相反する心
禁書の部屋での1件から1週間があっという間に過ぎて言った。
明日は学園も休みで今日はゆっくりできそうだ。
あれから俺はクヴァナの事だけだなくエルフについて調べるために大図書館に通っている。
禁書の部屋に比べて大した情報はないが、何も得られないわけじゃない。
今ほしい情報はエルフに関する何らかの情報。
またはクヴァナが今も生きている事を確認できる情報だ。
後者に関しては大図書館で事足りる。
最近起きた事件や事故を探しクヴァナの痕跡を追うのだ。
アークも言っていたが俺が森でクヴァナを倒したがそれで終わったとは信じられない。
だがひとまず今は休もう。
気分転換にと俺はお湯をすくって顔にかけた。
花月荘の風呂場は古いが快適だ。
木製の大きな桶みたいなものに魔法でお湯を入れただけの簡易的な風呂だ。
簡易的と言っても元の世界の風呂と比較しなければとても快適なもので、
ただ浸かるだけでも疲れは取れる。
足を抱えると白くてすべすべの柔らかい肌の感触がする。
自分の体なのに自分じゃないようだ……
未だに童貞の俺だが女性の裸は見慣れている。
いつもこうやってルナの姿になれば嫌でも目に入る。
当初は裸を見るも恥ずかしかったけど、今は孝也の裸を見るとのと同じだ。
最近よく思う。
俺はどうすればいいのだろうか――― と。
元の世界に残した母と妹の元へ戻りたいと思う一方で、
この世界の仲間たちと一緒にいたいという気持ちがせめぎ合う。
魔法が普通に存在する世界と元の世界へ簡単に行き来できるとは思えない。
いずれは元の世界に戻るのか、この世界に留まるのか選択を迫られる時が来るだろう。
俺はその時どうすればいいのだろうか?
尻尾を自分の身体を巻くように胸の前に持ってくる。
茶色い尻尾を人形みたいに抱きしめて不安を紛らわす。
ノルンが言うには魔族にとって尻尾は特別な意味があるらしい。
美しい尻尾を褒める事は魔族にとって嬉しい事のようだ。
前にノルンの尻尾を褒めたら頬を真っ赤に染めて可愛らしく俯いていた。
さて上がるとしよう。
皆風呂に入り終えているはずだから誰かが来る心配はない。
だが、あんまり長く入っているとのぼせてしまう。
俺は風呂場から出て脱衣所へ向かうとタオルで身体を拭う。
新しいタオルを手に取って髪の毛を団子状に巻いてタオルで覆った。
こうやると髪の毛の乾きが早い。普通に乾かすと孝也の時の倍以上かかる。
というか孝也は乾かす必要もなかった……
麻で織り込まれた籠から純白の三角形を取り出して身に着ける。
前は見ただけで赤面したものだが今は特に何も感じない。
慣れとは恐ろしいものだ。
白いキャミソールの上に寝間着用の水色の上着とズボンを着て、
風呂道具一式を手に扉の方へ向かう。
ふいに微かに聞こえる小さな音に気がついた。
板が軋む音がしてビクッと耳を尖らせて周囲を警戒する。
(誰だ?)
耳を澄ませば足音だとわかった。
その音は徐々に大きくなりこちらに向かってきている。
音の大きさから男性であるのは間違いない。
階段から風呂場までアルバート、カイル、俺の順にそれぞれの部屋があり、
風呂場は2階の一番奥のつきあたりにある。
つまりこちらに音が近づいているという事は俺の部屋ないしは風呂場に用がある可能性もある。
確かに風呂の扉には使用中の張り紙が貼ってある。
だから普通は入ってこないはず。
でも念には念をと、慌てて俺は脱衣所の清掃用ロッカーの後ろに隠れた。
ちょうど脱衣所と風呂場から見えにくい位置はここしかなった。
今ルナの事がばれるとカイルにどう説明していいかわからない。
少しして脱衣所の扉が勢いよく開いた。
「孝也ー、入ってるのか?」
人がわざわざ「使用中」と記載した紙を貼ったにもかかわらず、
堂々と風呂場に侵入してきた無礼者がいた。
そいつを見ればジャージ姿の茶に少し赤みの入った髪をした男。カイルだった。
人が入っているのに堂々と入ってくるとは……
女の子が入ってたらどうするんだ? こいつは?
俺は驚きを隠せず体勢を崩しそになる。
ロッカーにぶつかりそうになって慌てて自分の置かれた状況を再認識して、
静かに置物のように微動だにせず身を潜める。
「あれ? 誰もいないのか?」
カイルは脱衣所を見回して誰もいないことを確認すると、
次は風呂場の方へときょろきょろと見て回った。
俺はドキドキしながらカイルが気が付かない事を祈りながら息をひそめた。
「孝也の野郎。風呂を出たら張り紙ははずせよな……」
(俺が使ってるんだよ!)
怒りに任せて反論したくなる気持ちを抑えて事の成り行きにハラハラする。
俺を探していたのだろうか? ならいないから早く出て行ってくれ!
