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闇狩  作者: 月原みなみ
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夢に囚われし者 序

「闇狩の名を持つ者」から三ヵ月後の物語です。


 ―――…見ツケタ……


 深く昏い闇の底。

 指先一つ動かせない男が、遥か遠く離れた宇宙の片隅、永く失くしていたものの片鱗を感じ取って数百年ぶりの言葉を漏らす。

 見つけた。

 見つけた――。

 今度こそ、必ず手に入れてみせる。

 今生でこそこの身に己が一族の核を取り戻し、あの奇跡と詠われる蒼き惑星の支配を実現させるのだ。

 その為にも、必ずやおまえを取り戻す。


 ―――…今度コソ…オマエヲ我ガ手ニ……速水……―――


 ◇◆◇


 薄い暗闇……、時刻は午前四時半を回った頃。

 それはそろそろ起きだし仕事に取り掛かる者、既に動き出している者、そしていまだ夢の中にいる者達など様々な姿が見られる時刻であり、町中の住民に慕われ、この街の由緒正しい歴史を持つ信頼厚い四城寺の住職においては、朝の務めを始めようという時間帯でもあった。

 住職は母屋を振り返り、若い頃から体内に宿る力でその場を視た。

 そうして異常がないことを確認し、本堂へ歩き出す。

 そう、異常など何もなかった。

 この世界においては―――。



「……は…っく…、あぁ…」

 乱れた吐息の中に微かな喘ぎ。

 幾度も身体をよじり、逃げ出したいと訴える。

 だがそれは…、悪夢は、薄れることなく少年に襲い掛かった。

 苦しみから流れた汗が枕に広がる。

(助けて…っ……!)

 それは不可解な悪夢だった。

 黒い霧が自分を包み込んでいる。ただそれだけのことがひどく恐ろしかった。

 起きればいい、目を覚ませばいい。

 そう思いはするものの、身体は動かず、目は開かない。

 意識だけは起きている時となんら変わりないのに!

(やだ…やめろ…!)

 黒い霧はしだいに濃さを増し、少年を取り囲んだ。

 それがどこかで見覚えのあるものに変わるまで、そう時間はかからない。

(まさか…!)

 瞬間、ひどい悪寒が彼を襲った。

 三ヶ月前の、それこそ悪夢のような過去がフラッシュバックする。

 流れる血、激しい爆音、交わされる刃。

(助けて…っ…)

 蘇る記憶の中、微かな光りが灯る。

 それはまるで少年の助けを求める声に呼応するかのごとく。

 人の形を作り出した光りの先に“彼”の確かな存在を掴み取る。

 そして呼んだ、その姿を持つ彼の名を。



 ――河夕…!!



「?!」

 影見河夕は何故か飛び起きていた。

 誰かに起こされたわけでも、なんらかの異常事態を感じ取ったわけでもない。

 まったく理由もないまま、なぜか眠気が吹き飛んで意識が覚醒していた。

「…なんだぁ…?」

 傍らの、本人の趣味とは到底思えない目覚まし時計に目をやり、その時刻にどっと疲れを感じる。

「…ンだよ、まだ五時前じゃねーか…」

 思わず声となって毀れた呟きは、ベッドしかない十二畳の洋室に必要以上に響く。

 何もない殺風景な部屋――しかしそれが、この影見河夕という人物には似合っていた。

「ったく、何がなんだか…」

 無造作に髪を掻き上げて、額に汗が滲んでいることに気付く。

「変な夢でも見てたのか……?」

 独り言のように呟くと、ベッドを抜け出し、数種類の飲料だけが冷えている冷蔵庫の中から水のボトルに手を伸ばす一方で、当たり前のように納まっている缶ビールの存在に、河夕は思い切り眉根を寄せた。

(あいつは…、人の部屋に勝手なモンを持ち込むなっての…)

 まぁそれも今日までだけどな…と内心で呟きつつ、一気にボトルの水を半分以上飲み干して、それを持ったままベッドに戻る。

 静かな空間にベッドの軋む音。

 いつもは賑やかな外界も、この時間では数えられる程度の影しか見当たらない。

 ここは東京の一角にある1DKマンション。河夕の寝室と化した、このダイニングと、視界の中の扉の向こうは八畳の洋室だ。最も今の状態では物置といった方が正しいほど、とにかく邪魔なもので溢れているのだが。

 河夕は今一度溜息をついて、先ほども目にした目覚まし時計を手に取った。

 それは、彼の唯一の友人から受け取った餞別の品。

 蛍光塗料の塗られた二本の針の間には、英語で日付と曜日が入っている。

「これ見てっ、ちゃんと時間守って行動しろよ! この月が三つ動いても帰って来なかったらっ、次に会ったときに殴るからな!」と、そう言って目に涙を溜めていた友人・高城岬。その時の彼の様子を思い出し、河夕は失笑する。

「そういや、そんなこと言ってたっけな…」

 岬の言葉を思い出してよくよく考えてみれば、もう既に約束の三ヶ月を終えて二日が経過していた。といっても、河夕が岬に会いに行っていないのはただの不精ではなく、河夕には河夕の事情というものがあったからなのだが。

「…そろそろ会いに行った方がいいんだろうな…」

 この土地での仕事も昨夜ようやく決着がついた。

 ここまで、彼自身が驚くほど真面目に本来の役目をこなしてきたと思う。このあたりで二、三日の休養をとったところで、どこぞのジジイ共に文句を言われる筋合いはないはずだ。

「あいつのことだから、約束破ったって殴ることはない…と、思うけどな…」

 三ヶ月ぶりの再会は、彼に感動の涙を流させてしまう可能性は十二分にあった。

 河夕の中で高城岬という少年は“少女漫画の読み過ぎのせいか夢を見過ぎで、からかうと面白い子供みたいな奴”というふうに認識されている。

 それをいうなら、岬の中の影見河夕という存在は、なにを考えているのかわからないし、人の名前は覚えないし、授業はサボるし、救いようのない悪ガキだし…となっているのだが、ともかくこの二人の友情は、ある騒動をきっかけに揺るぎ難いものとなっていた。

 友人など得てはならない、人に頼るようなことがあってはならないと自身を戒めてきた河夕が初めて心許した相手。

 彼が河夕にとってどれだけ大切な存在かは、もはや言葉になどならない。

「何か土産でも買って、あやすモン用意していかなきゃな…」

 そんなことを呟きながら、ふと思い出したように物置部屋を…、もとい邪魔なものが溢れ返るもう一つの部屋への扉を不安げな眼差しで見据える。

「しかしそうなるとあいつがな…」

 物置部屋で、いまもまだ夢の中にいるだろう、最も邪魔なもの。

 人の冷蔵庫に缶ビールなんぞ勝手に持ち込んで河夕の向かう先々に出没している彼は、今や河夕の天敵だった。

 改めて大きな溜息をついて、河夕は選別にもらった目覚まし時計を元の位置に戻す。

「ま。どうにかなればいいけどな…」

 望みが薄いことを自覚しつつ、力なく呟いた。

 外ではもうすぐ、朝日が昇ろうとしていた……。




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