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闇狩  作者: 月原みなみ
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ひかりの天使 六

 狩人が魔物に腕を持っていかれるということは、肩から向こう全部が消失すると同時に、その血肉に流れる能力までが魔物の糧になってしまうということで、最悪、今回の場合であれば影主の力の片鱗を魔物が己が物にしてしまう危険性があったということである。

 それほどの大事に河夕が遭ったと聞いて、急ぎ、本部の河夕のもとへ戻った薄紅は、その姿を目にした途端、思いっきり叫んだ。

 それも、とてつもなく自分の目を疑いながら。

「…っ…なっ…河夕様! なんなんですかその腕は!!!!」

「! 薄紅…? おまえ岬達とのパーティは…」

「そんなこと言っている場合ですか!? どうしてこんな……っ」

 薄紅は、前方に佇む河夕の姿に眩暈を覚える。

 信じたくなかった。

 その、無惨に結合された右肩と腕の、あまりにも醜い有様を。

「信じられない! 河夕様、どうしてここまで不器用に不細工に最低最悪な治癒術がお使いになられるんでしょうか!? ここまできたら既に芸術だわ!!」

「あのな…っ」

 そこまで言う必要があるのかと口を開き掛けた河夕は、だが次いで視界に飛び込んできた顔ぶれに目を見開く。

「お兄ちゃん!」

「兄貴!」

「河夕さん…っ…大丈夫なんですか!?」

 有葉と生真と、光まで。

 そのうえ、逆方向からは紅葉と黒炎、梅雨までが駆け寄ってくる。

「……っ…ちょっと待て! なんで揃いも揃って本部にいるんだ!? 岬と松橋が準備しているパーティはどうした!」

「河夕さんが腕を持っていかれたと聞いてパーティを楽しめるはずがないでしょう! 岬君も雪子さんも貴方を案じて僕達を送り出してくださったんです…それで、この腕は本物の腕なんですか?」

「間違いなく俺の腕だっ」

「お、お兄ちゃん…自分の腕…こんなに汚くしちゃったの…?」

「…桜の言うとおり、兄貴の治癒術って芸術だな…」

「おまえらなぁ…っ」

 次々と河夕の治癒術を貶す面々に、言われている当人は余計なお世話だと苛立つがそれを実際に言い返すことは出来ない。

 自分で結合した肩と腕が酷い有様なのは自覚しているのだ。

「仕方ないだろ! おまえ達がどこにいるか知っていて呼ぶわけにはいかないし、…っ…大体、俺が自分の腕を繋げたんであって他人を傷物にしたわけじゃないだから構わないだろ!?」

「でも有葉、こんな腕で抱っこされたくない…」

「………っ」

 それがトドメであったかのように、クラクラとしてくる頭を押さえて、河夕は今度は逆方向から走ってきた三人に視点を移す。

 そこには紅葉、黒炎、梅雨の姿。

「……で? おまえらは何でここにいるんだ?」

「さきほど急に河夕様の気が乱れている事に気付いて、慌てて御前に…まさか腕を…こんなことになっているのに気付かなかったなんて…」

「それは俺が自分の結界の中にいたからだ。今さっき、本部に戻ってから結界を解いたから。…で、それは俺への答えになっていないと思うが?」

 なぜ岬と雪子の用意しているパーティに参加しないのかと無言で問いかけてくる河夕、その目を正面から受けられなかった梅雨が顔を背け、紅葉と黒炎は戸惑い気味の顔を見合わせた。

