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異世界召喚×魔族少女  作者: 古川一樹
学園都市フォルトガ
18/35

月夜にあなたと

あれから闘技場で勝利した俺は担架で運ばれるカイルを背に、

くたくたになりながらも寮へと戻る。


花月荘に着くとノルンたちが今日の勝利を祝ってくれた。

レイチェル家のテーブルにはいつもよりも豪勢な料理が所狭しと並んでいる。

皆でおいしい物を食べながら語らう内に疲れは幾分癒えたように思えた。


やっと一息ついて、自室に戻る頃には日が沈み、

ベッドに横たわりボーっとしている内にルナの姿になっていた。

はっとなっていつもの日課を怠っていた事に気がついて、

慌てて重い体に鞭打ってベッドから起き上がる。

いつもこの時間は町の外れの"空き地"で魔法の鍛錬を行っている。

どんなに疲れていても鍛錬は怠りたくなかったのだ。


ブカブカの孝也の服を引きずりながら収納棚によたよたと歩いて行く。

今の孝也の身体は以前と比較して縮んだが、

それでもルナよりは大きいから女の子って小柄だなって思う。

単純にルナが小さすぎるってものあるが……


収納棚の前にた取り付くと一番下の引き出しを開けて奥に手を伸ばした。

棚の奥にはエリルの持っていた服が仕舞ってある。

もちろんぱっと見はわからないように、

男物の服を前方に置いてカムフラージュしているから抜かりはない。

俺はその中から何を着ようかと出しては仕舞いを繰り返していた。

これは動きにくそうだとか、これは露出しすぎじゃないかとか。

どれにするか一向に決まらない。


(いつまでも迷っては時間がもったいない、一思いに決めよう!)


今日は暑かったからスカートにしようと、

一番手前にあった白のチュニックを手に取った。

胸の辺りには小さな赤いリボンが付いて、

スカートには3段くらいのレイヤーになってフリルが付いている。

よそ行き用に来ていくような服だろうか。

どう考えても鍛錬には向かない服装だった……

でも魔法の練習は集中力が必要になるだけで、

あまり身体を動かさないから服が汚れる心配はない。

が、それでもちょっとおしゃれすぎる気がする。


(TPO的にはアウトですね……)


他の服を選ぶのも面倒で手に取った服を身に纏い、

背中に青い宝石の嵌った杖を装着して準備万端と外に出た。

夜の町を魔法で強化したルナの身体が屋根から屋根へと舞う。

黄色を帯びたシルバーブロンドの髪が風になびいて線を描く。

夜風にフリルの付いたスカートがはためき少し涼しい。

下にズボンのような物を履こうか考えたが着なくて正解だったかな?


にしても、エリルの特訓(?)のお陰か…… 、

抵抗なく女性服を着られるようになったもんだと思う。

そんな事を考えて、すぐに自己嫌悪に陥り頭をぶんぶん振った。


こんな姿、誰かに見られでもしたら……

想像するだけでも恐ろしい。

とても恥ずかしいし、何より俺としての自尊心がこの姿を誰かに見られるのを未だに許せない。

この姿になってどれだけの時間が経過しただろうか。

結局今までこの姿を見られたのはエリルだけだったから気にならなかったけど、

誰かに見られたらメンタルへのダメージ半端ないだろうな。


それに俺の持っている服は人間用だから尻尾の部分はただ切っただけの突貫工事。

だから尻尾を動かすと下着が少し見えてしまう恥ずかしいオマケ付き。

ちなみに下着は薄水色の子供が来ているようなかぼちゃっぽい形のパンツだ。


それに俺の自尊心以外にも問題がある。

ルナは魔族なのに人間しか扱えない"リコルド"とか言う魔法を増幅する技を使える。

エリル曰く魔法使いなら見るだけで"リコルド"しているかどうかわかるらしい。

まぁそんな状況にならないためにこうやって夜に特訓してるわけだし大丈夫だろう、きっと。


(気をつけよう……)


