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第十話

 外は夜の闇に覆われようとしていた。その中を二人の兵士が音もたてず歩いていく。二人が目指すのは、王国裁判所内だ。

 その日の役目を終えた裁判所は、静けさに満ちていた。入り口となる門は厳重に錠をおろされ、さらに警備として護衛が二人、佇んでいる。

 二人の兵士、ベルンハルトとエッカルトは入り口の様子を確認すると、入り口に灯されている灯りを避けるように裏へとまわった。ここから入れば、裁判所内まで最短距離で忍び込むことができるのだ。

「中も見張りがいると思うか?」

「普段だったらいない方に賭けますけどね。この時期だったら、いてもおかしくないなあ」

「そうだよな」

 エッカルトと同意見を引き出したベルンハルトは、小さく肩を竦めた。

「いるとしたら、廊下を巡回してる感じか」

「そうでしょうね。部屋の中には機密もあるでしょうし、入ってこないと思います」

 ベルンハルトは脳内に叩き込んだ配置を思い返す。巡回している者がいる廊下とすると、一番怪しいのは入り口から真っ直ぐ延びる廊下だろう。そして幾つか廊下を経由して、裏口までの警備。それが真っ当に感じられる。警備に人員は割いていないだろうから、二人ぐらいだろうか。

「ふむ」

「どうします?」

 ベルンハルトはどこから侵入するべきか、配置から考える。何にせよ、絶対に見つかってはいけないのだ。見つかった時点で、ベルンハルトの部隊はおしまいだ。

「確か被告人が専用で通る道があっただろう」

「ええ……裏口とは別にありましたね」

「そこから入ろう。法廷の裏を通って、執務室まで忍び込む」

「了解」

 表から入るにしろ、裏から入るにしろ、どうしても廊下を通らなければならない。廊下には警備がいるだろうとの観点から、できるだけ通り抜ける長さを減らすとなると、法廷側から入って横切る方法しか浮かばなかった。

 エッカルトと目で合図すると、ベルンハルトは真っ先に門を飛び越えた。続いて、軽やかにエッカルトも飛び越えてくる。そのまま茂みに身を潜めて周りの安全を確認すると、真っ直ぐに被告人通路まで駆け抜けた。

 扉の前で、エッカルトは身を屈めて鍵の様子を確認している。ベルンハルトはその間、ここに人がやってこないか、目を光らせていた。

「……クリア」

「よし」

 しばらく扉の鍵を戦っていたエッカルトであったが、小さな声と同時に扉を開いた。ベルンハルトはもう一度辺りに気を配ってから、中へと忍び込む。

 中の通路は真っ暗だった。暗闇に目を慣らしつつ、音を立てないようにして法廷へと進む。中の法廷の扉は鍵が掛かっておらず、ドアノブをひねっただけですぐに開いた。

 扉の隙間から、中を確認する。人の気配は無い。灯りが落とされた法廷は、また違う景色に見える。二人はさらに足音を殺して進んでいく。

 法廷から出れば、問題の廊下だ。ベルンハルトは身をかがめ、扉に耳を押し当てた。耳をすませると、遠くの方からかすかな足音が聞こえてきた。しばらく耳を押し当てて、足音の様子を探る。足音は一定の間隔で大きくなり、やがて足音だけでなく服が擦れるような音も聞こえてきた。息を殺して様子を窺っていると、その音はベルンハルトの前でも止まることなく、扉の前を通り過ぎていった。

 他に足音はあるだろうかと探ると、もうひとつは遠くの方で聞こえてくる。しばらく耳を押し当てていたが、その音はこちらに近づいてくる気配は無いようだった。表側と裏側で警備を分けているのだろう。

 また警備兵の足音が近づき、そして遠のくのを確認してから、ベルンハルトはそっと扉を開けた。隙間から目を凝らして外を見ると、遠くの方でこちらに背を向けている兵の姿が見える。

 エッカルトに合図を出してから、ベルンハルトは外へと飛び出した。そのまま真っ直ぐ廊下を横切り、目当ての執務室の扉に手を掛ける。もし鍵が掛かっていたら、とひやりとしたが、扉はあっさりと開いていった。

