出会いと衝突
どんより曇り空の下、森の中の少し開けた場所で模造刀を片手に白髪の少女と向かい合う。
彼女の深紅の瞳が俺の全てを見透かすように見つめていた。
霞がかり朦朧とする意識の中、目の前の情景だけがより鮮明に映し出されていく。
ようやく見慣れた白髪赤目の少女をエリルだと認識する頃にはこれが夢であると理解した。
突如、エリルは青い宝玉のはまった杖を俺の脇腹目がけて振るった。
このままでは直撃は免れないと模造刀で応戦するも、
躱しても躱しても次なる攻撃が迫りくる。
縦横無尽に繰り出される連撃に成す術はなくひたすら耐え凌ぐ。
これで近接が苦手というのだから笑えない冗談だ。
「攻撃を防いでるだけじゃ勝てないよ?
集中して! 身体の隅々まで気を抜いちゃダメ。ほら足元!!」
防御する事に集中するあまり足元の注意が疎かになっていたようだ。
石に躓いて無様に尻餅をつく。
エリルはそんな隙を見逃すわけもなく距離を取り魔法の詠唱を始めている。
「くそ! 間に合え」
詠唱されてはますます不利だと、すぐさま立ち上がり思いっきり地面を蹴ってエリルの元へ向かう。
「ファイア・アロー」
しかし転んだタイムロスが仇となり詠唱を止める事はできなかったようだ。
エリルの周囲に無数の炎の矢が出現し、俺の方へ照準を合わせている。
全力でエリルの元へ接近しようとした俺はいつの間にか前傾姿勢となっており、今更大きく方向転換する事は難しくなっていた。
もしどこにでも動けるような姿勢でいたら木々を盾に逃げ回ることもできたかもしれない。
その後は言うまでもない、俺は矢を避けるため右に左にとダンスを踊る羽目になった。
修行が一段落着いた頃、休憩のため木の幹に座り水を飲んでいるとエリルが横に腰かける。
俺は負けた事が悔しくて少しふてくされ気味に言う。
「どうしたの?」
「さっきの模擬戦だけど前よりうまく立ち回れてたよ」
エリルが俺の頭に手を置いてやさしく撫でながら微笑んだ。
修行では本気とは言わないがそれに近い力で接してくれる。
当り前だ、もし戦闘になれば命を賭けて戦うのだ。
模擬戦といえど緊張感をもってやらなければ意味がないだろう。
だから、エリルは魔法が使えない"孝也"相手でも遠慮なく魔法を放つ。
当然彼女の本気に俺は太刀打ちできないので、
いつも修行が終わると俺はしょぼくれているというわけだ。
やっぱり負けるのは悔しい……
そんな時、エリルは今みたいに元気になるまで褒めたり励ましたりしてくれるのだ。
まさに飴と鞭……
でも俺はこの時間が好きだったりする。
エリルの意識を俺だけに向けられるからか、それとも彼女に甘やかされるのが嬉しいのか、
わからないけど心が満たされる心地になる。
「1つ聞きたいけど途中で石に躓いて転んだと思うけど、どうしてそうなったと思う?」
エリルが顔をぐいっと近づけて俺に問う。
吐息が耳元をに掛りちょっとくすぐったい。
「俺がエリルの攻撃に気を取られて足元を気にしてなかったから」
「うん、半分正解だね。えらいえらい。
でもね、あれは私が仕組んだ作戦なんだよ?」
良い先生は生徒の答えを頭ごなしに否定しないというが、
正解ではないが否定はしないというようなニュアンスを感じる。
「さくせん?」
「いい? 足元に都合よく石があって、そして孝也が転ぶ可能性なんてどのくらいあると思う?」
「そんな偶然がたまたまなんてありえない…… ってことは?」
「そう。あらかじめ程よい大きさの石がある場所を把握して、そこに孝也を誘導しただけ。
何が言いたいかっていうとね、戦いは事前に罠を仕掛けたり攻撃の合間に色々な駆け引きがあるから、
自分のペースに相手を誘い込んで戦いなさい」
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「うん、わかったよえりるぅ」
エリルの夢を見ていた気がするが意識が覚醒に近づくにつれ記憶が薄れていく。
窓から朝日が入り込み顔が焼けるように熱くて眩しい。
そろそろ起きようかと思うが睡魔に負けて枕に顔を埋めると、
枕が思いのほか冷たくて一瞬身体を硬直させる。
ちょっと唸りながら重たい身体を起こして、
口に付いたシルバーブロンドの髪を耳にかけながら背伸びをする。
身体を隅々まで伸ばそうとすると尻尾もそれに呼応するようにピンと真っ直ぐ起立した。
目の端が少し乾燥しているようで少し肌が突っ張るような違和感がある。
枕の方を見ると薄水色の枕カバーに濃い青色のシミができていた。
(はっ!? よだれ?)
