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闇狩  作者: 月原みなみ
62/64

ひかりの天使 七



 彼は微笑んでいた。

 懐かしさ余りあるその姿で。


 ――…いま、私の目の前ではとても不思議なことが起きているよ。六年後の、未来のクリスマスから天使が来た。どうやら里界神が遣わしたらしい……


「里界神が…?」

「え…六年後って…」

 彼等はざわめく。

 どういうわけで先王の姿がここに在るのか、誰の表情にも困惑と疑問が浮かんでいた。

 だがそれは、続いた彼の言葉に答えを知る。


 ――…どうやら聖夜の奇跡が私にも起きたようだ…死ぬ前日というのが奇妙な気もするが…こういうのはdeath eveと言うのかな…?


 死の前夜。

 そう面白がる彼に、誰かが――天使が何かを言ったらしい。

 彼は笑う。

 明日死ぬなどとは考えられないほど朗らかに。

 幸せそうに。


 ――…ん? どうしてこんなに楽しそうなのかって?


「!」

 彼が問う。

 まさかこちらの疑問が伝わったのかと一瞬焦ったが、おそらく天使がそう尋ねたのだろう。

 天使も知っているのだ。

 彼の命が明日、終わる事を。

 なのに笑っていられる先王の“理由”は。


 ――…天使さん、君が私に幸せな最期を迎えさせてくれたからだよ…君は教えてくれたじゃないか、河夕が是羅を倒したと…


「!!」

「そんな…っ」

「まさか先代の仰っている天使は……岬様……!?」

 騒ぐ十君の瞳に、先王の笑顔が映る。

 河夕の歪んだ顔が、見える。


 ――…正直、不安と恐れの方が大きかったんだよ、一族の王位継承の儀とはいえ、河夕に私を斬らせること…。家族を愛し、子を愛した私を、一族は認めなかった…結果、河夕に私を斬らせなければならない…これは私の咎だと後悔した……あの子を苦しめてしまうことを何よりも辛く思った……だが君は教えくれたね…六年後、河夕が是羅を倒せること…信頼出来る十君を得られること……そして生真と有葉、兄弟三人が仲良く暮らせていることを……


「お父さん……!」

「親父…っ…」

 有葉と生真が涙声を上げる。

 二人は…否、この場で河夕以外の全員が、当日、先代の命が消えるまで儀式が行われることを知らなかった。

 前夜、兄弟から隔離されて最後の夜を過ごしていた父親であり、兄だから。

 誰が何を思っていたかも、知ることは許されなかった。


 ――…河夕…


 不意に彼の視線が河夕を捕らえた。

 真っ直ぐに見つめた、それこそ、奇跡。


 ――…河夕、良くやった。本当に、良くやってくれた……


「親父…っ…」

 無意識に伸ばされた腕は、だが、空を掴むだけ。

 届けられるのは言葉だけ。

 …それでも。

 ……それでも。


 ――…明日、おまえに私を斬らせること…許してくれ……無力な私を許してくれ…そして願わせて欲しい…どんな事態も乗り越える強さを得てくれること………おまえの進む先に限りない光りが集うこと……、愛しているよ、河夕…


「…っ…」

 崩れ落ちる河夕に、有葉は抱きつく。

 生真はその腕をつかむ。


 ――…愛しているよ、生真、有葉……何の事情も話さずに決めた私を許してくれ……河夕を責めないでやってくれ……あぁ、私のこのメッセージが届く頃にはもう仲良く過ごしているんだったか…なんだか不思議ばかりで戸惑うね……


「お父さんたら…っ…」

「そんなの…気にするなよ…っ……」

「…っ…」


 ――…光は、好きな子が出来たって?


「え…」

 不意に名を呼ばれて、しかもその内容に真剣に戸惑う光。

 だが今この場所に、そんな彼を笑う者などいない。

 いるはずがない。


 ――…とても素敵な子だってね…天使に聞いて安心したよ。おまえがまた人を愛せたと知って本当に嬉しく思う…おまえも幸せになりなさい……絶対に、約束だよ……出来れば、これからも変わらずに河夕を支えてやってくれればと思うよ……


「先代…っ…」

 その瞬間、光の瞳に輝いたものは。


 ――…桜も河夕の十君になったらしいね…河夕は私に似て治癒術が下手だ、随分と君の手を煩わせているんじゃないかい? 一族に縛られて、君にも随分と苦労を掛けてしまったが…君も幸せになるんだよ…? …うぅん、この天使君はかなり強力な恋敵になりそうだしね……あははは……


「先代ったら…っ…」

 薄紅は怒ったように笑う。…泣きたいのを、堪えるように、笑う。


 ――…蒼月…? 十称だと判らないんだが…ああ、空知か! 甘いの苦手な空知だろ? 覚えているよ、私の十君になってくれたらと思ったから覚えている…


「え…?」

 思い掛けない言葉に蒼月は目を見開いた。


 ――…真っ直ぐな瞳をした子だった…成人も済んでいたし、私の片腕になってくれたらと願ったこともあった…そうか…あの子が河夕の十君に…嬉しいな…有り難いな……そうか、あの子も河夕を助けてくれたか……


