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闇狩  作者: 月原みなみ
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夢に囚われし者 二

「鬼は外っ」

 バラッ…と豆がまかれて。

「福は内っ」

 少年が再びバラッとまいた豆は、全て目前の人物にぶつけられていた。

 本日は日本全国”節分の日“。

 ある人は鬼の面を被り、ある人は豆の入った升を片手に、外へ豆を投げては「鬼は外」。内へと投げては「福は内」。

 日本古くからの伝統である。

 ここ四城寺にある高城家でも、家族全員で豆まきを終え、そろそろ夕食にしようかという時分。にも拘らず、いまだ豆まきを終えようとしない少年が約一名――高城家の次男、高城岬だ。

 豆に恨みでもあるような形相で掴んでは特定の人物に投げつける岬に、彼の両親も兄姉も苦笑い。

 投げつけられている当人、影見河夕は疲れ果てた表情で頭を抱えている。

「鬼は外っ、福は内っっ」

「…あのな」

「黙ってる!」

 ビシッと言われ、河夕は仕方なく口を噤んだ。

 そんな二人の様子にこらえきれない笑いを零していた住職が、やはり苦笑交じりに口を挟む。

「岬、なぜそんなに影見君にばかり豆をぶつけなければならないんだい?」

「決まってるよっ、河夕の中に追い出さなきゃならない鬼が多すぎるんだ!」

「彼はそんなにたくさんの鬼を飼っているのかい?」

「数え切れないくらいいるよ! 遅刻鬼にサボり鬼っ、名前忘れ鬼口悪鬼バカ鬼タコ鬼ろくでなし!」

「あのな…っ」

 とうとう我慢の限界と河夕もさすがに口を切る。

「おまえ、人のことボロクソに言う前に自分の中の鬼をどうにかしたらどうだ?」

「俺は鬼なんか飼ってない!」

「泣き虫は鬼じゃないのか」

「俺は泣き虫じゃないよっ!」

「たかが三ヶ月会わなかっただけで泣いたのは誰だ?」

「誰も泣いてなんかない! しかも何さ、“たかが”三ヶ月!? 三ヶ月も音信不通にして“たかが”か! 三ヶ月あれば家が1軒建つのに、それでもたかが三ヶ月!!」

 一気にまくし立てた岬に、河夕は深々と息を吐いた。

 どうやら本人にとっては“たかが”三ヶ月も、岬にとっては万年に値する長さだったらしい。

 最も、そんな相手だからこそ、今まで同じ場所に戻ることをしなかった河夕も、今回ばかりは戻ってこようと思ったのだろうが。

「くっくっくっ。影見君も大変だな。岬に捕まったら生活を根本から直さなければならなくなる」

「俺が捕まえてたって河夕は改めたりしないっ」

「岬、おまえは母さん達を手伝っておいで」

「けどっ」

「おまえがいたのでは私が影見君と話せないのだよ」

 にっこりと告げる父親に、岬はムッとしながらも素直に立ち上がり、台所へ入っていく。

 それを苦笑交じりに見送っていた高城家の主人と長男だったが、岬の姿が見えなくなったのを確認して後、おもむろに姿勢を正したかと思うと、河夕に向かって深く頭を下げる。

「昨年晩秋、この街を闇の魔物よりお救い下さいましたこと、改めて御礼申し上げます」

 年長の二人に頭を下げられても、河夕は動揺どころか微かな驚きすら見せない。

 同じく姿勢を正して二人と向かい合いながら、「いや」と小さく首を振る。

「あの騒動は俺一人で終わらせたわけではない。岬の力がなければ、この町が救われることはなかったはずです」

 河夕の言に二人は顔を上げ、台所にいる岬の様子を耳で聞きながら、そっと笑む。

「あの子には闇狩一族の力が有りますか」

「…確かなことは言えません。だが住職の力が闇狩の力に通じているのは事実。そこからあいつに伝わっても何ら不思議はないと思っています」

「……ではあの子のことは、本部にも…」

「いいえ」

 即座に返された答えに、二人は僅かに目を瞠る。

「“いいえ”とは…、それは、あの子のことを本部には…」

「伝えていません」

「何故です。闇狩一族は数少ない異能力集団。狩人の力に通じる能力保持者を発見した場合はすみやかに本部に報告するのが掟ではありませんか」

「確かに住職の言う通りです。…だが俺は、岬からこの場所を奪いたくはない。一族に報告などしたら、あの連中は能力者を一族に加えるためにあらゆる手段を用いるに決まっている。そうなったら岬は、俺と同じに家族も何も、すべてを捨てることを義務付けられる」

