもしれない。
教わった事は主に2つだ。
1つはロジャーの使っていた 煉獄の覇者のような魔力増幅のさらに上位の増幅技の取得。
原理は簡単で魔力増幅は体内で行うがそれを身体の外で行う。
単一属性の魔法を身体に薄く濃密な魔力で纏い、魔力増幅をする要領で増幅は可能だった。
言葉で話すのは簡単だがこれだけで2ヵ月はかかった。
ちなみに俺は孝也とルナ両者共にマスターする必要があったので地獄が鬼のような地獄にランクアップしたようなつらい特訓だった。
2つめは個々人の必殺技となる技の考案だ。
今のままでは攻撃力に難があるとのアークの指摘によりオリジナル魔法の構築を開始した。
まぁ一応それぞれの技が完成してあと2週間ほど調整したら旅立ちとなる手筈だ。
意外なことにあのアークがかわいい孫娘を異世界に送り出すことに躊躇いがなかったのは驚いた。
でもよくよく考えればこの世界にいても生存確率は低いのは間違いない。
魔神を倒すには俺の世界に来るしか術がないならば、いっその事依代の破壊へ向かわせた方が生存確率は高いだろう。
それにあのおっさんの事だ。もし依代が見つけられなくても異世界まで逃げれば魔神も追ってこられないとか考えてそう。
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旅立ちまであと1週間と差し迫り、今日は最後の休日ということで特訓は休みになった。
俺達は皆でピクニックに行こうと早朝から準備に追われている。
学園都市の西側にはちょっとした山があって、そこからは学園都市が一望できるそうだ。
そこで駄弁りながら昼食を取って昼過ぎには解散して各自家族との時間を過ごそうという話だ。
「こらぁー、ルナちゃん暴れない!」
イリスが俺を押さえつけようと手を伸ばしながら言った。
その手には『不思議の国のア●ス』に出て来るようなメルヘンでふわふわした感じのフリフリのワンピースが握られている。
「いやだーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
俺は絶対あんなのは着たくないと叫びながら自室を駆け回る。
そもそもなんでピクニックに行くのに俺はルナの姿で行かなければならないんだ!
「だーめにゃ~」
気の抜けたような声で俺の背中に張り付く猫耳っ娘。
顔を俺の背中に埋めて嬉しそうに抱き付いている。
抑えてるつもりでただの重りと化している。
自分は半そで半ズボンのスポーティーな恰好をしているからとても動きやすい事だろう。
なぜ俺ばかり女っぽくされるんだ。別に男っぽい恰好だっいいじゃないか。
「下着は妥協したんだから着る物は譲れない。」
イリスが真剣な面持ちでこちらを凝視して言った。
そうつい先刻まで今と同じようなやり取りをしていた。
その時はイリスの手には布面積が大事な所しか隠していない。
色々とギリギリなTバックを持っていた。
そんなのは死んでも履きたくないと猛抗議した結果、
「じゃあこれは諦めてあげるからコレ着て」とアリス風ワンピ―スが登場した。
これが俗に言う"ドア・イン・ザ・フェイス"とか言うやつか!?
とても落ち込んだ様子でイリスとノルンが俺を見つめるため、
何か断りずらい雰囲気を醸し出していたがその手には乗らない。
そう俺は知っている。そういう相手の策なのだと。
「なんでルナで行かなきゃならないんだ。」
「カイルさん、きっと"かわいい"って言ってくれるわよ?」
イリスがさも当然の事のように言った。
彼女はどうも俺とカイルがカップルになったと思い込んで聞かないのだ。
だからいつも通り反論する。
「俺がどうして奴の好感度上げなきゃならん。それに何度も言うが俺に好意はない。」
「じゃあ誰が好きなの。ノルン?」
「えっ、わたし?」
背中のノルンがもぞもぞしながら体を揺すりながら言った。
後ろを向いて彼女の顔を確認しようとするもそっぽを向いて顔を隠された。
「誰もいないって言ってるだろ。」
少なくとも現在、誰かに対してそういった感情は抱いていない。
まぁ20歳過ぎて童貞だったから半ば諦めの念もあるが、
それ以上にこの世界に来てからはやるべき事を成す事に夢中で、そういうことを意識することが少なかったように思う。
「ほら~、すぐ男言葉になる。あーあー、かわいそうだなカイルさん。」
イリスがため息をついて呆れるように言った。
「なんであいつがかわいそうなんだよ。俺の方が災難だわ。こんな不思議体質になって!」
「やっぱり気が付いてないんだ……」
「な、なにが?」
イリスの言葉に俺は息をのむ。
何を気が付いていない?
