変な鍛冶師と俺の成すべきこと
3階から飛び降りた俺たちは華麗に着地するとアルバートの元へ駆け寄った。
腕にノルンを抱き抱えたまま。
「うにゃ、飛び降りるなら先に言ってにゃん」
「言ったよ?」と首をかしげてノルンを見る。
「言ったと同時に降りたら意味ない!」
まるで子供が拗ねた時のように頬を膨らませてぷいっと横を向く。
「まぁまぁそう怒りなさんな」
適当にノルンと話している内にアルバートの元へたどり着いた。
「お前誰だ!」
アルバートをいじめていた集団からこちらを警戒する動物のように威嚇しながら一歩前に出る。
そのリーダー格であろう体格の良い男の子が威圧的な口調で問いかけた。
俺はそいつを無視してアルバートに言った。
「やぁ君大丈夫?」
「あぁ」とアルバートは弱々しい声で頷いた。
「「お前誰だって聞いてるんだ、コラァ!!」」
無視した事に腹をたて、今にも誰かが胸倉を掴んできそうな程怒り心頭に発するといった様子で数人が声を上げる。
だが、その声は俺の腕の中にいる少女に視線が行くと声は尻つぼみになっていく。
(やはりノルンを連れてきて正解だったな)
「水野孝也だ」
「みずの? 聞かない名前だな」
「あっ!? 転入生じゃない?」取り巻きの女がキンキンと甲高い声で叫ぶ。
「転入生君はしないかもしれないけどこいつはこういう役割なんだよ。わかる?
彼だって嫌がってないんだよ、そうだよなアルバート?」
「ぐっ」歯を食いしばりリーダー格の少年を睨むアルバート。
だがリーダー格の少年に脅しともとれるような鋭い眼光を向けられると彼は俯き黙り込んだ。
「ほらな、アルバートだって同意の上なんだよ、わかったか! 正義の味方気取りのでしゃばり野郎」
(うるさい奴だなぁ、そうきゃんきゃん吠えなくてもわかってるちゅうの)
これ以上煽ったり仲裁しようとしたりすれば喧嘩になるのは必至。
こんな所で不毛な戦いなどしたくないので当初の予定通り無難にこの状況を打破する事にした。
「まぁまぁ。今日の所は一旦引いてほしいんだけど」
「はぁあ? お前バカ? 何で俺たちがお前の言うこと聞かないとイケナイの」
「ああ、そう? ノルンちゃんがそう言ってるんだが……
領主兼学長の孫の言うことが聞けないのかー」
わざとらしく「領主の娘に逆らうの?」と脅しつつ立ちすくむ6人を睨み付ける。
すると先ほどまでの威勢はどこへやら狼狽えている。
さすが領主の威光は凄まじいと言わざるおえない。
自身の予想通りの展開に口元に笑みがこぼれる。
「あっ、いや、その」とどもる者。
「おい、やべぇんじゃなぇの?」と領主の孫娘の意見に恐れ慄く者。
「ノルン様に歯向かったって知れたら私たちここに居られなくなるわよ」
「あ、あぁそうだな。ここは一旦逃げよう」
彼らはそう結論付けると一目散に逃げていった。
「さすがノルン、いじめを華麗に捌くとは恐れ入ったよ」
俺はお道化て腕に抱えている彼女に微笑みながら言った。
「ぷはぁ。口をふさぐにゃ。それに勝手に私言葉ねつ造するにゃ!
人間の領主と折り合いもある、私はあんまし関わりたくない。
おじいちゃんにも迷惑だし……」
アルバートに聞こえないよう俺の耳元で呟いた後、ほとほと困ったと頭を抱え込む。
偏見だが親に権力がある子ってのはその威を借りて威張る奴が多いと思っていたが、
この子は違うようだ。
しかもあのアーク学長の変態ぶりを見た後でも親類の事を気に掛ける姿になお好感が持てた。
「すまんすまん、あれしか策がなくてさ。
それにノルンだってあの状況に指を加えてるのは嫌だろう?」
アルバートがいじめられている現場を見て眉を顰めていたノルン。
その姿を見て彼女もいじめが蔓延る現状を良く思っていないのではないかと推測を立てた。
だが有効な手が思いつかず解決策を見いだせずにいたのだろう。
彼女は普通の子と変わらず友と接したいと望んでいたし、
親に迷惑はかけれないといった思いと相まって彼女なりの葛藤があったと考えるのは容易だ。
そんな仮説から俺はノルンを抱えてここまで来た。
そうじゃなきゃ女の子を無理やり抱きかかえてこんな事はしないさ。
ほ、ほんとダヨ?
