第九十八姉「はぁ?聞こえないんでぇ~もっと大っきな声でお願いできますぅ?」
今章はムラサキお姉ちゃんとノエルさんが普段より黒化しておりますが、
・ノエルさん 貴族、高慢な魔法使い、魔法学校の人間嫌い
・ムラサキお姉ちゃん 弟をディスるやつ嫌い
なことに加え、基本的に『ヒロくん>>>越えられない壁>>>その他』なので仕方がないのです。許してやってください。
「制限時間は15分とする。では、両者、見合って。・・・始め!」
戦いの火蓋が切って落とされた!
「ほ「≪水弾≫!」のぉ!?」
バァン!ドサァ!
仰向けに倒れ伏すクリフくん。
機先を制するために顔面狙いの≪水弾≫で牽制したが・・・動かないぞ?なにがあった?
・・・は!? もしやあれは、地面を背にすることによって背後という弱点をなくす幻の拳法!?
漫画で読んだことある!
天才魔法使いの上、拳法まで使うのかよ。チートすぎるだろ。
危なかった。俺でなければ気絶したと勘違いし、近寄って反撃を食らっていたかもしれん。
その手はくわんぞ!
「≪水弾≫×3!」
「ぐは!ぐへ!ぐほ!」
シーン・・・
なん、だと・・・?直撃したはずなのに、微動だにしないとは。
まさか、魔法なしで防がれたのか?さすがは名門クリフレッド家の天才魔法使いということか。
ならば仕方ない、出し惜しみはなしだ!
D級魔物すら一撃で屠った≪円水斬≫を使うしかない!
はぁぁぁぁぁ!
そのとき、ノエルさんから声がかかる。
「あー、ヒイロ。そいつ、気絶してるからそのまま続けると死ぬぞ。私はいっこうにかまわんが。」
「・・・ぇえ!?」
クリフくんに駆け寄ると、鼻血を垂らしながら目に☆がチカチカしていた。
あー、確かに気絶してますね。
「えっと、いつからですか?」
「最初の≪水弾≫だよ。気絶した人間にさらに追い討ちをかけるとは、ヒイロにしてはなかなかエグいことをやるなと思ったが、気づいてなかったのか。」
ノエルさん苦笑い。マジすか。
チラッとさきねぇを見ると、蹲りプルプル震えながら地面を叩いている。
はっはっはっはっと息が荒く涙目なので、ツボにはまりすぎて笑いすぎの過呼吸状態のようだ。
鬼やな。人のこといえんけども。
とりあえず≪聖杯水≫でクリスくんの傷を癒した後、本日三回目の木陰休憩にはいらせる。
「さて、ヒイロ。どう思った。」
「どう、といわれても・・・牽制程度で気絶するとは思わなかったので、なんとも。」
「つーか直撃だったわね。あれくらいは避けれないときついわよね~?つーか弱くね?」
「あれが魔法学校の実態だよ。あそこの成績は魔法使い試験のような形式だからな。絶対安全な場所から時間をかけて魔力を練り、動かない的に当てる。それで魔法使いの強さなど計れるものか。」
ノエルさんの機嫌が加速度的に悪くなっていく。
「結局、魔法の教科書に書いてあることをただ暗記するだけで全く応用がきかない。集中しないと使えないような派手で威力の大きい魔法ばかり重視される。そして、家柄で相手を判断し過剰に痛めつけるか手を抜く。どうしようもない。」
はぁ・・・とため息をつくノエルさん。
実戦で魔法を鍛え上げ大戦を生き抜いた魔法使いとして、そんな現状には悲しいものがあるだろうな。
心中お察しします。
「あの小僧が目を覚ましたら『油断しただけだ!』とか『不意打ちとは卑怯だ!』とか言い出して、再戦を申し込んでくるだろうから相手をしてやりなさい。確かにそこの小僧は魔力だけで見れば天才かもしれん。だが、それだけで人の器を量れないということを教えてやりなさい。」
「はっ!」
「・・・なんかエルエル、水戸の副将軍様みたいね。不覚にもかっこいいと思ってしまったわ。」
「ん、ん?そうか?そんなことはないが?」
めっちゃニヤニヤしてる、めっちゃニヤニヤしてるよ。
でも、水戸の副将軍様は実は説教大好きな世話焼きじじいだなんて、ノエルさんには言えやしない・・・言えやしないよ。
「ボソッ(それに、あの小僧と戦うことでヒイロは魔法使いとしての経験を積めるし、勝つことで自信もつくだろう。一石二鳥だ。しょせんあの小僧はヒイロのための捨石よ。使い終わったらポイだ。)」
「ボソッ(なるほど。あいつはヒロのレベルアップのためのエサってわけね。やるわねエルエル!その腹黒さが素敵!)」
「「ククククククク。」」
「? どうしたの?」
「「いいえ、なんでも?」」
なんか今、二人とも一瞬だけすげぇ悪い顔してたけど・・・まぁいいか。
再戦までストレッチでもしようっと。
「・・・ぅう、うーん。ここは・・・?」
「あ、起きた?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。確かボクは・・・そうだ!キミと勝負をして・・・開始直後にいきなりなにかされて。あ、あれはなんだ!ずるいぞ!」
「ヒイロにはどこにも卑怯なところなんぞない。」
ノエルさんは腰に手をやり、お叱りのポーズだ。
「ヒイロの≪水弾≫を食らって気絶した。それだけだ。」
「いやー、見事な気絶っぷりだったわよ!『気絶した』を『クリスった』って呼び方で呼んでもいいくらい!」
「な、なんだそれは!?完全にいじめじゃないか!いや、待て。重要なのはそこじゃない。さっきの一撃が≪水弾≫だって?あんな威力の≪水弾≫なんてあるか!」
「・・・世の中には『ありえない』なんて言葉は『ありえない』んだぜ?」
フフ、決まった!