カイルの好意? そんなのは当に知っている。
他に何かあったか?
「その首飾りもらったよね?」
コクリと頷く。
俺の胸元には十字架に宝石が散りばめられた首飾りがある。
初デート? もとい。遊んだ日にカイルから貰った物だ。
せっかく頂いた物だし、守りの魔法道具とか言う高価なものらしいのでいつも身に付けている。
今の所効果を感じたことはないが……
そういえば目覚めてからこの首飾りについて女性陣から執拗に追及された気がする。
「それ受け取ったって事はフォルトナでは"あなたの事が好きです"とか"結婚してもいいよ"って合図なんだよ。」
「いやいや、屋台の景品だぞ? ちゃんとした贈り物じゃないから違う意味なんじゃ……」
動揺して立ち止まると震えた声で言った。
もしかしてこの世界だと結婚指輪みたいな物だったとか?
そういえばカイルが首にかけてくれたような……
「まぁ確かに。カイルさんもルナちゃんのそういう無知な所を見透かしてあえてソレを送ったのかもね。
ほら外堀から埋めていく感じ?
でもね守りの魔法道具なんてとても高価だから学園都市の屋台の景品として置いてあったなんておかしな話なんだよ。
きっとカイルさんが裏で何かやってたのね。」
「なんでそんな事を。」
そうだよ。カイルがそんな手の込んだ事をする知恵があるとは思えない。
あいつは直情的な性格だ。そんなまだるっこしい事するだろうか。
「簡単よ。普通にプレゼントしたら絶対何か意図があると思って受け取らないでしょ。
景品だったらたまたま取れたものだからって警戒されずに渡せるじゃない?
現に受け取ってるし。」
確かにね! 普通にプレゼントされたらうまく回避してたかもしれない。
あんまり貢がれたら困るとかデート行く前に思ってたし。
てことは俺もしかしてカイルの策略に嵌っていってこと。
何か無性に悔しいな……
イリスは考え込む俺の肩を軽く掴んでじっと目を見すえて、
微笑みながらやさしく諭すように言った。
「ともかく、守りの魔法道具はこの世界だと大切な人に送る特別な贈り物の1つなんだよ。
女の子からしたらとっても嬉しい事なんだよ。」
「う」
テンションが上がってきたのか肩をぐらぐらと揺らされて呆然と答える。
「それに相手としては最高じゃない?
次期領主候補。しかも領主だからお金持ちで見た目もかっこいい。
相手はベタ惚れでルナの事絶対大切にするって。」
「でも俺おと……」
「大丈夫! 身体は女の子だから問題ないわ!! 全然アリよ!!!!!」
結局動揺して放心している隙にアリス風の水色のふわふわドレスに着替え終わっていた。
俺を着替えさせるためにわざとあのタイミングで首飾りの話題をしたな。
イリスなんて恐ろしい子。
あれ? もしかするとさっきの話も俺を動揺させるための方便かも?
やったー! よかったよ。カルチャーギャップのせいで知らない内に婚約してたとか笑えない冗談だ。
というか女の子として生きる事が知らない内に確定とか嫌だ。
「おーい。準備できたかー。」
ゴンゴンと大きく扉が音と共にカイルの声が聞こえてハッとなる。
「あとちょっとだから下で待ってて。」
すかさずイリスが荷物をまとめながら答える。
「了解。レイチェル先生も準備できたみたいだから早めにな。」
「わかったわ。」
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俺と女性陣が西の山に着くと既に男たちとレイチェルが昼飯の準備を始めていた。
すぐにイリスとノルンが手伝いに向かうと俺は手持ち無沙汰になると、
そんな俺を見たレイチェルからカイルを探すように頼まれた。
カイルは眺めのいい場所取りをするために山の頂上へ向かったらしい。
食事の準備をしている場所から少し登るとひらけた場所にでる。
下を見下ろせば学園都市が一望でき上を見れば雲1つない晴天でとても心地の良い風が吹き抜けていた。
目を閉じて深呼吸をして風の音が木々を揺らし何かの花のかすかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ふいに背後から葉が擦れる音共に足音が近づいてくる。
ばっと振り返ると。
「る、ルナ。ルナたちも着いたんだね。」
カイルが恥ずかしそうに俺を直視できずにチラチラと見つめて言った。
顔面は真っ赤で緊張してますって言うのがすぐにわかる。相変わらずわかりやすい奴だ。
そして次に言う言葉を考えて余計に緊張したようで頭から湯気がでそうな様子で言った。
「かわいいね。その……」
「そう?」
「うん、とても似合ってる。」
「ありがと。」
俺は短く答える。
褒められたのだから悪い気はしない。
だから礼もちゃんとしないとね。
カイルが俺を見下ろすように上から下へと眺める。
ふいに胸元で視線が止まって言った。
「首飾り付けてくれてるんだね。嬉しいよ。」
満面の笑みで少しだらしなく口元が歪んでいる。
ちょっと右手がぎゅっと握りしめて振り上げようとしたけど、
もしかしてガッツポーズしようとしてた?
