親方様はゾンビ?
俺は看守から聞きだした情報からカイルが捕らわれている部屋へとたどり着いた。
いつものようにまずは状況把握のために、物陰から部屋の様子を慎重に伺う。
「やめろ!」
学校の体育館を想起させるような建物の中央に石版に貼り付けられたカイルが息も絶え絶えに叫んだ。
真下には石版がすっぽり入るような大きな入れ物がありその中には水が入っている。
どうやら石版には紐が付いており男がそれを引っ張るとカイルが水の中に沈むという仕組みのようだ。
水責めというやつだ。
呼吸を自由にさせないことで息ができない苦しみと脳内の酸素を奪い正常な判断力を奪う拷問だ。
あの衰弱具合から判断してそう長くは持たないだろう。
早く助けなければ……
「うるさい。さっさとお前のアビリティをよこしやがれ。」
男は苛つきを隠さず怒鳴りつけるとカイルを水槽へ沈める。
ぶくぶくと泡が出来ては次第にカイルの顔が青ざめていく。
後天性アビリティは他人に譲渡できる。
奴らはどうあってもカイルの後天性アビリティ永遠の業火がほしいようだ。
既に父のロジャー《人間側領主》には脅迫の連絡がいってるだろう。
となればアビリティさえ奪えれば後は生かしておく理由はない。
ただ待っていれば金も手に入る美味しい作戦と言うわけだ。
拷問する男の横にはもう1人の男がいて煙草をふかしてカイルを眺めている。
どうやら敵は2人だけのようだ。
俺の位置から見るとカイルが左手側にいて男が正面に一列になるように立っている。
なかなか自分たちに屈しないので男は恐怖心を煽ろうと躍起になって言った。
「おらおら。早く渡さないと死んじまうぜ。」
「いやだ! がぶぁ。」
カイルはじたばたと身体を動かして必死に抵抗する。
ばちゃばちゃと水しぶきが飛ぶ音が部屋に響く。
「そうか。ならお前の彼女をここに連れてきてお前と同じ苦しみを与えてやるとしよう。
お前はそこでじっと見ているがいい。そうしたら喜んで俺達にアビリティを渡すだろう?
ほらよ!!!!」
水しぶきが上がる音と同時に俺は物陰から飛び出す。
これで初動の音を誤魔化せる。
身体を魔術で強化して俺はカイルに拷問を加えている男の元へ、
一息で相手との間合いを詰めて拳を突き出した。
拳が相手の横腹を穿ちあらかじめ拳に纏っていた魔力を解き放つ。
名付けて魔力版気功破と言ったところか。
今の俺の魔力はかなり膨大だ。
そんな魔力を纏った拳でなぐったからだろう、男の腹に風穴が空いた。
予想以上の威力に技を放った本人も内心驚きつつも、
相手の様子を見るとその瞳に光が宿る事はなかった。
そして俺はカイルを守るようにたばこを加えた男と対面して言った。
「アイススピア」
10本の氷の槍が俺の頭上に出現して、それらが男に向かって直進する。
男は煙草を落として咄嗟に風の魔法で氷の槍を数本はじき返した。
窓が閉めきられた室内に1陣の風が吹く。
だが俺の魔力で放たれた魔法がそう簡単に相殺できるわけがない、
撃ち損じた槍を軽く横に跳んで避ける。
氷槍は壁に突き刺さり爆散した。
周囲に氷の破片が飛び散るが欠片が小さいため大したダメージにならない。
男は安全を確認して手を前に出して構えると周囲に魔力が集っていく。
俺は魔法の行使を止めるために接敵する。
「馬鹿め。この距離なら俺の魔法の方が早い。ロックブレ―――。」
男は自身の勝ちを確信して笑みが零れる。
俺はそんな男のあざ笑うような視線を流して静かに立ち止まった。
そう罠にかかった獲物を見るように冷たい視線を向けて――――
次の瞬間、男は力尽きるように地面に膝をつくと倒れた。
なぜ自分が跪いたのかわからない様子で驚きと痛みに顔を歪める。
「ごふっ。」
血を吹き出し恨めしそうに俺を見上げる。
アイススピアはただの氷の槍ではない。
もちろん飛ばして槍のように扱う事も想定しているが、基本的には氷槍を飛ばしてそれを爆散させる。
そしてその破片が飛び散った対象を徐々に凍らせて、ある時点でその対象ごと爆散させるのがこの魔法の真髄だ。
俺は背後に飛び散った氷の破片が奴を侵食するまでの間、気づかれないように前方に注意を引いただけ。
普通自身の身体が氷始めたら気づくと思うだろ?