「もう~」とため息をつくノルンだったが何か踏ん切りがついた様子でそれ以上何も言ってこなかった。
その様子を見て俺は確信する、推測は当たっていたと。
そんな事を考えつつ地面に座り込んでいたアルバートに手を差し伸べ引き上げた。
感情は彼を救ったという達成感に酔いしれ、頭の片隅では何も解決していないと現実を分析する理性がせめぎ合う。
きっと俺を助けてくれた先生は今の俺と同じ心境なんだろうな。
「あ、あのー、先ほどはありがとうございました」
少しあどけない顔をした少年は微笑しながら黄色い瞳が俺を見据える。
アルバートはドモリつつ俺たち2人をしっかりと見つめて各々にお礼を言った。
その様子は負け戦の中で勝機を見出した兵士のような淡い希望を瞳に宿してる。
「ああ、気にするな。それより大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
ふらつきながら左腕を抑えながら苦笑しながら答えた。
彼は2言目を発しようとしてその視線が腰の刀に釘付けとなった。
「そ、それは三日月宗近! ど、どこでそれを」
アルバートは幽霊でも見たような驚愕した表情で口をぱくぱくとしながら俺に詰め寄った。
(この刀を作ったのか!? 凄腕の職人なんだなこの子
でも前にノルンが変なの作るって言ってたが何のことだろう?)
「クワナ村で買ったんだよ」
「そ、それ僕が作った物だよ、買ってくれた人がいたんだ。
うわぁ~、嬉しいな。僕の作った武器を使ってくれる人がいるなんて」
嬉々とした声で何か救われたような面持ちでそう言った。
「孝也、その刀アルバート作った? 使えるの?」
ノルンがありえない物を見たと言わんばかりに目を見開いていた。
そんなにおかしい事なのか? 俺からしたらこの刀を作ったってだけですごくいい武器を作る優秀な職人だと思うんだが……
「ああ、普通に使えるよ、最近少し刃こぼれしているけど……」
刀を抜き適当に素振りをする。
「堂に入ってる。僕の作ったものを扱える人いたんだぁ。
そうだ! さっき助けてくれたお礼にその刀直してあげるよ」
「それは助かる」
とても魅力的な提案だ。最近刃こぼれをしたこの武器をどこかで手入れする必要があった。
だがこの刀普通の武器屋で直せるとは思えない。
この世界に刀が存在しないからそれを直す技術もないだろう。
あるとしたら作った作者ぐらいだと思っていたら本人に出会えるとは幸運だ。
「じゃあ花月荘に作業場があるから着いてきて」
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寮が見えてきた頃、日は半分程大地に沈み。風が少し冷たくなってきた。
花月荘の場所がわからなかったのでアルバートに先導してもらいながら談笑に花を咲かせた。
「まさか2人とも今日から同じ屋根の下で暮らすとは思ってなかったよ。
特にノルン様がこんな所に来るなんて……」
すると先導していたアルバートは振り返りつつ驚きを隠せない様子で言った。
驚くのは当然だろう、領主の孫娘がこんな貧相な木造の寮に来るとは誰が思おうか。
それほどまでに俺たちの住む寮は町並みと比較すると貧相な作りで、
まるで2階立て木造アパートのような建物だった。
「ノルンでいい」
そんな思案を他所にノルンは不満を露わに先ほどの呼称に訂正を加えていた。
「い、いや、ノルン様を呼び捨てにはできないよ」
「そう…… 私疲れた、先に部屋行ってる」
もう慣れているのか無理に呼び方を訂正せずどこか悲しげな背中が寮の扉を開けて入っていった。