慌てて口元を腕でゴシゴシ擦ってみるが特に何も垂れてはいないようで胸を撫で下ろす。
(そうだ、今日から学園に通うんだよな。着替えないと)
寝間着のシャツとズボンを脱ぎ捨てベッドに放ると、
身に着けている物はキャミソールとパンツだけになる。
下着も脱ごうとパンツに手をかけると、微かに階段の軋む音が聞こえた。
どうやら誰かが駆け上がってくるようだ。
花月荘の2階は俺とアルバートの2人が住んでいるがどちらに用があるのだろうか。
俺の方ならばすぐに着替えないとまずい。
だって今はルナの姿だから―――
せっかくルナの姿になっているので魔族の力を有効活用しようと、
聴力と嗅覚の感度を少し上げて階段を上る者を特定しようと集中する。
柑橘系の香りにほのかに母乳のような甘い香りがする。
この香りには覚えがある、どうやらノルンが階段を駆け上っているようだ。
少し焦っているのか少し息を荒げながらこちらに向かってくるのがわかった。
(やばい! このままだとルナの姿でノルンと鉢合わせる)
焦った俺は下着をベッドに脱ぎ捨て洋服一式を毛布の下に隠した。
そして真っ裸なのはまずいと男物の下着を手に取りそれを着る。
「たかや~、お化けがでたにゃん!!!!!」
扉が思いっきり開けられ木と木とがぶつかる音が響く。
それと同時にノルンは部屋に飛び込み、俺に抱きついてきた。
「どうしたの?」
抱きついてきたノルンはすごく震えていて怖がっているのがわかった。
急な来訪者に驚きつつも心を鎮めながらノルンを安心させるようやさしい声で問いかけた。
「夜中、トイレに起きたら……、女の子がすすり泣く声が聞こえたにゃ」
女の子の泣き声か……
ホラーの定番だが俺は幽霊とか信じない派だからな。
心霊現象じゃないとしたら現実にあった出来事と考えるのが自然。
となるとやはり……。
エリルの夢、朝、ルナ、目の淵の違和感、濡れた枕、これらが指し示すもの……。
断片的な情報がパズルのピースが揃ったかの如く整っていく。
「そ、そうなんだ……、
どこの部屋から聞こえたかわかる?」
「怖くてベッドに潜った、わからにゃい」
原因俺だろうな、たぶん。
可愛そうにノルンは目に小さなクマを作って震えている。
彼女が落ち着くまで少し強く抱きしめて大丈夫だと諭し続けた。
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1階に降りる頃にはノルンは頭を左右に揺らしながら船を漕ぎ始めていた。
寝不足の原因は俺なのでおんぶして少しでも寝かせてあげる。
食事は基本的に寮母であるレイチェル家の広間で食べているらしいので、
俺は寮母の家へと繋がる扉を数回ノックしてから部屋に入る。
年上のお姉さんの家に入るようでドキドキするなぁと思っていたが、
実際に入ってみると何も思わなかったのはレイチェルを異性と見ていないからだろうか……
「あ~、孝也君おはよう」
ちょっと間の抜けた声でレイチェルは言う。
俺は軽く挨拶を済ませると上着をノルンに掛けて広間に寝かせた。
「もうそろそろご飯できるからアルバート君とイリスちゃん呼んできてくれる?
