魔神とエルフ
ノルンから【 エルフ王と姫の伝説 】と書かれたずっしりと重たい本を手渡される。
だいぶ古い書物のようで所々破けていたり染みができていた。
「エルフ姫の話、小さいころ母たまに聞いたことある。
ある日悪いエルフが魔神を作って世界を襲ったの。
魔神とても強くて誰も倒せない。
でもエルフの姫様が仲間と一緒に魔神、倒す物語。
この話に出て来る魔神、クヴァナと思う。
有名な話、本あるなんて思わなかったにゃ。」
本の劣化具合からして相当古そうだ。
どんな内容が描かれているのかと期待と不安が入り混じる。
この先に俺の求めた問いの答えがあるかもしれない。
俺は禁書室の石造りの地面に座りゆっくりと慎重に本を開いた。
ノルンも俺の真横に腰を下ろして興味津々な様子で覗き込んでくる。
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【 エルフ王と姫の伝説 】
はるか昔に、この世界は人間と魔族。
そしてとありとあらゆる魔法を手にした種族が存在した。
その種族の名は「エルフ」。
エルフは、世界に宿るマナを用いた"魔導"によって他の種族を服従させた。
やがて世界は1つの国となり、以後1000年栄えた。
その間何人たりともエルフに対抗する者はいなかった。
なぜならエルフの王は最強の力を持っていると言われたからだ。
しかしある時エルフ達のまばゆい栄華に陰りが生じた。
一人の男が凶悪な魔導を開発したのだ。
それは<魔神>の創造である――
<魔神>は人造の神を人間と同化する魔導である。
男は自らに<神>を召喚し人造の神と融合を試みた。
しかし、<神>はその男に従うことはなく徐々に男は<神>に支配されていった。
やがて暴走した男は、次々と町を襲いあっという間に国の半分が焦土と化した。
もはや世界そのものを破壊しようとする兵器と化した魔神。
そんな魔神を人々は太古の歴史に現れた破壊の神と同じ名で呼んだ。
<魔神クヴァナ>と。
魔神の暴挙に王はすぐに討伐隊を組織して派遣するも、
王の元に戻った兵は1人もいなかった……
日に日に衰退していく世界に、王はついに自ら魔神討伐に向かう事を決心する。
そして勇猛果敢に戦うも魔神の足元にも及ばなかった。
「不死身の彼の者を止めることは誰にもできぬのか…… 」
誰しもがそんな絶望に苛まれた。
辛くも逃げ帰った王は、国一番の賢者にこの状況の解決策を求めた。
賢者はエルフたちの膨大の知識を有し未来さえも見通すことができるのだ。
賢者は魔神を止める方法があると言った。
「"今は"魔神を止める事はできません。故に、今は魔神を封じてください。
しかしながら陛下、1000以上後。魔神の封印は弱まり復活する日がくるでしょう。
そうなればこの世界の者は手も足も出ないまま世界は終焉へと向かいましょうぞ。
もし魔神に対抗する術があるとしたら、それはこの世界の者ではない者に助けを求めるしかありません。」
予言を聞いた王は、国一番の深い谷に魔神をを封じ、
王は来るべき時に異世界より救世主を召喚する器を作った。
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物語をざっくりと読み終えて本をそっと閉じる。
「私の知ってるエルフ姫の話じゃにゃい……」
ノルンが驚きと疑問が入り混じったような顔で不思議そうに首をかしげて呟いた。
俺も読んでいて気になった事がある。
まず現在エルフという種族は存在していない。
この学園に来てエルフが絶滅している事実を知った時はとても驚いたものだ。
魔神を封じたのならエルフはどこにった?
それに異世界から召喚するための器?
なんだそれは?
疑問が頭をぐるぐると回っている。
(まさか――――― いやでもやっぱり……)
「ノルンの知ってる話とどう違うの?」
「まず魔神を倒してた。それに器ってなんだろう?」
ノルンが腕を組んで首を左右に傾げなら思案している。
何を考えているのかわからないが徐々に暗い表情になって言った。
「召喚された異世界の者。孝也、のこと…… じゃない?」
「確かに。俺もそう思った。
だとするとルナはこの話でいうと"器"ってやつか?」
ノルンの仮説は現実的ではないと一蹴しようと思ったが、
俺がこの世界に来たこと自体が非現実的だ。
それにもし俺がその器ってやつに召喚されたなら、
この姿になったのも納得できる部分がある。
ただ、なんで若返って男の姿と女の子の姿の両方に成れるのかがわかららないが……
「たぶん。そう考えると合点いく。」
いつの間にか俺の腕に抱き付いてノルンが言った。
彼女も突拍子もない話でまだ飲み込み切れていないのだろうか。
ノルンは恐怖を滲ませつつも覚悟を決めた様子でゆっくりと口を開いた。
抱き付く腕に力を込めてぎゅっとくっつく。
「もしこの話本当なら、魔神クヴァナは蘇ったのかも。」
確かに想像はできる。
俺がもしこの話の器に召喚された者ならば、
クヴァナが復活したから呼ばれたのではないか。
抱き付くノルンに身を寄せて俺は思考を解へと導く。
だとしたらエリルを殺したあの男はやっぱり―――――
「ゴホン。」
