魔神クヴァナ
時折吹き荒れる風に砂が混じっていて口がざらざらする。
俺とカイルの服はボロボロで今日の朝は黒いシャツにズボンで決まった格好だったカイルも、
ところどころ服が破れ上着に至ってはどこにあるかもわからない。
俺に至っては服は白いワンピースがもはや油ものをふき取った後の雑巾を巻いてるようだ。
小汚い恰好な上に不快な環境。不幸な事は続くようだ。
しかも現在はカイルにお姫様抱っこされるという屈辱的な状態のままとぼとぼと荒野を歩くおまけつき。
そんな絶望的な状況にも唯一の希望がある。
前方には夕日が沈みつつあり学園都市の輪郭をおぼろげに捉える事ができる。
あと1時間程度歩けば学園都市に帰れるだろう。
だがその前に目前の課題を解決しなければならない。
〈なぜルナが俺《孝也》の技《気功破》を使ったのか?>
俺はカイルを見据えて言った。
「あ、あのそのぉ。お、おれが孝也なんだぁ。」
声が震えておかしなイントネーションになってしまうが事実を伝える。
今カイルがどんな表情なのか怖くて見られない。
軽蔑されるのだろうか、それとも拒絶されるのか。怒られるのか。
どんな反応を示すのか予想がつかない。
俺はカイルの言葉を待つが返答はなかった。
なぜなら突如として俺たちの周囲に邪悪なオーラが漂い始めたからだ。
本能的な恐怖心が魂から発せられここにいてはいけないと警告する。
「なんだ?」
カイルも違和感に気が付いたようで前方を凝視する。
俺は無意識にカイルの服をぎゅっと掴んでいたが急に気恥ずかしくなって手を放すと彼と同じ方向を見る。
徐々に不快感の塊が前方から近づいてくる。
俺の頭に敵の正体が過る。
「魔神…… だ。」
俺がぼそりと呟いた言葉にカイルは息を呑んで立ち止まると理解できないと反覆する。
「何? 魔神だと?」
カイルが言葉を発するのとほぼ同時に邪悪なものが黒い人の形となって前方に現れる。
そして見覚えのある顔面がぐちゃぐちゃに崩壊した男が不気味な笑みを浮かべて、
俺達を品定めするように順に見ると笑いだす。
「ぐふふふふ。」
「何がおかしい。」
カイルが不気味で未知なる敵に警戒しながらずるずる後ずさりする。
薄い刃物で背をなでられるようで戦慄する感覚と共に男が言った。
「よくも私の人形を壊してくれましたね。」
「人形だと?」
おそらく人形と言うのは親方様と呼ばれていた男のことだろう。
あいつは禁呪によって強制的に魔神に操られていた。
まるで人形のように。
それを知らないカイルは疑問をそのまま聞き返した。
「まぁお前たちは知る必要もない。なぜならここで死ぬのだから。」
臨戦態勢に入ったと肌が頭が直観がそう告げる。
周囲に剣を持った敵に囲まれて喉元に突き付けられているような気分だ。
一歩でも動いたら生命と言う炎が消えてしまいそうな恐怖心で足がすくむ。
だがこのままでは死が確定してしまう。
俺は自身の目的が奴を倒す事なんだと再度自分に言い聞かせて鼓舞する。
そしてこの姿ではこれ以上の戦闘はできないと孝也の姿に戻り言った。
「カイル」
「ルナが孝也になった?」
カイルは何が起こったのかわからないと目をカッと見開いて口もぽかんと開けて俺を凝視する。
動揺するカイルの腕を振りほどいて地面に両足をつく。
ルナの姿から戻ったために白のワンピースを着た女装した変態のようだがそんな事を気にしている場合ではない。
今は彼に詳しく説明している暇はないと、俺は魔神に向き直ると両手を胸の前に構えて臨戦態勢に入る。
「ほほう。 あの時の小僧か。あの時はよくも私を殺してくれましたね。」
「もう一度黄泉に送り返してやるよ。」
「ふん。そううまくいくかな。 あの時の私は不完全な身体だったが 今は違う。