 するりと隙間から忍び込む。後ろにはその様子を見ていたエッカルトも廊下を横切っていて、続いて忍び込んできた。音を立てないようにして、扉を閉める。

 二人は目配せをしてうなずきながら、机が並ぶそばまで歩いてきた。廊下から離れた室内まできて、ようやくひと息つくことができる。

「さて。ここからはひとつひとつ机を見ていくしかないか」

「そうですね」

 囁くように会話を交わし、二人はそれぞれ離れた机から調べ始めた。まずは、魔女狩りに関わっている判事達の机を探し出すことが先決だ。それとなく資料をひっくり返して、それらしいものが見当たらないか調べる。

 いくつか机を探ってみたところで、イーリスの裁判記録を扱っている机を見つけた。エッカルトに合図をして、細心の注意を払いながら書類を調べていく。

 いくつか机の引き出しを探っていたところで、エッカルトが合図をしてきた。

「少佐。これ……」

 エッカルトが差し出してきたのは、一枚の書類だった。それはカロッサ大佐からの書面のようだった。窓からの月明かりにさらすようにして、文字を追っていく。

 そこには、魔女裁判の概要や、裁判によってもたらされるものについて、簡潔に記されていた。

 魔女達は、悪魔と契約をしてそれを使役することのできる一族がいるという。その一族と接触をして、力を得ること。

「悪魔と契約するって……、噂のようなもんじゃ無かったんですか?」

「そのはずだがな」

 エッカルトの問いかけに囁きながら、イーリスとの会話を思い返す。確か彼女は、そういうことができる人もいると話していただろうか。そして自らにはその力が無いことも。

 他にもないかと探していたが、見つかったのは裁判記録や、ベルンハルトも知っている魔女の伝説ぐらいだった。カロッサ大佐は簡単に詳細を分からないようにしているのだろう。

「そろそろ時間ですね」

「ああ」

 芳しい成果を上げられないまま、予定していた時間が来てしまう。ベルンハルト達は机を元に戻し、調査をしていた痕跡を消そうとしていた。

 その時だった。

「っ!」

 廊下から聞こえてきた、今まで規則正しかった靴音が急に乱れた。ベルンハルトはとっさに周りを見回して、部屋から一番遠くにある机の下に潜り込む。エッカルトがどうしているか分からなかったが、きっと彼も同じようにどこかの机に潜っているだろう。

 息を殺し気配を絶つ。同時に、扉が開く音がして、警備兵がこちらへと踏み込んできた。足音はひとりだ。

 大きな物音を立ててしまったのだろうか。今までの行動を思い返してみるが、特段失敗したようなことはしていない。一定の時間を置いてこの部屋を巡回しているということだろうか。

 もしもの時は顔を見られる前に昏倒させねばならない。しばらく息を殺して、じっと動向を窺う。

 決まったルートを歩いているようで、靴音は一定の間隔で響いていた。少しずつ、大きくなってくる。そして、床へと目を落としているベルンハルトの前に、警備兵の靴が目に入った。真横をゆっくりと通り過ぎていく。

 ここまで近ければ気が付かれるか、と思ってはいたが、闇の中に紛れて気が付かなかったようだ。そのまま彼は扉へ向かい、部屋の向こうへと消えていく。

「ふう」

 足音が十分に遠ざかったのを確認して、ベルンハルトはするりと机の下から抜け出した。三つ先の机からは、エッカルトが抜け出てくる。その表情は、任務時の頼もしいものだったが、安堵のそれも紛れていた。

 これ以上長居をするのは危険だ。二人は目で合図をすると、素早く部屋から抜け出していった。


 *


 二人は本部への道を幾つか迂回して、宿舎へとたどり着いた。そのまま、人通りの少ない廊下を経由して、ベルンハルトの部屋へと戻る。

 扉をエッカルトが閉めたところで、二人はようやく大きく息をついていた。

「ふうー」

「ご苦労だったな」

「いや、久々だったとは言え、一瞬失敗したかと思いましたよ」

 エッカルトは装備を解きながら、小さく笑った。失敗したかと思ったのはベルンハルトも一緒だ。彼はそのまま、身につけていたナイフを返してくる。装備のいくつかは、ベルンハルトが貸したものだったのだ。