「…っ…」

「空知さん…泣くんじゃないよ…」

 そういう白鳥の瞳にも涙が輝く。


 ――…白鳥? 白河の子だな? あの子も真っ直ぐな子だった…優しい子だった…そうか、あの子も河夕の十君か…すごいな…。…紅葉…その特徴はもしかすると雪村の子かな…空知と同じ年頃の綺麗な子だろう……黒炎…ああ、きっと生真とよくケンカしていた火の玉小僧だろうね…、どうしてすぐに判るのかって? 当然だよ、河夕の助けになってくれそうな狩人は目星をつけていたんだ…どうやら私の目に狂いはなかったようだね…、そうか、私が信じた子達が皆、河夕の十君になってくれたんだな……河夕は幸せ者だな…


「…っ」

 幸せなのは、河夕を王に抱いた十君も同じ。

 貴方の育てた王を得られた我等こそが幸せなのだ――。


 ――…しかしこれで八人だね…他の二人は…?


 瞬間、梅雨の背筋を駆け抜けた恐怖。

 副総帥の派閥に組し、常に先王と河夕を非難してきた者達――。


 ――…そうか…ではその梅雨という娘…辛い思いをしているだろうな……


「!」


 ――…河夕の十君だと胸を張ってくれていればいいが…私も一族の中では随分と勝手をして、責められて当然の王だったからね……、是羅が倒れた後には、なんのしこりも残さずに河夕を支えてくれているといいと思うよ……ん? だって、河夕が十君から外すことなく助けてもらっているんだろう……? 


「ぁ…っ…影主……!」

「……」

 堪えきれず、涙を落とした彼女を、紅葉は抱き締めた。

 彼女もまた、潤んだ瞳で先王を仰ぐ。

 今は亡き尊き存在。

「影主………!」

 失いたくなかった、尊い命。


 ――……是羅を倒してから十君に入ったと言う星海…それもまた辛いところだね…だが河夕に選ばれたのなら頑張って欲しいな…あの子の目に狂いはないよ…何せ是羅を倒した影主なのだから………


 柱の影、少女もまた涙する。

 王にそう言ってもらえる自信が彼女にはなかったから。

「親父…」

 その眼差しが、不思議なほど一人一人の瞳を真っ直ぐに見返した。

 河夕を見つめた。


 ――…ありがとう……


 それは狩人全体への心からの言葉。


 ――…私は明日、王位を退き、河夕にすべてを負わせてしまうけれど…六年後には全てが解決し、皆が笑顔で暮らせるのだと聞き、とても安堵した……、父親としては最低な考えだけれど、明日の死を喜ばしくさえ思うんだ………ぁあ、本当に、どう言えばいいのか迷うね…成長した生真と有葉を抱き締められないのは辛い…河夕にもう何も教えられないのが悔しい…なのに、楽しみなんだ。私のこの言葉がおまえ達に届いた時、おまえ達がどれほど立派な姿に成長しているのか……それがとても楽しみなんだ……


「……っ…!」


 ――……河夕、生真、有葉………愛しているよ…傍にはいられなくとも、想い続けているよ――…


「親父…っ」


 ――…そろそろ時間かな…あぁ里界神も罪なことをなさる…よりによってこの日に、こんな優しい天使を遣わせないで頂きたいな………河夕、最後の頼みだ。この天使がおまえの元に帰ったら、抱き締めてやってほしい……私のために…私の代わりに泣いてくれた優しい子だ………


「……っ」


 ――…この天使の子も一緒の、おまえ達の幸せを願うよ………


「っ…ぁ……!」


 ――……幸せを…願うよ………―――


 それきり、光りは消えた。

 彼の姿も消え失せた。

 風が吹く。

 通常の冷たい風。

 濡れた頬に、痛いほどに。

「………なんて贈り物かしら……」

「聖夜の奇跡だ…」

 呟く彼等に、河夕は大きく呼吸する。

 大きく、深く、…耐え切れなくて。

「…頼む…岬の傍に行ってくれ……」

「河夕様?」

「頼む。岬と、松橋と、二人が用意してくれた今日を、一緒に過ごしてやってくれ…」

 告げる河夕に異論はない。

 だが、河夕は?

「河夕さんは一緒には行かれないのですか…?」

「…っ…行けない…」

 問う光に、河夕は返した。

 …そうとしか言えない。

「こんな顔…あいつらに見せられるか………!」

「――河夕さん…」

「お兄ちゃん……!」

 次々と、零れ落ちる涙。

 河夕が泣いていた。

 …泣いていた。

「兄貴…!」

「お兄ちゃん…っ…」

 幼い弟妹が彼を庇う。

 兄を想う。

「…光ちゃん、有葉と生真君もごめんなさいするわ。岬ちゃんと雪子お姉ちゃんに謝るわ」

「有葉様…」

「だってね、有葉、いまはお兄ちゃんと一緒にいたいの。お兄ちゃんから、お父さんのこと、たくさん聞きたい……!」

 斬ったのは兄だった、その重たい事実から今まで何一つ聞けなかった父のことを、今こそ教えて欲しい。

 訴える少女に、誰もが頷く。

 十君はその場に跪き、王の一族に深く頭を垂れる。


 王の想い、確かに伝える。

 聖夜の奇跡を起こした天使へと。




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