突如。わざとらしい咳払いが背後から聞こえる。
驚きで一瞬身体が硬直する。
ノルンも身体をびくっと震わせて恐る恐る振り向く。
俺もノルンに合わせるように背後を見る。
俺たちが腰かけていた本棚の後ろから白いローブを着た老年の男性がこちらに歩いてくる。
よく見れば頭に猫耳があり顎には長く伸びた白い髭があった。
動作は遅いが堂々とした自信と実力があるのだと思わせるような悠然とした立ち振る舞いだ。
「おじいさま?」
ノルンが身をぱちくりして驚き震えた。
悪い事をして叱られる前の子供の用に怯えている。
アーク学長《魔族側領主》は俺たちの前で足を止めて、
ノルンと同じ金色の瞳でノルンを威嚇するような強い眼光で見つめて言った。
「ノルンや。ここは立ち入り禁止と知っているじゃろ?」
「ごめんなさい。でも……」
アークは鬼の形相でノルンを叱りつける。
ノルンはそんな祖父の姿に怯えて声が震えている。
事情を説明しようとするも途中で言い淀んでしまう。
「でもじゃない! ここは危険な書物もあるんじゃ。入ってはいけないとあれほど……
それにワシから鍵を盗んだな!!」
「ごめんなさい。」
ガクガク震えたノルンが謝罪の言葉をつぶやく。
アークはまったく俺を見ようとしない。
その行動から学長の怒り具合は容易に想像がつく。
だからこそ何か打開策を講じなければと思うが足がすくむ。
震えるのだ。足が、腕が、身体全体が。
この身体は俺の思い通りにならない。
孝也の姿なら精神を殺して毅然と立ち向かうことができるはずだ。
でもルナの姿ではそれすらままならない。
恐怖に慄く俺は何もできず立ち尽くす。
アークはギロリとこちらを睨むと言った。
「お前か。孫娘を唆したのは!!!!」
「ちがう!!!」
俺は事情を説明しようと口を開こうとするよりも早く。
ノルンは俺を庇うように前に出て両手を広げて言った。
「何がちがうのじゃ」
アークは言い訳など言わせないと語気を荒げて言った。
ノルンは恐怖でそれ以上を言葉を発する事ができなかった。
「ごめんなさい」
俺はノルンの横に並んで彼女手を握って言った。
深々と頭を下げて……
これで事態を収拾できるとは思わない。
このままでは退学もありえるだろうし、ノルンも家での立場がなくなるだろう。
でもそれは避けなければ。ノルンは悪くない。
俺の用事に付き合ってくれただけだ。
「まぁ訳があったのはわかっておる」
だがアーク学長から発せられた言葉は意外なものだった。
まさかの返答に驚いて学長の方を見る。
「許してくれるの?」
上目づかいで瞳を潤ませたノルンが問う。
一瞬アークの瞳が揺れるのを俺は見逃さなかった。
「帰ったらお父さんに報告じゃな」
「いや"に"ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
頭を抱えてうずくまるノルン。
両親に自分の悪事を報告されるのはつらいよな。
小さい頃、学校で悪い事すると先生から母さんに連絡がいって、
帰ると鬼が待ってるんだよな……
あれは怖かった。
「冗談じゃよ。ちゃんと謝ったからのう、もう許しておるわい」
アークがウィンクしてノルンの背中を優しく撫でる。
ノルンはそれを聞くとグーでアークの顔面を叩いた。
だがノルンの攻撃を意に介さず地面に落ちた本を拾い上げて言った。
「【 エルフ王と姫の伝説 】か。懐かしいのぅ。
これはワシが書いたんじゃよ」
「えっ」
驚きを隠せず言葉になる。
俺は自分の耳を疑った。この本をアークが書いた?
「わしは昔エルフについて研究しておっての。
こう見えてこの手の話は詳しいのじゃよ?
わざわざこんな所に侵入しないでワシに相談してくれれば何でも答えたぞい。
まぁそれはいい。
かわいいお嬢さんや。訳アリなのだろう? 一緒に話でもしながらお茶でもどうかね。
有意義な時間になると思うのじゃが?」
全身を品定めするような視線が身体にまとわりつくようだ。
とても不快だ。ていうか気持ち悪い。
アークの顔を見れば鼻の下を伸ばしていた。
「えっ」
直観的に嫌悪感を感じて両手で自分を抱きしめようにして後ずさる。
今までのアークの行動から変態なのは間違いなからな。
警戒しないと俺の貞操が危ない。
童貞を失う前に処女を失うとかシャレにならん。
「いやそんな反応されると傷つくのう……」
ノルンが無言でアークに蹴りを入れて俺の腕に抱き付く。
「さぁ。変態知ってる事、洗いざらい話す、いい?」
ノルンが汚い物を見るような蔑む視線をアークに向けて命令した。
既についに"変態"で呼ばれるようになってしまったようだ。
まぁ自業自得だな。
「うう。ノルンちゃんや、おじいちゃんと呼んでくれー 」
アークが手を伸ばしてノルンに触れようとする。
だがノルンはアークに触れないように慎重に躱すと言った。
「うるさい」
ノルンに一蹴されアークがこの世の終わりだと言わんばかりに項垂れてとぼとぼ歩きだした。
その背中からは深い悲しみのオーラが漂っていた。
俺達はその後を追うように禁書の部屋を後にした。
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