俺たちは寮のすぐ横にある小屋に足を運んだ。
ここがアルバートの作業場らしい、中に入ると大小多種多様な武器がそこにあった。
中央には作業用のテーブルや工具が並んでいる。
「刀見せてもらえる?」
テーブルの前に行くとアルバートは道具を取り出し準備を始めた。
「ああ」
俺は腰の刀を鞘ごと取り出しそれを手渡した。
「あ~、結構ひどいな。でも明日までには直せそうだ。
明日まで僕が預かってもいいかい?」
「頼む」
思ったよりもすぐに直るようで安堵した。
刃物にとって切れ味は大切だ。その刃が欠けているのだから早急に直したかった。
「背中の杖はどうする? それも直せるよ」
「ああ、今日は刀だけでいいや」
蒼い水晶が入った杖をさすりながら断った。
後日お願いする事になるが今日は手放したくなかったから。
だって俺の目的を達成する最初の一歩を踏み出した喜ぶべき日だ。
彼女の形見と共に在りたかったのだ。
「そうだね、丸腰になっちゃうしね」
「確かに」と笑い合った。
ふと作業場の一角が視野に入る。
「こ、これは…… 、拳銃!! それに手榴弾? なんでこんなものが?」
驚愕。たぶんその1言に尽きる。
俺の世界の武器が並んでいる。
C4というのだろうか? 遠隔で起爆できるプラスチック爆弾や警棒に始まり、
サスマタに防犯用のカラーボールまであった。
こんなものがこの世界にあるものなのか? いやありえない……
「うん? ああ、それか。
僕のアビリティでね、武具創造って言うらしいんだけど、
ご覧の通り使い方のわからないガラクタしか作れないわけさ……
たまに爆発する物もあってね、痛い目に何度もあったよ。
ほんと糞アビリティだよ」
肩をすくませしょんぼりとうなだれ、
悲壮感漂うその姿はこの能力のせいで苦労した事が読み取れる。
「いやアルバートお前やっぱりすごいよ」
そんな彼を励ますつもりはまったくこれっぽっちもないが、
素直に感嘆の言葉を紡いでいた。
近くにあった拳銃? おそらくリボルバーというものだろう。
リボルバーを右手に持ち近くに転がっていた弾丸を装填する。
そしてハリウッド映画のワンシーンのように格好つけて構え、
地面に向けて引き金を引いた。
「うわぁぁぁぁぁ」
発砲音とアルバートの悲鳴が同時に作業場に響き渡る。
思っていたよりも大きな音に発砲した俺自身も一瞬身体を硬直させて驚いた。
拳銃からは煙が立ち昇り、室内は火薬の残り香が充満する。
そして少し遅れて薬莢が乾いた音を立てて転がった。
「な、何がおこったの?」
震えた声でアルバートは地面に空いた直径数㎝の穴を凝視する。
お前が作った道具だろう? って言いたくなるが、
彼はこの道具の使い方を知らなかったようだ。
リボルバーと弾薬が全く別の場所にあったし、
本人も使い方を知らないと言ってたしね。
「これ頂けるかな?」
金貨4枚を取り出し手渡し、近くにあったリボルバーと弾薬を数セット頂く。
俺は重火器に詳しくないから正確な相場はわからない。
でも数十万はするんじゃないかなーと思ったので金貨を渡してみた。
「それそうやって使うのか。ああ、うん。もちろんいいよ。
って!? こんなにたくさん、こんな価値しないよ、銅銭1枚くらいもらえれば十分」
表情をコロコロと変えながら、
両手をぶんぶん振り回しながらわたわたと慌てふためく。
「いや、それにはその価値があるから受け取ってくれ」
「いや、でも……」
こんなやり取りがループした。
結局無理やり渡して頂く物は頂きましたよ?