「闇狩様…」

「俺は闇狩です。その名を持つ者として、人との関係は全て断ち切るべきだと教えられてきた。だがそう説く一族の考えを正しいと思ったことなど一度もない。感情がいらないなんてのは嘘だと、それを確信させてくれたのは岬です。そんなあいつを一族に巻き込むことはしたくない」

 一片の躊躇いもなく言い切った河夕に、二人は驚きながらも、その心遣いに感謝した。

 そこまで岬を想ってくれている狩人の青年に、確かな信頼を抱く。

「岬から聞く人物像とはまったく正反対な方ですね」

 住職に言われて、河夕は苦笑を漏らす。

 あの少年が河夕のことをどんなふうに話していたのかは知らないが、先刻の豆まきの時と同様、淋しいのに強がって、気丈なふりをしていたのだとしたら、知らなくたって判る気がした。

(ったくあいつは…)と内心で零しつつ、河夕はふと大事なことを思い出して再び口を開いた。

「一つ、住職に頼みたいことがあります」

「何なりと」

「実は住職の力で岬自身に結界を張ってもらいたい。去年、岬に闇の力が及ばないよう施していたようなものを」

「――それは、また何故でしょう」

「岬と最初に会ったとき、あいつの周りには多量の魔物の卵が憑いていた。もちろん害を成せるようなものではなく、“失恋して哀しい”だとか“親に叱られて腹が立つ”だとか、そんなどこにでもあるような些細な負の感情に過ぎない。だがそれが狩人の体となれば別問題だ」

 なぜか。

 それは闇の魔物と狩人の力は引き合うからだ。

 狩人が魔物の位置を感覚で捕らえ狩りに出向くように、魔物もまた狩人の出現を察してそれぞれの思惑を図る。

 自分達の存在を脅かす狩人の力、それの抗体とも成り得る狩人の体を求めて。

「岬が本当に狩人の器なら、闇狩として完成されていないあいつは魔物共にとって好都合な存在です。俺が自分で結界を施すことも考えたが、ここは住職の結界の内。術同士で拒否反応を起こすとも限らない」

 真摯な眼差しで語る狩人に、住職は微笑んだ。

「解りました。これ以上あの子に害が及ばぬよう、私共も力を尽くしましょう。…ですが、貴方の結界ならば拒否反応を起こすことはないでしょうね」

「?」

「貴方は岬の初めての友人です。岬が心を許しているのなら、私と貴方の力が反発するはずはありません」

「…あいつにはたくさんの友人がいるはずですが」

「確かに、共に笑いあい、共通の趣味で楽しめる友人はたくさんいるでしょう。だが心を許せる存在というのは出逢うことすら困難な存在です。岬にとって貴方がどれほど特別な存在なのか、私達家族は、少なくとも貴方ご自身より知っていますよ」

