夜の茶会
「どなたですかー」
寮生の誰かだろうと扉を開けて確認するとそこにはカイルとアルバートがいた。
珍しい組み合わせに少し驚きつつも応対する。
「どうした?」
決して仲が悪いわけじゃないが2人でいるのは初めて見たかもしれん。
そんな2人が揃って俺の部屋に来る理由…… まったくわからん……
「今空いてるか?」
ルナの姿になるまで1時間とちょいか。
手早く切り上げさせれば問題ないだろう。
にしてもカイルの野郎がやけに真剣な面持ちなんだがなんの話だろうか?
それに俺の質問の答えになってないぞ。
「ああ、大丈夫だけど……?」
「よし、じゃあお邪魔するわ。
あー、そうそうあと2人来るからよろしく」
「おじゃましますー」
カイルが俺の脇をすり抜けて部屋にずかずか入り込むと、
その後に続いてアルバートが俺に会釈をしながら部屋に入った。
「いやいやそんな人数入る場所ないぞ!?」
この花月荘の部屋は6畳程だ。
1人で住む分には何不自由することのない広さだろう。
俺の部屋もベッドに机、さらには棚と必要最低限の物しかない。
だからだろうか特に狭いとは感じない。
でもそこに5人も入ったらどんな状況になるか容易に想像がつく。
どう考えても人が座るスペースがないだろう!
寮母宅の広間なら全員集まってもまだ余裕があるのに、
なんでわざわざ狭い所に集まるんだ……
「大丈夫大丈夫」
適当な返事でカイルが部屋の中央に腰を下ろす。
(まぁ俺はベッドの上にでもいればいいか)
しばらくしてなんやかんやと駄弁っているとノルンとイリスがやってきた。
2人の手にはレイチェルがブレンドしたお茶とクッキーみたいな固形物がある。
おやつと飲み物を用意してたから遅くなったのだろうか。
2人の手元を見ながら話が長くなりそうな予感しつつ部屋に案内した。
全員が席に着くと案の定座る場所がない。
俺はベッドの方にでも行くかと視線を目的地に向けると、
いつの間にかノルンがベッドの上で寝転がり、
自分の部屋と勘違いしてないだろうか? と思うほどくつろいでいる。
「さてみんな集まった事だし本題に移ろう」
全員集まった事を確認するとカイルが仕切り始める。
皆もその声を聴いて中央のカイルに注目した。
「孝也は知らないと思うが1ヵ月後に総合実技試験がある。
そこで4人から7人でチームを作る必要があるんだ。」
総合実技試験。
聞き覚えはあるが具体的に何をするのか。
そもそもそんな試験が直近に近づいていることも知らなかった。
そんな俺の顔を見てカイルがアルバートに目配せすると、
中央のテーブルに総合実技試験の概要が記された紙が置かれた。
「総合実技試験は主に個人戦と団体戦をがある。
個人戦は闘技場で総当たりで戦って順位をつけて。
団体戦はチーム対チームでの戦闘やチームでオリジナル魔法の開発とか。
どんな内容の試験になるかはその年によって違うんだが、
チームでの立ち回りを評価されると思ってくれ。
ちなみに今年は町の外で魔物と戦う試験らしいぞ」
カイルの解説を聞きながらテーブルの上の概要書に目を通す。
個人戦は闘技場のルールで勝敗をつけるみたいだな。
団体戦各担任がチーム内での活躍から評価するらしいが、
担任のさじ加減で評価が180度変わりそうだな……
「つまりここにいる皆でチームを組まないかって話?」
「ああ、そうだ」
総合実技試験の申請用紙に必要事項を記入したり、
今後の練習について話もした。
朝は寮の前で自主練に励み放課後は皆で鍛錬を行うらしい。
場所はルナがいつも鍛錬を行っている場所とのこと。
俺としてはそのまま夜の鍛錬ができれば楽なんだが、
一旦戻らないと夕飯が食べられないし皆からも怪しまれる可能性もある。
(ちょっとめんどくさいなぁ)
「ねぇ、孝也」
いつの間にか左横にノルンがいた。
彼女は訝しむような視線で俺に問いかける。
俺は「何?」と答えると。
「いやなんでもないにゃん……」
顔を左右に振ってそっぽを向くと難しい顔つきで眉を顰めている。
どうしたのだろうか?
彼女の様子を観察していると反対側から声をかけられる。
「なぁ孝也」
右隣の声の主であるカイルは胡坐をかいた状態から俺の方へ向き直った。
さっきのノルンと同様に何かいつもと様子が違うようだ。
「どうした?」
「誰かを好きになった事ある?」
「何だよ? 藪から棒に」
「えっ、何々。カイルさん誰をお好きなんですか!!!」
真向かいにいたイリスが俺たちの会話を盗み聞いたのか話題に食いついた。
やはり年頃の女の子なんだなーと思いつつ状況を静観する。
「いや、誰って……」
頬を赤らめながら返答に困り俯くカイル。
いつも大人しいイリスにたじたじにされている。
「私たち、誰にもいいませんよ? それに私たち仲間じゃないですか。
相談事でしたら女性の方がわかることもありますし」
ぐいぐい行くなーと対岸の火事を眺めながらテーブルに置かれた自分の茶をすする。
ちょっと緑茶より少しほろ苦いが懐かしい味が故郷を思い出し落ち着く。
故郷への哀愁の念が少し湧き出て来るがそんなセンチメンタルな感情は、
皆の賑やかさで吹き飛んだ。
「私気になる」
左横のノルンが小声で身を乗り出してカイルを見つめている。
カイルは俺とアルバートを順々に視線を送り助けを求めてきたが、
俺達にこの状況をなんとかできるような妙案などあるわけもなく首を横に振る。
「魔族の子なんだ」
誰も助けてはくれないと悟ったカイルは、
女性陣の質問攻めについに観念したのかしぶしぶと口を開く。
「わぁー。種族を超えた恋ですね。
いいですねー!! 私応援しますよ!!!
