決闘 前編
フォルトガの町外れに石造りの巨大な建物がある。
その中央に俺は立っている。
そう、ここは闘技場。
左腕の赤いリボンが風にはためき2つの線となって空を泳ぐ。
腰には三日月宗近とリボルバーを装備している。
闘技場では基本的に持込は何でも自由みたいで、
インベントリバッグには大量のC4とスモークグレネードを忍ばせた。
背中には今日のためにアルバートに徹夜して作ってもらった西洋剣を携えている。
刃渡りは刃渡りは三日月宗近と同じ60cmだ。
小手に心臓や足を守る防具をノルンとイリスが作ってくれた。
麻のような硬い繊維で結構強度がある。
少し魔力を感じるから何か防御力を高める細工をしてくれているのだろう。
「準備は万端だがいつもより少し重いな…… 」
ぼやきつつ固い土を踏みしめ空を見上げれば今日もいい天気だ。
俺のいる場所より一段上の位置には大勢の人間が円状に並んで座っており、
東京ドームのように円状に観客が座り中央に観戦すべき試合が繰り広げられるようだ。
どこの世界でもこういう所は変わらないんだなと感心しながら周囲を見渡す。
戦闘を行うエリアからは観客エリアの音はまったく聞こえない。
しかも客席に戦闘の余波が及ばぬように結界があるらしい。
それでもたまに激戦に結界が耐えられず観客側に死傷者がでるとか。
(そんなに人と人とが戦うのが見たいのかね?)
今立っている戦闘を行うエリアだけでも広大な敷地を有しているようだ。
俺の位置から反対側の客席まで何kmあるんだと思わせる程だった。
ただ周囲はごつごつした岩が大小無秩序に所構わず放置されているので、
直接反対側が見えないので「たぶん」としかいいようがない。
地面は舗装されていないのでかなり凸凹している。
踏ん張りどころを間違うとバランスを崩しそうだ。
注意しないとな。
闘技場内部の様子を観察しながら心を落ち着かせていく。
実戦は否応なしに突然だから心の準備も猶予もない。
だから試合前のドキドキなんて無縁な部分があった。
でも改めてこれから戦うとわかっていると、
「緊張するもんだなぁ」と冷静に今の自分を分析してみる。
顔をパンと叩くと俺は対面している男を直視する。
彼の名はカイル・トパイラス。
トパイラス家の長男にして次期領主様として注目される人物だ。
その類まれなる戦闘センスで去年の学園で行われた総合実技試験では堂々の1位とのこと。
「試合が始まってから精々後悔しない事だ。
お前が気が付いた時には試合が終わってるかもしれないぜ」
自信満々と言った様子で早くも勝利を宣言するカイル。
前情報だけなら結構な腕のようだがこちらも簡単に負けるつもりは毛頭ない。
「俺が勝ったら泣いて師匠への非礼詫びてもらう。いいな!!」
一歩前に踏み出し怒気を含んだ語調で反撃の言葉を紡ぐ。
「望む所だ。まぁ俺に勝つなんて万に一つありえないがな」
そんな言葉の応酬をしていると審判と思われる男の声が闘技場内に響き渡る。
あいさつから始まり試合の勝利条件が告げられた。
勝利条件は"相手を殺す"、"相手を無力化する"、"相手が降参する"とのこと。
粗方の説明が終わると俺とカイルは50m程距離を置いて相対するよう指示を受ける。
指定の位置に着き対戦相手の情報を少しでも得ようとカイルの装備を凝視する。
必要最低限の防具を急所に当たる心臓部分に装着し、片手には西洋剣を握っていた。
刃渡りは俺の刀より大きいようでそこそこの長さがある。
両刃の大剣に分類される武器のようだ。
「さぁ、この鐘の音が鳴りましたら試合開始です。
では―――――――― 」
相手を見定めていると審判が試合開始を告げようとしていた。
俺は気持ちを切り替え臨戦態勢に移行する。
甲高い金属音が鼓膜に突き刺さるようだった。
まるで試合開始の合図は町全体に響いているのではないかと思うほど大音響で鳴り響く。
それと同時にカイルの瞳が薄い赤色の光を宿し始める。
直後カイルは周囲から炎を生み出すとまるで波のように帯状に放った。
ノルンより事前に聞いていた情報から、
炎の世界の発動兆候だと判断するとすかさず岩陰に隠れた。
するとカイルは腕を振るって炎の軌道を修正して炎が俺が隠れた岩へとぶつける。
背中を預ける石が徐々に熱を帯びてゆく、離れていても背中が焼けるように熱い。
炎が徐々に背後の岩だけでなく俺の周囲を包み込もうと火の手が迫り来たので、
近くにあった身を隠せる大きさの岩へと移動する。
「ふん、初撃を避けたのは褒めてやる。だが避けてばかりじゃ勝負にならないぞ」
炎の連撃を続けながらカイルが大声で言った。
こちらから勝負を挑むくらいだから戦闘に余程自信があると思ったのだろう。
今日の決闘も正々堂々と拳を交える拮抗した戦いを期待していたようだ。
だが蓋を開けてみれば炎を避けて岩から岩に移動するだけ、
痩せ馬の声嚇しだったのかと怒りが語調に表れ始めている。
「てめぇ!! やる気あんのか!!!! 魔法使え」
岩陰に隠れつつひょいっと顔を出してカイルの顔色を伺うと、
彼は憤怒に顔を赤く染めワナワナと震えていた。
「俺、魔法使えないだ」
カイルと目があってすぐさま身を隠す。
そして挑発の意を込めて声高に岩陰からあえて自身の手の内を明かした。
すると炎の嵐は止み、カイルは髪をぐちゃぐちゃにして激昂した。
「てめぇ、魔法を使えない・・ だと!!!