「誰もいないならちょうどいいや。」
そんな俺の願いは虚しく砕け散る。
カイルは何を思ったのか、服を脱ぎ始めた。
上着を脱ぐと筋肉質な上半身が露わになる。
男の裸とか誰得だよと思いながら視線を巡らせれば、
服の上からだと結構細身に見えるのに付くべきところには必要な筋肉がしっかりとあった。
物を持つと腕も筋肉のラインがしっかり出るし、所処血管が浮き出ているのが何故か気なる。
逞しそう? 強そう?
ちょっとあの血管のあたりを撫でてみたい…… そんな欲求まで湧いてくる。
よくわからない感情に戸惑いながらも心を落ち着かせるべく言い聞かせる。
いつも見てる自分の腕と同じじゃないかと。
でも欲求に勝てず頭の中に妄想が確かなビジョンとなって現れた。
あの腕を触ったり抱きしめられたらどうなるだろう?
そんな事を考えたら"トクン"と心臓が跳ねた気がした。
ハッとなって、思いっきりぶんぶんと首を振って不快な想像を振り払う。
そして自分が今何を思い、何を感じたのかを考えて恐ろしくなる。
それは同性に対して発生する感情ではないだろう。
俺は自分の心と身体の相反する感情のジレンマに陥り混乱する。
俺は男だ、だから女の人が好きだ。
今までもうそうだったしこれからも同じはず。
だから今みたいに男に感情を揺り動かされるのは想定外だった。
俺が今まで見てきた世界と今の身体が感じる世界の差異に、
頭は常識という名の概念が入ったおもちゃ箱をひっくり返したような滅茶苦茶な状態だった。
その後は挙動不審になりながらも必死に自室に戻るべく、
カイルが風呂場に入るのを見計らって俺は抜き足差し足で脱衣所を後にした。
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その後火照った身体を冷やすために窓を開けてベッドでくつろいだ。
男の姿に戻り男性用のパンツとズボンに着替え終わる頃には、
すでにあの胸の高鳴りは消えていた。
冷静に考えれば女の子の姿に成るという事は、
男性に性的な感情を抱く可能性があるって事なんだ。
そう身を持って実感させられたように思う。
自己嫌悪に頭を抱えているとドアをノックする音が聞こえる。
俺はベッドから起きる気力もなかったので寝転んだまま言った。
「だれー、空いてるぞ!」
「おう、入るぞ。」
家主の許可を得てTシャツに短パン姿のカイルがズカズカと部屋に入ってきた。
彼を見るとまだ少し髪が濡れている。
おそらく風呂から上がった後そのまま俺の部屋に来たのだろう。
ほのかに石鹸の香りがする。
「てっ、お前かよ!?」
俺の心をかき乱した張本人が時間も空けずに部屋に来た。
状況としては最悪だ。
せめて時間をくれれば心を落ち着かせられるのに。
「何そんなに驚いてるんだ?」
さも不思議そうに問いかけるカイル。
確かに思い当たる節はないだろう。
「い、いや何でも……」
動揺していて気が付かなかったが、
カイルの背後を見ると工事現場の作業着のような服を着たアルバートが小さく腰を屈めて部屋に入って来た。
きっと作業中にカイルに拉致られたのだろう。
「野郎ばかり集まって何しに来たんだ?」
俺はもう寝たいんだ。ゆっくりしたいんだ!
不満であることをアピールするように嫌そうな表情で答えた。
「不満そうだな。まぁお前はいいよな。1人だけ彼女作ってさ!
俺達みたいに独り身の友人の悩みを聞いてやろうって気にはならないのか?」
俺の部屋でノルンが寝ていた事を言っているようだが、
あれは別にそう言うことがあったわけじゃない。
ただの事故だ。俺をリア充扱いしてアドバイスを受ける腹積もりのようだがそうはいかん。
「ノルンとはそういう関係じゃない。本人も言ってただろう?
お前らと同じ独り身の男には相談事を聞く余裕はない。」
「まぁまぁそう言うなって俺たちの仲だろ?」
いかにも親友のようなノリでフレンドリーな感じの雰囲気を醸し出して近づいてくる。
実態はただ笑みを浮かべて近づいてくるだけなのだが俺としては遠慮願いたい。
「そんな仲だっけ?」
「い、一緒に鍛錬したり寝食を共にしている仲間じゃないか!」
すっ呆けてみたら意外にも傷ついたような素振りを見せて反論する。
最初は自信満々な語り口だったが徐々に尻つぼみになっていく語調に、
思いのほか傷つけてしまったと後悔する。
「わかったよ。夜も遅いから手短にな。」
しぶしぶ俺はカイルの相談に乗ることにした。
俺の中で大切な仲間であるのは間違いないから。
「ありがとう。」
さっきまでの落ち込みようはどこへやら、一転して満面の笑みを浮かべるカイル。
余程俺に話したいらしい。
「で、話ってのは?」
「前も話したが俺はルナって子が好きだ。」
「お、おう……」
顔色一つ変えずにカイルは言った。
恥ずかしい発言だと思うが真顔で言えるって事はそれだけ真剣なのだろう。
それはわかる。だが…… 、お前の思い人は目の前にいる俺なんだぞ?
