第三姉 番外編『その時の初月紫さん』
「・・・ぶ、ぶわははははははははははは!」
夜のカーテンに包まれた池周辺に私の爆笑が響き渡った。
「ひー、ひー、し、死んでしまう! やばいー! もうやめて! 私のライフポイントは0よ! だ、誰か、回復を! 旅の僧侶さん辻ヒールをお願いします! ぶわははははははははははは!」
なんということだ!
わたしのさいあいのおとうとがいけにおちてしまった!
ひげき!
これをひげきといわず、なにをひげきというのか!
わたしはぜつぼうのおえつと、かなしみのなみだがとまらない!
ここで唐突だが、自己紹介をしておこう。
私の名前は初月紫。そして、たった今池に落下にした男は 初月緋色。
私のかわいい双子の弟だ。
が、双子といっても全く似ていない。
私は美少女だ。それもかなりだ。身長はそれなりだが、胸はでかい。
言い換えるとおっぱいはおっきい。
告白された回数なんぞ両手足の指の数より多いし、街を歩けば声をかけられない日がないくらいだ。
マジうぜぇ。
それに対し、弟は普通だ。私的には世界で一番かわいい素敵な顔なのだが。
友人から『弟くんを紹介して!』と言われたことはない。
もちろんそんな女がいやがったら産まれたことを後悔するくらいひどい目に合わせてやるが。
姉が姉として行動することは全て許される。姉は正義なのだ。
このように、じつは実の姉弟ではないんじゃなかろうかという似なさっぷりだ。
それはそれで構わない。むしろばっち来い!って感じだ。
が、戸籍の確認はしていない。
結果がどうあれ、私は私で、弟は弟。何も変わらないからだ。
私は弟が好きだ。
私は弟が大好きだ。
私は弟を愛してる。
無論、ライクではなくラブだ。
大抵の人間は頭がおかしいと思うのだろう。
常識がどうのとか、日本では認められないとか。
だが、それがなんだというのだ。
好きなのだ。
どこが?と聞かれれば『全て!』と答えるし、なんで?と聞かれれば『今までの長い年月の中で、数え切れないほどの愛を感じてきたから!』と答えるだろう。
そして、弟も私が大好きなのだ。シスコンなのだ。
しかし、残念なことに弟は私のことをあまり性的な対象とは捉えていない。
あくまで『きれいでかわいくて頭が良くて運動神経抜群で~以下略~で大好きなお姉ちゃん!』で留まっている。
チキンめ。
まぁ難攻不落な弟要塞を攻略するのは苦ではない。むしろ楽しい。
そんな感じで過ごしてきたわけだ。
今日もそんな感じで色々な雑誌を読みつつ、夜のデートに漕ぎ着けた。
夜景の見えるきれいな海の代わりに、プールという名の池をチョイスした私はさすがだった。
鍛えれらたお姉ちゃんである私以外、誰も思いつかないだろう。
そして二人で懐かしの遊び場へたどり着き、今に至る。
「ふー、ふー、なんとか収まってきたわね。ぷっ!」
いやー久々に爆笑したわ。さすが我が最愛の弟。まさか、ここまでもってるとは。
『・・・押すなよ?絶対押すなよ?』
びびるヒロ。かわいい!
↓
そこへ背後からコガネムシが! コガネムシの死装甲突撃!
↓
『ぅわぁぁぁぁぁ!』
池に向かって顔面からダイヴ!
もう神の領域でしょあれ。
まさかダチョウ倶楽部のアレを虫でこなしてしまうとは。
世界初なんじゃないかしら?
あー失敗した。ビデオカメラ持ってきとくべきだったわー。
バカバカ、私のバカ!
あの決定的瞬間をニコ動にでもアップしたらきっとやばかったわね。
池に落ちる瞬間とか『w』の弾幕で埋め尽くされるんじゃないかしら。
とりあえず私はその場に座り込んだ。
そして池をじーっと眺める。
ヒロのことだ、これで終わらせるはずがない。
ヒロはなぜかわからないが、水の中でも冷静かつ自由に動くことができるのだ。
本人曰く『辛く厳しい修行の成果なり・・・』とか遠い目をしてたけど、絶対嘘よね。
だって揺りかごの中からずっと一緒だけど、そんな修行編なんて見たことないもの。
私はドキドキしながら待つ。
どんなリアクションをするのかしら。
足だけだして『犬神家ー』とかは基本よね。
いや、ヒロならザバッと池から這い出して、がに股で歩いてきて『ここがジャブローの入り口か、早くシャア大佐に報告しなければ!』くらいはやってくれるはず。楽しみ!
おかしい。
ヒロが起き上がってこない。
最初はそういうネタなのかと思ってそのまま待っていたが、さすがにおかしい。
そもそも、この池は膝くらいまでの深度しかない。
顔からダイブして全身突っ込もうが、すぐにおしりがプカリと浮かんでくる程度だ。
にも関わらず、ヒロの姿がない。
相変わらず池は光ってるし、渦巻いてる。
ここでふと、頭をよぎったものがあった。
本当になんとなくだ。
なぜそんな考えが浮かんだのかもわからない。
でも、私の頭の中にあるものが浮かんだ。
「・・・あれって、アレにそっくりね。」
そう、『アレ』。
国民的RPGに出てくる『アレ』だ。
遺跡やダンジョンの中に光る渦があり、その中に入ると違う場所へワープしてしまうという、原理の良くわからない移動方法だ。
なぜかはわからないが、私はそれを連想してしまった。
考えてしまったら、もう止まらなかった。
ヒロがいない。
ヒロはどこへいったの?
もしかしたらこれは本当にアレで、どこかにいってしまったんじゃ?
私を置いて?
私を一人にして?
たった一人で?
もう会えないの?
ヒロに会えないの?
なんで?
どうして?
私が悪いの?
頭がおかしくなりそうになりながら、池に目を向ける。
異変が起こっていた。
光が弱くなってる。
明らかに最初よりも眩しくなくなっている。
渦もゆっくりとではあるが、消えかかっている。
それを見た瞬間、私は助走をつけ、池に飛び込んでいた。
実はヒロが池に潜って私を脅かそうとしているのでは、とか。
これが本物なら家族や友人と離れ離れになる、とか。
そんなものは頭に浮かんでこなかった。
私の心にあったのは、たった一つだけだった。
「ヒロ! 今お姉ちゃんが助けてあげる!」
バシャン!と池に何かが落ちる音がして。
あとに残ったものは、虫の声だけだった。
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