とある休日
カイルとの決闘に勝利した翌日。
花月荘の皆と朝食の準備をしているとカイルが寮にやって来た。
昨晩のやり取りでなんとなく用件は察しがつくが、
カイルと出会ってから決闘の1件やルナの姿がバレる等面倒事続きだ。
どうしてもちょっと身構えてしまう。
特に両手に携える荷物の多さがなおのことね?
まぁ用件予想通りただの謝罪だったんだけど……
俺だけでなくアルバートにも深々と頭を下げて誠意を示して、
昨日までとは別人のような立ち振る舞いに以前の傲慢な姿はどこにもなかった。
だがそれ以上に驚いたのは最後の一言だった。
「俺今日からここに住ませて頂いてよろしいでしょうか?」
「「えっ」」
「領主の息子なのにこんなボロイ寮でいいの?」
「寮母の前でボロイって失礼ね!」
「にゃ……」
皆三者三様の反応で驚いていたが、
しばらくカイルと話している内に打ち解けたようで自然と花月荘の仲間に加わっていた。
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あれから学園の様子も一変した。
まずアルバートはいじめられる事がなくなったようだ。
俺がカイルに勝った事でアルバートに手を出しにくくなったのだろう。
あと変わったと言えばノルンも変わったな。
トイレの帰りに女子の集団に囲まれながらどこかに連れていかれるイリスを見つけた。
前の校舎裏の一件もあったから後を追ってみたら、
案の定女子集団から罵声を浴びせられている。
折を見て助けようかと思案していると、
俺とちょうど反対側の木陰に身を顰める人影があった。
目を凝らして見るとノルンがイリスを遠目に見つめて、
足を踏み出したり引っ込めたりして奇妙なダンスをしている。
助けに行きたいが勇気がないような様子だ。
数刻して踏ん切りがついたのか木陰を飛び出したノルンは、
果敢に女子集団をかき分けイリスの元へ駆け寄ると、
ノルンは必死に身振り手振りを交えて女子集団を説得していた。
利口な手段があるわけでも口が達者なわけでもないが、
必死に仲間を守るノルン姿にかつての彼女とは異なる強い意志を感じた。
妹が正しい方向へ成長を遂げつつある事に喜びを覚えつつ、
俺は静かにその場を後にした。
まぁ俺にとって一番の変化は毎日の鍛錬が有意義なものになった事だろうか。
朝は俺とカイルで剣で打ち合いをしたり徒手格闘で模擬戦をしてみたりと1人ではできない、
実戦に即した鍛錬ができるようになった。
何よりも張り合う相手がいると事で、
より質の高い練習ができるようになったと思う。
夜の魔法の鍛錬もカイルが練習に付き合ってくれるようになった。
やはり1人で鍛錬するより魔法が使える人から教わると上達も早い。
何よりあの広大な敷地を所有者の許可を得て自由にできるので、
今までよりも大規模な魔法の練習や人形を使って魔法の矢で射抜く練習など、
多様な練習ができるようになった。
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決闘から1ヵ月とたった頃。
とある休日の昼下がり俺は1人花月荘にいた。
俺以外は用があるらしく外出中だ。
確かノルンはアーク《魔族側学長》に買い物を頼まれたとか、
レイチェル《寮母》とイリスは食材の買い出し、
カイルとアルバートはよくわらかんが町に繰り出しているらしい。
まぁそんなわけで今は1人だ。
で、俺は何をしてるかと言うと桶に水を張って、
この世界の洗剤である浄化草をすりつぶして洋服を擦る。
浄化草は緑色の雑草のような色形なのだがこの世界の人は、
雑草とコレ《浄化草》を見分けるからすごいよな。
「よーし、これで最後か」
最後の1枚を取り出しゴシゴシ洗う。
今日みたいに良い天気じゃないとしっかり乾かないからね。
やっぱり室内干しだとなんか生乾きの匂いというか、
部屋の香りになるからな。
やっぱりお天道様は最高だ!
久々に溜まった仕事を消化できたので俺の気分は上々だ。
鼻歌交じりに手を動かす。
「にゃ…… 、―――― へん、たい にゃーーーーーーーーーーーーーー」
「うん?」
誰かの悲鳴が聞こえた気がして顔を上げる。
周囲を見渡すと見慣れた猫耳尻尾の少女が少し震えながら立っていた。
「ああ、ノルンか。おかえり。早いなもう戻ったのか」
ノルンは茶色い包を両手に抱えながら頬を染めて、
嫌悪感丸出しの鋭い視線で俺を指さして言った。
「そ、そ、それにゃ、に?」
俺は手にしているソレを持ち上げる。
フレアスカートを少し改造したズボンだけどスカートな服が泡の中から現れる。
確かキュロットスカートというやつだ。
「あっ!!」
これはやばいのでは……
誰もいないから久々にルナの物を外に干そうと洗濯していたのに……
ノルンは今日発売の本を買うように頼まれてたはずだ。
その本は長蛇の列ができるらしく帰宅は遅くなると言ってた気が……
早すぎない?
