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第五話

 王国の首都であるラスティンには、王国で一番大きな図書館がある。

 ベルンハルトは、その図書館に足を踏み入れていた。荘厳な柱が並ぶ図書館の中は、壁一面が本で埋められている。訪れる人も多い。

 階段を登り、中二階へと上った。バルコニーのような空間の手すりから下を見下ろせば、一階にいる人の姿が見える。それを少しだけ眺めてから、本棚へと向きを変えた。

 ベルンハルトの目の前に立ち並ぶ本棚は、主に歴史分野の棚となっていた。その中から、過去の魔女が関わる裁判について調べようと思ったのだ。

「……これか」

 過去の裁判記録、そしてその裁判に関わった魔女達について調べられた本を手に取る。ずっしりとしたそれは個人によって書かれたもので、本以上に執念のような重みがあるように感じられた。

 他にも目に付いた軽めの本を手に取り、閲覧室へと向かった。

 図書館の奥に位置する閲覧室は、ずらりといくつもの机が並んでいる。埋まっている人は三分の一くらいだろうか。あまり人のいない、暗がりの席を選んで腰を下ろす。

 本を開いてぱらり、と頁をめくっていった。その本はただ裁判を記録しただけでなく、魔女についての歴史も調べていて、筆者の個人的興味がある分野にも踏み込んでいるように感じられる。

 今までも魔女の裁判というのは、王国裁判所で行われていたらしい。ベルンハルトはあまり深く知らなかったが、どうにも過去に、王族と魔女の間で何らかの禍根があったようである。

 頁をめくっていくと、魔女の中でも、特にとある一族を中心に裁判が行われているらしいことが分かってきた。ただ、それがどんな一族なのかは、裁判記録から見てもよく分からないようなのだ。なんせ、裁判記録は同じものと錯覚するくらい、似通っているのだ。取り調べもまともに行われなかったようであるし、分からない部分もあるだろう。

「ふむ」

 軍に所属しているという身分を使えば、もっと何か分かるかもしれない。今度はこの一族について、もっと詳しく調べてみよう。そう決めると、本を戻すために席から立った。他にも色々と調べたいことはあったのだが、用事があったのだ。

 本を元の場所に戻し、図書館を後にする。まだ陽は高かった。

 この街に戻ってきてからの休みは久しぶりだ。この休みが終わってしまえば、また監視の仕事だ。そんなベルンハルトの事情を知ってだろうか、街に戻ってきた途端、顔を見せてくれと家族や、他にも何人か、声を掛けられているのだ。