いやはったりか? でも確かにアイツから魔力の反応がない……
てことは…………
ふざけやがって、ふざけやがってふざけやがって。くそがぁーーー」
急にアビリティの使用を止め、剣を片手に俺の元へ距離を詰め始めた。
どうやらアビリティを使うまでもない相手だと判断したようだ。
俺は岩陰から飛び出すと闘技場中央を目指すカイルの元へ走った。
それを見た男は口元を歪めて蔑むような視線で俺を射抜くと、
カイルは縮地のような技術を使い足元に魔力を込めて一気に距離を詰めた。
カイルは上段からやや左下段へと剣を振り下ろす。
斜めに切り下した剣を背中の西洋剣を引き抜き左下から切り上げる形で応戦する。
幾度となく剣を切り結ぶ。
金属音が音楽を奏でるように場内に鳴り響く。
さすがアルバート、鍛冶の腕はさすがと言うべきだろうか。
ほとんど三日月宗近と同じ使い心地だ、これならば近接は十分戦えるだろう。
数合打ち合うと相手の実力が少し読めた。
やはり俺の方が近接戦闘は強いようだ。
カイルの攻撃は素直すぎるという印象だった。
捻りやフェイントが少ないので攻撃が読みやすい。
青薔薇のハンスに比べればだが……
「腰に刺さってるヘンテコな剣が武器じゃないのか。なぜそれを使わない!」
昨日まで帯剣していた武器を使わず互角にやり合っている。
カイルからしたら馬鹿にされていると感じているだろう。
「本気でやれ」と言いたげに語気を荒げる。
だからあえて――――
「お前ぐらいの相手ならこいつはいらないと思ってな」
俺は腰の刀を片手で軽く叩くように触れながら言った。
すぐさまカイルが思いっきり振りかぶって中段からの横1文字に切りつけてきた。
俺は左下下段から受けると、剣の柄の端を握る右手首を捻り相手の攻撃を受け流す。
そして手首を返して下から弧を描くように切り上げ、
上段から体重を乗せて面を撃つように剣を振り下ろすモーションに入る。
カイルは攻撃を受け流され左側に一瞬よろけている。
この機に俺が狙うは右の肩口。
だがカイルも攻撃を受けまいと右手に魔力を大量に込めて俺の剣を受けようとしている。
おそらく魔術兵装の防御を腕に回して魔力で即席の盾を作り受け止めたようだ。
このまま剣を振るえば防がれるか、大したダメージにはならない。
すかさず左足を軸にして右足で回し蹴りをカイルの腹目がけて放つ。
「ぐっ」
カイルは一瞬苦悶の表情を浮かべるもすぐに平然を装う。
俺の全力の蹴りを受けて数歩下がるだけで吹き飛ばされなかったのは意外だったが、
腕に防御を回していた分クリティカルにダメージが通ったはずだ。
思いのほか近接戦闘では俺が強いと判断したのか。
追撃を恐れ自身を守るように炎の壁を出現させた。
炎の世界で物理的に近づけないようにしつつ距離を取る算段のようだ。
俺としては距離を取られるのはマズイ。追うべきか?