たぶんアルバート君は作業場でイリスちゃんは部屋にいると思うからよろしくね~」
レイチェルから指示があり俺は寮母宅を後にする。
まずはアルバートの所に向かおうと作業場を目指す事にした。
作業場に着くと入口の方に2人の人影が談笑しているのを発見する。
「アルバート君、そろそろ朝食の時間だよ。早くレイチェル先生の所に行こうよ」
清楚な印象を受ける女の子がそう言った。
彼女は少し茶色が入ったロングヘアを風になびかせながらアルバートと話をしていた。
「あ、う、うん。そ、そそそうだね」
アルバートは緊張しているのかドモリながら返答する。
顔はほんのりと赤くして足元は落ち着きがないように小刻みに動いている。
話の途中で割り込むのは気が引けると2人の少し後ろ側で様子を伺っていると。
「あ、えっと何かご用でしょうか?」
茶髪の少女が少し緊張した面持ちでこちらを見つめている。
正面から見ると整った顔立ちで肌がとても白くて一言で表現するなら綺麗な子だった。
そして彼女の美貌以上に目を引くのは、
燃えるような赤い瞳と漆黒の瞳を併せ持つオッドアイだろう。
「ああ、俺は水野孝也。昨日から花月荘にお世話になってる者だ。
レイチェル先生から朝食だからアルバートを呼ぶよう頼まれてここに来たんだ」
「あっ! 昨日入寮した方ですね。
私イリス・フランカンと申します! イリスって呼んで頂ければと思います。
どうぞよろしくお願いします」
少し安堵の表情を浮かべると、イリスはにっこりとしながら名乗った。
イリスが明るくなるのに反比例して、
彼女の隣にいるアルバートの顔色が曇った気がするが気にしてもしょうがないだろう。
「ああ、よろしく頼む」
「それにしてもよかったぁ、私こんな見かけだから忌避する人もいるので、
孝也さんがそういうの気にしない人みたいで安心しました」
イリスは両手を胸の前で合掌しながら笑みを浮かべている。
彼女はどうみても美人に入る部類だしモテるだろうなと思う。
性格も特段問題があるように見えない。
特に忌避するような要素がどこにもないと首を傾げる。
すると今度は目を見開いて驚いた様子で言った。
「私ハーフなんだよ?」
「へぇー」
そういえばハーフの人はオッドアイなんだったな。
人によっては魔族の身体的特徴も受け継ぐとか。
イリスはきょとんとした表情で俺を見つめている。
何か変な事でもしたのかと考えていると。
「孝也は変なやつだと思ってたけどハーフを見ても偏見がないんだね」
アルバートが驚嘆を隠せないというような微妙な表情で言った。
「アルバートと同じだね」
クスクスと右手を口元に当ててイリスが笑うと、
アルバートは頭上から湯気でも出そうなくらい真っ赤になって俯いた。
その後、2人共見つかったので皆でレイチェルの元に戻り朝食を済ませた。
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次の授業は魔法実技で俺は動きやすい恰好に着替えて、
学園の実技室なるドーム状の建物にいる。
ドーム内部は一面平らな土地が広がり芝生が生い茂っており、
この中ではある程度魔法の威力を減衰させてくれる。
思う存分とはいかないがある程度魔法の練習ができるそうだ。
「闘技場ほどじゃないけど広いでしょ」
準備運動をしている俺の隣でアルバートが武器の手入れしながら、
どこか誇らしげに言った。
「確かに広いけど。闘技場ってなんだ?」
「知らないの? 闘技場ってのは奴隷同士が戦いあったり住人同士が私闘を行う場所で、
勝者はお金と名誉をもらえるんだよ」
「私闘で闘技場を使う人なんているの?」
俺の世界の歴史にも奴隷同士の殺し合いを鑑賞する娯楽は存在していた。
だからこの世界の闘技場も"コロッセオ"のようなものだとある程度は想像がつく。
しかし私闘を行う場所として闘技場が使われる状況が想像できない。
「たまにいるんだよ、ほらこの町って私闘禁止だからさ。
審議会が関わらないような些細な揉め事は闘技場で戦って解決するんだ。
もちろん両者の同意がないと決闘は行えないけど、
腕に自身があれば不満を相手に思いっきりぶつけられるわけ。
前回は奴隷が商人相手に勝負を挑んでたな。確か奴隷が勝って褒賞でもらったお金で自分を買ったとか。