しばらくして町中とは思えない程、木々や草花が生い茂る場所に到着した。

夜空を見上げれば幾千幾億の星が光り輝いている。

現代では田舎でもこんな星空は見られないだろう。

月と星の明かりだけで街頭がなくても十分周りを見通せそうだ。

俺は周囲に人の気配がないことを確認すると準備運動を始める。

ラジオ体操みたいな感じに腕を伸ばしたり足を伸ばしたりする。

筋トレ目的ではないので洋服が汚れない程度に軽くだ。


身体をほぐしながら今日の闘技場での光景を思い浮かべる。

やはり魔法を積極的に使ってくるような遠距離タイプは苦手だなと改て痛感した。

今回はたまたまアルバートの道具という奇策があったからよかったのだ。

もしそれらがなかったらカイルに勝てただろうか。


それ以外にも反省点も多々あった。

もう少し自分のダメージを抑えて相手を倒せなかったのか、

相手のアビリティの弱点を探すまでに時間が掛かり過ぎた。

相手を挑発してこちらが有利になるように誘導できたが、

それができない相手だったらどうするか。


(俺もまだまだ未熟なのかな…… エリルだったらどう戦ったかな?

瞬殺だったりして?






ありえるな……)


「だ、だれだ!」


俺の背後から男の声が聞こえた。

ビクッと身体を震わせて振り返りながら咄嗟に五感を研ぎ澄ます。

魔族の五感は弱から強というように自分の意思で感度のレベルを変えられるのだ。

日常では些細な音とかに反応しないように感度を下げてるのだが、

この特性が今日は油断と相まって仇になったようだ。


(いや悔いても仕方ない切り替えろ!)


距離にして数10mか、こんなに近づくまで気づかないなんて……

思案に耽って周囲の警戒を怠るなんて不覚。

気は引き締めてたつもりなんだがな、やっぱり疲れてたのかな……

それにこの人かなりのやり手かも、気配が朧げにしかわからない。


「怪しい者じゃないです」


女の子っぽさを意識して冷静に落ち着いてゆっくりと敵意はないと表明した。

この姿で男言葉は違和感しかないってエリルにもよく言われたからな。

ここでそんな違和感を持たれては危機的状況にしかならないだろう。

不必要な戦闘は避けたい。


俺はこの状況を打破するため自尊心をしっかりとビニール袋に包んで燃えるゴミに放棄した。

ここまでしたのだから、ちゃんと女の子ぽく見えているだろうか。

ボロがでないといいんだが……

そんな事を考えながら相手が襲ってきたら魔法で応戦するつもりで身構える。


「魔族!? ここは俺の私有地だぞ、なぜここにいる?」


"俺の"? こんな広大な敷地が個人の物だって!?

しかも改めて聞いてみると声の主は若い印象を受ける。

芯のある堂々とした声に男性特有の倍音が少し混じりながら、

成人男性の声にしてはやや高めな声色だった。

それにどこか聞き覚えが……


「ここ、私有地だったんですか!? ごめんなさい、勝手に入ってしまって……」


驚いて少々本音が出てしまったが、

意図せず私有地に入ってしまったのだとアピールしつつ謝罪した。


「まさか密偵? いやでも…… 」


暗闇にいる男は訝しむような視線を俺に向けて上から下へと見定める。

まぁ妥当な対応と言えるだろう、私有地なら俺は不法侵入者だ。

これだけの敷地を有する者なら、さぞ地位の高い人間だろう。

地位ある者には敵が多いと聞く、警戒するのは当然だ。

だが気になるのは顔と胸と股のあたりに視線が注がれる時間が、

少し長かった気がするのだが気のせいだろうか……


「それでどうしてここにいるんだ?」


暗闇から人影が徐々に近づき姿が露わになると、

そこには見覚えのある人物がいた。

俺の対戦者だったカイル・トパイラスその人だった。

なんで気づかなかったんだろう?