「あと数時間で護衛の任務だ。戻るか戻らないかは軍曹の好きにしていいぞ。休むなら場所を貸そう」

「あーそうですね。少佐にこんなことをお願いするのは申し訳ないんですけど、休ませて貰っても良いですか? 今から部屋にもどったら、質問責めにあいそうだ」

「そうだろうな。せっかくの個室待遇だ。気にせず使え」

 今まで個室待遇になったことで、特段便利になった覚えも無かったのだが、こうしてみると便利だなと思うものだ。

「ありがとうございます。こういう時、理解のある上司を持つと楽で良いですね」

「言ってろ。その分仕事を増やしてやる」

 エッカルトの軽い調子での言葉はいつもの事だ。ベルンハルトも軽く流しながら、装備を解いて箱にしまい込む。

「寝るなら俺のベッドを使っても良いぞ」

「さすがにそれはやめときます。寝ているうちに刺されそうですし」

 エッカルトは肩を竦めると、壁際に寄って腰を下ろした。そのまま壁に寄りかかる。演習や個別任務ではまともに寝られないことも多いので、ベルンハルト達はどこでも寝られるように訓練をしているのだ。寝られなくても、身体を休めるように訓練されている。エッカルトは壁に寄りかかったまま、目を閉じていた。すぐに規則正しい呼吸が繰り返される。

 ベルンハルトも少し休もうと、ベッドに転がった。だが寝る前に少しだけ情報を整理しようと、枕元に点けたままのランプににじり寄って、そっと手帳を開いた。そこには、今まで集めた情報の断片が幾つか記されている。

 魔女狩りで狙われていた特定の一族。王家に関わる伝説。そして、この任務で得ようとしている、悪魔を使役できる一族の力。

「一体どういうことなのか……」

 手帳に書かれた字を追いながら、いつの間にか疑問がするりとこぼれ落ちていた。

「さあ、俺たち下士官にはさっぱりですよ」

「……起きてたのか」

 ひとりごとのはずだったのだが、隣で寝ていたはずのエッカルトから答えが返ってきたので、少し驚いて身体の向きを変える。薄闇の中だったが、重そうに開かれた瞼の下からは、鋭く目が光っているのが分かった。

「そりゃあ、少佐が動いてたらね。もう少ししたら寝ますよ。少佐の考えを整理するのに混ぜてもらえるなら、ですけど」

「そうか。なら一緒に整理してくれ。裁判所内で見つけたことについてな」

「あれだけ苦労したわりには、大した情報は得られなかったですよね」

 エッカルトは膝の上に顎を乗せていた。ベルンハルトはベッドの上にだらしなく肘をつく。

「そうだな。つまり、何も計画をされていないか、それともこの計画がごく一部で進んでいて、皆が巻き込まれているか、どちらかだろうな」

「皆が知っていてその事実を隠しているという可能性もありますね」

「そうだな。だが、軍内だけで進めることのできる計画では無い。もし皆が隠しているのであれば、もう少し概要が噂として流れているだろうな」

 たとえ、どんなに厳しく律して任務の存在を隠そうとも、任務に参加する人の数が多ければ多いほど、それは広まってしまうものだ。上下関係の規則が厳しい軍内部ならともかく、裁判所まで絡んでいるのだ。護衛についているベルンハルトの耳になんらかの話がきてもおかしくはない。

「つまり、大佐のごく近くの者のみが、真相を知っていると」

「そうだろうな。だが、肝心の真相が掴めん」

「魔女の一族に伝わる力を利用する、ぐらいですね」

「ああ。だが俺達が捕まえたのは、偶然目の前にいた二人だ。少なくとも、イーリス嬢はその力を否定している」

 ひょっとしたら、イーリスもベルンハルト達を欺いているのではないか、と思う時もある。けれども、ささいな反応を見ている限り、彼女は本当のことを言っているように感じるのだ。それは願望なのかもしれない、と苦笑した。

「うーん、いくつか可能性はありますけどね。魔女の間にある連帯感を利用して、取引をさせるとか」

「そうだなあ。一番考えたくないパターンとしては、全て最初から調べていて、俺に仕掛ける、とかだろうか」

「……怖いですね」

 エッカルトはひきつったような笑みを浮かべた。ベルンハルトもそれだけは無いと良いなと思いながら、背中にうすら寒いものがはしるのを感じる。

 それは、裁判所でカロッサ大佐と向かい合った時に感じたものと同じ感覚であった。

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