決戦の前に
「2人とも大丈夫か」
どうやらイリスは回復魔法をかけているようで淡い光がアルバートを包んでいる。
少し回復したのかアルバートは起き上がると「大丈夫」と微笑しながら答えた。
それを見たイリスは不安と恐怖が溢れてきたのか今にも泣きだしそうな顔で、
アルバートの胸に顔を埋めるように抱き付いた。
「なんであんな危ないことしたの?」
「だってイリスが危なかったから……」
アルバートは赤面しつつもイリスをしっかりと抱きしめ返した。
おお! かっこいいじゃん! と思ったが緊張で腕がプルプル震えていた……
「アルバート……
ありがとう」
イリスは涙を流してアルバートの胸で泣きじゃくる。
「怖かった」、「助けてくれてありがとう」と何度も繰り返す。
ひとしきり泣き少し落ち着いてひと段落した所で2人揃ってお礼を言われた。
特にアルバートは尊敬の念を言葉の端々に滲ませていた。
「孝也って強いんだね! あいつら学園でも結構強い部類なのにあんなにあっさり倒すなんて。
俺も孝也みたいに強かったらなぁ……」
「でもカイル様には勝てないよ……」
イリスが俯いて悲嘆の言葉を紡ぐ。
「どうしてそう思うの?」
「だってトパイラス家は先天性アビリティ"炎の世界"《オルコプロクス》と、
カイル様の後天性アビリティ"永遠の業火"《マモンズアイオン》の2つがあるんだもの。
勝てるわけないよ……」
「そんなにやばい能力なの?」
「かなりやばいよ!
アビリティには魔力消費が必要ないのは知ってると思うけど、
"炎の世界"《オルコプロクス》は無尽蔵に炎の攻撃を打てるんだ。
しかも"永遠の業火"《マモンズアイオン》はもっと性質が悪い。
こっちは使用に制限があるみたいだけどカイル様が燃やすと決めた対象は必ず燃やし尽くす能力なんだ。
回避方法もよくわかってないというか、避けられるのかどうかすら怪しいよ。
まぁそもそもアビリティがなくても強いから最強たる所以なんだけどね」
その後も2人からカイルの戦い方等知りうる情報を聞いた。
話を聞く限り、明日の決闘やばいじゃね? と少し不安になってきた。
実力的には拮抗できると思う。たぶん、おそらく……
無意識にエリルからもらった左腕のリボンを触る。
"リボンを操る力"《リュバンハントハーベン》も魔力なしで使えるからな。
やはり一番の脅威はアビリティだろう。末恐ろしい力だ。
「厄介だな」
「そんなに驚いてないんだね。勝算ありってことかな?
孝也、僕にできる事なら何でも協力するから必要なものあったら言ってくれよ?」
アルバートが胸に手を当てて道具は俺に任せろと自慢げに言った。
「私も手伝えることあったら言ってね」
「2人ともありがとう!」
==================================================================
校舎裏1件が終わる頃には掲示板の写真は撤去されていた。
どうやら頭にたん瘤を作ったアーク学長と、
ちょっとふて腐れ気味のノルンが写真を回収して回ったらしい。
クラスメイトからその情景を伝え聞いた時は思わず吹いてしまった。
「そういえばなんでイリスがいじめられてるんだ?」
そんなこんなで一先ず現状の危機は去ったので帰ろうと、
アルバートとイリスと横に並んで一緒に花月荘へ向かう。
その道中、先ほどのやりとりで疑問に思った事を聞いてみた。
「そ、それは……」
アルバートは言いにくそうに口を噤むぐ。
彼は不安げに横にいるイリスを気遣いチラ見する。
「ありがとう、アルバート。でも私が話すよ。
元々私がカイル様の取り巻きにいじめられていたの。
私ってハーフだから差別的な思想を持っている人もいてね、
目をつけられたみたい…… 」
イリスが今まで経験した事を思い出す毎に、
悲痛に満ちた表情は色濃くなりそれに反比例して声が小さくなっていく。
彼女の苦労や悲しみの一端を垣間見たような気がする。
過去を他者に吐露するというのは自身の傷口を抉るような行為なのだろう。
でも彼女は続けて言った。
「ある日の実技の授業でね。
教室に運動用のお洋服を忘れちゃって、
その服をクラスの女子たちが見つけて破こうとしたみたい。
アルバートがその現場を見つけて止めてくれたんだ。
でもそれが原因でアルバートも事あるごとに難癖つけられるようになってしまって……」
「現状に至るというわけか。
てか、カイルがいじめの主犯じゃないの?」
「ううん、違うよ。
カイル様の思想を変に解釈した馬鹿がいじめてるだけ。
そもそもカイル様は正々堂々と勝負はしても、
それ以外は弱い人間には興味ないみたいな感じだし」
アルバートがどこか確信をもっているような堂々とした声で言った。
彼らの話を要約すると、カイルは「強い奴は偉い」と思っている。
カイルの取り巻きは「強い=カイルに認められる=立身出世に繋がる」と考え、
気が付けば弱い者を見下す風潮になってしまう。
そんな折に戦闘力も大してないハーフという差別される人種の子が転入してきた。
当然の如くイリスはいじめられるようになる。
イリスがいじめられる状況を見かねたアルバートは彼女を助けた。
アルバートの親は有名な鍛冶師らしく、以前は親の威光のお陰かいじめられる事はなかったようだ。
しかしイリスを助けた事で皆の意向に逆らい不評を買ってしまう。
鍛冶師としてもガラクタしか作れず自身の戦闘能力は下の下のだったので、
学園の風紀と相まってアルバートは格好の的になってしまったようだ。
(カイルの思想が事の発端?)