それに前回私が負けたのはあの少女が思いのほか強かったからだ。
だがもういない。果たして勝てるかな?」
ニタニタと笑いながら俺をあざ笑う。
俺はエリルの仇を取るため恐怖心を必死に沈めて縮地で魔神に接敵する。
そして左腕でフェイントをかけてから気功で強化した右ストレートを放ち言った。
「減らず口を。」
「おっとと。怖い怖い。」
「くそ。」
魔神は軽々と俺の攻撃を避けると手のひらを俺の方へ向ける。
本能的にやばいと判断した俺は思いっきり地面を蹴って飛びのく。
「破滅と漆黒の星雲」
魔神がそう言うと先ほどまで俺が立っていた場所に大きな亀裂が走り地面が裂けた。
地震のように大地が揺れて今まで夕日が照らしていた光が無くなり辺りは闇に覆われた。
よくよく見れば黒い霧のようなものが空を天蓋のように塞いでいるようだ。
こんな大技を瞬時に発動した魔神は疲労した様子もなく平然としている。
あのままあそこにいたら…… そう考えて思考を止める。
これ以上考えたら足がすくんで動けなくなりそうだ。
魔神の技を見切ったわけではないがこのまま距離を置いていてもじり貧になる気がした。
あんな大技をノーモーションで撃ってきたのだから。
一息に魔神の元まで距離を詰めると再度右手を突き出し攻撃する。
魔神は身体を軽く捻ってそれを躱すと右手が俺の方に迫り来た。
俺は軽く横に軸足を移動して避けると左手でアッパーをお見舞いしようと振りかぶる。
それを見た魔神は左足で俺を蹴飛ばそうとモーションに入る。
普通なら足技は初動が遅い。だが魔神に関して言えばそんな常識は関係なく早かった。
「ウィンドインパクト」
突如魔神の真横にカイルが現れると掌底を加えながら魔法を行使する。
魔神は横目でカイルを捕捉するような素振りを見せるも何もせずただ攻撃を受けた。
そして魔力がカイルの手のひらから放たれると衝撃波が発生して魔神が吹き飛ぶ。
「うがぁ。」
魔神が呻く声と共にすっ飛ぶが空中で態勢を立て直して300m程先で真下に落ちるように着地した。
カイルは予想以上に人外な相手に頓狂な声が上げて言った。
「おいおい。なんなんだあいつは10kmくらい飛ばすつもりで放ったんだぞ。」
「だから言ってるだろ。魔神だって。」
「本当にあの魔神なのかよ!?」
コクリと小さく頷き肯定であると示す。
そして次にどんな攻撃がきても対応できるように魔神を中心にぼんやりと全体を捉えながら相手の出方を見る。
すると魔神は前かがみになりながら身体を不自然に揺らしながら、
一歩また一歩と緩慢な動作でこちらに向かってくる。
その周囲に纏うどす黒いオーラが一層深く濃いものとなっていく。
脳内からけたたましいアラートがなる。
本能的に後ずさるが魔神の攻撃で生じた亀裂に足を取られて気を取り直す。
こんな大規模な攻撃をほぼ無詠唱で放てるのだ。ちょっと逃げたくらいじゃ助からない……
それこそ誰かが囮にでもならないと―――
「孝也! 聞いてるか。」
カイルが俺の背中を叩いた感覚でハッとなって深い意識の海から浮上する。
気が付かないうちに外界の注意がおざなりになっていたようだ。
カイルは悠然とした態度で俺を見つめて言った。
「落ち着け。相手の雰囲気に気圧されるんじゃない。まだ負けたわけじゃないんだ。
いつものお前なら何か策を講じて相手に挑むだろ。お前らしくないぞ!」
確かに。何を恐れているんだ。攻撃が通じないわけじゃない。
倒せる可能性はある。気持ちで負けてどうする?
両手で頬を思いっきり叩く。
「ああそうだな。」
「いい顔になったじゃないか。」
カイルが俺の顔を見て言った。
でも今の俺の顔は両頬が真っ赤に腫れていると思うのだが?
