禁書の部屋
軽い音が数回響いた気がして深い闇の中から意識が徐々に覚醒する。
何事かと耳を澄ませば小鳥たちのさえずりで騒々しい。
さっきの音は気のせいだったようだと再び眠りにつこうとするが、
一度目が覚めてしまうとなかなか寝付けなかった。
ならば起きてしまおうと、重たい瞼を開ければ視界は霞がかってよく見えない。
じっと目を凝らしてようやく自室の天井だと理解した。
横を向けばノルンがすやすやとかわいらしい寝息を立ている。
真横に寝ている彼女はいつの間にか素っ裸になって丸まっている。
よくよく見てみれば布団もベッドの下に落ちているではないか。
確かにノルンにエリルの服は少し大きすぎたかもしれない。
が、全て脱げるなんてことが現実にあるとは思わなかった。
どんだけ寝相が悪いんだ……
それにしてもルナの姿だと女性には欲情しないのだな。
ノルンがいかに幼女のような体型といっても大人に等しい年齢の女性だ。
何らかの刺激を受けてもいいと思う。
身体を起こしてみると頭が重くて世界が揺れているようだ。
ノルンに洋服を着させようと考えるも、
睡魔に負けて布団をノルンと自分を覆うようにかけると横になる。
再び寝ようと目を閉じると、また木材を叩いたような音が聞こえた。
「なんにゃ?」
ノルンがゴシゴシ目をさすりながらのっそりと体を起こした。
それにしても朝っぱらからこんなうるさい音を鳴らす奴は誰だ。
日曜大工をするならもっとみんなが起きる時間になってからにするべきだろう。
朝?
「おーい、孝也さんーーー。 朝だよ。起きないと遅刻するよー」
あれ? 聞きなれた声が……
「い、り、す? イリス! 孝也。じゃにゃい、ルナ隠れるにゃ」
まだ夢うつつだったノルンが急に何かに気が付いたようで狼狽している。
俺もノルンの慌てふためきようを見てようやく緊急事態だと頭が回転し始めた。
この部屋には鍵がない、このままだと入ってくるんじゃないか?
(どこに隠れる!? )
皆に話す前にルナの姿が見られるのも問題だが、
それよりもノルンがここで一晩共にしているの事実が発覚するの非常にまずい。
あらぬ噂でも立てられれば、ノルンに迷惑がかかってしまう。
だが眠気と焦りが相まって打開策が浮かばない。
やばいやばいと心の中で警笛が鳴り続ける中、
ノルンが俺を横に押し倒すと頭から布団で覆った。
それとほぼ同時だっただろうか。
「もうぅ~、起きないなら入るよ!」
ガチャっと金属音がした後床が軋む音と共に誰かが近づいてくる。
そしてしばしの沈黙。
俺は心臓がバクバク鼓動しているの感じながら必死に息を潜める。
「あれ? ノルン? なんで裸。あっ!!! ごめん。すぐに出ていくね!
あっ、ご飯できてるからすぐに、は無理か。なるべく早く来てね。」
ノルンが何かを言おうとしたがそれを遮るように話し続けるイリス。
完全にアレの後だと思われたようだ。
「ノルンおめでとう!」
すごく明るくて嬉しそうなイリスの声が聞こえる。
そしてすぐに戸が閉まる音がして静寂になった。
(勘違いだー、イリスーーーーーーーーーーーーーーーーーー)
==================================================================
今朝の1件で朝食は大騒ぎだった。
まず俺達が寮母宅に着くと皆から「おめでとう」と祝福され、
レイチェルには「結婚するまでは避妊するのよ」といらぬ助言までされた。
そして馴れ初めから始まり結婚や子供の予定まで根掘り葉掘り聞かれ、
その都度ノルンが勘違いだと反論していたのだ。
結局最後は学園の登校時間になったので打ち切られたが、
このままだと夜も問い詰められるだろうな。
まぁそんな事はどうでもいい。
いや良くないんだが今は考えたくない。
どうするかは後で…… 考えよう……
俺はショートパンツにTシャツとラフな格好で、
ノルンはブルーのワンピースを着ている。
軽く支度を済ませるとルナの姿のままノルンと共に寮を出た。
皆は気を使ったのか寮を出る頃には誰もいなくなっていた。
余計な気遣いだとため息をつきながら理性では好都合だったと考える自分がいる。
なぜなら俺達は学園の大図書館にある禁書の部屋へ向かっているのだ。
誰かに合えば怪しまれるだろう。
皆が授業をしている人気のない時間に禁書の部屋に侵入する手筈だ。
俺は夜間の方がいいかと思ったが学園が閉じられてしまい、
余計に侵入するのが困難になるらしい。
しかもアーク学長の部屋から鍵をくすねた都合上夕方までには返しておきたいという理由もある。