その前は隣人に妻を寝取られて決闘してたね。結局隣人が死んだらしい……
そんな感じで私闘する人は結構いるよ」
なんとなくだが今の説明で私闘で闘技場が使われるケースがわかった気がする。
要するに法では裁かれないようないざこざを正々堂々解決する手段ということだろう。
確か、この町は闘技場以外にも"審議会"と呼ばれる集団があって、
彼らはアビリティを駆使して人の悪事を暴き、罪人にはそれ相応の罰を与えるそうだ。
だが審議会も全ての揉め事に介入はできない。
彼らにとって必要なアビリティを持つ人間は絶対数が少ない、
結果として慢性的に人員不足しているようだ。
だから審議会は完全に司法機関としての役割を担い、
彼らの手が届かない所を闘技場に任せているのだろう。
まぁ腹黒い話をすれば娯楽の少ないこの世界で闘技場はかなりエキサイティングな見世物だ。
観戦するのに金を取り勝敗を賭けたりとまさに金のなる木だ。
この町としても大きな収入源なんだろうが……
雑談をしていると、授業開始の時刻になったようで実技室は大勢の生徒で賑わっていた。
いつの間にか先生も準備を終え、全員いる事を確認すると授業が始まった。
実技の授業は組手や魔法の練習を何人かのグループに分かれて練習する。
俺とアルバート、ノルンとイリスの4人で2組ずつに分かれて組手を行う。
「お前が水野孝也か!」
アルバートと組み手をしていると、大柄な男が傲慢な態度で声をかけてきた。
身長は170cm程で俺よりも高い……
赤髪のウルフカットで引き締まった筋肉質な体型で、
茶色い瞳からおそらく人間だと推測できる。
「ああ、そうだけど?」
「こんな弱い奴と練習しても意味ないぜ、俺とやらないか?」
お前の実力がみたいから戦えと指をくいくいと折り曲げ"来い"とジェスチャーをしている。
「いや遠慮しとくよ」
男に命令されて「はいそうですか」と言う程素直ではない。
異世界に来てまでヘコヘコしたくないし、傲慢な男は会社の人間だけで十分だ。
「はん、こいつカイル様が怖いんだぜ」
いつぞやの体格のいい男がカイルと呼ばれた男の後ろに隠れながら語気荒げて挑発する。
確かアルバートを苛めていたリーダー格の男だったはずだ。
取り巻きの男の発言とカイルという名前から俺に話しかけてきた男は人間側領主の息子である可能性が高い。
息子の名は確かカイル・トパイラスだったはず……
「孝也、この学園はな"強い奴"を養成する場所なんだ、わかるか?
だから今みたいに訓練したり授業で知識を学ぶのさ。
強くなればそれ相応の権力を持ち、大切な人を守れる事もできる。
つまり力がないって事は何もできないのと同じでクズ同然ってこと。
だから強いやつが偉い!」
カイルは腕を組み仁王立ちをして俺を睨み付けながら、
自分の言っている事は正しいと自信満々な表情で豪語する。
戦闘力が高い事を強さだと思っているようだが本当にそうなのかね?
そもそもそれを諭してくれるような人間がいなかった事に哀れみの念を禁じ得ない。
「で、何が言いたいわけ?」
"強い奴は偉い"だから俺の言うことを聞けと言いたいのだろう。
または俺の力量を図り自分より弱い事を確認して安堵したい、
あるいはその両方か。
こいつ"強い"事に相当なプライドがあるようだ……
正直相手するのめんどくせぇー
「俺と勝負しろ。遊んでやるよ」
「いや遠慮しとく、俺はアルバートと組み手をやっている。
お前も誰かと練習していればいい」
「ほぅ。負けるのが怖いのか? それとも利口なのか?」
見定めるように俺を見つめるカイル。
自分が勝つことを信じて疑わないその自信には感服するが、
俺は戦う理由も必要もない。
このまま普通に返答していても拉致があかないので、
無言でアルバートと共に場所を移動しようとする。
舌打ちの音がした後、カイルが語気を緩めて馬鹿にするように優しく言った。
「ふーん、確かエリルだっけ? 父さんに聞いたぞ、お前の師匠この学園の首席らしいな。
相当強い奴だと聞いてたからお前と戦うの楽しみだったんだが……
こんな臆病で弱っちいもやしみたいな弟子を取るなんて見る目がない。
しかもそんな男を推薦したらしいな、そのエリルとかいう女。
はっははは。まぁ当然か、人間でも魔族でもない半端者だったからな!