「いやーーー、洗濯? それより早かったね。もう本買えたんだ!」
こういう時は強引に話題を逸らす方向性で行こう。
ほら手にしている物の言い訳が思いつかん。
「話、そらさないで。洗濯は男女別なはず。誰の盗ったにゃん」
蔑むような眼で睨まれながら問い詰める。
さりげなく少し距離を取るのやめてくれませんかね?
地味にメンタルダメージが……
「盗ってないわ!」
あっ、つい条件反射で否定してしまった。
「盗んでないんなら、それ、何にゃん」
ごもっともなご意見ですね。
盗った事にした方が言い訳楽だったんじゃないかと思いつつ、
先ほどの発言に後悔する。
女性物の服を洗っている理由ってなくね?
「趣味?」
苦し紛れにちょっとお道化ながらボソッと思った事を小さく呟いた。
「やっ、ぱり変態……」
ノルンが汚物を見るように視線が余計に冷たくなった。
しかもなんか距離離れすぎじゃないでしょうか。
そんな離れた木陰から話すのはひどいんじゃないかな?
と、とりあえず俺の所有物である事は伝えよう。
盗んでなどいないのだから。
「ごめん、じょ、冗談だよ? ほらこれ師匠の服なんだよ?」
「なんで! 師匠の服を!! あなたが洗ってるのにゃ!!!」
ですよねー。
俺も逆の立場なら同じ事思いますよ。
何か打開策はないかと頭を抱えていると、
さっきの師匠の話で1つ妙案を閃いたぞ。
エリルを利用するような形になるのは気が引けるが、
嘘ではないし、もっともな理由に聞こえる言い訳はこれしかないだろう。
「師匠がいつか戻ってきた時、じめじめした服じゃ嫌だろ?
だからこうやってたまに洗ってるんだよ」
俺は急にキリッと姿勢を正し、
真剣だと示すよう声に力を込めて言った。
エリルの服をたまに洗ってるのは本当だ。
まぁ今洗ってるのは自分のだけど……
半分嘘で半分本当だ、う嘘じゃないぞ!
「孝也の師匠は…… 、いやなんでもない。
わかった。今回はそういうことにしておくにゃ。
でももし、イリスとレイチェルの、洋服が盗まれてたら……
わかってるにゃん?」
木陰から顔を出したノルンが近づいてくる。
俺の言葉から師匠が"この世にいない人"だと察したようだ。
さすがノルン頭のいい子だな。
「お、おおう!!」
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洗濯物を取り込み仕舞う。
一段落した所で地面に寝そべりながら読書に耽るノルンに声をかけた。
「その本どうしたの? 買ったの?」
「うん、おじい様がお遣い、ご褒美に数冊本買っていいって」
嬉しそうに尻尾をぶんぶん振って満面の笑みで本を見せてくれた。
どうやら魔術教本やこの世界の神話を記した本をみたいだ。
「へぇー、よかったね。そういえばノルン。アーク学長から頼まれた物はソレ?」
ノルンの横に置かれた茶色い小包。
厚さはノルンの本の半分くらいの薄い本のようだった。
「そうだよ」
「中身なんなの?」
「本らしいにゃん。」
好奇心から何の気なしに聞いてみたが、
よくよく考えればあの学長のお遣いか……
何の本だろう、嫌な予感が…………
「ねぇ、これ中身見てもいい?」
「おじい様が学園、重要機密だから、開けるにゃだって。
夕方におじい様の所、届けてほしいみたいにゃ」
「重要機密なのにノルンに運ばせるっておかしくない?」
しかも時間指定のある機密物。
普通重要な物は早く回収したいと思うのが普通じゃね?