「朝はひどい目にあったにゃー」
リンゴみたいに顔を真っ赤にしたノルンが時折俺の方を見ては頬を膨らませる。
何に怒っているのか見当がつく。間違いなく今朝の件だろう。
大図書館は木造3階建ての建物だ。
禁書の部屋は大図書館の地下にあるらしく俺達は大図書館の最深部へと向かっている。
この部屋には行けば今までの疑問に対する何らかの答えがわかるかもしれない。
そんな淡い期待が胸に広がる。
だがその間にノルンのご機嫌は取っておかないとな……
「まぁあの状況見たら誰でも…… ねぇ?」
「なんでルナは冷静!!!!」
「いや、ほらいちいち反応するとノルンみたいに弄られるし」
ノルンは無言で拳をグーにして俺の胸をぽかぽかと叩く。
でも大した力はないのでリズミカルな振動を感じる程度で、
本気で怒っているわけではないようだ。
「ありがとう。お陰で助かったよ。まだルナの事バレるわけにいかないからね」
彼女の頭をやさしく撫でた。
ノルンは先ほどまでのどこか不服そうな顔から満面の笑みになって、
尻尾をぶんぶん振って俺に抱きついてきた。
そして得意げに言った。
「そうでしょ♪ 」
話をしている内に禁書の部屋に着いたようで仰仰しく飾り立てられた扉が鎮座している。
ノルンは懐から古めかしい鍵を取り出すと禁書の部屋の鍵を開けた。
「じゃあ入るにゃ」
「ああ」
重い扉が軋む音がして千を優に越えているだろう無数の本が秩序だって並んでいる。
古い本ばかりなのだろう。古本屋にいるような古い本の匂いがする。
頭上を見上げれば太陽のように光る球体がこの部屋を神秘的な雰囲気を醸しだして照らしている。
入ったら自動で光るってのはなかなかハイテクだなー
ふいに左腕の裾を引っ張られた気がして振り向くと、
ノルンが少し怯えた表情をして俺の手を握って身を寄せた。
「どうした? 怖い?」
「うんうん」
首をぶんぶん振って答える。
強がったのだろう。震える手を隠すように握る手を強く結んだ。
この部屋は禁書ばかりを置いた部屋。
物によっては開くだけで呪いを受けるものや危険な魔法を記したもの。
この国にとって重要な資料や歴史に関する本があるらしい。
本来入ってはいけない部屋に入り鍵を盗んだ罪悪感。
そしてこの部屋の何とも言えない雰囲気にノルンは怯えているのだろう。
そうここはまるで神秘的でありながら1つ間違えば死が隣にいるような、
不思議と危険が混ざったような場所。
「早く探すもの探して出よう」
「うん」
俺はノルンの手を握り返す。
当初はゆっくりと調べるつもりだったがここは何かがおかしい。
エリルを殺した顔面が崩壊した男と戦った時のような邪悪な何かを感じる。
直観がここにいてはいけないと告げている。
「必要な情報をまとめよう。
なぜ俺がルナになるのか、3大禁呪についてとクヴァナとは何か、だな。
この中から効率的な情報を収集するなら、クヴァナについての情報を中心に集めよう。」
この膨大な本の中から必要な情報を集めるのは大変骨が折れるだろう。
そこである程度的を絞るべきだ。
長居はしたくないしな。
となると優先度が高い情報を集めるべきだ。
俺がルナになった事はあとでゆっくり調べればいい。
徐々に孝也の姿も女性化しているのが気になるが、
そこまで必ず解き明かす必要はない。
3大禁呪も同様にノルンからエリルを蘇らせるんは不可能だと聞いた
確かノルンはアーク学長からそのことを聞いたそうだ。
アーク学長はこの禁書の部屋を管理している責任者だ。
その学長なら禁書の情報も持っているだろう。
それにノルンが言った事が嘘だとは思えない。
よってクヴァナの情報を優先すべきだ。
「わかったにゃ。伝説みたいなものを探せばいいと思う。」
そして部屋を見回して"伝記"と記載のある棚を探す。
ちょうど真向かいにある棚に"伝記"と記載がある。
ちょうど入り口から進んで一番奥に目当ての棚のようだ。
「ノルンあったぞ」
俺は目的地に向けて緊張感と好奇心でざわつく心を静めつつ、
慎重に目的地に向けて一歩踏み出した。
道中寮を出た時から疑問に思っていた事を聞いてみた。
「そういえば何でルナの姿で行こうって話になったんだっけ?」
寮を出るとき孝也の姿に戻ろうとする俺をノルンはルナの姿のままでいるよう説得した。
なぜかと聞くとのらりくらりとはぐらかされた。
今なら不安もあって本当の事が聞けるかもと思ったのだ。
「保険にゃ」
「保険?」
首をかしげてノルンの意図を考える。
保険? なんの?