「…」

「親バカと笑われても仕方ありませんが、どうかあの子をよろしくお願いします。岬は心の優しい子です」

「……知っています」

 答えて、微笑んでくる住職から思わず目を逸らしてしまった。

 こうまで言われては、もう二度と三ヶ月も音信不通になど出来そうに無い。真面目に生活を根本から改めなければならなくなるかもしれない。

(まいったな…)と内心で呟く頃、岬が食事を運んで居間に戻ってきた。

 母親が人数分の食器をお盆に乗せて持ち運び、まだ台所にいる姉が母親を呼ぶ。

「なにを話してたのさ」と尋ねてくる岬に「影見君に泊まっていってもらうことにしたんだよ」と即答したのは兄の方。

 初耳もいいところの話に河夕は目を丸くしたけれど。

「河夕…泊まってってくれるんだ…?」

「まぁそれは素敵なお話ね。部屋はいくらでもあるからゆっくりしていって下さい」

「夕飯の後、早速準備しましょうね。部屋は岬の隣の和室でよかったかしら」

 本人無視で話を進めていく女性陣と、岬の期待いっぱいの眼差しに真正面から射られて、河夕はお泊り決定となるのだった。


 ◇◆◇


「河夕に時計渡したって何の意味もなかったんだな」

「まさか目覚まし時計を持ち歩くわけにはいかないだろう。今度は腕時計にでもしてくれ」

「今度…って、またどっか行くの…っ?」

 途端に詰め寄ってくる岬に、河夕は思わず後退りするが、壁に背後をふさがれ、逃げ道がなくなる。

「だから、さ…俺は闇狩だって言ったろ。狩人の数だって少ないし、年中無休なんだよ俺達の役目は」

「……じゃあここにも仕事で来たの…?」

「それは…、今回は、自主休暇だよ。おまえも怒ってると思ったしな」

「解ってて三ヶ月も連絡してこなかったのか?!」

「だからいろいろ買ってきてやっただろ? おまえだって笹かま美味そうに食ってたじゃねーか」

「確かにあれは美味しかった。うちは家族全員で笹かまのファンだよ、けどな!」

「おまえって前から思ってたけど終わったことぐだぐだ言うの好きだよなぁ」

「好きじゃないよ、これっぽっちも!」

 ふんっとふてくされて畳の上に座り込む岬。

 今、二人がいるのは岬の私室でもある六畳間の和室だ。端の方に数冊の雑誌が積み上げられているのをのぞけば綺麗なもので、制服もちゃんとハンガーにかけられていた。

 河夕の部屋とは違った意味で、よく片付いた部屋である。

「あのなぁ…。確かに三ヶ月も音信不通だったのは悪かったと思うけどさ。こっちだって色々とあったんだ。北海道から沖縄まで飛んだと思えば次は中国、その次はチリだ。この三ヶ月で少なくとも十の国は回ったぞ。しかも本部じゃ一ヶ所に一月も留まるなんて言語道断だってどやされるわ罰則は課せられるわ…」

「たった一月で?」

「魔物を狩ったらすみやかにその場を離れる、それが俺達の決まりだからな」

 根本的に狩人の絶対数が少ない一族、人がいる以上は決して絶えることのない闇の魔物。

 救いを求めている場所は毎日増え続けているのに、それでも河夕は、一月の間、ずっと傍にいてくれた。

「とにかく、そんなこんなで色々あったんだ。解ったら機嫌直せ」

「…」

「岬」

「……悪かったと思ってるんだ?」

「さっきからそう言ってる」

「悪かったと思ったら、言わなきゃならない言葉って知ってる?」

「――」

 頬が引きつるのを自覚しながらも、これ以上は岬の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 結局、河夕は岬には敵わないのだ。