 ベルンハルトは通りに出ると、貴族御用達の店が立ち並ぶ通りまで足をのばした。

 通りのあちこちで馬車が止まり、上品な服装に身を包んだ貴族達が店を訪ねている。

 ベルンハルトはしばらく通りの入り口で立ち止まり、悩んでしまう。

 これから婚約者の家に向かうつもりだ。向かう前に贈り物を決めておきたかったのだが、何にすれば良いのか悩んでしまうのだ。

 普通の貴族ならば流行にも詳しいのだろうが、生憎ベルンハルトは軍人だ。魔女狩りの任務前も、演習で街を離れてしまっていたので、すっかり疎くなってしまっている。

 入り口でしばらく悩んだ挙げ句、有名な飴細工店へと足を運んだ。

「こんにちは。本日は何をお探しでしょうか?」

「今流行のものはあるか?」

「はい、今流行のものはこちらになるかと」

 店員が出してきたのは、様々な花を象った飴細工だった。これだったら贈り物にしても良いだろう。

「これをくわしく見せてくれ」

「かしこまりました」

 店員が出してきた一覧表には、いくつもの花の種類が載っている。どれにすれば良いか悩んでしまうくらいだ。悩みながらも、薔薇を初め、いくつかの花を包んで貰った。

 綺麗に箱に収めてもらい、それを手に店を後にする。放りっぱなしにしている後ろめたさが消える訳では無かったが、少しだけ薄れたのを感じた。

 さらに通りの角にあった花屋で、鮮やかなマーガレットの花を一束買い、通りを後にする。

 婚約者が住んでいる別邸はこの通りから少し離れていたが、このまま歩いていく。一度戻ってから馬車を出すのも面倒だし、運動にもなるからだ。

 通りを三つほど横切り、貴族の町屋敷が連なる通りへと入ってきた。通りの中ほどまで歩き、ノックをする。

「まあ、よくいらっしゃいました」

「アンジェさんはいますか?」

「ええ。お入りください」

 執事に中へと誘われる。上着と贈り物を預け、花束だけ持って中へと入った。応接間に入ると、花模様のソファに腰掛けた婚約者、アンジェの後ろ姿が目に入る。

「まあ、ベルンハルトさま」

 アンジェは来訪者の存在に気が付いたようで、後ろに目を向けると、驚いたかのように立ち上がった。

「ずっと会えずにいてすまない」

「いえ、大変なお仕事ですもの。お元気でいてくださるだけで嬉しいですわ」

 アンジェは柔らかな笑みを浮かべた。彼女に花束を渡すと、嬉しそうに受け取る。

 そのままアンジェに誘われ、応接間のソファに腰掛けた。二人のところへ、執事が静かに入ってきて、紅茶の準備を始めた。

 貴族ならばいつもの光景であるのだが、何だか久々に見たようにも感じられる。ベルンハルトも貴族であるのに。下手をすれば、作法さえも忘れてしまいそうである。

「ここには、いつからお戻りになられたのですか?」

「一昨日だ。……いつも手紙をありがとう」

「いいえ」

 アンジェは目を細めた。彼女は事あるごとに、ベルンハルトに手紙を送ってくれる。家同士が決めた婚約とは言え、ベルンハルトのことを大事に思ってくれているのは確かだった。自分にはもったいなさすぎるほどだ。せめてこうして、戻ってこられる間ぐらいは、それに応えたいと思う。

 執事は紅茶の準備を終えると、ベルンハルトが持ってきた包みをそっと開き始めた。

「まあ」

「少し演習に出てしまっている間に、流行などがさっぱり分からなくなってしまってね。遅れていたらすまない」

「いえ、そんなことありませんわ。まあ、綺麗な飴細工……!」

 大丈夫かどうか心配だった飴細工をアンジェは夢中で眺めている。気に入ってくれると良いのだが。

「頂くのが勿体ないですね。せっかくですし、少し飾っておきましょう」

「そうか」

 アンジェは嬉しそうに、その包みを執事へと渡した。細かい花びらが重なった、飴細工がきらきらと煌めく。もちろん飴細工は美しいと思うのだが、物足りないと思ってしまう心もあるのだ。食べるならば、もっとこうどっしりとした焼き菓子のようなものを食べたいと思ってしまう。

 アンジェの細く白い手が、そっと白磁のカップを持ち上げた。ベルンハルトは自分のカップも持ち上げて、そっとダージリンの香りを堪能した。

「お出かけになっていたところは、どんな町でしたの?」

「そうだな……、森が多かった」

「森?」

「ああ」

 不思議そうに目を丸くするアンジェに、一度だけ行った彼女の屋敷を思い出す。静かで、たくさんの木々に覆われた屋敷。あの町は、そんな静けさをもはらんでいるように感じられた。

 彼女は、町でのことなど、仕事の事柄を巧みに避けて問いかけてくる。そんな彼女の気遣いが、ベルンハルトにはありがたく、そして好ましくも感じられるのだ。

 せめて彼女だけは大事にしたい。そんな想いを新たに抱いて、ベルンハルトはカップを口に運んだ。


 *


「もう行かれるんですか?」

「ああ。残念なことに叔父や父に呼び出しを食らってしまってね。行かないと」

 玄関先まで見送りにきたアンジェは、寂しそうな表情でベルンハルトを見上げてきた。まだまだ残って話したいことはあるのだが、呼び出しに応じないと何をされるか分からない。

「また手紙を書きますね」

「ありがとう。俺もできるだけ、返事をするようにするよ」

 ベルンハルトは小さく手を振って、アンジェの屋敷を後にした。まだ空は明るいが、少しすれば街灯が点されるようになるだろう。

 ベルンハルトが歩いていく横を馬車が通り過ぎていく。馬蹄の音や、車輪がきしむ音を聞きながら、通りを歩いていった。

 最近は少しずつ自動車の開発も進んでいるのだが、まだ通りを走るのは、馬車が圧倒的に多い。まだ軍の演習でも馬が中心だ。差し迫って必要とされていないということかもしれない。