「ありがとう! 僕のアビリティが作ったこんなガラクタをこんなに気に入ってくれてとっても嬉しいよ。
いっつも父さんからは『こんなおもちゃ作ってるかぁ、お前はいつまでたっても独り立ちできないんだ!』って叱られてたし、
学園でもみんなから変な物を作る変人扱いだったし、
孝也君みたいに僕を認めてくれる人いなかったから…… 」
最初は満面の笑みで嬉々とした声で話していたが、
徐々に声のトーンは下がり表情は暗くなっていった。
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あれからアルバートから寮母なる人がいると聞いたので会い行った。
寮母は俺のクラスの乳お化け…… じゃなかった。
レイチェルとかいう名前らしい。
一通りのあいさつを済ませた頃には日が沈み切り夜の闇があたりを包み込んでいた。
今日の内に寮生へのあいさつを済ませようと思っていたが明日に回すことにする。
レイチェル先生には今日は荷解きで忙しいのでご飯はいらないと伝えてある。
「忙しくてもご飯は食べれるから皆で一緒に……」みたいなことを言ってたが、
無理やり今日はいらないと押し通した。
(そろそろ時間だな、急がないと)
そう、もうそろそろ孝也の状態で12時間経過する。
あと数刻とすればルナの姿に強制的になってしまうからだ。
そそくさと俺は花月荘の入り口から中へ入った。
この花月荘は2階建てで、各階には3つの部屋があるという。
1階には階段下にトイレがあり玄関すぐ横には寮母先生が住む家がある。
先生のすぐ近くと言うセキュリティの高さから女子は1階らしい。
1階の入り口入ってすぐの部屋にイリス・フランカンという少女が住んでおり、
向かって左には寮母の家へとつながる扉がある。
そしてイリスの部屋から向かって右の部屋にはノルンの部屋があった。
ちなみにトイレ横の部屋は物置部屋だった。
ぎしぎしと軋む階段を上がると一直線な廊下が目に入る。
現在2階の寮生は真ん中の部屋に住むアルバートただ1人だった。
つまりは俺らが来るまでは男1人女1人の寮。
なんてうらや…… けしからん、シュチュエーションだ!
一番奥の部屋のドアの前に着き入室する。
6畳程の部屋にベッドと机、収納棚が設置されていた。
俺はインベントリバッグから衣服や本等、あまり重要度の低い物を収納棚にしまった。
物の数分にして荷解きは終わり、改めて周囲を見渡す。
新たな新居に胸が躍る心地に浸りながらベッドにダイブしようと一歩踏み出す。
「ふぎゃ」
ズボンの裾に足が引っかかり転んだ。
両手で咄嗟に地面を着いたのでそこまでダメージはないが痛い……
身体が縮み、ズボンの裾が余ってしまったようだ。
髪の毛はシルバーブロンドに金色の輝きを足したようなやわらかな髪の毛が頬につく。
俺は収納棚からルナ用の洋服を取り出す。
動きやすいズボンスタイルの服装に着替えるとこの部屋に唯一ある窓から飛び降りた。
夜の風が少し冷たく肌を撫で、月の明りがほのかに足元を照らしている。
耳をすませば虫たちが奏でるワルツが聞こえるかもしれない。
俺が外に出た理由は魔法の練習場所の確保だ。
孝也は学園で学び鍛えればいい。ではルナはどこで修行する?
何もせずとっとと寝るのも1つの手だが、
強くなりたいならば魔法も鍛えておきたい。
現状孝也よりルナの方が強いのだから。
夜の街並は昼間とは違う顔をしている。
昼間は露店が立ち並び颯爽としていた通りも今では人がまばらにいる程度だ。
店もあるにはあるがその数は昼間ほど多くない。
代わりにデートスポットになりそうな噴水の近くや公園のような場所。
賭博場だろうか? そんなアミューズメント施設や坂場には多くの人で賑わっていた。
中には魔法を使った芸を披露している場所もあった。
そんな町を横目に魔族化と魔術兵装で強化した身体で家の屋根をつたい周囲を探索する。
学園については少しリサーチはしていたがこの町の事はまだ詳しくは把握していない。
早急に頭に叩き込むべきだろう、ならばやはりこうやって街中を自分の目で見て回るべきだ。
知識だけでは得られないものがある。何よりも室内に籠っているよりも開放感があり心地いい。
まったりとフォルトガの町を堪能していると、
ふと誰も人の気配のない広場のような開けた場所に出た。
聴覚と臭覚の感度を上げて周囲に気を配るも誰もいないし、いた形跡もない。
どうやらここは人がこない場所のようだ。
ここなら魔法の練習ができれるんじゃないか?
魔法を使えば魔法使いは魔力を感知できるが、
この街中色々な所で大小様々な魔法が使われている。
ここで練習をしていても誰もおかしいとは思わないだろう。
「いい場所見つけた」
頬が垂れているのだろう口元が緩んでいる気がする。
これで無事学園へ入学し、住む場所に修行する場所も揃った。
俺にとって正直ここで暮らす上で必要なものは全て揃ったようなものだ。
最後までご覧頂きありがとうございました。
よろしければ次回もご覧頂ければと思います。