でも俺の魔力でこの魔法を発動するとかなりのスピードで身体を氷が侵食する。
気が付いた時には身動きが取れないOR爆散して絶命と言うわけだ。
この技はカイルと初めて開発したオリジナル魔法。
誰も知らない魔法故に絶対に避けられない。
男は何事か問い詰めるような視線を送るが俺は無視してカイルの元へ駆け寄る。
あの様子ならすぐに事切れるだろうが念のために振り向き様にもう1本氷の槍を放ちトドメを刺す。
「助けに来たよ。だいじょうぶ?」
俺は腹に穴の開いた男の懐から鍵を取り出すとカイルを縛る鎖と取り除く。
カイルは石板から解放されて地面に足を着くも衰弱しているようで足元がおぼつかない。
一応肩を貸すが身長が低すぎて意味があるのかは謎だがどこかカイルは嬉しそうだ。
苦痛と恐怖から解放されて安堵しているのだろう。
カイルは気管支に水が入ったのかむせながらも呼吸を整える。
そしてキリッと顔を引き締めて真剣な面持ちで俺を見つめると言った。
「げほげほ、ごふっ。ああ、なんとか…… 大丈夫だ。それより―――。」
俺は首を傾げて何事かとカイルの次の言葉を待った。
そして何とも言えないつらそうな顔で言った。
「なぜ殺した! 殺す事なかっただろうに!!!」
怒っているのだろうか、怒鳴り散らすカイル。
でもあの状況ではああするしかなかった。
今思い返しても何も問題なかったと思う。
だから言った。
「殺さなければまた襲われる可能性がある。だから排除した。」
それを聞いたカイルは悲しい表情で俯いた。
そんなのは認められないと俺を諭すように両肩に手を置いて言った。
「無力化すればいいじゃないか。」
「どうやって?」
「魔力封じの魔法道具とか隷属の首輪とか気絶させるとか色々あるだろ。」
「相手は私たち《脱走者》を生かしておくと思う。ううん、殺すつもりで来るよね。
ならこちらもそのつもりで動かないと遅れを取る。
それに相手を無力化するのは殺すよりも難しいわかるだろ?」
「う…… 、でも女の子が…… そんな…… 殺すのは……。」
悲愴な面持ちで途切れ途切れ言葉を紡ぎながら俺を見る。
まるで俺の胸に空いた穴を見てそれを悲しむように、
何か俺に欠けてしまったものをカイルは見つめているのかもしれない。
だがそんなものエリルが死んだ時に全て失せた。
「わかったならすぐにここを出よう。また別の奴が来ると困る。」
俺は強引に話を区切るとカイルの手を取って部屋を後にしようとする。
「おやおや、どこへ行くだい。お嬢ちゃん。」
背後からドスのきいた野太い声が聞こえて反射的に振り返る。
声がする直前まで気配を感じなかった。
手練れだと直観して身構える。
カイルは相手を威嚇するように暗闇を見据えると声の主に向かって叫んだ。
「誰だ!」
「親方様。今回の脱獄の主犯格はあいつですぜ。」
すると陰から2人の男の姿が現れる。
1人は大柄の男で相撲取りのように大きい。
顔や体には無数の傷があり、歴戦を掻い潜ってきたと一目でわかる風貌だった。
もう1人の男は大柄な男の脇に控えて歩く。
中肉中背の目だった特徴のない男だが大柄な男へ常に配慮を忘れない言動から、
こいつが従者だとわかる。
「あの小娘か。」
地面が震えるのではないかと思うほど低く響く声で親方様と呼ばれる男は言った。
そして男は従者の首を掴んで睨み付けた。
「お、親方さ、ま。何を。」
何事かと従者がぶるぶると震えながら言った。
あまりの恐怖に股間から滴る水滴が水たまりを作るが、それでも親方様は顔色一つ変えずに――――――
ぐちゃっと男は固いもので肉を潰されるように首を握りつぶされて頭と身体が分離した。
「お前なぜ仲間を……。」
カイルは信じられないものを見たと怒りを露わに怒鳴る。
それを聞いた親方様と呼ばれた大柄の男はさも当然の事のように言った。
「こんな小娘1人に引っ掻き回されるような愚か者には相応しい末路よ。」
カイルは相手のあまりに狂った思考に驚愕のあまり絶句する。
それを見た大男は腹を抱えて笑いながら言った。
「ははは、小僧面白い顔してやがるな。まぁ安心しろ。
お前たちもあいつと同じくここで殺ってやるからよ!」
男は身を屈めると魔力を身体全体に纏って突進してくる。
相手との衝突まで数百m。
まだ猶予があると判断した俺は魔法の詠唱に入る。
「アイススピア」
100本以上の氷槍が頭上に現れると俺は右手を男の方へ振り下ろす。
それと同時に氷の槍が男に飛来する。
相手は手練れの可能性がある以上出し惜しみはしない。
