ひかりの天使 終
雪野原に 鈴の音 響く
夜空には 果てなき 星の瞬き
輝く軌跡は
サンタクロースの ソリの道
幸せ配る 大きな手
今年は 私から 貴方に
贈り物 用意して
メリークリスマス フォー ユー
貴方にも 優しい幸せを
「…それ、クリスマスの歌か…?」
不意に声を掛けられたものの、薄紅は静かに微笑んで頷いた。
ここは本部最上階、河夕と生真、有葉の私室だけが並ぶフロアの階段傍で、彼女はツリーの飾り付けをしていたのである。
声を掛けてきたのは生真。
現影主の弟であり、十君・黄金の名を持つ彼はしばらく河夕の部屋にいたようだったが、いまこうして薄紅の前に現れた少年は吹っ切れた顔をしていた。
おそらく、河夕から父親の話を聞くことが出来て嬉しかったのだろう。
それを思うと、薄紅は再び目頭が熱くなってしまいそうだった。
「…何年も前に、地球での仕事中に知り合った方が聴いていた曲です。急に思い出してしまって」
「そのツリーは」
「今日の、岬様と雪子様が催してくださったパーティのゲームで当たったんです。どうやら蒼月のセンスらしいですよ。…クリスマスは明日までですけれど、せっかくですもの、飾っておいても構いませんでしょう?」
クリスマスの贈り物と聞いて散々迷った挙句に狩人なら誰一人持ってはいないだろうと判断し、購入してきたそうだ。
「…蒼月にプレゼント選びってのは、結構、酷だよな…」
「まったくですね」
生真の思いやりのようにも取れる言葉に、くすくすと笑いながら頷いた薄紅だったが、ふと少年の気配が変わった事に小首を傾げた。
今の今まで朗らかだった少年の気が、急に張り詰めたような…そう、緊張しているようなものへと変化したのだ。
「……生真様?」
どうしたのかと呼びかけると、心なしか少年の頬が赤い。
それを本人も自覚はしていたのだろう。
「これ」
唐突に、彼女の前に、可愛い包装がされた手の平サイズの小箱を差し出した。
「………生真様、これは」
「ん」
「……私にですか」
「早く受け取れっ」
聞き返す薄紅に強く言い放って、彼女がそれを手に取るなり慌てて手を引いた。
「…生真様」
「…っ…お、女の好みなんて判らないから松橋雪子に選んでもらった…!」
「――」
「でも色とか決めたの俺だし…っ…桜に似合うと思ったからそれにした! 気に入らなかったら言え! で、好きなもの教えろ! ついでに…っ…ついでに、河夕なんか岬にくれてやれ! おまえは…っ……桜は! 俺が幸せにするんだからな!!」
「…」
「…っ…そーいう…コトだから…!」
強く言い切った少年は、そうして素早くその場から走り去った。
恥ずかしさから逃げるように。
…きっと、呼吸もままならなかっただろう。
今頃、姿の見えない場所で深呼吸の連続だと思う。
「………言うだけ言ってお逃げになるようでは、まだまだですね」
薄紅は呟く。
容赦ないダメ出し。
だが、笑顔で。
「生真様ったら…」
薄紅は包装紙すら破かないよう綺麗に一枚一枚開いていく。
白い箱の中には雪の結晶を象ったネックレス。
色は薄いピンク。
…薄紅の名のままに。
「綺麗…」
そして微笑んだ。
幼い少年。
まるで弟のように思ってきたけれど、こうして彼女は、そろそろ見方を変えるべき時が来たらしいと知ったのだった。
◇◆◇
岬は、いま何時になったのかが気になった。
布団に入ったのは一時間以上も前だったように思う。
闇狩の皆とクリスマスパーティを開けたことで気持ちが高揚しているせいかもしれない。
もう何度も寝返りを打ちながら、寝付けない事に形の見えない不安が胸中に溢れ出て、奇妙な怖さが、そこにあった。
「………河夕」
彼の顔が見たいと思った。
眠れない理由は、怪我を負ってパーティに参加出来なかったために会えなかった彼の事が気懸かりなせいかもしれないと思った。
「…」
また、寝返りを打つ。
机に置いている目覚まし時計の秒針の音が普段では考えられないほど耳につく。
「…っ」
判らない。
…判らない。
だけど、会いたい。
「!」
不意に、背を向けた方の布団が沈んだ。