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「何だい?」
カイルはやさしく俺の目を見つめて答えた。
俺は迷ったが聞くことにした。
こういうことは回りくどく誰かに聞くより本人に聞くのが一番だと思ったからだ。
それに皆は気を使って俺たちから距離を置いているため聞くチャンスは今しかないと思った。
「こういうの渡すのって婚約する時に渡すって聞いたけどほんと?」
「えっ、ああ。
うん。そうだよ。」
躊躇い気味にカイルは一呼吸置いて答えた。
俺はそれを聞いて頭から湯気がでそうな程顔が熱くなるのを感じる。
きっと今の俺の顔は羞恥で頬を真っ赤に染めて伏し目がちになっている事だろう。
「あー、うー。」
「婚約の意味があるのは本当だよ。俺もそのつもりで送ったんだ。
でも返事があの場でほしかったわけじゃない。返事は改めて君の口からほしいな。
今回のは騙し打ちみたいになってしまったしね。ルナが知らないとは思わなかったんだよ。」
「うう。」
俺を騙したなと反論してやるつもりが先に弁明されてしまった。
しかも嫌らしく思うくらい爽やかな笑顔で俺に告げる。
好意故に計ったのだとわかるからとても気分がいい反面、
そんなつもりで受け取ったのではないと思う気持ちで心はごちゃごちゃな感情が混ざり合っている。
確かに突き詰めれば俺の無知がいけないわけだし、
プレゼントを受け取るって事がどんな意味なのか知らなかったわけじゃないけどさ。
雰囲気に押されて受け取ってしまったんだよ。
いや別にいらなかったわけじゃないけどさ。
なんかこう反論したいんだけど切っ先を封じられて何も言えない。
このモヤモヤどうしてくれよう。
するとそんな俺の様子を見たカイル一瞬きょとんとした表情を浮かべて、
すぐにハッと目を見開いて顔を叩いた。
そして無駄に格好つけたポーズを取って笑みを浮かべながら、
目はしっかりと俺を見つめて言った。
「ただこれだけは言っておく。俺は今回の旅に同行するのはルナ。
お前のためだ。前はお前に助けてもらったが今度は俺がお前を守る。必ずだ。
だから――――― 。」
言葉を区切りカイルの意思を込めるように拳を握りしめて言った。
「お前は前だけみて突き進め。」
一瞬ドキっとした。
心臓が跳ねあがり血が顔に上がっていくのが分かる。
いつも直情的な子供のように短絡的な行動が多かったカイルが、
まるで一気に大人になったような錯覚さえ感じさせられるような意志を持ったその表情がとても格好よく見えた。
気が付いたらカイルの左腕に自分が抱き付いていた。
無意識に行動していた事に驚きつつも感情のまま、
上目づかいになりながら言った。
「うん。」
「ちょ、ど、どうした。」
俺が抱き付くとカイルは急に挙動不審になって、
時折身体をびくっと震わせてはぎこちなくこちらを見る。
そんな彼の姿がおかしくて思わず吹きだしてしまう。
「おいおい、笑う事ないだろ。」
「だって、そんなに恥ずかしい?」
「そりゃあ好きな子に抱き付かれたら嬉しいに決まってるだろ?