どこで出会ったんですか?」
両手を合掌して喜ぶイリス。
そういえば本屋で魔族の少女たちが写ったエロ本買ってたな。
カイルは魔族の子が好きなんだろう。
でもこの世界は人間と魔族で人種差別のような思想がある。
元の世界で言うところのマイノリティな性の対象だ。
変態と言われて忌み嫌われるような状態なんだろうな。
でも俺も応援するよ。
ケモ耳は男の夢だと思うから。
そんな事を考えている間にも話は進んでいたようで―――――
「闘技場での決闘の後。自宅の森の奥に見慣れない魔族の子がいて、
紆余曲折あって落ち込む俺を慰めてくれた子がいて」
「ごふぁ!!」
お茶が気管支に入ってむせ返る。
あれれー?
おかしいな身に覚えが……
「どうしたの孝也?」
ノルンがむせ返る俺の背中をさすってくれる。
「むせただけだよ」と誤魔化す。
「それで好きになったんですね。 名前は?」
そんな俺を置き去りにしてイリスがさらに質問を投げかける。
もしかしたら同じようなシュチュエーションで別の人を好いた可能性もある。
俺だと決まったわけじゃないと自分に言い聞かせながら心を落ち着かせようと努める。
名前もきっと違う人の名前だろう。
「ルナ・デリングっていうらしい」
いやいや、やっぱり間違いなく俺だよね?
確かに慰めたけど惚れられる要素あったか?
必死に無表情を装いつつも、
内心は数刻程皆の会話が聞こえなくなる程パニックだった。
ルナの視点から見れば肉体的には異性だが精神的には同性だ。
俺はカイルに好意はない。
今後もルナとしてカイルと会うならどう接するか考えなければいけないのかもしれない。
それにもう1つ大問題がある。
ルナという存在がカイルだけでなくここにいる全員に知られてしまった。
ルナに関する情報が他人に知られる程俺の正体がバレる可能性があるのだ。
心中穏やかなわけがない。
だがノルンの言葉で現実に引き戻される。
「デリング?」
ノルンは何か引っかかったのか手を顎に当てて首を傾げている。
確か前にノルンに俺の師匠の事は話したからもしかしたら、
俺の師匠の名前と同じだと気付いたのかもしれない。
「聞かない名前ですね。町の外から来た人なのかしら?」
「いや町の住人らしい」
「自宅はご存知なんですか?」
カイルはイリスの問いかけに首を振って答えた。
「ではいつもどこで会われているんでしょうか?」
「最初に出会った森だ。たまに魔法の鍛錬をしてる。」
「2人で?」
イリスが少し頬を赤らめて微笑みながら茶化した。
「森ってカイルが1人で訓練する時に使ってるあそこにゃん?」
カイルは恥ずかしそうに何か言い返そうとするも、
ノルンの問いかけにさえぎられ阻まれた。
仕方ないとため息を漏らしてノルンの質問に答える。
「そうだけど…… そういえばノルン。
ルナって名前聞き覚えある?」
「ないにゃ」
「魔族側の領主の孫でも把握していない子か……」
「わかったわ。これから毎日作戦会議を開いてがんばりましょう。カイルさん!」
イリスがカイルの手を握りしめ、
彼女の横に座るアルバートがカイルを睨み付ける。
それに気が付いたカイルが即座に手を放した。
嫉妬の視線を受けるカイルは焦ったように時計を仰ぎ見て言った。
「時間も遅くなったしお開きとしよう」
その後は片づけをして各自の部屋に戻っていった。
だが最後のノルンの一言が心に残る。
「でりんぐ」
小さく呟いていたのが耳に残った。
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夜の鍛錬を終えて寮に戻る。
今日は寮の近くにある人気のない場所で魔法の鍛錬を行った。
前にリボルバーの試し撃ちをした所だ。
カイルとの鍛錬は夜あの森で会えたら教えてもらっている。
1階にあるトイレで用を足すと2階へ戻るべく部屋に戻る。
やはり女の子の姿でトイレをするのは恥ずかしい。
でもそれ以上に困るのはいつも立ってしてるのを座る必要がある事だ。
間違えて立ったまましそうになった事が何度ある事か……
なるべく音が鳴らないように静かに一歩一歩進む。
ようやく自室の前に着くと静かに部屋の鍵を開けて中へ入った。
「おかえりにゃん」
「ただいま―――、って誰?」
条件反射で答えてしまったが本来誰もいないはずの部屋だ。
暗闇の中の侵入者に驚いて数歩後ずさる。
「あなたこそ誰にゃ」
部屋に電気はない。
でも照明代わりになる物はある。
この部屋には魔力を与えると一定期間発光する草を、
ガラスの瓶のような物に入れて照明として使っていた。
だが今は真っ暗だ。
かすかに月明かりが窓際を照らしている。
少し雲にかくれているのだろうか。
徐々に光が部屋の中に入ってきて侵入者のシルエットが鮮明になり始めた。
「わ、わたしは……」
俺はどもりながらもどこか頭はこの事を予期していたように冷静に答えた。
「あなた、孝也の部屋に出入りしてる。わかる。誰? 何者にゃん?」
月明かりに照らされて侵入者がノルンだと理解する。
彼女はどこか辛そうな面持ちで俺の見つめるその瞳は少し潤んでいた。
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