だが永遠の業火が事前情報通り燃やすと決めた対象は必ず燃やし尽くす能力だとしたら、安易に近づき永遠の業火を喰らえばそこで敗北は確定だ。
試合開始直後の位置とはちょうど反対の方角に対面する。
不用意に近づけずに次の行動を思案していると、
カイルは前屈みになりながら腰の巾着のようなインベントリバッグから瓶を取り出し飲み干した。
あれが体の傷を治す回復ポーションとかいうやつなのだろう。
みるみる元の状態に戻ったのか。姿勢を正してこちらを直視している。
「ほう。近接戦は結構やるみたいだな。油断して攻撃を喰らったが今度は魔法を交えて相手してやる。次もさっきみたいに近接は勝てると思うなよ」
さっきは本気ではなかったから次は勝てると自身たっぷりの笑みを浮かべて啖呵を切る。
そして俺を指さすと指先から炎が直径10mくらいの球状になって一直線上に迫り来る。
どうやら炎の世界を使ったみたいでカイルの瞳は赤色だ。
すぐさま近くの岩陰に隠れた。
ここまでの情報を整理しようと逡巡する。
炎の世界はどうやらカイルの身体の周囲を始点として発生しているようだ。
そして終点である目標へは腕を使って操っている。
しかも炎はある程度途中でも操作できるみたいだったな。
「かなり厄介ってことが明確化しただけじゃないかー」と心の中で叫ぶ。
それと同時にある疑問が俺の心中に生じる。。
腕で操作してるってことは腕を止めたら使えないのではないか。
でも操作できるのが腕だけじゃなかったら窮地に陥るな……
(少し試してみるか)
おそらくしばらくは炎の世界を打ち続けるだろう。
なぜなら魔力温存ができる上に打ち放題だからな。
ならばこのアビリティを攻略しないと局面が次へ動かない。
状況を打開すべく拳大の石を数個拾い、次の岩影に縮地で高速移動しながら投擲した。
次の岩に移ると石を拾い、フェイントを織り交ぜながら次の場所へ移動しては投げる。
最初の数個は炎によって跳ね返させられた。
やはりあの炎は普通の炎ではない。石を溶かすとか……
途中から気を込めた石を織り交ぜながら投擲する。
すると石はあっさりと炎を通り抜けた。
それを見たカイルは一瞬目を大きく見開いた後すぐさま身を翻して避けた。
俺はこの機に乗じてカイルの背後に縮地で移動して気を込めた西洋剣を投げた。
剣の投擲など武器の無駄遣いに他ならない。
しかしもう用済みになった使いにくい武器を持っていても意味がない。
一直線にカイルの背後を狙って西洋剣が空を切り裂く音と共に飛んでゆく。
カイルは背後から迫り来る不信な音に気がついたのか、首を肩に当てて振り返った。
「とった!」と心でガッツポーズを取り俺はカイルに攻撃が直撃する光景を思い描く。
しかし刹那俺の視界を炎の嵐が覆った。
そう炎の風のような熱いものが迫り来るのを感じて、
これはまずいとすぐに岩陰に隠れるも右腕が熱を帯びて痛みが走る。
皮膚が少し焼けたようで、服から肌が露出してつっぱるような違和感があった。
おそらくは軽度の火傷。
治癒気功で回復を試みながらカイルの状況を把握する。
どうやら剣は軌道を逸らされあらぬ場所に刺さっていた。
カイルは無傷のようできょろきょろと周囲を見渡している。
俺の場所を探っているようだ。
とりあえず隠れながら起こった出来事を整理する。
背後をとり西洋剣を投擲した後何があったのか?
その答えは簡単。炎の世界による防御兼反撃だ。
カイルが振り向き様に瞳を赤く発光させているのを確認した。
つまりは炎の世界は目視できていれば発動可能なようだ。
また1つ相手のアビリティのチートさ加減を思い知らされたが、
と同時に弱点もわかった。
1つ、目視できなければ目標に当てられないのではないか。
2つ、目視で発動する場合、炎の発動範囲がカイルには制御できない。
というような仮説が立てられる。
1つ目は目視で発動できたと言うことは見えなかったらどうなるかという疑問だ。
2つ目は剣を防ぎ俺を攻撃するだけで十分な局面で、
俺の位置をロストするほどの炎を展開した。
そして炎の世界を使った技は全て何らかの"形"になっていた。
例えば波状だったり球体だったりだ。
でも今回だけ無形なただ炎が広がっただけのようなアビリティの発動だった。
つまり、目視による発動には炎を操作できない可能性が導き出される。
以上のことから攻略法はおのずと割れる。
"スモークグレネード《煙幕》によって視界を奪う"
これでとりあえず炎の世界の攻撃は俺には当たりにくくなる。
仮説を実証すべく俺は行動する。
手元にあったスモークグレネードを4つ手に取ると、
カイルの位置をそっと確認するとそれらを適当に放り投げた。
瞬刻の後、煙が会場のあちこちで上がり視界を白い靄が覆い始める。
俺はこの機に乗じて岩陰を移動して気を込めた石を投擲した。
「ぐあ」
短く苦痛の声が遠くに聞こえた。
目標に当たったと考えて良いだろう。
「ウィンド」
そう叫ぶ声と共に一陣の風が発生して煙は一掃された。
視界が開けた、闘技場内には右肩を抑えたカイルが息を切らせて憤っている。
「俺に2度も傷を負わせるとはいい度胸だな!!!!!
いいだろう、俺の最強の力でお前を葬ってやる!!!!!!!!」
ポーションで回復しながらそう言い放つと瞳を赤く発光させ、
指先を俺に向けて炎の世界で炎を出現させる。
馬鹿の1つ覚えに何をしているのか、と頭に浮かんで消えた。
指先に集まった炎が徐々にその色を白色に染まり始めたのだ。
俺は背中に嫌な汗が伝うのを感じる。
そう直感すると無意識に足がカイルから逃げるように別の方向を向いていた。
「永遠の業火」
長くなったので前編と後編に分けました。
最後までご覧頂きありがとうございました。
よろしければ次回もご覧頂ければと思います。