ルナならよくわかるだろ?」
「うん、ありがと。カイルはやさしいね。
あと少しだけその優しさに甘えてもいいかな?」
「いいよ。俺はゆっくり待ってるよ。
ただあんまり長いと襲い掛かっちゃうかもよ。」
「だいじょうぶ。そしたら殴り飛ばすから。」
「それは怖いな……」
「さぁ、みんな待ってるから戻ろう。」
俺はカイルの手を引いて食事の支度をしているみんなの元へと連れていく。
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その後俺たちはカイルが見つけた場所で食事をした。
みんなで風景を眺めつつわいわい騒いだ。
そして太陽がちょうど真上から西に向かい始めたころ俺たちは解散した。
みんなはこれから家族とまったりするそうだ。
俺は独り身だから早々に寮へと戻ると自室で装備の手入れをする。
みんなが家族と過ごす中俺は家族とは会えない。
そんな寂しさが心をじくりと刺す。
でも元の世界に戻ればまた会えるのだ。
みんなは家族と今後会えなくなる可能性もあるが俺は元いたところへ帰るだけ、
家族とはいつでも会えると自分に言い聞かせ特にやることのないのんびりとした時間を過ごす。
装備を整え終わると少しのどが渇いたのでレイチェルの家にある飲み物を取りに行こうと自室を出た。
この寮では各自の保存庫とは別にみんなが自由に飲んだり食べたりしてもいい保管庫がある。
わざわざ共用の保管庫をレイチェルが用意したのは経済的にあまり豊かといえない人でも、
必要なものを最低限得られるようにとの配慮だろう。
まぁ実際領主の親族が2人もいるからこの寮にいる全員が貧しいわけじゃないが……
保管庫からビンに入った飲み物を取り出すとごくごくと喉を鳴らして飲み干す。
そして乾きが満たされた俺は自室に戻ろうと歩き出す。
赤い空を闇が覆うように玄関から差し込む光が徐々になくなっていく。
あっという間に一日が終わり楽しかった時間もあと僅かと思うと少し悲しい気持ちになる。
自然と玄関で足を止めた俺はぶんぶんと首を振ってそんなネガティブな感情を振り払うと、
当初の目的地へと歩みを進めようと足を踏み出す。
「るな~、もどったにゃ。」
「ルナ。戻ったぞ。」
急に声がして振り向くとカイルとノルンが戻ってきた。
「ん? おかえり。」
返事とともにノルンが言った。
「喉かわいたにゃー。ルナも飲みに行こうよ。」
「ごめん。俺さっき飲んだばっかりだわ。」
「そうのかにゃ。」
とても残念だと言うように耳と尻尾が垂れ下がるノルン。
でも相当喉がかわいているようですぐにいつもの表情に戻ると、
レイチェルの家へと駆けていく。
床に響く音が徐々に小さくなっていくとふいに固形物が落ちる音が聞こえて、
下を見ればノルンの洋服の星と丸い月のじゃらじゃらした飾りが落ちている。
俺はそれを拾って言った。
「あっ、ノルン何か落としたよ。」
「ははは、気が付いてないみたいだね。持って行こうか?」
カイルが笑いながら手を差し出して問いかける。
でもちょっとの距離だし自分で届ければいいと判断した。
「いいよ。俺が届ける。」
「そか。俺もちょうど喉渇いてるし一緒に行こうかな。」
カイルはそう言うと俺の後についてきた。
そしてノルンの後を追ってカイルと共に部屋に入ると彼女は保管庫の前で尻尾をぶんぶん振って中を物色していた。
ふと彼女のほうを見ればキラキラと目を輝かせて砂糖菓子にあまい飲み物を両手にいっぱい抱えて、
どれにしようかと決めあぐねていた。
子供っぽいノルンの言動に笑みをこぼしながら俺は言った。
「ほらノルン落としたよ。」
「ありがとうにゃ。」
ノルンは手にしていた食べ物を一旦置くと飾りを受け取り礼を言った。
「どれか決めれないの?」
「んー。うんーーーー。よしこれにした。」
数国ほど唸り続けたノルンがとりあえず喉を潤そうとビンに入った甘い飲み物を飲むと、
「ねぇ、ルナの部屋で話さない」と言った。
「おお、いいね。俺も混ぜてよ。」
カイルが同調して嬉しそうに勢いよく手を挙げて言った。
なんでさっきから俺に付いてくるんだよと怪訝な顔で見つめてみると、
すぐにそっぽを向かれてしまう。
まぁそんなことはどうでもいいと部屋を出ようとすると玄関から誰かが入ってくる音がする。
木の扉が軋む音がしてガラガラと音が鳴る。
そしてきょろきょろと当たりを見渡しながら寮へと戻るアルバートとイリスがそこにいた。
「うん? なんであいつらあんなこそこそしてるんだ?」
疑問をそのまま口に出すがアルバートたちは気が付かない。
俺のいる位置はちょうど玄関は見えてもこちらの位置は置物の時計があってちょうど隠れているようだ。
最後までご覧頂きありがとうございました。
よろしければ次回もご覧頂ければと思います。
# 次回更新は12/21以降になる予定です。




