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ふたりの恋人  作者: 吉富カエル
5/14

総司

 何度も何度も今日のことを思い返してみる。

「くそ。いったい何処がいけないんだよ」

 総司にはわからなかった。入社して初めての仕事。そこには期待と不安が存在していた。だが総司の中では期待の方が遥かに大きく、それを裏付けるだけの自信も持っているつもりだった。しかしその結果は予想もしないほど散々なものだった。

「そうね。きっと、まだわかんないのよね。なんだかんだ言ってもまだ入社したばかりだもん、いきなりは無理だったのね」


 総司の横には、手に持ったグラスを見つめながら一人の女性が座っていた。

「じゃあ、さおりさんにはわかったんですか。あれのどこがいけなかったのか。俺のどこがダメだったのか」

 総司はグラスを一気に飲み干した。

「それぐらいわかるわよ。これでもあなたの先輩なのよ。わからなくてどうするの」


 さおりと呼ばれた女性は、総司の問いに当たり前といわんばかりに答えた。総司はそう言われると、しばらくの間、何か考えていたようだったが不意に口を開いた。

「じゃあ、教えてくださいよ。あれのどこが、どういけなくて、どう直せばいいのかを。俺の納得できるように説明してくれませんか」


 酔いも手伝っているのだろう。いつもの総司らしくもなく、少し荒っぽい口調で問いかける。

「説明か。それを聞いて総司君は納得できるの」

 さおりは総司に対して、少し昔の自分を思い返しているような懐かしい感じがした。


「その説明次第ですよ。俺の納得できるように説明してくれれば悪いとこだって改めるし、直そうと努力だってしますよ。でも納得できなかったら俺は俺の考え方を変える気はないですよ」

 総司はさおりがなんとなく自分を馬鹿にしているように感じられ、無意識のうちに声を荒げていた。

「そう・・・」


 さおりは、総司の考えに納得したともとれるように呟いた。しかし、その口から出た言葉はまったく別の内容だった。

「じゃあ、総司君は自分でどこがいけないかを考えることはしないんだ。それで他の人の考えを聞いて、納得できればその人の考え方で生きていくんだ」

 さおりのその言葉を聞いたとき、不思議な違和感を感じた。だが総司にはその違和感について考える余裕などなかった。

「ちょっ、別にそんなこと言ってないですよ。ただ単に俺の仕事のやり方のどこがいけないのか、どう直さなくてはいけないのかを説明して欲しいって聞いただけですよ」

 総司はたった今、自分の口をついて出た言葉を思い返して、自分に対してかつて感じたことのない嫌悪感を感じていた。


 その嫌悪感はつい先程まではどこに隠れていたのか、総司が気づくこともなかったのだが、一度、姿を現すと総司の中ですさまじい速さで広がっていった。もちろんさおりはそんなことには気づくはずもなく言葉を続ける。

「同じことよ。自分で自分のことを見つめ直すこともできないのに、自分に対する人の意見が素直に聞けるとは思えないわ」

 重い言葉だった。総司は今までそんなことは考えたこともなかった。

(自分で自分のことを見つめることもできない)


 不思議だった。なぜだかわからないがさおりと初めて過ごした夜のことを思い出していた。そしてそのことを千佳に告白した時のことも。

(俺は自分に対して、どこかで逃げ道を探していたのか)

 総司は今まではすべて自分の思う通りにやってきたし、やってこれた。自分のことを見つめ直すことなどしたこともないし、その必要もなかったのだ。


「総司君はね、きっと、自分に自信を持ちすぎなの。だからと言ってそれは決して悪いことではないわ。もちろん自信がなくて何もできないでいるよりも余程すごいことだと思う」

 さおりはそこまで言うと一旦話を止め、総司の反応を確認するかのように話を続けた。

「でもね・・・、あまりに自分に自信がありすぎると周りのことが見えないものなのよ。総司君は今の自分の仕事のやり方について他の人とどう違うか考えたことある?」

 さおりの言葉は半分しか総司に届いていなかった。

「他の人との違い?そんなの考える必要ないじゃないですか。自分は自分の仕事のやり方でやって行く。ただそれだけですよ」


 自分でも明らかに違うとわかっていた。なのに、なぜか総司はその言葉を選択することしかできなかったのだ。

 それを聞いたさおりは少しのあいだ何も語ろうとはしない。ジッと総司を見つめるその瞳は少し哀しげだった。

「そう・・・。やっぱりわかっていないのね。考えてもみて、会社なのよ。あなた一人だけで仕事をしているわけではないのよ」

 さおりは総司に考える時間を与えるかのようにゆっくりと確かな口調で語りかける。

「そりゃ、一人じゃないけど・・・」

 そう呟いた総司は飲みかけたグラスを口元でとめた。どれほど自分を見失おうと、さおりにそう言われて総司は気が付かないわけがなかった。


 総司は持っていたグラスをカウンターに勢いよく置いた。グラスの中の氷が中の液体と同調してその破片を空中へ撒き散らす。先程感じた自分に対する嫌悪感はいつのまにか姿を隠していた。

「わかったみたいね」

 さおりはそう言うとグラスに口をつける。総司とは違い一気に飲み干すようなことはしない。

(俺は何もわかっていなかった。このままではダメだ。周りのことを何も分かっていやしない。このままでは千佳を幸せにすることなんてできやしない。)


 初めて感じた屈辱だった。いや、本来なら屈辱とは逆なのかもしれない。新たな自分に気づいたのだから通常なら喜ぶべきことなのだ。だが、総司にとっては何もわかっていない自分を知ることはこの上のない屈辱だった。

 とてつもない虚しさが総司を襲う。

(こんなとき千佳が傍にいてくれたら)

 そう思うと同時に先程までの嫌悪感が再び姿を現した。しかし、今度は総司の中でそれが何に対するものなのかはっきりとわかっていた。


(俺は千佳を裏切った。寂しさを理由として。そして、屈辱を感じたとき、再び千佳を思い出している)

 二人の間に会話はなくなっていた。さおりは総司に対して目を向けることもなく、何か考え事をしているかのように一人グラスを傾けている。

(やはり、俺には千佳が必要なのだ。千佳が俺の側にいることによって、俺は俺のすべてを出すことができる。俺から千佳がいなくなることなど、もはや考えられない)


 総司は最後の一滴を飲み干すと、見つめるようにグラスに話し掛けた。

「俺は、俺だけではダメだ・・・。」

 小声ではあるがさおりには聞こえない距離ではない。しかしそんな総司の言葉が耳に届いてもさおりは総司に対して目を向けることもなかった。

(しかし・・・)

 総司の頭の中でその次に続く言葉は飲み込まれていた。あきらかに自分の意思とは違う内容の言葉だったからだ。しかし今の総司からはそれを完全に飲み込むだけの強さは感じられなかった。


 どれほど飲んだのだろうか。店内には総司とさおりしか残っていない。さおりは相変わらず総司の横で静かに、ゆっくりと飲み続けている。

「さおりさん。俺の部屋でもう少し話しませんか」

 その言葉にさおりはようやく総司の方に目を向けた。そして、その瞳を食い入るように見つめ返すのだった。

(俺は何を言っているのだろう。またあの過ちを繰り返すのだろうか。もう二度と同じ過ちを繰り返すまいと思い、その償いのためにすべてを千佳に打ち明けた。それなのに、また同じ人と・・・)


 総司は既に一人で歩けないほど酔いがまわっていた。さおりは何も言わず席を立つと総司に寄り添うように店を出た。店を出るとさおりはタクシーを停め、まるで恋人同士のように二人で乗り込んでいった。


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