「おい」

 一体どういうわけだと河夕が問うが、その答えを出させるより早く、光がふと気付く。

「河夕さん…結界の中で魔物と遣り合われて…腕を、取り戻したんですね?」

「ああ、だから自分で繋げた」

「これは繋げたではなく無理やりくっつけたと言うんです!」

 すかさず薄紅の怒声が挟まるが、光はあえてそれを流し、再び河夕に問う。

「では、その魔物は既に狩り終えているんですね?」

「? 当然だ、俺が自分の不始末そのままに戻るわけない」

「――」

「ぇ…でも、さっき…」

 生真と有葉が怪訝な顔つきになる。

「結界の中で魔物を狩られて、本部に戻ってから結界を解かれた…その間、星海殿には会われましたか?」

「星海? 会うわけないだろ、あいつだって今頃は岬達のところに…」

 違う。

 やられた、と光は知る。

「参ったな…どうやら僕の思惑は裏目に出てしまったようですね…」

「思惑?」

「光ちゃん、それって…」

 聞き返す生真。

 言いかけた有葉。

 だが、光の言う思惑に、河夕は思い当たることでもあったのだろう。

「星海」

 奥に、彼らから遅れて本部に戻ってきた少女の姿を見止めて呼びかける。

「おまえがコイツらを本部に呼び戻したのか」

「はい」

 王の問いに、いま戻ったばかりの少女ははっきりと返した。

「俺はコイツらを呼べとは一言も言っていないはずだが」

「本部に戻られた影主をお見掛けして、その腕では薄紅の治癒術が必要と判断致しました」

「…そうね、影主のこの腕は私でなければ修正出来ないわ」

 薄紅が返す。

 だがその声音は低い。

「…」

 河夕は周囲を見渡し、もう一度尋ねた。

「蒼月と白鳥は」

 彼女は返す。

「影主の腕を奪った魔物の追跡を」

「もう狩った」

「…存じませんでした。狩人として最良の判断をしたつもりでした」

「…」

 河夕は息を吐いた。

 次いで光を睨みつける。…と、わずかに河夕の鼻腔を擽る甘い匂い。

 食べ物のそれではない。

「…」

 気を探る狩人だから気付く、残り香。

「…星海。岬のなにを持っている?」

「え?」

「何か預かってきたか?」

「………」

 少女は表情を固くし、しばらく動くことがなかったが、逸らされない王の視線に耐えることの方が辛くなったか、そのうち鈍い動作で岬から預かった四角い箱を乗せた手の平を差し出した。

 言葉もなく差し出され、同様に一言も話すことなく受け取った小箱。

 クリスマスカラーの包装紙に綺麗に包まれたそれからは間違えようのない岬の気配が感じられた。

「…」

 このように贈り物を用意して。

 十君を招待し、…今日という日を、どれだけ楽しみにしてくれていたのだろう。

 そしていま、どんな思いでいるだろう。

「……っ…もういい、下がれ」

「…」

 星海に言い放つ。

 彼女は一瞬だけ何かを言いたそうにしたけれど、それきり、一礼してその場を走り去った。


 薄紅の治癒力が無惨な形にくっつけられた河夕の腕を、じょじょに正常な姿へと修正していく。

 そういった治療を受けながら、河夕は岬から預かったものだという小箱を、ともすれば握り潰してしまいそうな思いだった。

「…っ…光…、どうしてくれる…」

「…申し訳ありません」

「申し訳ないで済むか! 今頃、岬や松橋がどんな思いでいると思う……!」

 込み上げる怒りを必死にこらえながらの叫び。

 そして、痛み。

「…っ…違うな…こんなくだらない怪我を負った俺がバカなんだ…」

「兄貴」

「お兄ちゃん…?」

「苛立って気ぃ乱して…魔物にその隙を突かれた俺がバカなんだ…!」

「河夕様…?」

 様子がおかしい。

 いつもの彼らしくない。

 誰もがそれに気付いた。

「河夕様、…何かあられたのですか…?」

 尋ねたのは薄紅。

「…っ…」

 河夕は唇を噛んだ。


 そのとき、白鳥と蒼月が本部に戻った。

 河夕の腕を持ち去った魔物の気配がどこにもなく怪訝に思い、帰ってきた二人。


 そして下がれと言われた星海が、少し離れた先の柱の影で泣くのをこらえていた、そこも同じフロア。

 王・影主と、その十君。

 河夕は手の中の、岬からの贈り物を握り締める。

 ――…どうして、俺は――…

 クリスマス。

 その日の思い出は、今まではずっと父との不器用な関係だけ。

 素直に喜べなかった贈り物。



「ぇ…」

 最初に気付いたのは有葉だった。

 兄の手の中、小箱が輝きを帯びていた。



 クリスマスは父親との思い出。

 他には何も教えてもらえなかった彼から唯一与えられた愛情の日。



 素直になれなかった。

 戸惑って、礼も言えず。

 受け取ることすら出来なかった、この日の贈り物。

 それは誰へ。



 これは、誰へ――。



「―――っ!!」

「なっ…」

「眩しい……!」

 溢れんばかりの光りの洪水。

 その場の誰をも包み込む。

「熱い…っ…」

 手の中の小箱が。

 その中に包まれた白銀色の玉が。

 ―――熱い。


 そうして、響く。

「ぇ…」

 それは誰のもの。

「そんな…」

 それは、誰の声。

「そんな…本当に……?」



 誰の目にも映る、その姿。

「…親父………?」



 漆黒の髪に黒曜石の瞳。

 河夕に。

 生真に。

 そして有葉に良く似た面立ちのその人の名は、影見皐。

 六年前のあの日、河夕がその手で斬った、父親だった。




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