それにカイルだって人の事言えないぜ。
こういう敵に出会った時近接戦を挑むような直情的なタイプなのに、
遠距離攻撃ばっかりするなんてこいつも恐怖心で足がすくむこともあるのだろう。
現に――――――
「そう言うお前も膝が笑ってるが怖いのか?」
「そ、そんことない。」
必死に強がるカイルの姿に一瞬笑みが零れる。
「おい、笑うんじゃない!」
「すまん、すまん。それより―――――― 」
「ああ、あいつをどうする?」
「俺が近接戦で注意を逸らす。その内に殺れ。あとは臨機応変に。」
「それってほぼ作戦じゃねー。」
大きく息を吐いて「了解」と親指を立ててカイルが合図を送る。
そして同時にカイルの周囲に魔力が集まり始めると同時に叫ぶ。
「咎人に裁きを《メテオスフレイム》」
炎の世界を使ったのだろう。魔力が全然減少していない。
100個いや頭上に数え切れない程の火球が発生してそれが一条の光のように魔神に降り注ぐ。
このアビリティの本気を見た気がする。
技の発動を確認して俺は思いっきり地面を蹴って魔神の元へ向かう。
そして魔神の元に大量の熱量が降り注ぎ地面に穴を空ける。
地面に炎が衝突した衝撃でで飛ばされそうになるが態勢を低く屈めて前に進む。
頬を掠める風が焼けるように熱い。
だがダメージを気にしては魔神の虚をつけないだろう。
「なかなか良い攻撃をしますね。ただこんななま温い炎では私は倒せません。」
魔神がケタケタと笑いながら炎の中から姿を現す。
まるで赤いライトの中を歩いているようにひょうひょうとしている。
そんな魔神の姿を確認するとその輪郭が一瞬炎が揺らぐように影が薄くなった。
そして俺の背後に突如として魔神が現れて言った。
「おやおや、どこへ向かっているのかい?」
俺とカイルの間に魔神が立っている。
いつの間に移動したのかはわからなかった。
でも危機的状況だと本能的に察したようで俺は頭で状況を理解するよりも早く拳を突き出した。
「せい。」
魔神はその拳を難なく避けると片足を軸にして回し蹴りを繰り出す。
俺は左手を蹴りを防ぐように構えながらバックステップで回避する。
当たればどんな威力の攻撃かわからない、直観が当たってはいけないと告げている。
でも相手の動きが早すぎて避けきれそうにない。
それを見たカイルが魔神を指さして言った。
「孝也。避けろ。ウィンドカッター。」
5枚風の刃が三日月を描くように四方から迫り来る。
魔神は避けるでもなくそよ風を受けるように平然と歩く。
まるで捕食中の獲物を取られた肉食動物のような獰猛な目つきでカイルの方を向くと、
先ほどまで上空で滞留していた黒い霧が突如として地面に降りて来る。
それと同時に俺たちの身体が鈍りのように重くなった。
ガスか? 毒か!?
神経をやられたかのだろうか。
いや違う。身体は重いが動かないわけじゃない。
それにある期間まで上空に滞留して毒がまわるまで時間のかかる、
魔法ないしは毒物を聞いた事がない。
俺は気合で身体を動かそうともがく。
そして無理やり気功で足元を爆発させるように力を使って、
魔神の元にかけよるとその勢いのままに飛び蹴りを加えた。
「おりゃ。」
魔神に攻撃を当てると黒い霧が霧散して身体が軽くなる。
そして俺の方を振り返ると魔神は言った。
「ほおー。俺の魔導でも動けるとは……。」
信じられないものを見たと驚きの言葉を口にする。
一瞬の感情の揺れが隙となる。
俺はこのチャンスに全力で己の全ての力を込めて、
がら空きになった魔神の腹部に攻撃を放つ。
「気功破」
魔神はカイルの方へ吹き飛んでいく。
そのタイミングでカイルがトドメを刺すべく必殺の魔法を発動する。
「永遠の業火」
どんな対象でも燃やし尽くす最強の白炎が巨大な壁のように魔神に襲い掛かる。
全てを灰燼と化す白い炎は魔神を正面から焼き尽くす。
「ぐががあああああああああああああああああああ。」
魔神がカイルの攻撃で俺の左側に飛んでいく。
ようやくダメージが入ったようで痛みに悶え苦しんでいる。
俺はこの機を逃さない内に連撃を加えるべく地面を蹴って接敵すると、
吹き飛ぶ奴の上空から再度必殺の一撃を放つ。
「気功破」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。」
魔神は雄叫びと共に地面倒れこんだまま立ち上がらない。
地面には魔神を中心として大きなクレーターが生じている。
魔神は所どころ傷ができていて赤い血が滴っていた。
トドメが入り立ち上がらない事を確認するとカイルが言った。
「倒したか。」
だがその言葉を聞いていたのか魔神はすぐに立ち上がると怒気を孕んだ語調で叫ぶ。
「羽虫ごときがこの私に傷を負わせることなどできると思うか!」
魔神は右ストレートをカイルの腹に叩き込む。
カイルも避けようと身体を捻ると拳は避ける事ができた。
しかしなぜか苦痛に呻く声を上げて吹き飛んでいった。
「ぐはっ。ああああああああああああああああああああああああああああああ。」
カイルが喉が張り裂けるのではないかというくらいの絶叫と共に大きな岩場まで吹き飛ぶ。
そして岩が崩れる音と共に砂煙でカイルの姿が消えてなくなる。
「カイルーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
あの吹き飛び具合とカイルの声から相当なダメージを負ったと悟る。
あんな攻撃を食らったらタダではすまないだろう。
だいじょう、ぶダヨナ? 大丈夫であってくれ。頼む。カイル生きててくれ!