「…すまなかったな」

「…」

「ごめん」

 真っ直ぐで潔い眼差し、黒曜石の瞳。

 久方ぶりに再会した親友の、その色に、今また岬の内側から込み上げてくるものがある。

「岬?」

 ふいっと前に向き直って、立てた膝に顔を隠せば、河夕も気付いたのだろう。

 苦笑めいた笑いを零してその頭で手を弾ませる。

「っとに泣き虫だな、おまえ」

「泣いてないっ」

 嘘バレバレの返答に河夕は声を殺して笑い、それからしばらく、岬が落ち着くまで続く静寂。

 そのうち、さすがに恥ずかしくなったらしい岬が、わざとらしくも、必要以上に大きな声で喋り始めた。

「か、河夕、いくら短い休暇でも明日、明後日くらいまではゆっくり出来るんだろ?」

「まぁ…そのつもりだが、ここにいたら迷惑になるだろう」

「全然迷惑なんかじゃないよ!それに他に泊まる場所があるわけじゃないだろ?」

「一応、この間も使ってたマンションはあるけどな」

「マンション?」

「一族で買ってあるんだ、世界各地に点々と」

「…ふーん…」

 納得できるような出来ないような…。

「でもいいよ、ここにいて。なんなら明日は一緒に学校に行こうか? 雪子も会いたがってたし」

 会いたがっていたと言うのは多少語弊があるような気もするが。

「それに、ここにいてくれた方が俺も嬉しい」

「……あのさ」

「?」

「そういう恥ずかしいことを真顔で言うの止めろよ、頼むから」

「河夕でも恥ずかしい?」

「おまえ、どういう目で俺を見てるんだよ」

「しょうもない悪ガキじゃん」

「泣き虫のお子様に言われたくないって」

「河夕っ」

 からかい口調の河夕に目を吊り上げて振り返った岬は、だがその瞬間に世界が揺れて足元が覚束なくなる。

 立ちくらみを起こしたせいらしいと気付いた時には河夕の腕の中。

「おい」

 倒れかけた岬を慌てるでもなく支えた河夕の、細く見えるのにしっかりとした胸に、岬は青い顔をしたまま寄りかかる。

「大丈夫か?」

「うん…、最近ちょっと疲れ気味で……」

「倒れるほど疲れてるわりには、よくまぁあれだけ怒れたな」

「疲れてるの忘れてたんだよ」

「忘れるほど何に興奮してたんだよ」

 間抜けの極致だと続ける河夕に、岬は頬を膨らませた。

 岬の興奮の原因が自分の出現だとは全く解っていない河夕である。

「そんなに疲れてるんだったら、さっさと休め」

「でも…せっかく河夕が帰ってきたのに」

 拗ねるように呟く岬に、河夕は深く深く息を吐く。

「ったく…、俺なんかのことより自分の健康管理をしっかりしろよ」

 言って、河夕は口の中で何かしらの言葉を紡ぐ。

 岬の肩に置かれた手が不意に白銀色の光を帯び始めたが、岬はそれに気付かない。

「河夕…?」

 数秒を経ての呼びかけ。

 河夕の手を覆っていた光は岬の体内に吸い込まれるように消えていった。

「…どうだ? 眩暈とか頭痛とかしないか?」

「? ううん…、あれ? なんかさっきより全然…楽、かも…」

 返された答えに河夕は安堵する。

 住職が言っていた通り、術力同士が拒否反応を起こす心配はなさそうだ。

 河夕が岬の内側から結界を張ったなら、あの、夜道で再会した時のように、岬が闇に覆い被さられることはない。

 あんな他人の負の感情を背負って疲労を重ねることはなくなるはずだ。

「…仕方ないか」

「え?」

「一日延ばして三日。来週の月曜までここにいるよ」

「本当に?!」

 パッと輝く岬の顔。素直すぎるのも罪だと思う。

「あぁ。だからもう寝ろ。俺も休ませてもらうから」

「うん」

 元気に頷く岬に笑い、河夕はその部屋を後にした。



 そのまま自分のために用意してくれた部屋に入ろうとして、けれど外の人影に足を止めた。

 河夕は物音を立てずに戸を通り抜け、ゆっくりとその人影に近づいた。

 河夕よりは低いけれど充分な長身。

 彼に勝らずとも劣らない美しい容貌。

 内に秘めたる力は闇狩の――。

「貴方が他人の家に泊まるとは驚きですね、河夕さん」

「やっぱり付いて来やがったか…」

「もちろんです。貴方が行かれるなら例え火の中水の中。貴方のためなら命も投げ出す覚悟でお供致しますよ」

「〜〜〜っ」

 どこまでが本気なのか謎な相手の態度に、河夕は苦虫を噛み潰すような顔をして虚空を睨み付けた。