「誰っ」
慌てて起き上がると、暗闇の中で大きな影が動く。
「…ばぁか。サンタクロースの贈り物は二十五日の朝に気付くもんだろうが」
「――」
返された声。
誰だ、なんて聞くまでもなかった。
夜中に忍んでくる人物など、たった一人じゃないか。
「…か、河夕…?」
「よぉ。…パーティは悪かったな」
「ううん! そっちのことは全然いいんだ、それより腕は…? 魔物に取られたとか光さん言っていたけど…」
慌てて近付き、明かり一つない暗い部屋で、間近に彼の顔を見上げる。
「腕も平気だ。大したことない…少し違和感が残っているくらいで、明日には完治しているよ」
「そう…あ、電気…」
ほっと安心したのも束の間、いつまでも暗い部屋で話していることもないからと、電気を点けに立とうとした岬だったけれど、河夕はそれを制した。
「電気は要らない。いま…ちょっとおまえに見せられる顔してないしな」
「顔…?」
「ああ。…いや、いいんだ。とにかく電気は必要ないから」
「……?」
河夕の言うことはどこか謎めいていたが、そう言われては仕方ないと、岬は布団の上に座りなおした。
「悪いな」
「ううん、別に構わないんだけど…暗いのがいいなんて、変わってる…かなって」
「あぁ…まぁ、俺は暗くてもちゃんと見えるからな」
「え? じゃあ俺の顔も見えてるの?」
「当然だろ、狩人は夜目が利くんだ」
「それってズルイ! 俺は見えてないのに河夕だけ見えてるなんて…」
「電気点けるなら俺は帰る」
「――それって我儘!」
「知ってる。…だが今だけは勘弁してくれ。俺も…もう少しおまえと話していたいから」
「…」
話していたいと言われ、途端に自分の顔が熱くなるのを岬は自覚した。
鼓動が早まる。
…嬉しくなる。
自分でもおかしいと思うくらい、心と身体の変化は明らかだった。
「どうした」
「なんでもないよ」
そう言いながらも、早まる鼓動を落ち着けようと必死だった。
暗い部屋に向き合う二人は他愛のない言葉を交わす。
パーティの最中に誰が何をしただとか、これがこーなっただとか。
ふと河夕が光の名を口にした。
「あいつはどうだった」と聞かれて、岬はほんの少しだけ考え込む。
「そういえば光さん…最初の方は星海さんと二人で喋っていて、雪子とも全然話さなかったんだけどね、片付けの途中から急に、光さんの方がテンション上がってきたみたいで、薄紅さんや蒼月さんが呆れていた…かな」
「…で、もしかして松橋の方はおまえと目を合わせなかったとか?」
「――なんで解ったの?」
わからいでかと内心でツッコミを入れる河夕だったが、どうやら二人が恋人同士という間柄に昇格したらしいことを自分から告げるのはどうかと思う。
「なんとなくだ」と答えながら、本部で光に会ったなら、岬にもちゃんと報告するように言っておこうと考えた。
「……なら、そのあと、星海はどうだった」
「星海さん? 少し元気ないかなぁと思っていたんだけど、やっぱり後半からパーティを楽しんでくれたみたいだったよ? 俺、何でか彼女に謝られた」
「へぇ」
「なんでだろうね。彼女に謝られるようなこと何もないのに…」
「あいつなりのけじめだろう」
「けじめ?」
「…気にするな。あいつにもいろいろある」
河夕の答え方に、岬は顔に疑問符を浮かべた。それを見ると、少しは説明も必要かという気になってくる。
「…」
何より、岬からはあの贈り物を受け取っている。
隠すことはないだろう。
「……星海な。実は俺が選んだ十君じゃないんだ」
「え…?」
「是羅を倒して一族が新体制を敷いても、古参連中はまだ俺のやり方に異論を出す。そっちに従う狩人も少なくない。星海は、そっちの派閥の中で俺を支持しようとしてはじかれたんだ。それを、梅雨が連れてきた」
「そう…なんだ」
「梅雨もかつてはそちらの派閥の狩人だったが、是羅を倒す以前から十君だったこともあって他の連中と触れる機会も多かった。俺は、梅雨はもう完全に俺の十君だと信じているし、他の連中もそうだろう。だが星海にはそれがない。…十君の中にも、派閥にも居場所がなくて、随分と辛い思いをしてきたんじゃないかと思う。俺としては生真を副総帥に上げて、十君は八人で続けさせるつもりだったんだがな」