もう誰も失いたくないんだ!
大切な人を失ったあんな寂しい気持ちにはもうなりたくない。
「これで1人排除だ。次はお前だ。」
魔神の死神の死刑宣告のような冷たい一言に俺は意識の世界から現実へと戻される。
心臓がバクバクと口から飛び出そうなほどに鼓動して、
俺は恐怖心からうまく空気を吸う事ができなくなる。
そして気の抜けたまま技を放つ。
「気焔波」
自身の身体から相手に向かて気を放出して相手を吹き飛ばそうとするが魔神は動じない。
技を放ってから愚策とも言える自身の行動に死神の刃が喉元まで迫っている事に気づかされる。
だがその事実が不思議な事に俺の心を平常心へと戻していった。
魔神が俺に正拳突きのように放つ。
俺はその攻撃を"リボンを操る力"《リュバンハントハーベン》で腕のリボンを近くの地面に突き刺して、
そこ軸にいつもより大きく縮地で移動する。
先ほどカイルは魔神の攻撃を紙一重で避けていたがダメージを負っていた。
つまりあいつ《魔神》の攻撃は大きく避けなければやばいという事だ。
俺は大きく攻撃を回避する事でカイルの二の舞にならずに済んだようだ。
魔神の攻撃は空振りに終わり俺のは無傷だった。
安堵するとと共に移動しながら地面に"機雷"《気を使った地雷》を設置して反撃のチャンスを伺う。
「ほう。避けたか。」
「これでも食らっとけ。気功砲」
拳から放たれた衝撃波が魔神を襲う。
それでも何事もなかったように俺の方へゆっくりと歩み寄る魔神。
だが俺は先ほど仕掛けた機雷を発動して足止めする。
魔神の周囲に土煙が上がり視界を奪う。
俺はリボンを近くの地面に刺しなおして縮地で魔神の元に移動すると背中から拳を叩きつける。
「気功破」
衝撃波が周囲に広がり視界が晴れると魔神が地面に顔を埋めていた。
「貴様!! よくも。よくもこの私に……」
額に青筋をむくむくと這わせると俺の方を睨み付けて言った。
わなわなと身体を震わせながら拳を強く結ぶ。その手からは赤い血が流れている。
あまりの剣幕に一瞬たじろいでしまう。
その一瞬の隙をついて魔神が突如俺に一突き掌底を加える。
内臓を揺らされるような感覚と浮遊感と共に風を切る音がする。
そして徐々に腹の上にマグマがあるのではないかと錯覚する程の熱さを感じた。
最後に背中に固いものが当たる衝撃と共に痛みが身体全体に波紋のように広がっていく。
強烈な痛みは声を上げることも叶わずただただ視界がぐちゃぐちゃに歪む中で耐えるしかない。
考える余裕などなく身体が今どんな状態なのかも把握できず悶え続ける。
しばらくして治癒気功をかけなければ死ぬと頭の片隅にそんな思考が過ると、
無意識に片手で治療を始めた。
傷が治るにつれて意識が徐々に明瞭になっていく。
でも傷が深すぎるようで治癒がうまくいかない。
目の前には魔神が俺を見下してあざ笑うように言った。
「お前はあの時の少女の仇を取ろうと私を追いかけてきたようですが残念ですね。
何もできず死ぬのはどんな気持ちですか?