「ぐおお。」
(なに!? )
俺は驚きのあまり目を限界まで見開いて男を見た。
迫り来る脅威に対して対応の仕方で相手の性質を見ることができる。
例えば槍を避けるのか、相殺するのか。その行動で相手が慎重なのか直情的ななのかわかる。
でもこいつは何も対処せずそのまま突っ込んできた。
大多数の氷槍は男の纏う魔力で相殺され、いくつかの氷の槍が刺さる。
肩口に腹に槍が刺さっているにも関わらず男は苦悶の表情1つ見せずに歩みを止めない。
まるで何事もなかったように突進してくるのだ。
(こいつ痛みを感じないのか。)
このままでは相手が突っ込んでくる。
ならばと氷の槍を爆散させてダメージを負わせようと魔法を操作するため魔力を込める。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお。」
雄叫びを上げて突っ込んでくる男。
槍の刺さった部分から爆発するが特に傷口が広がった様子は見えない。
俺の魔法は確かに爆散して敵にダメージを与えたはずだ。
でも男は何もなかったように平然として突進を続けている。
アイススピアの爆発に耐えうる身体も驚きだが、
あれだけのダメージを食らって足を止めない時点で化け物じみている。
「燃えろ。」
カイルが叫ぶと炎の世界で作り出された炎が男の全面に帯状に発生して行く手を阻む。
あまりの熱に距離が離れているにも関わらず俺にまで熱さが伝わってくる。
これなら少しは足止めになるだろうと俺は次の魔法を準備した。
風を切り裂く音がして肉が焼ける鼻につく匂いが漂う中、
炎の中から人影がこちらにむかってくる。
それを見た俺は確信したアレ《男》は止められないと。
敵の脅威度を更新した俺は魔法の詠唱を破棄して、
身体能力の強化に全力を注ぐ。
瞬時の判断が功を奏して男が炎から現れてもすぐに身体が動いた。
俺は横に棒みたいに突っ立って居るカイルを蹴り飛ばすと、
反対の足で自身を男の射線から身を逸らす。
「うあああああああああああああああああああああ。」
俺は叫ぶ。
立っている事ができなくて地面に転がりながら痛みに悶える。
足が焼けるように痛い。
回避する際に足を巻き込まれたようだ。
この痛みだと足を切断されたかもしれないと、恐る恐る下半身を見るとどうやら繋がってはいるようだ。
だが足はぐちゃぐちゃに折れて歩けそうにない。
"ヒール"《回復魔法》を使って足を治療しながら男の様子を確認する。
男は壁を突き破って屋外まで突っ走ったようだ。
壁に大きな穴が開いている。
少しは治療する時間がありそうだとホッとしながら足を癒す。
「ルナ―。大丈夫か。」
カイルは心配で焦りで震えた声と青ざめた顔で言った。
そしてほふく前進のように身体を引きずって俺の方まで近づこうと必死に身体を動かした。
「とりあえずだいじょうぶ。」
俺の言葉をカイルは眉を顰めて疑っている。
どうやらやせ我慢しているのではないかと思っているようだ。
だから俺に有無を言わせないような強い口調で言った。
「いや、足を見せてみろ。」
「だいじょうぶ。それよりあいつをなんとかしないと。」
「そ、そうだな。」
そう。このままでは俺達はやられてしまう可能性が高い。
手負いの俺と衰弱したカイル。
勝率は限りなく低くなったと言っていい。
それにあの男、おそらくクヴァナが死者蘇生で蘇らせた傀儡だろう。
アーク学長が1つの仮説として教えてくれた死者蘇生の効果。
それはクヴァナが死者を蘇らせ自身の魔力で強化して操る魔法なのではと言っていた。
確かにあの男に攻撃された時に黒いオーラを微かに感じた。
あれはエリルを殺した男と同じものだったと思う。
つまりあの男の背後には魔神がいてアレを倒すには生半可なものでは倒せないという事だ。
考え込む俺にカイルははっと何かを思いついた顔をして言った。
勝てないかもしれないという不安が恐怖となって俺の身体の力を奪っていく。
そんな姿を見てカイルが励ますようにやさしい声色で言った。
「ルナ。大丈夫、勝てるよ。俺に策がある。」
カイルの作戦を決行する話になったのでギリギリまで足を回復させて男を待つ。
時間にして数刻と言ったところだろう。
すると壁をぶち破る音と共に男が戻って言った。
「いたいた。まだ生きてたのか。しぶとい奴らだ。」
俺はすぐさま男に向かって氷の槍を放つ。
男は避けるわけでも応戦するわけでもなくただ突っ立っている。
「アイススピア」
男は槍が当たる寸前に身体を翻して氷の槍を避ける。