それゆえに光の優しさに騙されて岬や雪子にも迷惑を掛けたから、彼女は岬に謝ったのだと、そこまで明かしはしない。
岬がそんなことまで知る必要はないだろうから。
「そうなんだ…星海さん…」
呟きながら岬の顔には嬉しそうな笑み。
「いまの河夕の台詞、河夕のお父さんも同じようなこと言っていたよね」
「――…」
「やっぱり親子だ、考え方が似てる」
「…」
「俺、河夕のお父さんといろいろ話したよ。河夕のこと、すごく大事に想ってた」
「……おまえ、どうやってあんなものを…?」
「光さんに頼んで、白夜さんに連絡を取って貰ったんだ」
白夜――光を弟のように想う人物であり、闇狩一族の始祖・里界神が住まう故郷の月と呼ばれる癒しの精霊。
「闇狩のみんな、クリスマスパーティなんて初めてだろうし、プレゼントを用意するなら誰が選んでも喜んでもらえるものにしたかったんだ。そう考えたら、河夕を喜ばせられるものなら十君みんなを喜ばせられるって思ったんだ」
「俺、を…?」
「うん。だって十君の人達も、雪子も、俺も、河夕のこと大好きだからね」
大好きだから、喜んで欲しくて。
少しでも役に立ちたくて。
「河夕や光さんからクリスマスの話を聞いてね、これしかないって思ったんだよ」
だから里界の力を持つ人に協力を頼んで、飛ばしてもらった、あの日まで。
「………辛かった、ろ」
泣いていると父は言った。
何もこのような日に、心優しい天使を遣わせなくてもいいだろうにと。
「…明日死ぬって解っている相手に会うのは…辛かったろう…」
「でも、お父さんは笑ってくれたから」
「――」
そうして、岬も微笑う。
「白夜さんに、是羅を倒した河夕にお父さんからのメッセージをもらう方法はありますかって尋ねたら、お父さん相手なら、過去の彼に会っておいでって言ってくれたんだ。…うん…少しだけ迷ったけど、あの日のお父さんになら未来のことを話しても大丈夫だよ、って。もう自分の明日を覚悟しているお父さんになら、何を話しても過去が変わることはないからいいよって言われて、…頑張ろうと思ったんだ。実際、過去に飛ばしてもらってお父さんに会えても、俺の話を信じてくれるだろうかって不安はあったけど、白夜さんがいろいろ手助けしてくれて、俺の後ろにね、こう…光りをつけてくれて、お父さんは俺のこと里界神が遣わした天使だって思ってくれたみたい…なんか、そんな柄じゃないんだけどさ」
恥ずかしそうに「あはは」と笑う岬に、だが、河夕は笑えない。
むしろ、部屋の明かりが暗いままでよかったと。
「河夕が是羅を倒したって話をしたら、お父さん、すごく喜んでた。生真君や、有葉ちゃん、光さんの話もすごく楽しそうに聞いてくれて…、明日のこと…本当にそんなことがあるなんて思えないくらい、………お父さん、幸せそうにしてくれた……」
そこで岬の言葉は途切れた。
…もう、話せなかった。
河夕が。
「…河夕…」
彼の頬から、涙が落ちたことに気付いてしまったから。
「河夕ごめん…俺、無神経に喋りすぎた…ごめんなさい…っ」
「違う…」
謝る少年に、河夕は小さく首を振った。
「違うんだ…俺が……ごめん…」
「河夕…」
「……おまえには、きっと判らない」
「え…?」
「おまえのしたことが、どれだけ俺を救ってくれたのか…おまえにはきっと判らないと思う…」
判るはずがない。
岬は、そんなことを考えて河夕へのメッセージを貰いに過去に飛んだわけではないのだ。
だが結果的に彼が河夕にもたらしたのは、クリスマスプレゼントと言うにはあまりにも尊い。
もはやこれは、神の赦し。
「…親父を斬ったとき……俺には是羅を倒せる自信なんかなかった……」
「――…」
「やってやるとは思っていたけど…親父の期待は絶対に裏切るまいと心に決めていたけど…っ…それを実現させる自信なんかなかった…っ…俺は親父を裏切る事が恐かった……!」
「河夕…っ」