俺が深読みしすぎな気はするがあの学長だからな……
「ありえるんじゃにゃい?」
「でもあの学長だよ?」
「たしかに……」
思い当たる節がありすぎるのか。
ノルンが顎に手を当てて考えている。
しばらくして何かを決断したらしく。
「開けてみるにゃん」
そう言い放つと袋を慎重に開く。
後で開いた事を隠せるように丁寧に中身を取り出すと――――
そこには犬耳や狐耳のついた少女たちのエロ本があった。
きっと魔族の男たちはこれをオカズにするんだろうなって本がそこにある。
「……」
わなわなと怒りに震えるノルン。
ばさりと音を立てて本が地面に落ちる。
「うわ、やっぱりか。てか女の子にエロ本買わせるとは……」
「こんなの、捨てるにゃん!!」
本を拾い上げると大きく振りかぶって、怒りのままに地面に叩きつけようとするノルン。
俺はノルンを制止して言った。
「いや返品に行こう。お金払ったなら返してもらおう。
そのお金でノルンが好きな物買った方がいいよ」
ゲスい考えかもしれないがただ捨てるのはよくない。
この世界に返品の概念があるかは知らないが回収できるものは回収すべきだ。
真面目なノルンは最初は「それはダメにゃー」 と言っていたが、
アークの行いの酷さを力説する内にとりあえず返品だけしようという話になった。
日が少し傾き始めた頃。
街中を進み一際賑わっている建物が目に入った。
「あそこにゃ」
ノルンが目的の本屋を指さして言った。
本屋からは数百mの長蛇の列ができいる。
ほとんどが男なのが何の発売日なのかお察しだな……
にしても意外だな。
魔族の男ばっかりだと思ってたが人間の男も結構いるんだな。
人種差別的な思想が強い世界だと思ってたが性欲にそんな垣根はないようだ……
「今日発売の本以外の、用件並ばなくていいにゃ。このままお店行こうにゃん」
そう言われて店の入り口に目を凝らす。
今日発売の本を買う人以外は直接店内に入っていいようで、
たまに列を無視して店内に入るお客がいたがすぐに手に荷物を持って出てきていた。
ノルンに手を引かれて店の入り口まで早歩きで向かう。
「あっ!!!」
ちょうど店へ入ろうとした、その時だった。
ノルンが店を出ようとする男にぶつかり倒れそうになる。
俺は咄嗟にノルンを抱き寄せて支えた。
少し遅れて何かが落ちる音が聞こえて下を向くと、
この本屋の小包が落ちている。
ノルンは俺に礼を言いつつ、
すぐにそれを拾い上げると落とした男の方を向く。
「にゃ? カイル?」
俺とノルンは小包から視線を上げると目の前には見慣れた人物がそこにいた。
しかもこの包は……!?
2人で包とカイルを交互に見比べて鳩が豆鉄砲を食らったようにポカンと立ちすくむ。
「いや違うんだ。こ、これは……」
カイルは慌てて包をノルンから奪い取ると背中に隠した。
顔は耳まで真っ赤にして慌てふためいている。
エロ本を買ってる所で知り合いに遭遇してしまったのだ。
同じ男として同情する。本当に……
だがこれだけは言っておきたい事がある!
「ケモ耳尻尾最高だよな!!!!!!」
カイルの肩をボンボン叩いてそう言った。
「えっ、えっ。ケモ何? しっぽ?」困惑したカイルが俺の言葉ただただ復唱する。
「……」
ノルンさんそんな睨まれても困るのですが……
しばしの沈黙の後、少し落ち着きを取り戻したカイルが意を決したように口を開く。
「あ、あのさ。こ、この事なんだけみんなには秘密にしてもらえない?」
「恥ずかしがることないにゃん、人が誰を好きになるかは自由だと思うにゃ」
ノルンの寛容な発言に「そうだな」と同調しようとして背中に冷たいものが伝う感覚を覚える。
カイルの性的対象は魔族でルナは……
あれ? これ危ないんじゃね? いや考えすぎだな。
ほら俺男だし? そんな感情抱くわけないよな、うん、そうだな。
これ以上考えると何か変な方向に思考がいってしまう気がするので無理やり思考を停止する。
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花月荘に着く頃には日が沈んでいた。
夕食を済ませた俺は自室のベッドで大の字で寝転がる。
そろそろルナになって夜の鍛錬に向かおうかとのそのそと準備に取り掛かる。
いつものように着替えようとシャツに手をかけると――――――
ドアに重く響く音が2回鳴る。誰かが来たようだ。
ルナの姿になる前でよかったと胸を撫で下ろしながら扉の方へ向かう。
「どなたですかー」
更新の感覚が空いてしまい申し訳ありません。
しばらくはリアルの方が忙しくなるので少し更新間隔が空くかもしれませんが、お待ちいただければと思います。
最後までご覧頂きありがとうございました。
よろしければ次回もご覧頂ければと思います。