右に左へと飛び跳ねて避けるが、避けきれないものはダメージも気にせず受け止めた。
俺は男が氷の槍を身体に受け止めるその瞬間を狙った。
槍が当たる時男が一瞬硬直する。その隙に俺は男の懐まで移動して魔力版の気功破を撃った。
「気功破」
だが男は俺の全力のパンチを腹筋で受け止めると、反撃に左右からパンチが飛んでくる。
今度は俺が右に左にと避けるが足の怪我のせいで少し動きが鈍い。
いつものように動けないため徐々に傷が増えていく。
相手も俺の弱い部分がわかっているようで左足を蹴られそうになって、
それを避けようと逆の足に体重をかけると足の痛みで態勢を崩してしまう。
「ごはぁ。」
吐血する。
男の強力なボディブローを食らい、後ろに吹き飛ぶ。
魔力を全力で防御に回したのに内臓が口から出そうな程痛い。
やがて壁にぶつかる衝撃で背中と腹の両方に痛みが走り身動きが取れなくなる。
すると背後からカイルの叫ぶ声が聞こえる。
「永遠の業火」
白い炎が男を包んで男は張り裂けんばかりに絶叫する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。」
白い炎は対象を燃やし尽くすまで消えない。
だがおそらくこれでも奴は生きているだろう。
念のため俺はヒールで自身を治癒して少しでも早く動けるようにしておく。
「まだ生きてやがる……。」
カイルの元へ戻ると彼は驚愕を通り越して呆れたような表情で呟いた。
視線の先を見ると男がまだ生きているようで必死に炎を消そうと身体を地面に転がしている。
炎が消えないと判断したようで今度は先ほどのように突進しようと、
前かがみになって構えを取っている。
俺はカイルの方を見て最後の一撃を加えるべく詠唱に入るのを確認して、
男の足ごと地面を凍らせて身動きがとれないように固定した。
これでもあいつを留めておけるのは一時だけだろう。
カイルが俺に向かって微笑んでアイコンタクトを送る。
そして得意げににやけながら言った。
「これでトドメだ!」
炎の世界で手元に現れた火球が永遠の業火によって白い炎へと変化した。
そして白い炎は丸い塊となって弾丸のように放たれると男に直撃して頭が飛んだ。
作戦通り俺が時間を稼ぎカイルが永遠の業火で男の頭と身体を分断できた。
「ぐあ。」
幕切れは呆気なく、男は短く悲鳴を上げて絶命した。
男が倒れるのを確認するとカイルも立っていられなくなり跪く。
でもすぐに立ち上がると俺の方へ千鳥足になりながら近づいてきた。
「ルナ。」
俺を抱きかかえるように持ち上げるとカイルはふら付きながらも外へ向かう。
そう、まるで。いや完全にお姫様抱っこされるような形で運ばれる。
「は、恥ずかしいよ!? カイルもふらふらなんだから自分で歩くよ。」
恥ずかしいので自分で歩こうともがくと腹の傷が痛みカイルの腕の中でうずくまる。
そんな俺の姿を見てカイルが諭すように言った。
「ダメだ。ダメージで言えばルナの方がデカい。それに足と腹やられて歩けるわけないだろ?」
「ヒールで治せば……」
「無理だとわかってるだろ? レイチェル先生みたいに治癒術に長けた人のヒールなら治せるかもしれないけど普通は上位のハイリカバリーみたいな魔法じゃないと治せない傷じゃないか。」
「うう……」
エリルはヒールで重症の人を治してたが俺にはそこまでのスキルがない。
レイチェル《寮母》も治癒術専門の人だからヒールで治せるだろう。
だが俺もカイルもそんな高等技術はないし、ヒールの上位魔法はそもそも使えない。
「それに俺は疲れてただけだからもう大丈夫だよ。ルナが守ってくれたしね。ありがとう。」
喜色満面で俺を暖かく見つめるながら抱きしめる腕の力を少し強めた。
「う、うん。」
「それよりルナ。聞いていい?」
急に改まって真剣な面持ちで俺を見下ろして言った。
俺は何事かと見上げてカイルを見つめる。
「ん?」
「"気功破"という技どこで習ったんだ。」
「えっ!?」
そういえば魔力で"気功破"《孝也の技》を使ってしまったような気が……
この状況を打破する事に注力するあまり俺の正体を隠す事を失念していたらしい。
どうしよう? カイルに"ルナ=孝也"とバレたかも。
ノルンも言ってたじゃないか。
今が全てを話すチャンスなのかもしれない。
いつまで躊躇っていても前には進めない、だから全てを話そうと決めた。
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