「それでも親父に、俺になら出来るから王になれと……信じているから負けるなと…っ…あの日、そう言われて…っ…恐くたって…逃げることも赦されずに…親父を斬った……王位を継いだ……こんな心弱い俺を励ますために笑んでくれていた親父はどんなに不安だったかって…ずっとそれを悔いてきた……っ…だけど親父は知っていたんだ、俺が是羅を倒せること…っ…」
「ぇ…?」
「おまえに聞いて、知っていたから笑ってくれたんだ……」
笑って。
父親の笑顔で。
彼に斬られた、おまえになら出来ると、言い残して。
「おまえが親父を安心させてくれていた……っ…」
「そんな…っ…だって俺が行ったのは…」
行ったのは、運命の日の前日。
だが、岬がそこに行けたのは、その日の彼ならば過去が変わることはないと、判っていたから。
……判っていたのだ。
その日は常に巡ってきていたから。
「ぁ…っ…」
「…ありがとう岬…」
「河夕…」
「本当に…ありがとうな……」
「………っ!」
これを、運命と言わずして何と言うのか。
「…おまえは何も知らないくせに俺を救ってくれるんだ…」
例えそれを偶然だと言われても、河夕にとっては事実がすべて。
いつだって自分を救うのは岬なのだ。
――………
あぁ、これは何だろう。
いま君を抱き締めたいという衝動に駆られる、この気持ちは。
「河夕…あの…」
岬の手が触れる。
微かに震える指先。
「えっと…ちょっと、変なこと言うんだけど…」
「…?」
「…っ…俺…、河夕にくっついてもいい…?」
「――」
「だって河夕…なんか、すごく弱ってるみたいで…」
遠慮がちに、真っ赤になって言い募る岬に、河夕は笑った。
もう、笑うしかない。
「…奇遇だな」
「え?」
「俺もそうしたいと思っていたところだ…」
そうして抱き締める。
伝わる、君の鼓動。
――…貴方は大切な方々を守る術には長けていらっしゃるのに、特別な誰かを愛する術には疎くていらっしゃる……
そう言われて苛付いた。
他人を愛する事が出来ないと言われたようで腹立たしく、ならば自分の未来にこの少年の姿はないのかと思うと冷静でなどいられずに、魔物に腕を持っていかれるなどという失態を犯してしまった。
その“理由”が判らないから尚更に。
だけれど、ここまで来て判らないなんてあるはずがない。
この気持ちは何だと問うのもバカらしい。
こんなの、疑いようがないじゃないか。
「まったく…おまえには参るよ、岬……」
「え…?」
何も知らない顔で人を救い、無邪気に笑って、毒気を抜く。
首を傾げる岬の頭に何の前触れもなく手を置いた河夕は遠慮なくその髪を掻き乱した。
「わっ、ちょ、河夕?」
「そろそろ帰る」
「え、もう?」
「ああ。…じゃあな」
言うと、岬を手放して立ち上がった河夕は、それきり部屋を後にするつもりだった。
だが暗闇の中で手探りに彼の腕を取った岬は、河夕を引き止める。
「か、河夕、あの…」
「ん?」
「あの……」
心なしか顔を赤らめて言葉を濁す岬に顔を近づけた河夕は、その頬に、おふざけ程度のキスをする。
「!」
驚いた岬が手を離すと、河夕は内心で安堵した。
「相変わらずだな、おまえ」
「…っ、そういう問題じゃないと思うけど!?」
「じゃあな」
「ぁ…」
引き止めようにも、そのための言葉がない。
行ってしまう。
「――メリークリスマス」
「!」
呟きと同時に寝巻きの胸ポケットに何かが入れられる。
そうして一瞬。
河夕の姿はあっと言う間に岬の部屋から消えてしまっていた。
一人残された岬は、真っ赤な顔で、内心の動揺を抑えるために何度も深呼吸を繰り返した。
「河夕のバカッ…!」
彼の唇が触れた頬が、ひどく熱い。
……熱い。
心臓が破裂しそうだ。
「もぉ…人の気も知らないで……っ」
泣きそうな顔で呟く声は、もう誰にも届かない。
胸ポケットに残されたのは、木製の鍵。
添えられたカードには簡単な“説明”。
『姿見に挿せ。俺の部屋直通だ』
「…っ…」
部屋の“合鍵”を得て、不器用な二人の未来がどうなるのかは、神様にも予測不可能に違いない。
◇◆◇
君は…?