声何度も聞いてたはずなんだがな……

やっぱり今日、疲れてるみたいだな。


「魔法の修行です」


本当の事を言えば"魔族なのに人間しか扱えないはずのリコルドが使えるから人目を避けてる"だが、

それは言えない。

なので当り障りのない理由を伝えることにした。


「うーん、なら練習するところはいっぱいあると思うがなぜここに?」


「いえ、人目を避けたかったので……」


至極当然の疑問だよな。

魔法の練習場所が公共施設として町中に存在しているのに、

俺はわざわざ人目を避けてここに来ている。

何か言い訳を考えないと――――


「確かにオリジナル技を考える時は1人がいいよな、

俺もよくここに来て魔法の開発したなー」


カイルは何か合点がいったというように手を叩くとそう言った。

どうやら勝手に勘違いをしてくれたようだ。

こちらとしてはありがたい状況なので否定せずに黙って肯定する。


「いつもはここから少し離れた場所で修行しているんだけど、

今日はちょっと1人になりたくて久々にこっちに来てみたら君がいてびっくりしたよ」


俺の推理が当たったとニコリとドヤ顔をしながらカイルはここに来た理由を説明し始めた。

道理でいつも会わないわけだ。

カイルは俺に敵意がないと悟ったのか、警戒心を解いて近くの丸太に腰掛けた。

そして俺にくいくいと手招きをして横に座るよう勧める。

警戒しながら様子を伺っていると、

月明かりが丸太に腰掛ける男の顔を照らして、はっきりと視認できるようになる。

そしてようやく気がつく。


「泣いてたんですか?」


俺が見たのは瞳を充血させて鼻を赤く腫らした少年がそこのいた。

今日負けた事がそんなに悔しかったのだろうか。

確かに自分が一番強いと思っていたら、

ある日町にやって来た男にコテンパンにやられたらつらいよな。

俺だったら自分は井の中の蛙だったのかー って落ち込むと思う。


「泣いてない!!!!」


カイルは図星をつかれて反射的に一際大きな声を出して否定したが、

それは俺の言葉を態度で肯定しているようなものだ。


「今日の闘技場の勝負は知ってるんだろ?」


俺は何も言わずカイルの瞳をじっと見つめていると、

しばらくして観念したと両手を上げて白状した。


「うん」


何せ俺がお前と戦った本人だからな。

よーく知ってるぞ!


「はあぁぁ、なんで負けたんだろ……

俺の方が強かったはずだし、前半は俺が押してた筈だ。

それなのに魔法も使えないとか言う奴に……」


心底疑問だと言うような顔を隠して深々とうなだれている。

本当に負けた理由がわかっていないのだろうか?

少しイラッときた。


「私も今日の勝負見てたけど負けて当然だよ」


「なんで!?」


「アビリティであなたの方が圧倒したけど、

あなたは終始相手の策略に嵌ってた。

力では勝ってたかもしれないけど戦術で負けたんだよ。

少なくとも私にはそう見えた」


「確かにおかしいとは思ったんだ……

俺に勝負を挑むくらいだから相当、力に自信があると思った。

でも試合が始まると避けるだけで攻撃してこない。


それに試合開始からずっと魔力を少しも感じなかった。

あの時は『何かあるのでは? 』と思ったけど、

『"魔法が使えないと"』言われて策なんてなくて、

ただ口が達者な弱い奴だって決めつけちゃたんだよね」


思い返してみれば思い当たる節があったようだ。

どうやら俺が思っているより利口な人間だったらしい。

何かを悟ったような沈痛な面持ちでこちらを弱々しく見上げて、

カイルは絞りだすような声で言った。


「俺って弱いのかな」


「弱い」


「弱くない! 」


ほら俺が"弱い"と即答したら反射的に否定した!

今みたいに自分の"弱い部分"を認められないからお前は弱いんだよ……

でもかなり思い悩んでいるのは伝わった。

それくらいカイルの周囲には悲壮感が漂っている様子だった。


そんな姿に少し憐れに感じたのだろうか。

俺はカイルと距離を取りつつも横に腰掛けて年上らしく諭す事にした。


「弱いよ、だって今日の敗因は相手を自分より弱いと過小評価してしまった事でしょ?」


「ああ、そうだよな。頭ではわかっているんだが…… 、

自分より強い奴がいる事が認められなくて……」


カイルは消え入りそうな声でそう言うと猫背になって、

ぼんやりと虚空を眺めてながら問いかけた。


「強い魔法にアビリティも持ってる。

身体だって毎日鍛えて戦闘に役立ちそうな物は何でも学んだ。

それでようやく学園の総合実技試験で1位を取った。

俺は強いはず…… 強いはずなんだ……」


カイルの状況は俺と似ている。

俺も努力して大学で首席を取った。

就職に際しても社会に通じるそれ相応の力はあると自負していた。

でも就職すると底辺非正規の職しかなかったのだ。

彼もがんばったが報われなかった者の1人として俺と同様に悩んでいる。

何か力になってあげたいなと思う。


「それは強さの一面なんじゃない?」


「君はこう言いたいのかい。

戦闘力だけじゃなくてそれ外にも強さがあるって?