「信じてほしいにゃ。
それに学園内、歩くんだから女の子同士、自然でしょ?」
「まぁ確かに」
納得はいかないが目的地に着いてしまった。
今は探しものが優先だと頭を切り替える。
「着いた。私左側探す。ルナ右ね」
「りょうかい」
しばらく目ぼしい本を探した。
数時間は経ったのではないだろうか。
ふと腕の機械式時計を見るとまだ1時間程度しか経っていなかった。
早く出たい気持ちが体感時間を早めているようだ。
成果をまとめるとクヴァナについての記載のある図書はまだ見つかっていない。
だが3大禁呪についての図書を数冊見つけた。
3大禁呪は今まで判明した通りの情報しか得られなかったが収穫がなかったわけじゃない。
どうやら存在消滅は存在を消滅させ復活させる手立てはないというのがどの本も共通見解だった。
そして死者蘇生はノルンの言うとおり死者を強制的に使役する術のようで死者を蘇らせるものではなかった。
すでに受け入れた事実のはずが改めて直視すると悲しみが心一杯に広がる。
さっきまで体力的には余裕があったのだが少し休みたい。
ちょうど近くにあった脚立に腰掛けて休憩する。
ノルンの方を見れば脚立の上に登り熱心に1冊出してはしまいを繰り返している。
俺のためにノルンがは一生懸命情報を集めている。
それなのに自分は休んでていいのかと思い、
すぐに腰を上げてクヴァナについての情報収集を再開しようと脚立を降りて地面に足をつく。
それとほぼ同時だっただろうか。
ノルンが一冊の本を片手に掲げて喜々として言った。
「あ、あった!!!!!」
やっとクヴァナに繋がる有力な情報得たと嬉しそうに笑みを浮かべて、
片手を上げて俺のほうに本を見せる。
脚立がグラグラと揺れて上の方にいるノルンがバランスを崩しそうになる。
大した高さではないけど落ちたら痛そうだ。
「危ないよ、気をつけて」
そんな俺の注意に「大丈夫にゃ~」と気の抜けた返事をしたかと思うと、
脚立を降りようと足を下ろす。
1段2段と徐々に下に降りてくるがノルンも疲れていたのだろうか、
4段目で足を踏み外した。
「きゃっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
俺は咄嗟にノルンが落下するであろう地点に先回りして、
彼女を抱きとめようと腕を伸ばす。
頭上を見上げればブルーのワンピースから覗く、
ピンク色の縁にフリルの付いたパンツが目の前に顕になる。
タイミングを合わせて腕に力を込めてノルンを抱き込むようにキャッチする。
ナイスキャッチと自分を褒めたくなるほどだ。
だが問題は受け止めた後だった。
思ったよりもルナに力がなかった。
受け止めきれず2人共折り重なるように転んでしまう。
「いたた」
腰のあたりをぶつけたようだ。
ズキズキと痛いが骨は折れていないようだ。
おそらく打ち身程度だろう。
「ノルン大丈夫?」
ノルンも痛みに顔を少し歪めたが軽症のようだ。
よかった……
「それより見てこれ」
最後までお読みいただきありがとうございます!
よろしければ次回もご覧になってください。