つまり、彼の思想を変えればこのいじめは終わるんじゃないか?
==================================================================
花月荘に戻り荷物を置くと俺は鍛錬を行うために外へ出た。
寮の近くの空き地でアルバートから買い取ったリボルバーを試射するため取り出す。
長方形の板を2枚T字にくっ付けた自家製の的に発砲する。
最初は銃の扱いに不慣れだったからか的にかすりもしなかった。
どうやら反動で照準がぶれるようだ。
でも気を纏い身体能力を強化すると難なく命中率が8割程度になった。
しかも弾を気で強化すればそこそこの威力になる。
純粋な銃弾は目標を射抜くだけだが、
気を込めれば大砲を撃ったようなけたたましい轟音と共に的が消し飛んだ。
(これならもう少し練習すれば実戦に使えそうだな)
「うわぁ! すごい…… 何その魔法?」
ノルンが茂みからちょこんと顔を出して近づいてくる。
「これか…… アルバートが作った武器だよ。すごいでしょ?」
茂みがごそごそいってるから何かいるとは思っていた。
ノルンが後を付けていたようだ。
「えっ…… ほんとに?」
「うん」と頷く。
「じゃあ、その土みたいの何?」
好奇心に彩らされた顔が嬉々とした表情へと変わる。
そして俺が地面に広げた物へとノルンの視線が降り注ぐ。
「これか」とC4爆弾? だと思われる物が大量に入った箱を指さす。
粘土状のそれを一部掴み取り的にくっつけた。
アルバートの所で探したが起爆装置みたいなものがなかったので、
代わりの起爆方法を考えなければならない。
俺が代替案として考えたのは、
エリルから教わった"機雷"と呼ばれる技で代用しようと考えている。
"機雷"は気を地面に留めておいてある程度離れた場所から気を爆発させる技だ。
この技を利用して爆弾を遠隔で起爆できないか試したい。
ちなみに昨日ルナでC4を燃やしてみたら普通に燃えてしまって爆発しなかった……
今日は気で爆弾自体も強化して威力も同時に見られればいいなと思っている。
ノルンと共に的から十分距離を取り"機雷"の要領で設置した気を爆発させる。
「にゃあああああぁぁぁーーーーーー」
予想以上に強力な風が周囲を駆け巡る。
ノルンは爆風に煽られ足が地から浮いて吹き飛びそうになる。
俺は咄嗟に腕を伸ばしてノルンを抱きしめて踏みとどまった。
爆心地を見ると直径10mの大きな穴と砂を巻き上げた土煙が立ち込めている。
爆風で近くにあった木が数本折れ曲がり火薬が焼けた後の独特の刺激臭が鼻を刺激する。
「おお! これは使えるぞ!」
俺は予想以上の威力に興奮して感嘆の声を漏らす。
これなら実践で十分使えるだろうと確信した。
「それ、あした、使うつもり?」
目をパチクリさせて鼻を押えたノルンが言った。
どう考えても殺傷目的の威力に恐怖を感じたのだろうか。
「カイル殺しちゃだめ!」
腕の中にいる俺から離れようとノルンが暴れる。
落ちないようにそっと地面に下ろして聞いた。
「なんで殺す前提なんだ? 俺が負けるかもしれないだろ」
闘技場の勝利条件は相手を殺すか、無抵抗な状態にするか、降伏させるかのいずれかだったはず。
俺の実力を知らない人からすれば、カイルの実力が俺以上と考えるのが妥当なはずだ。
エリルの悪口を言われた時は殺したい衝動に駆られたがそれは一時の感情で、
ここで殺人するメリットも理由もない。
そもそも俺が殺すのはエリルの死に関連した者だけだ。
「さっきの見て、確信した。
孝也勝算にゃいのに、勝負挑むありえない。
少なくても、わたしが知る限り」
「なんでカイルの心配をするんだい?」
そんな問いかけにノルンは急にカイルの昔話を始めた。
彼女の話によれば元々は温厚な性格で心優しい少年だったそうだ。
だが数年前に家族で王都へ旅行に行った際に、
盗賊に母を殺害されて以来、性格が変わってしまったらしい。
母を亡くした当初は徹底して自分を鍛え続けたそうだ。
その頃の彼は自分の力を他者と比較するような事はしなかった。
でもある事がきっかけで、「強いやつが偉い」と"力"に固執するようになったらしい。
「きっかけ?」と俺が問うとノルンは俯いて黙ってしまった。
話の流れからその出来事にノルンが関わっているのだろう。
でも話したくないなら聞くべきではない。
ノルンはカイルとの一件で俺を本気で心配してくれた。
だから俺もノルンにやさしく接するべきだとそう判断した。
「言いたくないなら答えなくていいよ。
それにカイルも殺さない。
相手もかなり強いみたいだから約束はできないけど、
なるべく無力化する方向でがんばるよ」
「おねがい、しまつ」
舌を噛んで痛みに堪えながらお辞儀をしてお願いする彼女の頭を撫でて、
俺は明日の準備に取り掛かった。
今回は決戦前の準備回(後編)です。
次回カイルとの決戦となる予定です。
最後までご覧頂きありがとうございました。
よろしければ次回もご覧頂ければと思います。