 どうやら自分と会ったがために不機嫌になったらしい彼の胸中を察して、闇夜に浮かぶ影が微かに揺れる。

「それはともかくとしても、僕も狩人の一人ですからね。魔物のいる土地には引き付けられます」

 その狩人の返答に、河夕は表情を固くした。

「…気付いたか?」

「ええ。貴方ほどではないにしろ僕も上位の狩人ですから」

「出所は」

「そこまではまだ。ですが怪しい人物は絞れていますから、もう少し時間を下さい。とにかく魔物の卵達の数が半端ではないために特定が難しいんです」

 これには河夕も頷ける。

「これくらいの卵が人の周囲を漂っているのはどこだって同じだ」

 言いながら肩上の空間で指を撥ねる。

 と同時に微かな叫び。

「だがこの町の量は多すぎる」

「…何か意図的なものを感じますね」

「あぁ。近くに大物がいるとみて間違いない」

 重苦しく呟いて、二人は揃って苦笑した。

「どうします? その大物が“彼”だったら」

「まさかとは思うけどな…、可能性がないわけじゃない。だとしたら俺達は一刻も早く“あの女”を見つけ出さなきゃならない」

 言いながら何事かを考えていた河夕だったが、一人で納得したのか軽く息を吐き出し、正面の狩人に目を向ける。

「ま。それはとりあえず本部に任せるさ。俺はここの魔物を狩ることに専念するからな」

「ええ、その方がいいと僕も思いますよ。でなければ魔物に好かれるご友人の身が危険でしょうから」

「――」

 ニコッと笑顔を見せられて、河夕は思いっきり眉を顰めた。

「…何を聞いた?」

「安心して下さい。貴方が本部に言わなかったことを僕が言うつもりはありません。ご存知だとは思いますが僕は河夕さんの味方です」

「…っとにイヤな奴だよな、おまえ」

「クスクスクス。大事な話をされるなら、これからは結界の中でどうぞ。もちろん河夕さんの結界の中で」

 楽しそうに告げる青年は、もしかすると河夕よりも年上だ。

 月明かりに照らされて色素の薄い髪が淡い輝きを放つ。

「では、僕は引き続きこの邪気の根を探します。ついでにこの弱弱しい卵達を蹴散らしておきましょう」

「そうしてくれ。俺もあいつがいない時には探ってみる」

「休暇だといった以上、彼の前では動けませんか」

「うるさい」

 小声で叱りつけて、河夕は青年を睨み付けた。

「くれぐれもあいつには近付くな」

「承知しています」

 ニッコリと微笑んで告げる青年に、河夕は深く息を吐く。

「それではまた」と風のごとく一瞬で消え去った青年。

 一人残された河夕は、しばらくそこから動かずに青年との会話を胸中で反芻する。

(…“あいつ”が復活するかもしれない、か……)

 ザァッ…風に乗って木々が揺れ、満ちるまであと僅かな月の光が狩人の影を映す。

(復活したならしたで、俺達一族が“あの女”を先に見つけ出して狩ればいい…それで終わりだ)

 …けれど。

(もしこれが“あいつ”の仕業だとしたら…)

 もしそうだとしたら、この町が戦場になってしまう。

 もしもそうなってしまったら、自分はどうするのだろう。

 魔物と戦うことだけに集中できるだろうか。

 余計な雑念は一切持たずに、自分の役目を果たすことは出来るだろうか。

「……」

 実を言えば、河夕はまだ迷っていた。

 住職に告げたことは事実。違えなく自分の本心だ。

 岬に出逢い、心の内は変化し、あの本部が息苦しく感じるのも本当だ。

 けれど、彼らを守りたいと思ったが為に魔物に負けそうになったことも、また事実。

 何らかの奇跡で、岬の力が覚醒し、今もこうして生きている身だけれど。

(一緒に生きる…それは嫌じゃないんだ……)

 むしろそう言われて嬉しかった。

 けれどだからこそ迷うし、だからこそ、怖いと思う。

(……違う)

 意を決し、河夕は顔を上げた。

(違う、俺が守るんだ)

 大切な存在があるなら、その存在を守る為に強くなればいい。

 その想いを力に変えればいい。

(もう二度と、誰も死なせやしない…っ!)

 誰一人。

 岬も、雪子も。

 彼らの家族、友人、町の住民。

 そして狩人として生きる者達、誰一人として―――……。



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