弟子も半端者ってわけか」
カイルの言葉に呼応するように取り巻きが次々に同調する。
「「「あはははははは」」」
ブチっと何かが切れる音が聞こえた気がする。
大体の事は大人の余裕でスルーしようと思っていたが、
こいつらは言ってはならない事を言った。
心の奥底から憤怒の情念がふつふつと溢れ出る。
今すぐにでもこいつらに殴り掛かりたい衝動に駆られる。
俺を否定する言葉を幾千幾万と言われようが構わない。
だが俺の大切な人を否定する言葉を紡いだ、この野郎たちは絶対に許せない!
この激情に身を任せ反論して襲い掛かろうと思った―――― その時。
『自分のペースに相手を誘い込んで戦いなさい』
そんな声が聞こえた気がして、ハッとなった俺は踏みとどまる。
よくエリルに言われた言葉だ。
そうだ冷静さを欠いてどうする?
相手の思うつぼではないか!
もしここで激昂してカイルに向かって行ったら、
私闘を行ったとして町を追放されるかもしれない。
そうなれば俺の目的であった情報収集もできなくなる。それでは本末転倒だ。
怒りの感情は抑えられないが冷静さを保たなければ……
それぐらいは自分を制御できるつもりだ。
それにだ、カイルはここで俺と戦いたいのだ。
ならばエリルの悪口は俺を挑発するためなのではないか?
もしそうだとしたら挑発に乗る事はあいつの術中にはまった事になる。
それは俺が話術でカイルに負けた事を意味する。
つまりそれは師匠であるエリルの顔に泥を塗ることになってしまう。
こんな簡単な挑発に乗る程度の弟子だったと……
危ない所だった、軽はずみな行動で俺はこいつに敗北する所だった。
考えろ! どうすればカイルにエリルの悪口を言った罰を与えられるかを。
そういえばこいつ俺を挑発する少し前に舌打ちをしてたな。
もしかしてこいつも俺が自分の思い通りにならなくて苛ついている?
(そうだ! 相手も苛立っているなら根比べで勝てばいいんじゃないか?
ほら怒ったほうが負けって言うじゃん)
「ふーん、よく調べたね、すごいじゃん」
怒りを心の底に沈め淡々とした口調でそう言い放ち、何事も無かったかの如く平然を装う。
もし推測が正しいならカイルはこの挑発に乗ってくる!
なぜなら先程からあいつは眉間にシワを寄せてこちらを睨んでいる。
手元を見れば拳を作りきつく握っていた。
今にもカイル堪忍袋はその許容量以上のストレスによって爆発寸前だろう。
「こいつ馬鹿なんじゃないの? 師匠バカにされてるんだぜ?」
取り巻きの1人が思わぬ返答に驚いた様子で答えた。
だが俺の真正面にいるカイルはそいつら以上にわなわなと震え、怒りを露わにしていた。
「てめぇそんなに戦いたくないか!
ならここで俺がお前に戦わざる負えないようにしてやるよ!!!!!!!」
胸倉を捕まれ顔を近づけ恫喝する。
俺は内心ガッツポーズをして自身の術中に嵌った獲物を仰ぎ見る。
凛とした態度で気功を纏い手を払いのけ、予め考えていた言葉を紡ぐ。
「そうか、そんなに戦いたいなら明日の昼。闘技場で俺と勝負しろ」
俺はあえて大声で皆に聞こえるよう、そう宣言した。
領主の息子を公衆の面前で倒せばこいつの鼻をへし折れるだろう。
それに先に手を出したのはこいつ《カイル》の方だ。
周りには大勢のギャラリーがいるし、見ないふりをしているが先生も遠目に見ている。
もちろんその中にはノルンも含まれているので、後々俺が手を出したと非難される可能性は消えた。
そして正々堂々と勝負を申し出てそれを断ればカイルの立場的に沽券に関わる。
つまりカイルは積んでいると言う事だ。
「ああ、望む所だ」
カイルは何も恐れるものはないと不敵に笑みを浮かべ意気揚々と答えた。
こいつはわかってないと俺は思った。
カイルから勝負させられたのと、俺から決闘を申し込むのでは訳が違う。
前者はカイルの言いなりだ。だが後者は俺がこいつとの舌戦で勝利した事を意味する。
ギャラリーの中にはその事実に気がついている人間もいるだろう。
そんな折に、俺がこの決闘で勝てばカイルは自身が誇る"強さ"の全てを失うことになる。
これが俺にできるこいつへの報復だ。負けてさぞ悔しがるといい!
最後までご覧頂きありがとうございました。
よろしければ次回もご覧頂ければと思います。