 大通りに出て、今度は反対側へと進む。その通りも、主に貴族の屋敷が立ち並ぶ通りだ。その中ほどに、ベルンハルトの父達が暮らしている屋敷がある。

 ベルンハルトは軽く息を整えると、扉を開けた。中は人の気配があまりしない。元々父達もこの町で働くことが多いとあって、人をそこまで雇っていないのだ。

「戻りましたよ」

 とりあえず中に向けて声を上げると、奥からがたりと物音がした。しばらくがたがたと音がしてから、奥から父親が出てくる。どうやら仕事から帰ってきて、何かひと作業していたようだ。

「おお、久しぶりだな!」

 父はベルンハルトの顔を見た途端、両手を広げてうれしさを示してきた。こうして見ていると、大分彼とは会っていないことに気づかされる。

「久しぶりです。ずっと留守にしていてすみませんでした」

「仕方がない。今は情勢が厳しいからな」

 父は苦笑しながら、ベルンハルトを中へと誘う。案内された場所は食堂だった。奥の厨房からは香ばしい香りが漂ってきていて、晩餐の準備が進んでいることを感じさせる。

「今食事を用意している。じきに兄も来るだろう」

「それは楽しみです」

 屋敷のコックはベルンハルトがまだこの家に長く住んでいたころから変わっていない。彼の作る食事は皆絶品なのだ。軍の食事もまずい訳ではないが、大味なのである。

 二人が椅子に腰掛けたところで、父が軽い調子で声を掛けてきた。

「そういえば最近の任務はどうなんだ。少し前までは演習に行っていると聞いていたが」

「ああ……」

 父はまだ軍が編成される前、騎士団に所属していた。騎士団が解体され、軍が編成された今は軍の後方部隊での仕事なので、大きな演習などに参加すると、父にも伝わるのだ。さすがに魔女狩りはあまり公にされなかった任務ともあって、伝わっていなかったようだった。

「そう。十の部隊でね、実戦に近い演習をしましたよ」

 ベルンハルトは少し前の演習の様相を思い出した。普段はあまり配備されない銃を皆が手にして行った演習。銃弾はペイント弾だが、その演習に参加しながら、ひしひしと大きな戦争が訪れるのではないか、と感じたのを覚えている。

「そうか……」

 父にもその考えが伝わったのか、静かにそれだけ答えを返してきた。ふと沈黙になったところで、入り口で物音が聞こえてくる。

「俺が行きます。せっかく叔父さんがいらしているんですし」

「そうか」

 ベルンハルトは立ち上がって、玄関まで引き返した。そこで、中に入ってきた叔父と顔を合わせる。

「おお、ベルか。久しぶりだなー」

 叔父はにこやかに微笑みを浮かべながら、ベルンハルトと向き合う。

「ええ。大分ご無沙汰してましたね」

「そうだな。もう五年くらいにはなるかな」

 叔父も忙しい身であるので、ベルンハルトとは滅多に顔を合わせないのだ。二人して、前に会った時のことを思いだしながら、食堂へと歩いていく。

「兄貴。急に呼び出して悪かったな」

「いや。久しぶりにベルに会えたしな。良かったよ」

 叔父は少しだけ眩しそうにベルンハルトを眺めてから、席へと着いた。彼もまた、昔は騎士団に所属していた身である。当主の地位を引き継いでからは、そこからも身を引いていたが。

 三人揃ったところで、グラスとワインが出てきた。磨かれたグラスに、ワインが注がれる。続いて、香草入りのソーセージがテーブルの上に並んだ。この家のものは、香草入りといっても微妙に味が違うのだ。

「それでは、ベルンハルトの帰還に、乾杯」

「乾杯」

 三人は軽くグラスを掲げてから、それぞれ口を付けた。ワインのまろやかさが口の中で広がる。ソーセージは、ほどよく香草の香りがきいていて、とてもおいしいのだ。

 三人はそれぞれ、近況の報告や最近聞いた話などを話しながら、次々とワインを空けていった。父の後方部隊での事件、最近の都市でのゴシップな話題。やがて話題はベルンハルトが最近扱った魔女の話題へと変わっていく。


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