あ、あの…俺…じゃなくて、僕、高城岬といいます。突然で驚かれると思うんですけど…実は六年後の未来から来ていて…
未来から?
はい。変なこと言ってるって思われても当然なんですけど…でも本当なんです。信じてください!
……確かに、いまこの部屋に部外者が入ってくるという異常事態に一人の狩人も気付いていないことを考えると、君の言を疑う理由はないな。
じゃあ信じてくれるんですか…?
まずは用件を聞かせてくれるかい? 六年後の未来から天使が私に何用か。
天使…? 僕がですか?
君の背に光りが見える。大きく美しい翼を象った輝きだ。
え…
さぁ天使殿。未来から私に何用か。
ぁ…あの……実は僕、六年後の河夕の友達です。
―――河夕の?
そうです。それで、河夕へのクリスマスプレゼントを考えていたら、お父さんからのメッセージしかないって思って…
私からの…?
はい。六年後、河夕は是羅を倒したんです。
―――!
河夕は、生真君と有葉ちゃんと、光さんと…十君の皆と力を合わせて是羅を倒したんです。でも河夕は…河夕だけじゃない、生真君も有葉ちゃんも光さんも…みんな、貴方が亡くなった事を悔いていた…みんな…貴方の死を今も悲しんでいるんです…
……君は、私が明日、死ぬことを知っているのかい…?
……知っています。貴方は明日、河夕に……河夕に自分を斬らせて……
…………そうか。なるほど。だから今日の私に会いに来てくれたんだね……
え…?
有り難いな…これは始祖・里界神の導きか。君は本当に、私に神の赦しを伝えに来た天使なんだね…
……?
それに河夕へのクリスマスプレゼントか…いいね。それは私にとっても嬉しい申し出だよ…私のメッセージであの子の表情を変えられるなんて…実際に見る事が出来ないのは悔しいところだが…
さぁ、どうやってメッセージを届けるんだい?
河夕に。生真に。有葉に。光に。―――十君に。
……不思議な天使だね。そのように泣きながら、私に死ぬのをやめろとは言わない。
…止めてくださいとお願いしても、貴方の気持ちは決まってしまっているんですよね…?
そうだね。…そう、河夕が是羅を倒せると知ったら、尚更、私は自分の運命を投げようとは思わないね。
はい。…それに、過去が変われば六年後も変わってしまうと白夜さん…あの、里界の人も言っていて……自分の我儘で…未来で河夕に会えなくなるのは嫌です…
…
河夕が貴方を斬ることで悲しんで…一生の傷を背負ってしまうのだとしても……河夕と会えなくなるのは嫌です。
……君は、河夕が好きなんだね。
っ…え…
そうか、河夕には天使がついてくれたか……良かったな……
お父さん…
良かった…河夕は幸せになれるんだね……本当に良かった……
本当に、嬉しくて。
河夕の顔を見ると、顔が緩んで仕方がなかった。
死を前にして、あれほど顔を引き締めるのに苦労するとは思わなかったよ。
けれど、それくらい嬉しかったんだ。
自分が苦しめてしまう息子に天使が現れてくれたこと。
彼が幸せになってくれること。
――河夕、私を斬って王になりなさい。
――大丈夫、おまえになら出来る。
――必ず出来るよ、河夕。
だから王になりなさい。
おまえが幸せになるために―――――。
この続きはまた書くこともあるかもしれませんが、まずは完結。
長い物語に最後までお付き合いくださってありがとうございました。