確かに今日の試合後に聞いた話だと、

孝也…… 、俺の対戦者が使った武器はとある鍛冶師が作ったらしい。

あんな遠距離から高火力な魔法を無詠唱で連発する。

そんな道具を作った人がいたからこそ彼の勝利があった、と言えるかもしれない。

彼を支えた鍛冶師の腕はある種の"強さ"と言えるだろう。


でも如何にいい道具でも使用者によって良くも悪くも変わるだろ?

道具は使用者が強くなければどんな道具もガラクタに成り下がる。

結局は使い手の力量じゃないか……」


自分の信念が間違っていないと横にいる俺の方を向いて、

身振り手振りを交えて力説した。

そして俺に答えを求めるように丸太に手を置いて身を乗り出して、

俺との距離を詰めて返答待っている。


「そういう強さもあるんじゃない? 実際カイルは負けたわけだし」


生憎俺に論理的に言い訳ができなように論破することはできないし、

誰かを有無を言わせず説得させるような話術はない。

だからせめて言いたいことをそのまま言葉に乗せた。


「確かに母さんにもよく言われたさ。

でも―――― 、いやこれを認められないから俺は負けたのかな……」


遠い目をして2つの月が重なりあう空を見上げつつ、

何かを悟ったような表情でカイルは正面の木々を眺めて言った。


「そうさ、俺の慢心がこの結果を招いたのさ」


今までかろうじで理性でせき止めていた感情が俺との対話の中で何か感傷に触れたのか。

急に地面にポタポタと雫を落として泣き崩れた。

俺は驚いてカイルの顔を覗きこむとそっぽを向いて"見るな"と意思表示をしてきた。

男は泣いてる所を見られるのは恥だって思想がこの世界にもあるのかね?

まぁ俺も泣き顔を他人に見られたくない気持ちはわかるのでそっとしておく。


「どうしてそんなに強い事に拘ってるの?」


泣いている事には触れず何事も無かったように、

前々から疑問だった事を聞いてみることにした。

変に気遣うのは相手のプライドに傷をつけるかなと思ったのだ。


するとカイルは一瞬躊躇って遠いところを見るような目で考え込む。

しばらくして何かを決心したように顔を叩くと凜とした表情で語りだした。


「昔父さんの仕事の関係で王都に行く事になった。

せっかく王都に行くのだからとついでに家族で一緒に行こうって話になったんだ。

当時の俺は5歳くらいだったかな?


