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闇狩  作者: 月原みなみ
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闇狩の名を持つ者 終

 目を覚ますと、腕の中には松橋雪子の身体があった。

 血が流れていたはずの腕は綺麗に癒され、裂かれたはずの制服も元通りになっていた。

「生きてる…」

 心音が聞こえる。

 呼吸を、している。

「雪子…助かったんだ…っ」

 岬は力なく横たわる幼馴染の身体を強く抱きしめる。

 いったい何が起きたのか、それともこれは夢なのか?

「…夢じゃない…」

 頭痛がする。現実の痛み。

「晴れてる…」

 容赦なく破壊された壁の間から、数日振りの青空が見える。

 人の声が聞こえる。

「闇が消えた…?」

 その言葉と同時に、一つの嫌な予感が岬の胸中を掠めた。

 闇の魔物を狩れるのは彼だけ。

 闇が消えれば一人で去っていくと告げた、彼一人。

(まさか…っ…!)

 雪子を静かに下に寝かせ、岬は立ち上がる。

 そして叫んだ、彼の名を。

「影見…、影見!」

 行ってしまったのだろうか、たった一人で。

 闇の魔物から救われた青空の下、たった一人で去ってしまった?

(俺達で見つけなきゃならないのに…)

 岬の胸中での呟きに何かが問う。


 ――…覚えているか。なにを見つけなければならないのか……


 どこか懐かしい声に、岬は空を仰ぎ見る。

「……見つけるんだ、貴方達が間違っていなかった証を」

 狩人が幸せになれる未来を、必ず。

 はっきりと返した岬に、誰かがどこかで微笑った気がした。

 同時に、大切なことを思い出した。

 あの謎めいた転入生が、一度でも素直に返事をしたことがあっただろうか?

「……おまえが一度や二度呼んだくらいで返事するわけなかったんだよな」

 岬は首だけ動かして後ろを見た。

 横たえた雪子より離れた場所にいるその姿を瞳は捕らえる。

「少しは学習しろよ、跡取り」

 苦笑めいた表情でそんな言葉を投げかけてくる彼に、岬はゆっくりと近づいて行く。

 今さっきまで死と直面していたとはとても思えないその態度。

 けれどそれでいい。

 今ここにいてくれれば、それだけで……。

「とんだタヌキだな。いつから自分にも能力があるって知ってたんだよ」

「さぁ。このままじゃ嫌だって思ったら力が出ただけだし、俺は本当に、何の自覚もなかったよ」

 疲れきった表情の河夕に、岬は笑顔で返した。

 青空に相応しい笑み。

 岬らしい、無邪気で、澄んだ、明るい笑顔。

「…ったく、親父の遺言だけでも行き詰ってるってのに、面倒なもん背負わされた感じだな」

 言葉通りの面倒くさそうな口調なのに、その表情は穏やかで。

 …それとも、こんな言い方をする河夕だからこそ惹かれたのかもしれない。

「面倒だと思うなら、背負わされたんじゃなくて、自分で決めたんだって思おうよ」

 それは彼に伝えたかった言葉。

 一人は辛いから。

「もう友達だろ? 俺達はさ」

 絶対に、いつか誰かに側にいて欲しいと思う時がくる。

 その時にすぐに思い浮かぶ人。

 それはきっとお互いの顔だと、不思議と信じられるものがある。

「なっ、影見」

 だから一緒にいよう。

 今、こうして信じられるものを信じて。

 必要だと思える限りは、永遠に。

「…なにしろって?」

 差し出された岬の右手を指差しながら、河夕は怪訝な顔つきで問う。

「決まってんじゃん、握手」

「少女漫画の読みすぎだ」

 即座に言い返し、その手を軽くポンッと払う。河夕にしてみればそれだけでも充分に譲歩した行為であり、岬にとっても嬉しくなる返答。

「あっ、影見」

 そうして立ち上がり、歩き出そうとする河夕に、どこに行くのかと呼び止めようとして唐突に頭を小突かれた。

「河夕でいいぜ、跡取り」

 少女漫画の読みすぎだとバカにするわりには「おまえも実は…」と思わずにいられない言動である。…が、それよりも!

「いい加減、跡取りって呼ぶのやめろよ! 岬だぞ、高城岬!」

 真剣に言い放つ岬を完全無視で、河夕は雪子の側に歩み寄り、迷いもなく抱き上げた。

 いつまでもこんな破壊された校内に残っていれば面倒なことに巻き込まれる。

 ましてや完全に事情を知ってしまっている以上は関わらない方がいいに決まっている。

 だから少しでも早くこの場から離れることを河夕は選んだ。

「おまえら、本当に軽いよな」

 先日のことを思い出して感心したように呟く河夕だが、岬にしてみれば思い出したくないことこの上ない。岬はふてくされた顔で一切口を開こうとしない。

「おい、おまえ体重幾つだって?」

 再度無言。

 何が何でも名前を呼ばせたいらしい岬に、河夕は頭を掻いた。

 さっさと名前を呼んでしまえばいいものを、まだ思い切ることが出来ないのか。

「…で? 幾つなんだよ、高城」

 ここまででも素晴らしい譲歩だ。

 岬の方も「やっと呼んだか」と機嫌を直し、歩き出そうとしたのだが。

「五三!」

「ふーん…、ならコイツ、少し痩せ過ぎじゃねぇの?」

 岬からの返答は。

「――」

 無言である。

「何なんだおまえは!」

「だって! 俺はおまえのこと「河夕」って呼ぶのに、おまえが俺のこと「高城」じゃ平等じゃない!」

「平等って…」

 深く息を吐いてから、河夕は岬に背を向けて、さっさと一人で歩き出した。

 相手のそんな行動が岬を不安にさせる。

(まさか行っちゃう…? 少し我儘が過ぎたかな…)

 河夕の背が小さくなっていく。

 遠ざかる。

「かっ、河夕!」

 見えなくなる背が辛くて、思わず叫んでしまっていた。

 こんな時に自分自身をコントロール出来ないのだから情けなさ過ぎる。

 だが河夕にとってもそれが止めとなったらしかった。

 わずかに顔を赤くしながら振り返る。

「?」

 とぼけた岬の顔に、河夕は再度、大仰な溜息を一つ。

「河夕…?」

 しばし沈黙が続いた。

 岬がもう一度、どうしたのかと問いかけようとして口を開く。

 それと同時に河夕も口を切った。

 二人の声が重なった。

「河夕?」

「行くぞ、岬っ」

 その、声が。

「――」

 河夕は前に向き直り、足早に崩れた校内を出て行こうとする。

 岬はその後を、あの屋上で見せた子供のような笑顔で追いかけた。

「かーわゆっ」

「なんだよ、跡取り」

 呼び方はもはや元に戻っている。

 しかし今度の岬は負けない。意地悪く河夕の背中を拳で突きながら、「河夕河夕」としつこく呼び続けた。

 そんなことを数分続けて、河夕もとうとう観念する。

「あああああったく、何なんだよ岬!」

「ほれもう一回」

「岬!」

「さぁもう一回♪」

「だあああっ! この手のもん無くなったら覚えとけよ岬!!」

 鈴が転がるような朗らかな笑いが響き渡る。

 数日振りの空の下。

 誰も知ることのない、この町の救世主たちが駆けていった―――。




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