まぁそんな気に病む必要はありません。あなた彼女より弱すぎて話になりませんから。」
「うあああああああああああああああああああああ。ふざけるな!」
確かにここまで魔神を追いかけて来た。
奴に復讐するために。でも敵わなかった。
諦めれば楽になれるだろう。
でもこいつに負けを認めるなんて死んでも嫌だ。
それにこのまま何もせずただ殺されるのはもっと嫌だ。
せめて一矢報いてから死んでやる!
だから気力だけで立ち上がると右手を思いっきり振りかぶって魔神に殴りかかった。
そんな思いを込めた渾身の一撃を魔神は避けずに受け止めて片手で俺の手を固定すると、
反対の手を振り上げて肘を突いた。
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
肘をやられて痛みにただ叫ぶ。
そして魔神が俺の左肩めがけて蹴りを入れると俺は背後の岩にもたれかかるように倒れた。
ただ身体は熱を帯びて熱いという感覚がさっきまでは認知できていたのに今やそれすら感じない。
全身にダメージを負いすぎてもうどこが痛いのかわからないようだ。
徐々に力が抜けて視界が霞がかっていく。
思考することができなくなっていきさっきまで感じなかったよくわからない冷たさがやってくる。
もう終わりか。
ここまでか。
死んだからエリルに会えるかな?
そして視界が暗転した。
「お前たちはカイルとこの子を頼む。」
声が聞こえる。
厳つい声にどこか怒りを含んだような語調で誰かに指示を出す。
その声には聞き覚えがある。
学園都市に初めてやってきた日。
エリルの事を"半端もの"と揶揄したロジャー《人間側領主》の声によく似ている。
俺は生きているのか?
身体の方に意識をやるととりあえず痛みはない。
死んでしまったのだろうか。幽霊になって現世にいるから音だけ聞こえるのだろうか。
確かに未練はあったからな……
現状を知るために身体を動かそうとしてもなぜか力が入らない。
何度か試行錯誤している内に身体の一部だけならどうにか動かせそうだった。
そこで俺はゆっくりと瞼を開くと朧げに周囲の様子を伺うことした。
「ロジャー様もご一緒に戻られないのですか?」
白を基調とした騎士が言った。
この甲冑には見覚えがある。学園都市の自警団が着ている服だ。
あそこの総指揮官はロジャーだったはず。
「あいつはお前たちには荷が重い。先に戻るんだ。」
ロジャーが部下たちにこれ以上の気遣いは無用と命令を聞けと諭すように言った。
だがそれでも聞き入れられないと白い甲冑を着た部隊長のような男が言った。
「それは命令でしょうか。」
「そうだ。」
「で、ですが……。1人よりも私たちがいた方が……。」
粘る部隊長に副官らしき男が肩を叩いて首を横に振る。
「く、どうかご武運を。」
「ふん。俺を誰だと思っている? 必ず戻るから安心しろ。」
ロジャーが部隊長の肩に手を置いて激励すると隊員たちを1人1人見回すと、
これが一番大事な事だと一息置いて言った。
「息子たちを頼む。」
「わかりました。」
部下たちもリーダーの心情を察して渋々命令に従う。
そこに部隊長が皆を鼓舞する。
『俺達はロジャーが気負うことなく戦えるように大切な人を守るのが仕事だと』
俺は男たちに担がれると馬車に運ばれた。
そしてロジャーは敵に向き直って堂々と貫禄のある声で言った。
その声は歴戦を戦い抜いたであろう過去を彷彿させるような毅然とした立ち振る舞いだった。
「よくも俺の息子をボロボロにしてくれたな。死んでいった部下たちの仇、ここで取らせてもらう!」
「はっはっははははは。あなた馬鹿ですね。私を倒せるとでも?」
馬鹿気たことを言うと魔神の見下した笑い声が木霊する。
「ふん。馬鹿がどちらかきっちり教育してやる。煉獄の覇者」
その言葉と共にロジャーの身体が灼熱の炎に包まれた。
あれが噂に聞く最強の炎使いと謳われたロジャーの本気の姿なのだろう。
俺がロジャーの姿を次に捕捉した時には魔神を吹き飛ばしていた。
俺達とは次元の違う強さにあれなら魔神に勝てるかもと淡い希望を胸に抱いて、
カタカタと馬車に揺られながら戦場を離れたことに安堵するとまた暗い闇の中に落ちていった。