道中いい天気で馬車に揺られながら、

父さんと母さんと他愛もない話をしてとても楽しかった事を覚えている。

でもそんな幸福なひと時は突如終わりを告げた。


近くに魔物が出たらしくて父さんが討伐に場所を離れた。

その隙に俺達を付けていた盗賊が草むらから出てきて馬車を襲ったんだ。

領主とその家族の乗った馬車だ、金目の物があると踏んだのだろうな。


護衛の者たちが盗賊の相手をしている内に、

母さんは近くにあった箱に俺を入れて隠した。

突然の出来事に俺は怖くて震えたよ、

何かしないと母さんが危ないとわかっているのに動けなかったんだ……

そしてしばらくして母さんはフォルトガの領主の妻ということで人質として誘拐され、

盗賊のアジトへ連れらて行かれたらしい。


今にして思えばきっと俺が見つからなかったのは母さんが何か魔法で隠してくれたんだな。

じゃなきゃ俺の入ってる箱だけ盗まれずに馬車に放置されるなんてありえない。


その後、父さんから母さんが死んだ事実を聞いた。

何があったかは子供の俺には言えないような出来事だったのだろう。

あの時父さんは無表情で平然を装っていたが、

目尻から涙が溢れて俺に見せまいと必死に拭う姿は今でも忘れられない」


途中何度も涙がこみ上げそうになるのをぐっと堪えて、

声を詰まらせながらも話しきった。

そしてカイルは続けて言った。


「俺は後悔したよ。

もしあの時勇気があれば箱から飛び出して力尽きるまで戦う事ができたのではないか。

そもそも自分に力があれば盗賊程度倒す事ができたのではないか。

そんな考えが延々と頭を廻った。

強さと勇気のある男になると誓った俺は、自分をひたすら鍛えるようなったよ。


徐々に力を付けて学園の実技テストで1位を取った頃には、

弱い奴がかつての自分に見えて自己嫌悪のような感情に蝕まれるようになっていた。

そんな感情から自分より弱い奴を否定するような言動が多くなった。


俺の取り巻きが学園の生徒をいじめてるのは知ってる。

俺が弱者を否定するような事を言い続けたから、

クラスがそういう風潮になってしまったのだろうな。

曲がりなりにも領主の息子だから……


そんな折に。

ノルン…… 。

魔族側の領主の孫娘がいじめらている生徒を一度だけ庇った事があった。

その時見てしまったんだ……

努力じゃ超えられない壁ってヤツを」


思わぬ所で予想外の人物の名前が出た。

確かにノルンは前にカイルが荒れだした原因は自分にあると言ってたが、

この事だったのだろうか。


「あれ? カイル…… さんが学園で1位じゃないんですか?」


総合実技試験というからには1位を取った人物は名実共に学園で一番強いはずだ。

なのに1位のカイルがそれ以下の順位であるはずのノルンに劣等感を覚える。

1つ考えられるとすれば試験といえど実力を隠している人がいたということなのだろう。


「ああ? 呼び捨てでいいよ。俺の話を聞いてもらってるわけだしね。

それでノルンって子の話だがどういうわけかご自慢のアビリティを使わないんだ」


やっぱりと俺は自分の考えが正しかったと確信した。

ついでに呼び名を訂正されたが、

呼び捨ての方がこちらも話しやすいのでちょうど良かった。


「魔族の領主の家に伝わるアビリティはそんなにすごい力を持っているんですか?」


トパイラス家のアビリティ炎の世界オルコプロクスは炎魔法使い放題の能力だったからな。

魔族側の領主もそれなりにチートな能力なんだろうなーと思いつつ返答を待つ。


「ゼリオン家のアビリティは相手の能力を数値化して見る事ができる。

能力数値化ステータスって能力だ。

それとは別にノルンはアビリティを持ってるんだ。


魔導書グリモワール

この世界のありとあらゆる魔法を無詠唱で扱える能力らしい。

そんな能力を見てこいつには勝てないなと悟ったよ。


全ての魔法を魔力なしで使えるんじゃ、勝ち目なんてあるわけないだろ?

そんな劣等感と、こいつは俺と戦った時に手加減してたのかって怒りもこみ上げてきて、

しばらく荒れたのを覚えているよ」


カイルは苦虫を噛み潰したような顔で両手を見つめている。

そうだよな。

強くなりたいと努力して、その努力が開花するだけの才能もあって。

やっとこさ学園内だけでも一番になったのに。

力を隠してる奴がいてそいつのアビリティがチート能力だったわけだ。

その時の気持ちを察するに挫折感というか無力感というべきか、

虚しい感情がカイルの胸中に渦巻いていた事だろう。


今の説明でどれ程、魔導書グリモワールが規格外の強さなのか理解した。

正直カイルの炎の世界オルコプロクスでさえかなり厄介だった。

それが炎だけでなく多種多様な魔法を魔力なしで使用できたら、

そりゃあ勝ち目があるとはとても考えられないだろう。


しかも魔導書グリモワールに加えて能力数値化ステータスもある。

魔導書グリモワールの能力を聞くと能力数値化ステータスが霞んで見える。

でも能力数値化ステータスは戦闘で大きなアドバンテージになるだろう。

視認するだけで相手の能力が数値化できれば、相手の強さが一目瞭然。

しかも相手がどれだけ弱ってきているかを見られる。


(ノルン恐ろし子!)