俺と同じ弟属性であるあの人の技をイメージして創造したんだ。
そこらの水鉄砲と一緒にするんじゃねぇぜべらぼうめ!
「ぅぅぅぅぅぅぅ!さっきのは油断しただけだ!もう一度勝負しろ!マグレに決まってる!」
「はぁぁぁぁ?お前は私のかわいい弟にぼろ負けしたんだよこの負け犬が!再戦したいならPleaseが必要だろうがPleaseが!はっはっは!」
さきねぇ、ちょう楽しそう。
「こ、この名門レッドクリフ家のボクが、そんなこと言えるか!」
「そうか。なら敗北したままお家に帰ってママのおっぱいでも吸ってるといい。お帰りはあちらだ。」
邪悪な笑顔でニヤニヤしながら帰りを促すノエルさん。
異世界史上、最もかわいらしく最もやっかいなコンビ、爆誕!
クリスくんも涙目だ。
「う、うぅぅぅ・・・ぉ、ぉねがぃします・・・」
「はぁ?聞こえないんでぇ~もっと大っきな声でお願いできますぅ?」
「・・・・・・お、おねがいします。」
「何言ってるかぜんっぜんわかんないんですけど!腹から声だせよ腹から!」
「お、お願いします!!!」
「だが断る!」
「!? ひ、ひどい!あんまりだぁ!!」
ついに顔を手で覆い泣き出すクリスくんと、悪魔の笑みを浮かべるさきねぇ。
さきねぇ、基本的にいじめっこな上、愛しい弟をディスった憎き相手だから容赦ねぇな。
「まぁまぁ。俺もあれじゃさすがにアレだから、もう一回やろうか。ね?」
「き、きみってやつは・・・!」
パァーっと明るい顔になるクリスくん。
「よし、では再戦といこうか。距離をとって・・・両者、構え!」
「おす!」「はい!」
「では・・・・・・はじめ!」
先ほどとは違い、お互いに間合いを計り相手の様子を見極める。
また大技なんか使おうとしたら≪水弾≫で妨害じゃ。
「・・・≪火鞭≫!」
炎の鞭がこちらに迫る。
ふむ、こちらも色々試してみるか。
「≪水壁≫!」
じゅぅぅぅと音を立てて、炎の鞭を水の壁が受け止める。
「む、やるな!だが、これはどうかな!?≪火槍≫!」
人の大きさほどの炎の槍が出現し、水の壁にぶつかる。
あっさり貫通し、炎の槍が俺に迫る!
「まっじで!?やべぇ、≪水盾≫×3!」
自分の前方に水の盾を三重に張る。ちなみに読み方は『さんじゅう』であり、三重県の『みえ』ではない。意味は変わらないけどな。
頭の中で誰かにそんなアホな説明をしていたが、なんとか二枚で防御に成功した。
「ふふふ、さすがは≪破軍炎剣≫の弟子といったところか。だが、守ってばかりでは勝てない!」
「知ってるよ!・・・≪水球≫!」
俺は水の塊をクリスに向けるが、クリスは既に迎撃準備を整えていた。
「そんなものでこのボクを倒せると「思ってないよ。」
クリスが≪火球≫で相殺しようとしたその瞬間。
「ブレイク!」「な!?」
その言葉と共に、≪水球≫が破裂した。
といっても破裂しただけだ。風船に針を突き刺したようなもんで殺傷力はゼロである。
だが、訓練でも積んでない限り、目の前でそれをやられてビックリしない人間はまずいない。
当然、クリスも一瞬目をつぶる。
目くらまし、か~ら~の~!
「≪水速球≫!」
「ブハッ!」
バタン!
俺が投げつけた水製野球ボールがクリスの顔面に突き刺さり、鼻血を出しながら後ろに倒れる。
さきねぇが近寄り様子を確認する。
「クリボー、死亡確認!すたんだっぷとぅざ~・・・」
「「びくとりー!」」
Vサインを掲げた俺とさきねぇの勝利の雄たけびが河原に響き渡った。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ご意見、ご感想ありましたらよろしくお願いいたします。
ノエルさんはヒロくんを(ある意味ムラサキお姉ちゃんよりも)高く買っています。そのため『例え総合魔力Cでも、信念も挫折も実戦経験もないような魔法学校の学生風情にうちのヒイロが負けるはずがない』という確信があります。
つまり、クリスには悪いですが、もともと弟子をとるつもりなんて欠片もありません。
魔法学校はノエルさんの話に加え、『魔物との戦いは魔法使いを守る壁役がいることが前提、魔法使い同士の戦いは魔法の撃ち合いが当然』で「希少な魔法使い様を守れよその他大勢ども」という選民意識バリバリなため、冒険者や実戦経験者たちからすこぶる評判が悪いです。
攻・防・回復魔法が使える上応用も利き、棍棒かついで前衛も出来るのに謙虚で穏やかなヒロくんは冒険者たちから人気が出て当然といえます。