どうする? その事実を知ったら傷つくか?
それともそのまま受け入れるのか?
一番怖いのは俺のせいでこいつが二度と恋ができなくなることだ。
だってそうだろ?
俺がカイルだったら――――
好きな子が男で変身? すると女性になってその女の子になった方の姿に恋したとしたら、
俺だったらそのあと恋できくなくなる。
だって好きになった子がもしかしたら元は男だったかもしれないと思ってしまうだろうから。
「彼女はこの世で一番綺麗なんだ。金色の髪に赤い瞳が宝石みたいに輝いているんだ。
彼女、ルナの事を考えると心臓が口から飛び出そうな程ドキドキする。
言葉で表現なんてしつくせないくらいに好きだ。」
カイルは頬を赤らめながら熱弁する。
こんなに褒めちぎられたら女性だったら嬉しいのかな?
俺にはわからない。
「アルバートだってそうだろ?」
「えっ、ぼ、ボク?」
俺が無言で返答に困っていると話題はアルバートの方へ移った。
アルバートは突然の話に戸惑いを隠せない。
「イリスが好きなんだろ?」
「なんで解ったの?」
カイルの直球の質問にアルバートは驚きのあまり口を開いたまま固まった。
正直アルバートの好きな人は誰でもわかると思う。
そのくらいイリスにベタ惚れだった。
「そりゃお前を見てれば誰でもわかると思うぞ」
「うん。ボクはイリスの事が大好きだ。でもボクなんかじゃ……」
好きであるという事実は認めたが、
自信のないアルバートは両想いになった未来を思い描けないようだ。
徐々に最悪の未来を想定したのか表情が曇る。
「弱気になるなよ。気持ちで負けたら終わりだぞ!」
カイルがアルバートの背中をバンバン叩いて鼓舞する。
言ってる事は正論なのだがカイルよ。
お前はなんでそんなに自信満々なんだよ?
「で、でも……」
「そこで俺に提案がある。」
カイルは胸を張って拳を握りしめて言った。
ニヤリと微笑み謎の自信が漂う。
何か妙案があるようだ。
「何?」
アルバートも気になるのだろうか。
身を乗り出してカイルの言葉を待つ。
「遊びに誘おう。」
「ナンデスカソレ」
つい、カタコトになってしまった。
あまりにも何の捻りもない案に肩透かしを食らった気分だ。
もっと何かあっと驚く案があるのかと思った。
「いやいや、ただ遊びに誘うんじゃない。皆で町を回ったりするんだよ。」
「「どゆこと?」」
「つまり、孝也はノルンとアルバートはイリスとそして俺はルナを誘い、皆で遊ぶのさ!」
俺2回登場してて物理的にいけないのだが……
孝也の姿で行った場合カイルが余り、
ルナの姿で行くとノルンが余る。
正直この場合ノルンの方が大事だな、うん。
「恥ずかしいよ……。それに皆同じ日に集まるのは難しいんじゃない?」
何か話題の軌道修正が必要だとは思っていたが、
アルバートの的を射た発言で話の流れが変わった。
「どうして?」
カイルは不思議そうに「何も問題はない」と言わんばかりに腕を組んで考えている。
お前の提案はそもそも問題だらけじゃわ! と心の中でツッコミを入れつつアルバートの返答を待つ。
「だってルナって子、ボクらあった事ないじゃん。
急にみんなで会ったら緊張しない? お互いに。」
「確かにそうだな。じゃあ次回で!」
(かるい! 思ったよりもあっさり引き下がったな。
真意は別にあるのか?)
「ただ皆好きな人と遊ぶ約束をするまで漕ぎ着けようぜ!」
カイルはどうしてもデート《遊び》がしたいらしい。
しかも俺達も込みで…… 迷惑な話だよ、まったく。
おそらく自分だけルナを誘うのは気恥ずかしい。
でも俺達も巻き込めば色々とサポートしてもらえると考えたのだろう。
「俺、別にノルンに好意を頂いてるわけでは……。」
「頑固なやつだなー、認めちゃえよー。
まぁいいや、それじゃあ俺達の恋路を手伝ってよ。」
よし、とりあえず俺《孝也》は今回の企画から回避できたとガッツポーズを取る。
だがルナの方は誘われるのは確定ぽいな……
「お、おう。それならいいぞ?」
戸惑いと不安とが入り混じり語尾がおかしくなってしまった。
もしデートなんて状況になったら余計にまずい。
ますますルナの事を話にくくなる。
どっかでカミングアウトしないとイケナイのだから。
「なぜ疑問形。」
もっともな返しに頭を抑えてから笑って誤魔化す。
カイルも自身の事で頭がいっぱいなのかこれ以上追及されることはなかった。
最後までご覧いただきありがとうございます。
よろしければ次回もご覧頂ければと思います。