「俺これからどうすればいいんだろうか。

強くなろうと努力しても強くなれず……

あげく新参者に負けて…………」


ほとほと疲れたというように項垂れるカイル。

何か年長者としてアドバイスしてやりたいが言葉に詰まる。


ここで明確にこうすべきと言うべきなのかもしれない。

でも同時にこうも思った。

もしここで俺が答えを示せばカイルは今後の人生で、

誰かに道を示してもらわなければ前に進めなくなってしまうだろう。

だから答えたようで答えになってない、自分で考えさせる言葉を選んだ。


「間違った事をしたと思うなら正せばいいんじゃない、

諦めたらどんな夢も目標もそこで終わりだよ。」


少なくてもカイルと話してわかったのはこいつは賢い奴だと言う事だ。

才能に自惚れて怠けていたわけではない。

努力し続けた人間なのだ。

だからこそ俺の言葉から自分で答えを導く事ができるだろう。


「う、うん。そうだね」


カイルは予想した"答え"ではなかったからか、

一瞬戸惑いを見せるもすぐに目を閉じて沈黙した。

そして次に目を見開いた時にはどこか憑き物の取れた清々しい顔で、

こちらをやさしく見つめた。


「ありがとう、話聞いてくれて。

なんかスッキリした気がする。こんなに自分の事を話したのは初めてかもしれない。

人に話すとこんなにも心が軽くなるんだな。

そうだ! きみ、名前は?」


丸太からカイルは立ち上がると深々と頭を下げて俺に礼を言った。

感謝されるのは嬉しい事だったが最後の一言が俺を困惑させた。

この場面で名前を言わないのは不自然極まりない。

言うしかないのだが長い間隠してきたこの姿を見られ、

名前も伝えるとなるとなんとも言えないこそばゆい思いだった。


「ルナ……」


絞りだすようにか細い声で両手をお腹の辺りで服を握りしめながら名乗る。

いつの間にか立ち上がってカイルを見上げていた。


「ファミリーネームは?」


ふぁみりーねーむ? この世界にも苗字みたいな概念があるのか!

どうしよう? そんなの考えてないぞ?

予想外の質問に余計に困惑する。

足をもじもじ動かしながら手を握ったり離したりして考える。


そんな状況で咄嗟に浮かんだのは、エリルの名前だった。

エリル・デリング。

俺の師匠で大切な人の名前だ。


「ルナ・デリング」


頭に浮かんだ時にはすでに言葉を発していた。

俺が知っている名前でこの世界でもおかしくない名前となると、

かなり限られたものになる。

鈴木とか佐藤なんて名乗ったら明らかにおかしいだろう……

"ルナ"はエリルに付けてもらった名前だし、

"デリング"はエリルの名を頂いたのでこの世界でも自然な名前だろう。


「ルナか、いい名前だね。

俺はカイル・トパイラス。知ってると思うがこの町の領主の息子だ。

よろしく」


カイルは少し頬を赤らめながら俺から少し視線を逸らして、

片手を頭にのせて答えた。

何照れてんだよ!?

この状況のどこに恥ずかしがるポイントがあったのだろうか?

まぁいい、とりあえず不法侵入を咎められるような雰囲気ではないようだ。

ならば向こうが友好的に接してくれている以上、

こちらもきちんと答えるのが礼儀だろう。


「こちらこそよろしく」


お互い自己紹介を済んだと俺はもう「夜も遅いから」と、

背を向けて足早にその場を離れようとする。

すると背後からカイルが何やら慌てた様子で叫んだ。


「あ、そうだ。

話を聞いてくれたお礼ってわけじゃないが、ここ使ってもいいぞ!

魔法の練習をしてたんだろう?

ならお、俺が魔法教えるよ。

オリジナル魔法の開発でも他人から学べるものもあると思うし……

もし…… 邪魔ならどっかいってるけど……」


早口になりながら照れくさそうにカイルは言った。

自分が相談に乗ってもらったから俺に"貸し"ができたと思ったのだろう。

だから"貸し"を返すためにカイルが考えたのは、

俺のオリジナル魔法の開発の手伝いってわけか。


確かに魅力的な提案ではある。

俺は魔法の鍛錬を行うためにここにきている。

が、修行はあまり順調とは言いがたい。

と言ってもエリルに教わっている時に比べてだが……


やはり師がいるといないでは結構違うものだ。

自分で新たに道を作るのと誰かが通った道を通るのでは、

圧倒的に後者が楽だろう。

魔法も同様に教えてもらった方が効率がいいのは事実だ。


今まではルナの姿を見られるわけにはいかないから、

誰かに教えを請うなんて選択肢にもならなかった。

でもこの姿がバレた今、カイルの提案は俺にとって好機ではないだろうか?


俺が返答に困り沈黙していた。

するとカイルは声を震わせながら言った。


「今日と同じ時間に俺はここにいるから、き、気が向いたら来ればいい」


そしてロボットのようにぎこちない動作で足早にその場を後にした。


最後までご覧頂きありがとうございました。

よろしければ次回もご覧頂ければと思います。

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